第9話 捜査依頼④
文字数 1,782文字
厳しいほどに整った顔立ちのこの母に、正語 は昔から弱かった。
一応ポーズで嫌な顔はするが、子供の時から母親の頼み事を断ったことはまずない。
今も顔を顰 めて見せながら、心が動いた。
だが、二つ返事で引き受けるにはこの依頼は厄介だ。
「……一輝 さんの死因に不審な点はなかったんだろ? 何がそんなに気になるんだ」と正語が光子に聞いた。
光子が何か言いかけた途端、横から正思 が口を出した。
「その神社、出るらしいよ」と正思は両手をダラリと垂らす。「昔、鷲宮さんの家に恨みを持った女の人がそこで、首を吊ったんだって」
正語は鼻で笑った。「あの家には霊媒師がいるんだろ?一輝 さんの霊にでも聞いたらどうだ?」と、からかった。
ところが光子は「もう聞いたわよ」と、真顔で答えた。ねえと、隣の正思を見る。
手を下ろした正思は困った顔で頭をかいた。
すかさず光子は、正思の太ももをぴしゃりと叩く。
「真理子 さんが、一輝くんの霊を呼んでくれたのに、この人、信じないのよ!」
「ごめん……でもさあ、久仁子さんの時と違うんだもん……」と、正思は首をひねりながら正語の顔を見た。「……もう亡くなったんだけど、あの家には、鷲宮久仁子 さんっていう、本当にすごい霊能力者がいたんだ……死者を何人も呼び寄せることが出来て、僕たちも直にその人達と会えて、話をすることが出来たんだよ……」
オカルト好きの長兄もそんな話をしていたなと、正語は思い出した。
「……でも、真理子さんは、ただ自分が一輝くんの言葉を聞いたっていうだけだし……僕たちには何も見えないし、聞こえなかったんだよ……悪いけど、ちょっと信じられないよ……」
「真理子さんは、でたらめを言うようなお嬢さんじゃないわよ」
「……うん、中学校の先生だし……あんなすごい美人が、嘘つくとは、思えないけどさあ……」
バカバカしいと思いながら、正語は光子に聞いてみた。「で? 一輝さんの霊は、何て言ったんだ?」
「『よかれと思ってしたことが、裏目に出ただけだから、何も詮索しないでくれ』ですって」
「どういう意味だ?」
「わからないわ……真理子さん、泣き出してしまって……気の毒で、もっと詳しく教えてなんて、言えなかったの……」
「真理子さんと一輝くんはデキてたんだよ」と正思が目を細めた。「ホラ、一輝くんの奥さんってさあ、突然家を出ちゃったじゃない、あれも真理子さんとのことが原因だったんじゃないかな? 一つ屋根の下に夫の想い人がいるって、複雑だもんね」
(中年女の井戸端会議かよ!)
楽しそうに語る正思に正語は内心舌打ちした。
正思は昔からコイバナが大好物だった――そして異常なまでに鼻が利く。
正語が高校生の時。
『付き合っている人、出来たでしょ!』と、正思はしつこく聞いてきた。
息子がはぐらかしているのが気に入らないのか、正思はこっそり息子の後をつけて、恋のお相手を突き止めた。
当時、正語が付き合っていたのは大学生の男だった。
ただの部活のOBだと誤魔化したが、正思には通じない。
鬱陶 しくなった正語は仕方なく、両親の前でカミングアウトした。
実に面倒臭い父親だ。
(俺って、グレもせずに真っ直ぐ育って、本当に偉いよ)と、正語は自分で自分を褒めた。
「真理子さんは、なにか人に聞かせたくないことを一輝くんの霊から聞かされちゃったのかも……それか、親密な間柄の人との交霊って、迷いが生じて感情が高ぶるのかな? 外科手術もさ、身内だとメスを入れにくかったりするっていうじゃない」
正思の長話が終わらないうちに、光子がテーブルを片付けだした。
(おっ、やっとお開きか)
正語はやれやれと、光子を手伝った。
「……もしまだ輝ちゃんが生きていたら……一輝くんの身に何が起こったのか知りたいと思うの」
光子は手を動かしながら、静かに語った。
「智和さんの話では、一輝くん、何かトラブルを抱えていたみたいなの。興信所に誰かの身元を調べていたようだし、亡くなった日の朝は貸したお金の事で言い争いもあったんですって」
正語は観念した。「わかったよ。みずほに行ってくるよ」
正語が言うや否や、待ってましたとばかりに正思がポケットから紙を取り出した。
「はい。容疑者リスト」
そして正語の神経を逆撫でするようなニヤけた笑みを浮かべた。
「秀ちゃんと仲良く事件を解決してきてね!」
一応ポーズで嫌な顔はするが、子供の時から母親の頼み事を断ったことはまずない。
今も顔を
だが、二つ返事で引き受けるにはこの依頼は厄介だ。
「……
光子が何か言いかけた途端、横から
「その神社、出るらしいよ」と正思は両手をダラリと垂らす。「昔、鷲宮さんの家に恨みを持った女の人がそこで、首を吊ったんだって」
正語は鼻で笑った。「あの家には霊媒師がいるんだろ?
ところが光子は「もう聞いたわよ」と、真顔で答えた。ねえと、隣の正思を見る。
手を下ろした正思は困った顔で頭をかいた。
すかさず光子は、正思の太ももをぴしゃりと叩く。
「
「ごめん……でもさあ、久仁子さんの時と違うんだもん……」と、正思は首をひねりながら正語の顔を見た。「……もう亡くなったんだけど、あの家には、
オカルト好きの長兄もそんな話をしていたなと、正語は思い出した。
「……でも、真理子さんは、ただ自分が一輝くんの言葉を聞いたっていうだけだし……僕たちには何も見えないし、聞こえなかったんだよ……悪いけど、ちょっと信じられないよ……」
「真理子さんは、でたらめを言うようなお嬢さんじゃないわよ」
「……うん、中学校の先生だし……あんなすごい美人が、嘘つくとは、思えないけどさあ……」
バカバカしいと思いながら、正語は光子に聞いてみた。「で? 一輝さんの霊は、何て言ったんだ?」
「『よかれと思ってしたことが、裏目に出ただけだから、何も詮索しないでくれ』ですって」
「どういう意味だ?」
「わからないわ……真理子さん、泣き出してしまって……気の毒で、もっと詳しく教えてなんて、言えなかったの……」
「真理子さんと一輝くんはデキてたんだよ」と正思が目を細めた。「ホラ、一輝くんの奥さんってさあ、突然家を出ちゃったじゃない、あれも真理子さんとのことが原因だったんじゃないかな? 一つ屋根の下に夫の想い人がいるって、複雑だもんね」
(中年女の井戸端会議かよ!)
楽しそうに語る正思に正語は内心舌打ちした。
正思は昔からコイバナが大好物だった――そして異常なまでに鼻が利く。
正語が高校生の時。
『付き合っている人、出来たでしょ!』と、正思はしつこく聞いてきた。
息子がはぐらかしているのが気に入らないのか、正思はこっそり息子の後をつけて、恋のお相手を突き止めた。
当時、正語が付き合っていたのは大学生の男だった。
ただの部活のOBだと誤魔化したが、正思には通じない。
実に面倒臭い父親だ。
(俺って、グレもせずに真っ直ぐ育って、本当に偉いよ)と、正語は自分で自分を褒めた。
「真理子さんは、なにか人に聞かせたくないことを一輝くんの霊から聞かされちゃったのかも……それか、親密な間柄の人との交霊って、迷いが生じて感情が高ぶるのかな? 外科手術もさ、身内だとメスを入れにくかったりするっていうじゃない」
正思の長話が終わらないうちに、光子がテーブルを片付けだした。
(おっ、やっとお開きか)
正語はやれやれと、光子を手伝った。
「……もしまだ輝ちゃんが生きていたら……一輝くんの身に何が起こったのか知りたいと思うの」
光子は手を動かしながら、静かに語った。
「智和さんの話では、一輝くん、何かトラブルを抱えていたみたいなの。興信所に誰かの身元を調べていたようだし、亡くなった日の朝は貸したお金の事で言い争いもあったんですって」
正語は観念した。「わかったよ。みずほに行ってくるよ」
正語が言うや否や、待ってましたとばかりに正思がポケットから紙を取り出した。
「はい。容疑者リスト」
そして正語の神経を逆撫でするようなニヤけた笑みを浮かべた。
「秀ちゃんと仲良く事件を解決してきてね!」