オデット・ノート (2)
文字数 1,417文字
あたしが泣きだしたのはその夜で、あの夜からあたしは毎晩、パパのベッドで寝た。
パパのベッドの、ママがいた場所で、パパに抱きしめられて泣きながら寝た。あたしが見てないうちにパパが死んじゃうとか、パパが見てないうちにあたしが死んじゃうとか、何かそういうことを言ってたらしいけどよく覚えてない。パパもちょっと泣いた。最近になって、あのときおれが酒に溺れなかったのはおまえがいたからだ、と言われて、こうして字で書くとすごく感動的なんだけどパパの口調は、迷惑千万、という感じで、ぜんぜん感動的じゃなかった。たしかに毎晩小さい娘を、それも泣いてさわいでいるのを寝かしつけなきゃいけないから、パパは物理的にお酒を飲むひまがなかったのだ。本当あたしのおかげ。
ここまで書いていちおうパパに確認したら、もう、ものすごくあきれかえった顔をされた。
「覚えてないのか、オデット」
「何を?」
「おまえも救急車で運ばれたんだぞ」
それ、ぜんぜん忘れてました。急性アルコール中毒。かなり危なかったそうです。けっきょくパパはお酒を飲んでいたのでした。こっそり。強いから酔わないからあたしにわからないだろうと思って。だけどあたしは知ってた。思い出した。ものすごく悲しかった。大人はずるいと思った。あたしにはだめって言うのに。あたしもあのびんの中味を飲んだら、パパの気持ちがわかるかもしれないと思って、飲んだらすごくまずくて(あのときはまずいと思ったの、子どもだから)死ぬかと思ったけどパパの気持ちがわからなくて生きてるくらいなら死んでやると思ったんだった。そうそう。そしたら本当に顔がものすごく熱くなってきて、頭が痛くて割れるかと思って息ができなくて、そのあと記憶がないからたぶん気を失った。いま思うとぞっとする。何がぞっとするって、つづけて二度も救急車につきそいで乗ったパパは本当に気が狂いそうだっただろうと思う。ごめんなさい、パパ。あの人がもっと繊細だったらいわゆる、トラウマとかになってたにちがいありません。神さまがあの人をちょっとばかに創ってくださって本当に感謝します。
とにかく、あれでパパはお酒を断った。しばらく。いまはふつうに飲んでるけど。