第二〇話 この世に光はただ一つ

文字数 3,480文字

――本当に、こんなに早く王国の武具納入指定業者にしてもらえたのか?
そうみたいだな。ラッキーなのかどうか知らんがさ。
宰相さんが約束してくださいました。ひとまず、来期から兵士さんたちが使用予定の鋼鉄製ロングソードを160本卸して欲しいということです。ただし求めるロングソードは、100回以上のモンスターとの戦闘に耐えうる製品であることが不可欠だという話でした。もし不良品が混じっていたりすれば、指定業者を閉め出される可能性もあるんだそうです。
一気に160本……。
1本いくらよ?
1本3万5000Gです。
じゃあいきなり売上560万Gも立つということじゃないか。
ははは、一本一本、必死こいて庶民に売りつけてたのがバカらしくなるほどだな。
いくら鍛え上げられた高品質品とはいえど、しょせんは鋼鉄製ロングソードでしょう? だったら、原価はせいぜい1万5000~2万Gといったところかしら。半分は粗利益として残せる……。
いかに王国の指定業者が甘い汁かということを示しているな。まぁとにかく、魔境銀行の借金を返すにはとうてい至らないものの、金利支払い程度なら目処がつく。ひとまず一息はつけるな。
だがよー、この王国からの金って、要するに、回り回って税金なわけだろ? 結局アタシらが収めた金が指定業者をこれだけ潤していただなんて、どうにも釈然としないものがあるよな。
普通は、長年に渡って多額の賄賂を関係者に渡しまくっても、なかなか勝ち取れない特権だと言われているくらいだ。裏で金が飛び交っているはずの利権の塊を、あべこべに奪い取ってきたといったところだろうよ。
なら、たまたま私たちの話が特殊だっただけで、普段なら宰相さんも賄賂を受け取っていたんでしょうか?
なんとも言いづらいところだな……。
そんなの、当然じゃないの。その賄賂分も、庶民の税金にしっかり上乗せされているようなものよ。
そこまで断定しちゃうか?
人間が組織を作れば、どこだってそうなるでしょ。だって教皇庁なんて、王国政府とは比較にならないくらい、もっとすごいからね。そもそも莫大な資金力がなくちゃ、教皇になれるはずもないの。ぶっちゃけ、なかの人たちの地位は、上納したお金の額に応じてだいたい決まってきてるわけ。世の中マネーでしょ、マネー。
聖者の沙汰も金次第……。
いちおう王国政府には、庶民が申し訳程度に意見を述べることができる議会が用意されている。だから納税する市民を無視して、ハチャメチャな取引とかまではできないわけよ。指定業者なんてまだまだ健全よね。でも教皇庁には監視機構なんてそもそも存在してないし、国が必死で無理やりお金を集めているのと違って、勝手にお金が溢れてくるみたいなものだから~。
あー、私も早く教皇になりたいわぁ。
教皇にまで出世するつもり満々なのか……。どんだけ野心丸出しなんだよ、うちの僧侶様は……。
だったら、それを逆手にとって、今度は教皇庁に食い込むっていうのはどうでしょう? 教皇庁も、僧侶さんみたいな戦闘員を養成していたりするわけですし、高品質の武具は必要なんじゃないですか?
王国兵は治安維持とかが主要な任務だけに、国全体で2000人くらいいるわけでしょう。だけど教皇庁が抱えてる戦闘員って数が限られてるのよ。諜報とか暗殺とか破壊工作を担う戦闘技術のエリートは、20~30人もいれば十分だからね。
そのうちの一人が僧侶なのか。
フフフ、私が圧倒的一番だったのよ。教皇庁で養成されているエリート戦闘員は、組織のなかでは強い順にナンバーが割り当てられて呼ばれるわけ。それが作戦時のコードネームになるの。
8歳のころには、すでに私はナンバーナインと呼ばれていた。
勇者パーティーに送り込まれる前は、ナンバーいくつだったと思う?
ナンバーワンか?
ナンバーゼロよ。ふふん。
ふふん、とか言われたって、それがどれだけすごいかわからないんだが……。
教皇庁1000年の歴史において、かつてただの一人も手にしたことがないナンバーゼロ。私に割り振るナンバーがあるとすれば、ゼロになるのは自然よね。
すごい……のか?
……いや、たぶん果てしなくすごいんだろうな。まぁ実際、僧侶の戦闘力なら嫌というほどアタシらは知っている。魔王の一人や二人くらいなら僧侶のソロでも……。
歴戦の先輩たちも、誰一人として私には絶対に敵わないわけ。私が本領全開で向き合えば、並み居るエリート戦闘員たちが集団で襲いかかってこようとも、小指一本すら触れられないの。
ああ、たまには敗北の味を知りたいわぁ。
だったらいっそのこと、コツコツ教皇の座を目指すより、武力で教皇庁を制圧しろよ……。ところでそんな魔窟みたいな教皇庁が、魔王と対立しているのはなぜなんだ?
そりゃあ、世界に神は一つで十分でしょう。2つの神が存在したら、マネーの流れが2分割されてしまう。5つの神が存在したら5分割。100の神が存在すれば100分割。だからこそ、出る杭はとっとと打っておくのが教皇庁の基本方針なわけよ。
ほえ~、そんな深い……というか単純な事情だったんですか……。
単純? 冗談じゃない。
これは世界の本質的な富を巡る、教皇庁 VS 魔王軍という巨人同士の、広大無辺な戦いよ。
そうか……つまり、魔王が神になりえるという可能性を、教皇庁は敏感に感じ取っていたんだな。
他の神がどこかの地域に現れたという情報が入ったら、私たち工作部隊を放って、隠密裏に、すっかり殲滅するのよね。ときと場合によっては村ごと炎上。
ミッションコンプリート。めでたし、めでたし。
そんな話を聞くだけで思わず涙目だよ。なんか生きるのが嫌になってきた……。
人類が過去に起こしてきた神々を巡る数多の戦いって、そういうものだったのかもしれませんね……。
そういえば……ごくたまに、辺境の村がモンスターに襲われて壊滅したとかいうニュースが流れてくるが……ま、まさか……。
バカなのかしら?
損得勘定を基軸にして、ロジカルに、リアリスティックに思考しなさい。村を滅ぼして、だいたいモンスターに何の得があるのよ。人間がそこで生活を営んでいたほうが、モンスター側だって食料にありつきやすいとか、様々な恩恵があるんだけどね。
……古代史を勉強したときに知ったんだが、昔存在したはずの数多の神々が、今では悪魔ということにされてしまってるんだよな。まぁ悪魔のなかにも愛嬌があったり、人に善をなすものも交じってたりと様々なんだが、なんだかなぁって気分だったよ。これがレッテル貼りというものなんだろうが。
えっとさ、根本的なことに触れるかもしれんけど、教皇庁と天界とはどういう関係性になってんだ? いちおう教皇庁は、未来の天界に現れるはずの宗主をあがめてるわけだろ。
天界?
天とか付いてるから、なんか偉そうに聞こえるだけでしょ。
それだって人間が勝手に名付けたわけだし、もともと1000年前は魔界とそれほど代わらぬ無法地帯だったらしいわよ。だけど、新しい教典を掲げて勃興したばかりの教皇庁が、当時かなり手練れとして知られていた戦闘員7人を派遣して、一気に制圧したのよね。だから天界っていうのは、要するに教皇庁の実質的な植民地みたいなものなのよ。あこがれの大地ってイメージが流布されているけれど、実際には何もない土地だし、先住民族は鳥から進化したとされる翼人が質素な文明を営んでいるだけで、本当に移住したがる人間は別にいないわよね。私も何度か作戦で派遣されたけれど、どこまでいってもただの森よ。
俺が習ってきた歴史はなんだったんだ……。
真っ赤な嘘だったとは言わないが、本当の権力者たちにとって都合のいい部分を切り貼りした紛い物じゃないかよ……。
これがまた真っ赤な嘘じゃないところが、さらにタチが悪いよな。やれやれだ。
あっ……。もしかして、その戦闘員7人っていうのは、聖典のなかに描かれてる7人の……?
そう。天界から遣わされ、人間界にはじめに降り立ったとされている伝説の7人。でもね、科学的に思考しなさい。なわけないでしょうよ。
だ、だよなー……。
たぶん1000年前の、私たちみたいな特殊工作部隊だったんでしょうね~。その7人が、自分たちの意志で動いたのか、それとも権力者に上手く丸め込まれていたのかまでは知らないけど。
なんだか、魔王さんが魔界を制圧してた事情と似てるかもしれませんね……。魔王さんは私たちに阻まれることになりましたが、1000年前には教皇庁さんが同じようなことを……。
それが1000年前の真実……歴史は繰り返すというわけか。
人間とは、なんて罪深き存在だろう。
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登場人物紹介

勇者

剣技・魔力ともに秀でた有数の戦闘技術の持ち主。幼いころからその力は有名で、王国政府から懇願されて魔王討伐の旅に出た。
心優しく、単純な性格。誰に対しても丁寧で、魔王にすら謙虚な姿勢で臨む。

魔法使い

まだ年若いにもかかわらず、王国魔法協会で最高の魔力の持ち主。勇者を護衛するメンバーとして王国魔法協会から派遣され、最も早くからパーティーに参加した。ギャンブル好きで、大都市にくるとカジノに入り浸る。

僧侶

教皇庁の特殊工作員。教皇庁の思惑から勇者パーティーに派遣され、魔王軍攻略に参加している。
ゾンビ30体を同時召還し使役することができるほどの驚くべき魔法力を秘め、その実力は魔法使いを上回る。タイマン勝負でも、愛用の聖鉄製大型ジャッジガベルを振り回し、戦士を圧倒する実力をみせる。表向きは清楚な女性に見えるが、パーティー内での戦闘力は、実のところ僧侶が最も高い。

戦士

ツワモノ揃いのパーティーメンバーのなかで、唯一の庶民的能力。
苦学生で、生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに所属して時々バイト活動をしていた。あるときダンジョンに挑む勇者パーティーにポーター(鞄持ち)として雇われる。最後に加わったメンバー。
正式には今でも冒険者バイトだが、数字や法律に強く、パーティーの知能を担っている。すでに古株になってしまっており、最後まで同行しそうな雰囲気である。

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