第3話 訳ありフレーバーティー

文字数 1,038文字

 その晩夢をみた。

 夢にお地蔵さまが出てきた。
私とお地蔵さまは城址公園のベンチに座っている。昼間だ。
浅黒い肌をしたお坊さんのような出で立ちの男性だったが、その目元、眼差し、(たたず)まいからお地蔵さまだとすぐに理解した。

〈華やかな団子かと思った。三つとも美味しくいただいた。礼を言う〉

いえ、お礼を言うのはこちらの方です。持て余して困っていましたから。

〈あれはなんという菓子か〉

マカロンといいます。

〈もう一つの缶はなんであるか〉

あれは桃の香りの紅茶です。

()れてくれぬか。一緒にいただこう〉

訳あってあの紅茶は……私は受け付けないのです。

〈訳があるのでは仕方ないな〉

 桃の絵ラベルの訳あり紅茶を思い浮かべた途端、精悍(せいかん)だったお地蔵さまの姿は生っちょろい綾瀬に変わってしまった。

〈この男になにか話があるのではないか〉

 いや、話はないです。

〈地蔵浄土という昔話を知らないか。昔話の世界では嘘をつくとひどい目にあうぞ〉

 嘘? 話なんてないよ。

〈正直になったらどうだ。無礼講ではなかったか?〉

 ……じゃあ、言わせてもらいますけど。



 ああいう女が好みだったとは、驚きでしたよ。どうして気がつかないかね、甘やかされて育った我儘(わがまま)女ってことに。
言いたいことはたくさんあるけど、まず、会社にデートみたいな服装で来るな、目のやり場に困るんだよ。それに仕事中メイク直しし過ぎ。

 知っているよ綾瀬、自分のメンヘラ黒歴史を切り捨てたかったんでしょ? 私も一緒に。
ダサかった自分を抹消したいんだよね。だからあんたのダサさを知っている私も邪魔なのよね。
ちょっとはわかるけどさ、人を使い捨てみたいに。
そういうところだよ、あんた味方いないからね。学歴の割に出世しないよ。

 そして最後に言うに事欠いて「そんな顔していると幸せが逃げるぞ」だって?
そんな顔させたのはあんただろ。
別にあんたなんかに未練はないよ。すべてが陳腐で呆れ果てているだけなんだよ。

「久良木には俺よりいいヤツ見つかるよ」
 は? 当たり前だよ。

「幸せになれよ」
 うるせえな、自分の心配しろ。
これから香坂とマイホーム建てて無茶なローン組んで、見栄張って子どもに高い塾通わせてボーナス払いがキツくなって、夫婦仲も悪くなってのベタな展開が見えるようだよ。

 別れてせいせいした、あんたのお守りはもうたくさん。
あんたみたいなお荷物背負い込まないで命拾いしたわ!


 私は一気に吐き出すと、綾瀬の姿をしたお地蔵さまを置き去りにして、坂の上からのっそり降りてきたバスに乗り込んだ。


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