野球文学創作講座

文字数 1,881文字

 「やれやれ、どうして僕はこんなバドワイザー・ビールひとつ飲んだことのないような男の子にJ.D.サリンジャーの話をしているのだろう」
 「ムラカミさん。そろそろ止めませんか、その喋り方」
 「それも、サリンジャーが野球小説家であることを彼は知らないのだ」
 「ムラカミさん、確かにサリンジャーは『キャッチャー・イン・ザ・ライ』という小説を書いていますが、あれは野球の捕手(キャッチャー)じゃないでしょう」
 「オーケー、じゃあ君の言うことを正しいとしよう。でも『ナイン・ストーリーズ』、あれだってれっきとした野球小説さ」
 「あれだって9つの短編が入っているだけです!ナイン(9人)じゃありません」
 「1番ショート『コネティカットのひょこひょこおじさん』、2番サード『笑い男』、3番レフト『バナナフィッシュにうってつけの日』」
 「じゃあ『大工よ、高く梁をあげよ』はどうなんです?」
 「あれはサリンジャーじゃなくてジョン・アップダイクさ。大学で習わなかったのかい?」
 「ダジャレじゃないですか!…『フラニ―とゾーイ―』は?」
 「フラニ―が投手で、妹のゾーイ―が捕手なのさ」
 「適当にもほどがありますよ。『大工』も『バナナフィッシュ』も『フラニ―とゾーイ―』もグラース一家という同じ家族の話ですよ」
 「グラース・ホーム・サーガ。そう、本質は”ホーム”にあるんだよ。いいかい、『フラニ―とゾーイ―』には”禅”の話が出てくるけど、野球だって仏教道徳さ。野球とは(ホーム)を出た打者が1塁から順に塁を踏む。これこそお釈迦さまの四門出遊さ。生・老・病・死。ホームである四(死)の番の塁を踏んだ時に点(天)にたどり着くのさ」
 「そんなわけないでしょう。四門出遊がベースランニングなら、四門出遊した釈迦はそのあと『出家』するでしょう。なのにホームに帰ることは『ホームイン』と云うじゃないですか。矛盾してるでしょう」
 「9人で9イニング行うスポーツ、すなわち苦(9)行。三振が三宝印であり、四球が四諦。野球は仏教の宇宙であることは、誰から見てもそうだった」
 「話をそらさないでください!じゃあ五戒や八正は?」
 「5回、8勝」
 「ケビン・ユーキリスは敬虔なユダヤ教徒ですし、ミッション系の大学を出ている名選手も沢山います」
 「いま君はユーキリスの名前を出したね。彼は仏教と日本野球から敬遠されてるのさ。選球眼の良い彼は『四球のギリシャ神』と呼ばれているだろう」
 「『敬遠』ってわけですか」
 「そう、時は流れ、ディランは歌い、ユーキリスだって一塁へ赴く。……ディランだって見方によっては野球文学家さ。『ブルージェイズにこんがらがって』」
 「………じゃあ、ポール・サイモン」
 「彼は南海の大阪球場でライブをした時、阪神のキャップをかぶって登場した。このエピソードだって野球文学だよ。そういえばオリックスにサイモンって選手がいたね」
 「桑田佳祐」
 「『OSAKA LADY BLUES』という曲の間奏で阪神の金本がホームランを打つ実況が入ってるよ。『MY LETTLE HOMETOWN』という曲は真夏の野球少年の曲さ。君だって知ってるだろう?」
 「村上春樹」
 「『139.7キロのパスボール』、『回転木馬のデッド・ボール』。そもそも彼は大のヤクルトファンだし、『海辺のカフカ』には中日ファンの星野という青年が出てくる」
 「『男はつらいよ』」
 「広島から阪神に移籍した新井が自分で移籍を決めたのに『つらいです』と漏らしたことがあっただろ。あれは寅さんへのオマージュさ。恋(鯉/カープ)に破れる寅(タイガース)さん」
 「ムラカミさんは本当に野球と文学とダジャレが好きなんですね。喋り方は鼻につきますが」
 「つまるところ野球はありとあらゆるものを吸い込むんだよ。ほかのスポーツ比べて異常なまでに言葉と数字が多いから、そこに小説、戯曲、短歌、映画、ギャグ、パロディ、オマージュ、パスティーシュ、掛け言葉、地口落ちが生まれる。確かにほかのスポーツの文学もあるけど、野球ほどじゃない。競馬小説が野球に続いて”2着”だけど、せいぜいディック・フランシスぐらいなものさ」
 「確かに野球小説はほかの文学作品に比べ多いですよね。もっとも日米がほとんどで、ヨーロッパにはほとんど無いでしょうが」
 「そして僕たちのようななんでも野球に例えたがるタチの悪い野球ファンを生むのさ。そうした野球ファンが野球嫌いを生むことで野球は死ぬ。はい、おしまい」
 「ゲームセット」




 ※ポール・サイモンのエピソードは玉木正之『プロ野球大事典』(1990)から参照しました。
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