第10話『深紅の刃』

文字数 1,235文字


 男は、振り上げた腕を勢いよく振り下ろした。歪な音、耳を塞ぎたくなる程の音。
 眼下に組み伏せた女は、救いを求めたであろう腕を力なく床に放り投げていた。その腕は、手は、爪は……男は尚も腕を振り下ろし続けている。

 女の瞳には、まだ光があった。動かないのだ。ただ、身体を動かせない。己の意志とは関係なく波打つ身体、弑逆を力なく受け入れ続けることしかもはや出来ない。
 しかし、まだ自由に感じられる部分がある。それは、背中の温度だった。それは、凍て付く冷たさを感じていた。

 当然である。女の背が触れている床は、数十もの斃れた者達の血液が混ざる血に濡れているのだから。加えて今、女の血は流れ続けていく。女の命の具現化として、生命の灯を吹き消すように。死をさらに注ぐように。

 女は聞いている。己の心臓(いしき)の音を。

 もはやそれは霞のように。聞こえるのは、緩やかに脈打つ己の命の鼓動。
 視界はもう少しも無い。目の前にいる男へ、この感情を、刻みつけていたかったのに。血の中へ飲み込まれるように、斃れていった無念の叫び声が、女を引きずり込んでいく。

 嗚呼――……どうして、どうして?

 許されるならば、泣き叫んで問いたかった。けれど、女は許される方では無く、許す方に立つ。故に、誰が女に許しを与えるというのか。

 女は閉じかけた瞳を開き、とある方を見た。

 この情景を覗く者へ、この情景を呼び起こす者――――。


 そこの、お前だ。









「―――はあっ!」

 どくん、と心臓が跳ねた。それはあまりにも鋭い痛みを伴うから、私は小さな呻き声をもらして身体を丸める。息をするのが恐ろしい、この痛みはとても痛いから……。ストレス性の痛みに似た感覚に息を顰めて、私は硬く目を瞑った。









 誰かが私に跨っている。視界の端は黒く煤け、よく見えない。手足は動かせないし、声も口から出なかった。
 私に跨る誰かが口を開いた。その微かな声は、よく聞こえない。――すると突然、その人は鈍色に光る赤く鋭利なモノを両手に握りしめて頭上に掲げた。鋭利で鋸の様なその先は、まるで剣のようで。く、と喉が鳴る。怖い、怖い、怖い!
 湧き出す恐怖に見開かれる目は、その誰かの顔を鮮明に捉えてしまった。

 やだ、やめて、――――やめて実花!!








「…………」

 完全に目が冴えた。開かれた瞳の先に、赤い天幕が映る。……ゆっくり身体を起こすと、私は随分息が切れていて、汗をべっとりと掻いている。
 震える手で、傍に置いてあった石を手に取った。

「……あれ、私……怖い夢でも、見てたのかな」

 落ち着くと、どうして自分が怯えていたのかわからない。まあ、忘れる程度のものだろう。

「お嬢様。御目覚めですか?」

 フライアさんが入ってくる。今日は何をしようかなあ。

「え、フライア、今日の服ってそれなの本当に待って―――――ッ!!!!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

・上山泉(かみやま いずみ)

 街の市立高校に通う、今年3年生になった女子高生。勉強は中の中、体育も普通。自慢と言えば、美人な実花と色々有名な湊との幼馴染であることくらい。同じ高校に入学したばかりの妹がいる。

 愚者の一人。何も知らず何もわからずに振り回されている。護衛のアスティンをかなり心配している。

・佐倉湊(さくら みなと)

 泉と同じ高校に通う。実花とお似合いだ、と密かに囁かれる程の顔と身体能力を持つが勉強はあまり目立たない。男女分け隔てなく接し、締めるところは締める手腕で教室の主導権を握っている。未だ女子からの告白が絶えず、それが遠まわしに泉を傷つけていることを実花に何度も指摘されている。

 愚者の一人。単独行動を厭わない。この世界でもあの世界でも、取捨選択を迷わない。

・安藤実花(あんどう みか)

 泉と同じ高校に通う。街一番と言っても過言では無い程の美貌を持つ。しかもないすばでぃ。しかし、本人は自分の容姿を理解しているものの、興味が無くいつも泉を飾ろうをしている。幾度と無く男子を振ってきたために、もはや高嶺の花となってしまった。

 愚者の一人。強固となった意志で、その人の隣を離れない約束を更に固いものとした。

・安倍 鏡子(あべ きょうこ)

 最近泉たちの街に引っ越して来た、転入生。自信に溢れ、それに伴う実力の持ち主。日本に残る陰陽師達の頂点に次期立つ存在。

・玄武(げんぶ)

 鏡子が従える『十二神将』の一柱。四神の一柱でもある。

 幼い外見に反した古風な口調。常に朗らかな表情であるので、人の警戒を躱しやすい。

・スワード=グリームニル

 三大諸侯の一人、東の諸侯。銀の髪と橙の瞳を持つ優しい風貌の男性。愚者である上山泉を保護し、その身をあらゆる危険から守ろうと奔走している。

 宮廷魔導士団の団長であり、魔法術を司る。橙の瞳を持つ全ての者の頂点に立つ。

・アスティン

 東の諸侯、スワードの側近的な存在。深緑の髪と橙の瞳を持つ柔和な性格の男性。知識を司る。

 泉の護衛……と本人は胸を張っているが、どうにも……。

・フライア

 東の諸侯、スワードの筆頭侍女。ダークブロンドの髪と橙の瞳を持つ女性。外に対し感情を見せないが、内に対しては凛とした姿の中に微笑みを見せる。アスティンのお陰か、戦闘能力の高さが伺える。

・バレン

 青を混ぜた金色の髪と、薄桃色の瞳を持つ可愛らしい少女。声と容姿、仕草に雰囲気――少女を見る少数の者達は、心臓を貫かれたような痛みを思い出すだろう。

・アレウス

 円卓の騎士であり、騎士団の長。ミルクティーの様な、と形容された髪と金の瞳を持つ男性。伏せ目がちな目と、低い声が相まって不気味さを醸し出している。

 特定の人物に対して、執着を持つ。

・ヨハネ

 円卓の騎士。序列第二位。ブロンズの髪に金の瞳を持つ、笑顔を絶やさない男性。かの使徒ヨハネと同一人物である。

 殺しをもはや厭わない。

・リアラ=サルース

 三大諸侯の一人、西の諸侯。赤銅色の髪に緑の瞳を持つ女性。

 現在においては些か感情の起伏に疎い様に感じたが、過去においては……?

 

 緑の瞳を持つ者の頂点に立つ、一人。


・アルピリ=サルース

 三大諸侯の一人、西の諸侯。赤銅色の髪に緑の瞳を持つ初老の男性。竜の姿を持つ。

 主に風を支配下に置いており、癒しの全てはサルースから発生している。


 緑の瞳を持つ者の頂点に立つ、一人。

・巫女(みこ)

 濡羽色の髪に、愚者を示す色の瞳の女。一目でわかる巫女服を身に纏い、古風な口調で話す。弟である巫に公私を叩きこんで長年立つのに、上手く分けられない様子にそろそろ手刀だけじゃ物足りないのか…と真剣に悩んでいる。

・巫(かんなぎ)

 濡羽色の髪に、愚者を示す色の瞳の少年。古風な装束を身に纏っているように泉は捕えているが、その服は身のこなしの軽やかさを助けるように出来ている様子。舞が得意で、昔はよく姉の演奏と共に神楽に立っていた。公私を別けることに拙く、すぐに己の意とする呼び方を口にしてしまう。

・エリーシア

 先代の王にして、初代。

 その大いなる力で、三千世界を創造したと言われる。

・シリウス=ミストレス

 神々が住まう国にて、その頂点に座す神王。

 冷酷な紅の瞳に、地を這う紺碧の髪。

 枯れ果てた神々の庭を、血で、雨で、濡らし続ける。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み