第1話

文字数 8,120文字

 父の運転する車をバイクで追いかけて首都高速に乗り、川口インターから東北道に入る。冷たい十二月の空気はバイクに乗った私に容赦なく吹き付けてきて、冬物のグローブを嵌めただけの私の指先の間隔を鈍らせてゆく。冬物のバイク用ジャケットを着こんでマフラーを襟元に巻いているお陰で身体は寒く無かったが、フルフェイスヘルメットのベンチレーションを開けて外気を取り込まないとスクリーンが息で曇ってしまう。だがそれは冬場にバイクを運転する以上、避けては通れない事だ。
 東北道を北に向かって進み浦和の料金所を過ぎると、進行方向右手に排気ガスにくすんだ埼玉スタジアムがある。ワールドカップの試合の為に見栄を張って建設したものだったが、試合が無いときはただ天に向かって盛り上がった鉄とコンクリートの腫物の様だ。周りに様々な施設や建物があれば、それなりに有意義な建物として使われていない状態でも存在感を放っただろう。だが、生憎この辺りには規則正しく動く高速道路と開発途中の街があるくらいで、付け焼刃のような印象は否めない。大きな施設を作るにはこの辺りしか土地が無かったのだろうが、肝心のサッカーの試合が無ければ精彩が無かった。何もないのにその姿をさらしているのは、まるで劣等性の烙印を押され廊下に立たされている無垢な小学生の様だ。以前、高校時代の友人達と那須高原までの一泊二日ツーリングの帰り道に見かけたとき、そんな感想を抱いたのを覚えている。
 父の先導する車は岩槻のインターチェンジを抜け、蓮田に入った。そこから蓮田サービスエリアに併設された降り口から下道に降りる。東北自動車道を跨ぐ橋を越えて蓮田市の東側に移ると、東京都心の基準では住宅街と呼ぶのも憚られる場所に移動した。そして下道を進むと、灰色の空の下に真新しい一軒屋が見えた。私達一家の新しい住処だ。元々農家だった家を取り壊し土地ごとを買い取って、そこに芝生の庭と新しい家を建てたのだ。お陰で固定資産税が高いのだか、緑の多い土地に住みたいという父の願いを叶える為の家なので文句は言えなかった。
 私達はその家の開かれた門を潜り、家の敷地内に入った。用意された駐車スペースに入ると、私はバイクのスタンドを下してバイクを降りた。引っ越し業者のトラックが並ぶ家の正面から右手には、電動シャッター付きのガレージが用意され、中が開け放たれている。横幅は十分にあり、父の車と私のバイク、それに弟がいずれ所有するであろう車の為のスペースがあったが、まだ引っ越し業者の人達がいる状態では利用できなかった。
 ヘルメットを脱ごうと顎紐に手を掛けると、車から父と母、弟の摩修と黒柴犬の真弘が降りて来た。私はヘルメットを脱ぎ、プレスされた髪をとかしながら前に進んで新たな家を見た。家は都心の閑静な住宅地で見るような豪華なつくりで、格差と貧困が蔓延する現代の基準で言えば憎悪の対象になりうる家だった。
「今日からここで寝泊まりね」
 私は家を見上げながら漏らす。家の二階にある東側の部屋が私の部屋だ。そこで寝泊まりするのだと思うと、二十一歳になったのに心が弾む。こんな高揚した気分を味わうのは、小学校に上がり自分の部屋を与えてもらった時以来の気分だ。
「朝になれば小鳥たちが起こしてくれるよ」
 弟の摩修が呟いた。まだ彼は高校二年生で、彼は私の通う大学の付属高校からイギリスの大学への進学を希望していたが、お調子者な性格のせいで進学が怪しかった。
 父と母は引っ越し業者の責任者に会う為に、家の中に入って行った。二人の両手には銀座にあるデパートの紙袋が握られ、今回の引っ越しを手伝ってくれた業者の従業員に配る菓子折りが入っていた。愛犬の真弘と弟と共に残された私は周囲を見回し、自分達の家が先ほどの埼玉スタジアムと同じ、場違いな場所にある場違いな雰囲気を味わった。周囲の人達、ここに昔から住んでいた人たちは私達の家を見てどう思うだろうか。
「ここなら、勉強に集中できるんじゃない?山籠もりみたいな環境よ」
「まあね、でも通学の手間が結構あるよ」
 弟は苦笑しながら私の言葉に答えた。私と摩修が通う大学と高校は東京都内にあり、ここから電車を使っても片道一時間半は掛かった。
「父さんも、ずいぶん離れた所に新居を構えたよね」
 弟が続けて漏らすと、まだ新しい環境に対応できていない真弘が吼え始めた。リードを持っていた弟が真弘をなだめていると、私はこう漏らした。
「父さんは土と空に囲まれて居たいのよ。だって、実家の会社を継がなかったら福島に移住して何かするつもりだったんでしょう?」
「僕らが生まれる前はね。でも母さんと大学卒業の時に結婚して、移住の資金を集めようとして家の会社に入ったら、一年半で姉さんが生まれた。だからチャラになったんだよね」
 弟は嬉々とした言葉で答えた。もしかしたら、彼も父のように卒業後イギリスで出会った学生と結婚して、スコットランドかどこかに住む計画なのだろうか。
 そうしている内に、引っ越し業者の人の歓声が私達の元に聞こえて来た。父が菓子折りを手渡したのだろう。彼らが引き上げれば、この家は完全に私達の物だ。

 それから十五分程して、引っ越し業者の人達は深々と礼をして引き上げていった。私はバイクをガレージに入れ、父の車の横に停めた。そして新たに私に用意された、二階にある東側の部屋に入り、私物の入った段ボール箱を開けて、自分の身の回り品を棚やテーブルに並べ始めた。
 暫くすると、母が一息入れようと声を掛けた。私は部屋を出て階段を降り、真新しいリビングに入った。
 リビングのテーブルには近所のスーパーで買った総菜が並んでいた。今まで住んでいた地域の水準からは、飛行機の座席に例えるならビジネスクラスからエコノミークラス並みにグレードが落ちていたが、嗜好品以外にこだわらない私達には十分な物だった。だが明日からここで毎日を過ごすのだと思うと、今までとは異なる環境で過ごすのだという事を実感して少し違和感を覚えた。
 出来合いの総菜による夕食の後、私達家族は新しい風呂に入り、東京都心より寒い空気によって冷えた身体を温めて、いつもより早めに床に就く事にした。私はパソコンのワードを立ち上げ、今日の出来事や思った事を日記に書いて、眠りに着いた。

 翌日、目覚めると東京都心よりも冷たい部屋の空気が私の顔に圧し掛かって来た。ベッドから起き上がり、スリッパを履いて窓の外を見ると、東京よりも清らかな太陽の光に照らされた、艶の無い透き通った外の風景が目に入った。都心より緑が多く俗悪な施設が周囲に無いせいだろうか、家の外は冷たい空気で満たされている。私は以前に友達と一泊二日のツーリングに出掛けた時、自然の中にある宿で迎えた朝に似ていると思った。その時と違うのは、今日からこれが毎日続くのだ。
 私はリビングに降り、朝食にありつく事にした。内容はトーストと目玉焼き、それにコーヒーだった。私はそれを五分と経たずに平らげると、シャワーを浴びる為浴室に向かった。浴室に向かう途中、夜遅くまで起きていた弟とすれ違ったが、まだ大脳が眠りに落ちているのか言葉は交わさなかった。
 シャワーを浴び終えて身支度を整えると、私は今日の講義に必要なテキストやノートを入れたリュックサックを背負い、ヘルメットとキーを持ってガレージに向かった。ガレージのシャッターは開け放たれており、昨日父が乗って来たメルセデス・ベンツ・GLE350の傍らに、私のBMW・S1000RRが停まっていた。私は手で押してバイクを出し、キーを差し込んで電源を入れてセルを回した。大型免許取得以前に乗っていたカワサキのZZR400はキャブレター車だったから、エンジンを掛けるのに少し時間が掛かった。
 少しアイドリングさせてオイルをエンジンに循環させて温めると、私はヘルメットを被りバイクに跨ってサイドスタンドを払う。そしてギアを一速に入れると、リモコンで開いた門を潜って家を出た。
 新居から出た時の風景はまるで、外出先から実家に戻るような錯覚を一瞬覚えたが、道路を二分も走るとその感覚も消えた。目指すのは、東京の文京区にある私の大学。東北自動車道と首都高速を使って一時間半の道のりだった。
 二つの高速を使って文京区に入ると、私は警備員さんに駐車証を見せてバイク駐車場にバイクを停めた。そしてヘルメットを脱いでグローブを中に入れて、カウルから生えたミラーにヘルメットを掛けると、講義を受ける校舎へと向かった。今日は選択科目の哲学の講義があり、功利主義の事を覚える講義だった。
 教室に入ると、何人かの学生が席に着いていた。男同士、或いは女同士で楽しげに会話する学生も居れば、異性同士のカップルで何か話している者も三グループ程見受けられた。こういう時は騒がしくしてもかまわないと思うが、授業中は静かにしてほしいと思う。ここは勉強する場所なのだ。私にキャンパスで愛を語る相手は居ないが、ここは勉強する為の場所だから問題ないはずだ。そんな事を考えていると、私の後ろの席に二人組の男女が座った。楽しげな会話をしている様子から、恐らくカップルだろう。私は無視を決め込んで、これから始まる事に意識を向けた。
 それから五分ほどして担当教授が入室し、スマートフォンを使ったオンラインサービスで出席を取った。私はノートを開き、担当教諭の話に聞き入る事にした。
 講義は冒頭の五分は以前の復習に充てて、残りの時間が本題になった。内容は功利主義の提唱者であるベンサム、ミル、シジヴィックの三人が提唱した功利主義の形と共通性の話。今日の講義は予習をしてこなかったが、興味のある内容だけに、教授の話を聞く耳が冴えて、ノートを取る手がいつもより動いた。
 三十分程経つと、背後で誰かの囁き声が聞こえた。声の主からして、後ろの席のカップルの女子学生らしい。私は無視をしようと思ったが、逆にその意識が私の無意識に侵食してきて、私の思考を妨害させる。まるでクリアな音声を伝えていたのに、近くで行われているイベントのせいでノイズが入るようになったラジオみたいだ。そのノイズは次第に私の中で耐えられないものになり、表面張力によって保たれていた感情のコップに波を立てるようになり、ついに私のコップから水がこぼれた。
「ちょっと」
 私は声を落としていたが、相手には聞こえる大きさの声でこう言った。声を掛けられた男子学生と女子学生は、ハッとした表情で私を見た。私は女子学生の目に視線を合わせこう言った。
「黙ってよ。あんたらだけが楽しいと思ったら大間違いだよ」
 そう言うと、二人の学生は現実に引き戻されたのかそれきり何も話さなかった。教壇の教授もこの変化に気付いている様子だったが、特に何も言わなかった。そして私は静かに何事もなかったように講義を聞き、今日の哲学の授業を終えた。退席する際に、後ろの学生の事が気になったが、二人は私の事を避けている様子だった。
 それから少し間を開けて、今度は選択科目のフランス文学文化の講義を受けた。内容はコクトーの小説『恐るべき子供たち』についての講義だった。この作品は確か冬の寒い時期から始まり、十代の多感な少年少女たちが自分達の理性でもない感情を持って世界を作り、やがて破滅する作品だ。
 私も一応ここに来るまで十代の時期を過ごしたが、あまり印象に残る事は少ない。私立の小中高と進学しこの大学に入ったが、『恐るべき子供たち』のように、自分と同世代の仲間と自分達の世界を形成した記憶はなかった。今思えば、そう言う事が無かったのはかえって損失かも知れない。もっと卑屈に自分達の世界に引きこもり、狭い隙間から外を覗くような時期が必要だったのだ。二十代になり成人してから、私はそれを感じる事が多くなった気がする。まだ社会的な身分は大学生と言う立場だが、もう区切られた世界に自分を置く事はもう少しで終わる時期に来ている。
 大学での今日の予定を終えると、私は寒空を見つめながらバイク駐車場へと向かった。向かう道のりで今日あった事を思い返し、感じた事を総括してみると、私には他人と過ごす世界が無かった事に気付いた。自分一人では最後に自分に帰結する功利主義は形成できないから、他者との関係性の中で自分達の世界を作り、その内部で自分に帰結する功利主義を作る必要があると思った。
 だが私にそんな功利主義を手っ取り早く作れる方法があるのだろうか。私にできる事と言えば、こうやって大型バイクに乗り、東京都心の大学と埼玉の新しい実家を往復するしか能がない。一応手の空いた時に父の祖父と兄弟が経営する会社を手伝う事はしているが、真面目にアルバイトをしたり就職して働いている同世代に比べれば、まだまだ自分は未成熟で弱々しい気がする。
 そんな事を考えながら私はバイクに乗り、大学を後にして家路についた。一瞬、それまで住んでいた板橋方面に進みそうになったが、すぐに思い出して道を修正し、王子北から高速に乗った。
 私は東北自動車道に入り、岩槻の出口で高速を降りた。そして国道一二二号に入り、自分の家へと続く下道を覚える事にした。何らかの理由で高速が使えなくなった時に備えて、道を覚える為だ。
 暫く道を進み、元荒川の手前、蓮田駅近くの交差点で右折し、有名な川魚料理店の脇を抜ける。東北自動車道の下を潜り、信号を越えてアパート近くのカーブを曲がると、元荒川沿いに立つ真新しい診療所の向かい側に、車を駐車できそうなスペースが見えた。川沿いにバイクを停められる所があるのかと思うと、私は興味を注がれそこにバイクを滑り込ませた。
 橋の近くの広場は未舗装で、車一台が横に止まれるだけのスペースがあった。土手には等間隔で木々が並び、ごつごつとした幹が無骨な表情で並んでいる。私は砂利の所にバイクを停め、エンジンを切ってスタンドを下した。そしてヘルメットを脱ぎ、午後の緩やかに傾いた太陽の光を反射する、鈍色に近い茶色の元荒川の水面を見た。
 ここには東京とは違って、余計な物がないなと思った。街を行き交う無駄な車も無駄な人間も無い。あるのは土と空、それに必要十分な数の人間だ。外の世界が見たければSNSやその他の方法を使えばいい。ここにいる私には住処とやるべき事があればいい。功利主義やらなにやら私は欲に飲まれていたのだろうと思った。
 私は地面に腰掛け川の上流方向を見た。対岸には刈り入れられた田んぼが広がり、土の部分を寒空に晒している。地球の農作地は地球にある地表の部分の数パーセントでしかないが、ここだけ見ると、人間が地球を利用して生きながらえている気がした。私のいる側も同じような光景だろうか、そう思って視線を移すと、一人の少年が視界に入った。
 少年は身長が一六〇センチ前後で、白い肌に大きな瞳、それに艶やかで耳に掛かる長さの黒髪が印象的な少年だった。ジャージ姿にナイロンのスポーツバッグを携えているから、恐らく地元の中学生だろう。少年は何かを憐れむような眼差しで、元荒川の水面の光を見ていた。彼のお気に入りの場所なのだろうか。
 すると少年は私の視線に気づいたのか、私の方を振り向いた。一瞬目が合いそうになると、私は視線を逸らし流れる水面を見つめた。
 すぐさま私の左頬のあたりに、彼の視線が注がれている感触が伝わる。年下の子供に何を考えているのだと思ったが、妙な違和感が胸の中で形成されてしまった。
「そのバイクはお姉さんの?」
 離れた所から私の耳に少年の言葉が入ってくる。
「そうだよ」
 私はいつもと同じ声、普通に室内で話す時の声の大きさで話した。聞こえにくいかと思ったが、私と彼を遮るものは間に無かった。
「大きいね。何cc?」
「一〇〇〇cc」
 私は答えた。田舎の子供だからだろうか、年下にもあまり敬語を使わずに話されるのは初めての気分だった。
「じゃあ、大型免許を持っているんだ。いつ取ったの?」
「今年の初め」
 私が答えると、少年は歩いて私の背後を抜けて、バイクの後ろに回った。
「練馬ナンバーってことは、東京の人?」
「二日前まではね。今はこの街に引っ越してきたの」
 私が答えると、少年はこう答えた。
「じゃあ、二日前から地元の人なんだ」
 どこか角が取れたような少年の言葉に、私はちょっと安心感を覚えた。
「そう。あなたも地元の人?」
「うん、すぐそこの中学に通っている」
 少年は答えた。言われてみれば、私がここに来て初めて会話を交わした地元の住人は、彼が初めてだった。
「いい場所ね。ここの川沿いは」
 私はフランクに言った。年下相手に身構えても仕方ない気がしたからだ。
「そこに植えられているのは桜の木なんだ。春になると綺麗に咲くよ」
 少年の言葉を聞いて、私は土手に植えられた桜の木を見た。確かに固まった溶岩みたいな幹の表面は、桜色の花を咲かせる木の特徴を表していた。具体的な品種は分からなかったが、春の暖かく埃っぽい空気に包まれながら、ここで桜を愛でることが出来れば、無駄のない世界に一つの美しさ、暖かさを表現する事が出来るかも知れない。
 少年は私の周囲をうろついた後、再び元荒川の水面を見た。遠くでは東北自動車道を行き交う自動車の騒音が響いてくる。川と大地、それに男と女。流れるのは時間だけと言うのは、まるで必要最低限の世界にいるみたいな気分だ。
 私は立ち上がり、バイクに向かった。少年は立ち去る私を見つめて、こう言った。
「姉さんは、何処に住んでいるの?」
 少年が質問するので、私は神社の近くにある町名と番地を答えた。
「俺は田んぼの近く、工場のある辺りだよ」
「そうなの。同じ町の住人としてこれからよろしく」
 私はそう答えてヘルメットを被り、バイクに跨って家に向かった。



 それから私はパソコンで別の講義に提出するレポートを書き、母が用意してくれた夕食の親子丼を弟と一緒に食べた。テレビは何時も通りの提灯持ちのニュースを流し、別の民放は、内容よりも視聴率を優先する俗悪な番組を流していた。私はそれらの番組を無視し、テレビのリモコンを操作してBS放送に切り替えた。BS放送は国際情勢を扱った情報番組や海外のドキュメンタリーを放送しており、私はイタリアの小さな村に焦点を当てたドキュメンタリー番組を見る事にした。舞台はこの埼玉よりもっと鄙びた、内陸部にある山間の村が舞台だった。村の人口は恐らく千人前後、人々は山肌に畑を作り、農産物を育ててヤギを飼い、日々の暮らしを過ごしている。都会と違って余計な物がなく、人間と人間が面と向かって話す機会が多い場所。そういう場所は、恐らくどの国にも必要だろうと思った。
 食事が終わると、私は器を下げて入浴の準備に掛かった。弟は友達とSNSでの交流があるらしく、部屋に早々と引き下がっていた。
 風呂から上がり、エアコンの暖房が効いた二階の自室に戻る。寝巻きに着替えた私はパソコンを立ち上げて今日の日記を書いた。今日は大学の教室でだらしない学生二人を注意した事と、帰り道に寄り道して元荒川の土手に行ったことを書いた。そこには桜の木が植えられていて春になると美しい花を咲かせる事と、その土手がお気に入りの場所になっている男子中学生が居る事など、私にとってもお気に入りの場所になるかも知れない場所だったが、地元の誰かと共有するのはちょっと気が進まなかった。だが地球上の場所など、完全に個人で独占できる場所など存在しない。この世界に生まれた以上、何処かで誰かと共存しないといけないのだ。たとえ功利主義に走り意固地になろうが、『恐るべき子供達』に登場する、ポールやエリザベートの二人のように、何処かで他人と共有する物なのだ。人間は一人では生きられない。他者と言うフィルターを通した自分が最後に実存する自分に帰結する存在なのだ
 私はそれを言い聞かせてパソコンに書いた日記を保存し、ワードを閉じて電源を落とした。そしてエアコンの暖房のタイマーをセットして、眠りに着いた。

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