第21話 終章

エピソード文字数 1,485文字

 すべては、終わった。
 長屋は瓦礫と化していた。炭となった柱や梁、屋根。いぶされた木材の臭いが、風に乗って運ばれていく。
 なにもかも、むなしい。

 八っつあんは、長屋の前で座り込んでいた。三太の思い出も、ご隠居の骨董品も、すべて焼けてしまった。なにもない。なーんにも。
「これでめでたしめでたし、ですな」

 喜色満面を隠せないのは、陰陽師の菅原である。八っつあんは、菅原をジロリとねめつけた。ひでーことをいいやがる。と、その目は言っている。菅原は蚊に刺されたほどにも感じていない様子だ。
「なにがめでたいのだね」

 小鳥遊が、底に冷たい刃を感じさせる口調で詰問した。彼がそういう口調になるのは珍しかった。八っつあんの顔色が変わるのを見て、菅原もただごとではないことを悟ったらしい。
「妖怪屋敷が、浄化されたのです。あぶなかったですよ。あのままだったら、みなさん、取り殺されていたところです」
「てやんでえ、それがどうした!」

 八っつあんは、啖呵を切った。
「それがどうしたって、あなたねえ」
「陰陽師から見れば、あやかしはみな、退治するべきものなのかもしれぬ。だが、退治してはならぬものもあるのだ」

 小鳥遊は、静かに言った。菅原は、苦笑している。
「なにをおっしゃいます。正義は我にあり。ユズリハをご存じでしょう。古い葉は、新しい葉にその席を譲るのです」
「自分が古くなったとき、同じ事を若者に言われるんだろうな。気の毒に」
 小鳥遊は、まったくの無表情のままである。菅原は、肩をすくめた。
「では、わたしの仕事も、終わりです。謝礼をもらって、これにて――」
「おい、あれはなんだ」

 驚いたように、小鳥遊が声をあげた。その驚き方が尋常ではなかったので、その場にいた全員は彼の指さす空を見あげた。
 猫又の夫婦が、そこに『浮いて』いた。
 二匹の子猫あやかしも。
 それどころか。

 ひとつ目小僧がいる。大きな目をぎょろりとむいて、ニタリと口が裂けている。鬼婆がいる。ボサボサの髪の毛に、二本の角が曲面を描いている。一反木綿がふわふわ飛んでいる。砂かけばばあが、大きな袋を手にこっちに砂をかけている。でかい腰をした臼太郎……、ありとあらゆる妖怪が、そこにいた。

 菅原は、ヒッと息を飲んだ。顔色は真っ青になっている。あまりの恐怖のため、みるみる髪の毛が真っ白、まるでおじいさんである。まっすぐだった腰が曲がり、そのまま抜けて地面にぺたりと座り込んでしまった。自慢の式神を使うことすら忘れている。

「百鬼夜行だな」
 落ち着きを取り戻した小鳥遊は、ひとりでうなずいて言った。
「あれだけの妖怪を相手では、さすがに封じることは難しかろう」
「むちゃです」
 しわがれ声で、菅原は震え上がった。
「さっさと帰りな。そして、あっしたちには構うなって権三たちに言うんだな!」
 八っつあんは、勝利を込めて叫んだ。



 数時間後、長屋はすっかり元通りになった。診療所に運ばれたトメも元気になった。五郎は彼女を見舞いに行った。

「なにしに来たんだ」
 八っつあんは、喧嘩腰である。五郎は顔をゆがめた。そして、ガバッと身体を屈すると、いきなり土下座をして叫んだ。
「すまねえ! このとおりだ!」

 トメは、ニッコリわらった。八っつあんは、あきれている。
「おまえさん、また三太が帰ってきたね」
 トメは、嬉しそうだった。

 その後、なんだかんだあったが、結局五郎はふたりに引き取られた。
 長屋は、第二次大戦の空襲で焼けるまで、そのままだったという。
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