第1話
文字数 25,440文字
地獄猫2―地獄に送ってやる編
ロータリー専門店ガッツ・
朝が来るのが早かった。世沼前は、午前5時に起き、インスタント焼きそばに、お湯をくべて、2分半で食べ出して居た。
TVを点けて本日のニュースを見る。
「夏になると交通事故が多いな」
独り言を言い、カップを台所の流しに捨てる。朝だと言うのに気温がグングン上がって来る様な気がして、扇風機の前で横になる。
セブンスターに火を点けて、大きく吸う。
メモ帳を、スーツの上着の、内ポケットから取り出して、本日の仕事の予定表を見る。
―原宿・ガッツ、2TGカローラ展示納入、同行者山城。午前中予定。
と記して有った。世沼は、少し微睡み、午前8時に家を出た。
「お早うございます」
加瀬モータースに着くと、既に社長は出社しており、ポータブルTVで、NHKの朝の連続TV小説を見て、お茶を飲んでいる。
「あ~世沼君か、お早う、今日は小島の所行くんだって、2TGか、出し易いようにしといたから」
「あ、有難うございます」
世沼は、タイムカードを押すと、日報の新しいのを、バインダーに挟み、日付を入れる。
「そう言えば、世沼君、美雪ちゃん帰って来たか?」
「いえ、何日も帰ってませんが?」
「フーン、アッソ」
そんな会話をしてると、山城が出社して来て、タイムカードを押す。
「オス、お早う、世沼さん、2TG、俺が持って行きますので、サニーで会社まで送ってください」
「ウム、その積りだよ」
午前9時になる。山城は、2TGのカローラを、展示場から脇道に出して、エンジンを、チョークに入れて吹かす。
暖機が終わると、世沼に一声掛けて、ダッシュして原宿に向かった。世沼はタバコとお茶が終わると、15分遅れて、サニークーペを、出して、原宿表参道に有る、中古車ショップーガッツーに赴く。世沼は、ウィンドウを、全部閉めて、サンデンのカーエアコンを、強にして、車内を冷やしていた。
午前9時41分、原宿に着き、ロータリー専門店―ガッツーの看板を見付ける。まだオープンして、間もないので、アドバルーンが、空に聳えていた。
中古車チューンショップでも有るガッツは、世沼の古い知人で、オークション屋で、中古車ブローカーをしていた男だ。店の敷地が広く、中古車展示場の台数が多く入るので、一台試しに、2TGの、カローラを加瀬モータースから、場を借りて、売り出す事にした。
世沼が、ガッツの事務所の前へ、車を付けると、他の中古車ブローカーが、多く来て居、小島社長と話し合って、注文を取っていた。
「あ~、世沼君良く来た、君の所の2TG、仕方ないので置かしてやんよ」
店の従業員は、5人、中にはロータリーチューンの雨宮の弟子も居たりして、豪華な顔ぶれで有った。
「あの、小島さん、後ファミリアと、コロナ置かせてくれませんか?」
世沼は、加瀬社長から言付かった案件を言う。
「ダメだよーそんなダサい車、ナウなシティーボーイの客が逃げちゃうじゃんか、おっ!山半さん来たか」
山半とは、山下伴次と言う、陸送と、中古車オークションを、個人で営んでいる仲間で有る。山城は、暇になり店に飾ってある、マツダ・サバンナRX―3の、程度の良いのが有ると聞いて、246号線の方へ、試乗しに行った。世沼は手持無沙汰になり、店の冷蔵庫から、ジンジャーエールを、勝手に出して一息つく。
「おっ世沼君も、陸送して来たの?」
「ハイ、山城が、カローラGTを一台持ってきたんですよ」
「フーン、相変わらず、ショベェー車しか、加瀬モータースは無いのか」
山半は、ロータリーエンジンの、愛好家で、小島のオープンに際し、500万の出資をしていた。
「ショボイけど、2TGのカローラで、年度落ちですが、エンジンも鍛えてますし、良い車選んで来たんですよ」
RX-3で山城は、六本木界隈を、一周して来て、車を展示場に戻し、事務所に入る。
「どうだ、山城君、僕の所のポート加工したサバンナ、速くて良いだろう」
「ハァーしかし、低速域が死んでて、怖かったですね、ピーキーで扱い辛いし、最高速は、200キロ、首都高の空いてる区間で出しましたけど、ハンドリングが、ブレるし、今時、重ステで、ステアリングも社外で、扱い辛い、せめて、MOMOか、イタルボランテを入れた方が良かったスね、後ミッション系が、少しイッテル感じで、前オーナーが、乱暴に扱ってた感有りですね、これで260万は高いかと」
コジマは、そんな山城の言を聞いて、俄かに不機嫌になり、山城からキィーをひったくる様にして、受け取る。
「ア、 アレはウチの第一号のチューニン
グマシンだ、文句アッか?」
「いえ別に無いっすけど、公道じゃアレ亀ですよね、正直言うと」
「クッ、HKSのマフラー入れれば低速も安定する、ウザッタイから君達早く帰りなさい」
世沼と山城は、中古車センターガッツを後にした。帰りの車中世沼は、山城に言った。
「あんな奴が、社長じゃ長く持たないな」
「全く・・・・・・」
車は、車速60キロで、246号青山通りを、世田谷に向けて走って行く。
あれから2カ月が経った。
「イヤー世沼君、小島さんの所、潰れたってよ」
加瀬社長は、朝刊を読みながら、世沼が出社して来るなり言った。心なしか、加瀬社長は、嬉しそうで、鼻でフフンフフンと笑っていた。
「フーム、確か半月前見に行った時、トイチの陣内が事務所を、ウロツイテました」
「フハフハ、そうか、あんなロータリー屋、腕も無いくせにチューンするからよ、ナハッ」
その日の昼頃、世沼は、ガッツの事が気になり、見に行く事にした。サニークーペで、店の駐車場に停める。敷地には、―売地―と出ており、車は半分ほどなくなり、移動していた。駐車場で、必死の形相で、山半さんが、コロナクーペを、移動していた。
「山半さん、一体どうしたのです?」
世沼は、この異常な光景を見て、心配になっていた。
「ウーム、君もこの店の出資者なら、好きな車を差し押さえで持って行くといいよ、何せトイチの金300万円借りて、一銭も返さないで、ドロンだからな、全くアイツ見つけたらマグロ漁船に売る」
「ハァー、やっぱりそうでしたか・・・・・・」
「兎に角、お前さんの所の車も、回収した方が良いぞ、借金の抵当に持って行かれるぞ」
あらかた、ロータリーの車は持って行かれて、他の車は、差し押さえの貼り紙が、貼って有った。
そんな所に、トイチの金貸し、陣内が来ていた。陣内は事務所や、整備工場の機材を業者に持って行かせ、その差配をしていた。
「ケッ、とっ捕まえて、内臓売らせても回収してやる」
と、息巻いていた。世沼前は、そんな現場で、黙々と車の移動を手伝っていた。
「あ、前ちゃん、美雪、今度結婚することになったんだ、イヤー済まん済まん」
と、頭を下げて謝る。世沼は内縁で有った美雪は、前の前から姿を消して、何でも絵描きの芸術家と一緒になると言っていた。
前は、その日家に帰ると、地獄猫のG1ジャケットを羽織り、CB400FOURの、エンジンを掛けて、マシンは咆哮し、首都高速から、中央道へと乗り入れた。世沼前の、目には涙が光り、速度計を見ずに、走り去って行った。これが地獄猫の宿命か?。
日空オートガスの下田
陽は高く昇っていた。会社前を走る、五日市街道を、渋滞の列を作りながら、大型トラックが、コクピットの窓を開け、カーラジオを、ボリューム一杯鳴り響かせていた。ディーゼルエンジンの、排気煙が、街道沿いに有る、プロパンオートガスの、営業所、日空オートガスの、敷地内にも入って来て、世沼前は、少し咽る。ここ拝島町に有る、日空オートガスは、主にタクシーの燃料になる、小型ベーパライザーと言う、ガス車の交換スタンドと、一般家庭用の、顧客への小売り、800件程の客が有った。
後は、業務用のガスベーパライザー販売を主な営業業務としていた。
世沼は、先月の初め、日産村山ディーラーから依頼されて、営業車になる、ダットサントラック、所謂ダットラを、三台売った。
日産村山ディーラーの営業部長、進堂は、厳しい人で、売った物のアフターケアーに力を注力していた。
その為、営業部長も、世沼が売ったダットラ三台の、様子を本日見に行かせていた。
世沼は、営業所の事務所へ、ノックして入り、深くお辞儀をして挨拶をした。
「あの~、毎度お世話になってます、日産村山の世沼です、本日、先日お買い求めいただいた、三台のダットラの、様子を見に来たもので、何か不具合は、有りませんか?」
「おう、車の具合は良いぞ、コラムシフトで、軽快に走っている様だよ」
営業所長の田沼が出て来て、暇なのか、何時も世沼の相手をする。
「それに、付きまして、今お使いになっている、74年式の、サニトラを、是非次回の車検の時は、我が村山ディーラーで、思い切って、ダットサンのトラックに代えて見てはどうです?」
「う~ん、本社の次長と、話をしなければならないし、早急に決められないな、ダットラより、一台トヨタのライトエースが、入ってくる予定だよ、日産さんには悪いが、ライトエースと、ダットラ、どっちが良いか、営業マン達に聞き取りしなくてはね」
世沼は、コーラの缶を出して貰い、一息に飲み干す。
「でね、古いサニトラの、ブレーキがちょっと甘くなってるんだけど、今調節してくれるかな?」
1台、70年代のサニートラック、通称サニトラが、敷地内の隅で停まっていた。
「ハイ、工具を貸してくれれば、ドラムブレーキですし・・・・・・」
世沼は、サニークーペから、作業用のツナギを出し、車の脇で着替える。暑い太陽がm仕切に肌に差し、汗がしたたり落ちる。
ジャッキアップして、外したホイールを脇に置く。
「クッ、シューが逝ってんじゃないか、これじゃ止まれないよ」
ブレーキシューの脇に有る、ワイヤーで、取り敢えずの、調節をして、4本のタイヤのブレーキをキツキツの状態にして、敷地内でブレーキテストをする。
「良し、少し固いけどこれで良いや」
世沼が、作業をしていると、一人の青年が後ろで見ていた。
「アンタ、何処かのメカニックか、俺のマシンのブレーキも見てくれよ」
「ハァ?マシンと言うと?」
その青年は、名は下田と言うらしい、世沼を駐車場の脇に連れて行くと、一台の、本田CB400NホークⅡのシートをはぐり、イグニッションキーを挿し、エンジンを始動させて見せる。赤いラインに白を基調としたタンクの、中心部に、ホンダウィングの、ロゴが、黄色く光って夏の陽光に映える。
「ハァ、私は、ディスクブレーキは、弄った事が無いんですよ、シューの交換すると良いですよ」
「そうか、どうやら、ブレーキが甘くて、少し制動距離が、長い様な気がするんだよな」
「バイク屋さんか自転車屋さんに見てもらっては?」
「アンタは車屋か、チッしょうがねぇーな、あ、俺、ここの配送してんだけど、アンタ単車乗るの?」
世沼は、内ポケットから、チューインガムを出して下田にも一枚渡す。風が少し吹いてきた、南西風の風で、湿った空気を運んでいた。三日後には、台風が関東に接近すると、ラジオの天気予報で言っていた。世沼は、得意気に鼻を掻きながら言った。
「はい、マッハと、CB400FOURに少々乗っています」
「かぁーシビィーな、4ファーかよ、何時も一人で走ってるのかい?」
「いえ、地獄猫ってチームに入ってまして、八王子石川PAで、皆で集まってんですよ」
その答えに、下田は反応して言った。
「石川SAか、近いし、夜暇だから、俺も参加して良いかな?」
「あ、ハイ、何時も私メは夜の9時半頃行きますから、その時でも又会いましょう」
世沼と下田は、妙に気が合い、家の電話番号の交換をし、下田は充填所の方へ去って行った。事務所の方へ顔出しして、日空オートガスを、辞した。空は段々に、雲行が怪しくなり、帰りの車中、フロントガラスに雨滴が落ちてきた。
「今夜、大丈夫かな?」
世沼は、独り呟いた。
夏の夜の更けは遅く、午後6時半を過ぎても、陽は沈み切らなかった。世沼は、アパートに帰ると、汗を流し何時もの様に、水風呂に浸っていた。水風呂で、1時間程湯船で微睡み、意を決して、風呂から出て、夜食に買ってきた、惣菜屋のコロッケを、5個ほど齧り、一杯だけ缶ビールを、飲んだ。ライダースの革パンを履き、上に地獄猫の、G1ジャケットを羽織り、フルフェイスを被り、表へ出て、CB400FOURの、シートカバーをはぐり、イグニッションキィーをONに入れて、チョークを引き、セルでスタートさせる。
5分程、暖機させて、そのまま高井戸入口へ走り去って行った。
午後8時32分、世沼前は、八王子石川SAに居た。今夜は、メンバーは、少なく、矢野に台田、根元のユウイチ、そして、世沼前が、常連の顔として揃っていた。
「ねぇー世沼さんて、彼女いるんスか?」
根元が、唐揚げラーメンを食べている、世沼に近付き唐突に、声を掛けた。
「あ~居るには居るが、もう会ってない」
「それって、別れたって事じゃねぇースか?」
「そうとも言うな、君は、学校で、ガールフレンドとか居るのか?」
「ナハハ、女くれぇー居るよ、3人、友子に明美、吉子、良いだろ~アハハハ」
世沼は、「アッソ」と一言言い、セブンスターを、取り出して、火を点けた。
「お~い、3人今からダルミ行って走らないか?、俺は今日マシンの調子が良く吹けて、絶好調なんだ」
「あ~、そう言えば矢野さん、750から、500に代えたの?、ヨッシャ行くば、行くべ」
根元と、矢野が、会話をしていると、世沼が横から言った。
「今夜は、ゲストで一人招待したから、その人待つから、先行っててください」
「え~、世沼が来ないと、面白くないから、俺等も待つ事にした」
午後9時32分を、腕時計の針が刺した頃、一台の、直管に近い、爆音を立てて、CB400NホークⅡが、高速ランプウェイから、石川SAに進入して来た。下田で有った。
下田は、上は半袖シャツに、下はブルージーンズを履き、ノーヘルでのお出ましで有った。
「ラララーン、ラララーン♪世沼さん来たよ」
「下田さん良く来たね、こんな夜に出て来て大丈夫なんですか?」
「あ~、女房が煩くて、娘寝かしてから出て来たよ、あ、チース、地獄猫の皆さん、今夜は宜しく」
「あ、俺、矢野って言います、こいつが台田で、アノ変なガキが根元です」
「チャース、ホークⅡスカ、シビィーですね、何キロくらい出るのそれ?」
根元が調子付き、下田のCB400Nを、ペタペタと触る。
「オイ、あんまし触んなよ、手垢付くだろ、今日洗車して磨いてきたんだからよ」
「下田さん、家どこなんですか?」
「昭島の田中町の団地さ」
「じゃー、武青連合に居たんすか?」
根元は調子に乗り過ぎて、缶ビールを今夜3本目を一気飲みする。
「あ~、3代目のサブやってたんだ、そんな事どーでも良いだろ、矢野さん、今夜の走り、宜しくお願いします」
「よっしゃ、、全員揃ったところでラインディングしに行くか」
皆、一勢にエンジンを掛け、矢野が先頭に、世沼、台田、下田、根元の順に走り出す。
夜の中央道は空いてい、月光隊のパトロールカーを、注意しながら120キロ程で、ランデヴーする。遠くを、メルセデスが走り、後方から、10t日野レンジャーが煽っていた。
路面は雨がシトシト降り、ウェット状態になっていた。下田は、前を行く、セリカXXをに、突っ掛けて、190キロ程まで車速を上げる。セリカのテールに、張り付き、セリカは、ブレーキランプを、チカチカと、点滅して、CB400NホークⅡを、前からブロックする。右脇に出よとしたとき、4tの、長距離便の幌車が走り込んで来る。
「あ、アブねー」
下田が叫ぶと、4t車のフロントバンパーに、弾き飛ばされて、高速の壁に激突して逝った。
他のマシンは、その事故に気付かずに、上野原インターまで、走って行った。
スドカズの帰京
ドンッと、前方の道は開けていた。晩夏の武蔵野市を走る水道道路を、午前10時を回った頃、カワサキ・Z1R2が、猛スピードで、走って行く。東北道を美女木で降りたのが、僅か30分前で有った。後方のキャリアーに載せた荷物が、ギシギシと音を立て、今にも崩れて落ちそうになるのを、ワイヤーが、何とか支えていた。吉祥寺丸井前を過ぎると、急減速して、吉祥寺のガード下の信号をパスして、次の交差点を、右折し、東急裏に抜ける、住宅街の路地を走る。途中魚屋の前を風の様に奔る。
「チッ、スドカズの野郎、調子コキやがって」
魚屋の、若主、道男が、唾を吐き、罵る。
スドカズは、吉祥寺通に出て、パルコの裏にある商店街へ単車を入れる。
古本―スド堂―の脇の路地へ、Z1R2を停めてスタンドを立て、エンジンキィーでkillする。
スドカズ事、須藤一也は、その古書店の、裏の勝手口から、家へ入る。調度母親が、台所に立ち、洗濯をしていた。
「お袋、今帰ったぜ、コレ土産だ」
手に持っていた、バッグから、トウモロコシと、干イカの、詰め合わせを、母に渡して、居間にドカリと寝そべる。
「あら、一也、一カ月も何処行ってたの?、学校の方から、連絡が何度も来たわよ、それに、何その顔、黒い日焼けがアンタに似合わないわね」
「フンッ、外の単車のキャリアーにまだ荷物有るから家の中に入れといてくれ」
それだけ言うと、2階の6畳間に上がり、センベイ布団で寝入ってしまう。この北海道行きから一カ月、良く寝ておらず、バッグに入っていた、バドワイザーの缶を、半分呑んで、眠りの世界に引きずり込まれる。
何時間寝たで有ろうか、外で豆腐屋のラッパの音が響く頃、目が覚めた。体中、汗びっしょりで、着ていた服も、スラックスも、汗で濡れていた。夢見が悪かった。巨大な蛇に食べられて、蛇の食堂の中で、圧殺されていく自分を、俯瞰で見つめていた。
汗を洗い落す為に、1階にある水風呂へ、入りに風呂場へ行った。母は、何か裁縫をしていた。遠くでパトカーのサイレンが聞こえ、スドカズは、全裸になり、湯船の中へザブリと入る。体を良く洗うと、一カ月の旅で出た、垢が白く黒く、出て来て入念に洗う。
風呂から出て、パンツ一枚の姿で、冷蔵庫に入っている、キリンビールの缶を出して一息に飲んだ。
「おう、一也、帰って来たか、何処行っていた」
「オ~、オヤジ、北海道だ」
「何か、出物でも買ってきたか?」
スドカズは、居間に上げられて有るバックからビニールに包まれている、本を出して、広げる。
「この北街道大学の、北街道開拓使は、面白かったぜ」
「ほう少し拝見」
父はルーペを出して、まず最終ページの検印、と、出版年度を確認する。
「これは、大正2年か、初版で確かに珍しい本だな」
「これ運搬料を込みで、6千円でいいぜ、買値は2千円だけど」
「フム、しかしお前の手垢が付いて居て、少し汚れているな、千円負けて、5千円なら良い、売値は1万円で出すとしてもだ、後、アトムのが、全部初版か?」
「ウム、初版本だから買った。朝日ソノラマ版だけどな」
スドカズは、もう一冊の本を出して、父に手渡す。著者は、本所次郎平と言う、ペンネームで、題名は、アイヌ民族史と言う、600ページ有る、ぶ厚い本で、中に図解や写真が多数載せられていた。
「ホウこれは?」
「帰りにちょっと遠回りして、札幌で買った本で、5千6百円したかな」
スドカズのブラフで有った。本当は4千円で購入したものである。
「で、これは4千円で俺が買い取る」
「何だよ、原価より安いじゃねぇーか」
「馬鹿かお前は、巻末に値札ついてて、4千円って書いてある、他には?」
「後は、俺の物だからそれだけだ」
スドカズはカー雑誌のバックナンバーを、10冊ほど抱えて二階へ運び込む。
「何だいあの子、折角北海道まで行って、干し魚とイカばかりね」
母は不満面で、父と話していた。陽が陰り近くで暴走族のレーシングコールを、聞いた。スドカズは、荷物を半分に減らし、出掛けることにした。ライダースの革ジャンの背中には、地獄猫のエンブレムが、黒い汚れと共に光っていた。
マシンを調布インター目指して走らす。
夏の暑い盛夏は、過ぎどこか寂し気な、北西風が吹いていて、ここ数日で気温がグンと下がったのを感じた。
マシンは、調布インターから中央道に乗り、180キロで、一気に八王子石川SAを目指す。
ハコスカのGTが、粋がって、チンスポイラーを入れて夜の高速を、驀進していた。
―なんだか急に飛鳥丈を思い出すな、奴はこんな日は、必ずSAに居たっけ。
スピードが完全に乗る前に、石川SAに、辿り着いた。石川SAには、意外な顔が有った。世沼前が、地獄猫のエンブレムの入った、G1ジャケットを着込み、タバコを吹かしていた。
「何だ、お前入隊したのか?」
「ハイ、トメオさんの紹介でー」
「地獄の猫にヨロシク」
スドカズの言葉を、世沼前は意味が分からなく、呆然と立っていた。
「お~い皆、北海道の土産だ、トウモロコシと、干しイカだ」
この場に集まっている、メンバー12名に、土産を渡してスドカズは何も言わずに石川SAから出て行った。
―アレは5年前・・・・・・。
当時スドカズは、学生で飛鳥丈の、ケツに付いて回っていた。こんな夜の夏、飛鳥は国道16号線の、福生米軍第二ゲート前で、マシンを駆り、最高速チャレンジをしていた。スドカズは、流石に飛鳥の駆る、Z750FOURに、直線で離され、後方500メーター付近で追掛けていた。その時、暴走族の集団に出食わし、マシンが族の一台に接触し、一台吹き飛ばした。スドカズは、呆気に取られていると、もう一台、2ケツの木刀を持った少年が襲い掛かる。飛鳥は、その族のリアーを立ち乗りして蹴りを入れる。2ケツの族車は、ヨロリとヨロメキ、福生の米軍基地のフェンスに突っ込み大破した。
そんな事を思い出す夜であった。
夜明けの浜場
Z1R2は、夜風に吹かれて、高井戸の、京王井の頭線のガード下に放置されていた。
夜霧がタンクを濡らし、マシンはチンチンと、オイルが下に下る音が、鳴り響いていた。
「ヘェ―スドカズさん、北海道へ行ってたっぺか」
「あ、苫小牧から、根室までな、コレ、土産の干しイカと、トウモロコシ」
スドカズの居る店は、―ミーチ軒―と言う一杯飲み屋で、ラーメンも売りの小さな露店に近いバラックで出来た店である。
ミーチ軒のラーメンは、お世辞にも美味とは言えず、売りは惣菜とツマミ、日本酒が、各種揃えて有り、やはり一杯飲み屋の域を出ていなかった。店主は、10年前まで一流和食レストランの、松方楼の、チーフコックをしていたが、独立心が旺盛で、些少の金で、この店を買い取り、借金を抱え細々ながら経営していた。
「スドカズさんは、何処の大学べかや」
店の主人南藤は、スドカズの過去を知りたがり、色々と詮索してくる。
「ああ、東京文人大学の、木更津キャンパスさ」
ジッポーの火でセブンスターに火を点けて大きく吸う。
「東京文人てぇーと、こんの間、直木賞取った山本とか言う作家が出てますね」
「フンッ、あんなのクソだ」
スドカズは、新潟酒を煽りながら、ゲロを吐きにトイレに立つ。
「オヤジ、ミーチラーメン一丁」
「ヘイ、毎度―」
スドカズは、ラーメンを食い終えると、ガード下に路駐している、Z1R2に乗り込み、エンジンを掛ける。マシンは、快調に吹け上がり、アイドリングが一定して、高井戸から去って行く。雨がポツリポツリと、頬を濡らし、マシンのキャブの調子が、少し悪くなる。
永福から首都高に乗り、新宿で上野方面へ出る。Z1R2は、前を行くZ750FOURを、追い掛ける。雨は小降りに降っていた。路面がウェットで、リアーがともすれば、滑ってガードに吹き飛ばされそうになる。スドカズは、両足で、踏ん張り、マシンをコントロールする。両の手の力は抜け、迫ってくるコーナーを次々とクリアして行く。前を走っていた、Z750FOURは、上野ランプで一緒に水戸街道へと降りる。下道は雨でけぶり、深夜のタクシーが、オレンジ色のボディーを光らせながら、走って行く。
スドカズは、千葉街道を走る。船橋辺りで雨はスッと止み、暴走族が逆車線を、ロールを切りながら、走り去って行く。市原に入ると、向こうの車線でゼロヨンを、行っていた。Z1R2を、Uターンさせて、ゼロヨンを見物する事にした。二輪同士がせめぎ合い、マシンは火花を散らして、路面を蹴って走る。3回戦ほどレースを見てると、少女が一人、ポツンと、隅の方に立っていた。何となく気にかかり、近付いて肩に手を回した。
「君、何してるの?」
その少女は、ホットパンツを履き、ピンクのセーラーズサマーセーターを着ていた。
「私、バイクに興味が有って見に来てるんだ」
「一人かい?」
「んーん、洋一と、ケンジに連れて来て貰ったんだ」
向こうで、CB750を、セッティングしている2人の少年の方を指さして、その少女は答える。
「どうだ、俺の後ろ乗って海でも見に行くか?」
Z1R2のエンジンを掛けて、後部ホルダーに掛けてある、ジェットヘルを、その少女に手渡す。少女の名はミサキ、とだけ名乗った。
「じゃー、2人に海行く事行ってくるね」
ミサキはジェットヘルを、頭に被って2人の友人に近付いて行く。
「えー?どこ行くの?」
「だから向こうの男の人と海見に行くから」
マシンのエンジン音で、声が聞こえなく3人は大声で話す。
「ハハーン、コーマン目当てのオジンだぜありゃ、一発打たれるなら金貰ってやれよギャハハハ」
「バーカ、そんなHな人じゃ無いし―、じゃぁバァイ」
スドカズの駆る、Z1R2のリアーに、ミサキは乗り千葉街道をUターンして、木更津方面へ車種を向ける。マシンは、一気に180キロにメーターは振り抜け、風が体に当たり一気に走り去る。
「この辺にモーテル無いか?」
「えー何?聞こえなーい」
風は、耳をつんざく様にヒューヒューと、鳴り、マシンは路面を蹴立てて、アスファルトを焦がす。
Z1R2は、ホテルへ滑り込み、2人は、受付で部屋のキィーを貰う。
「え~ヤダぁー中入るの?」
「うむ、君がとっても可愛いから、今夜一晩付き合って欲しい」
スドカズは、ミサキに顔を近付けイキナリ唇を奪う。
ベッド上に仰臥しているミサキの、デルタ地帯を優しく軽く手で揉んでやる。ミサキの唇にディープキスをして、サマーセーターを少しづつ上にはぐって行く。Bカップのバストがノーブラの胸にプルルンと震える。そのバストに、口付けをし、乳首を口に含んで舐めしゃぶる。
「ハァーン、もっと下の方も・・・・・・」
スドカズは、勃起して来た一物を、パンツから出して、ミサキのパンティーを下へ下へと降ろす。デルタ地帯を、口に含み、舌でクリトリスを剥いて舐め回す。
「いい~いい~もっと中に~」
ミサキのヴァギナは潤んでいき、音を立ててスドカズは愛液を吸い取る。
ミサキは、体を捩らせて、ペニスを甘く握り、口に含む。チュパチュパと、ペニスをしゃぶられてスドカズは一度目の爆発を、ミサキの口内へ発射した。
3分後スドカズは、大股を開かせて挿入していた。
「アハ、アハ、ハァーン良い~もっと」
スドカズは、腰を回転させながらミサキのデリケートゾーンを、侵犯しまくる。
「フンッ、良―か、もっと腰を引き付けて肛門に力を入れると締りが良くなるぞ」
「あ、イク、イク」
ミサキの体は、ブルルと震えて、スドカズの物を子宮に呑んだ。
Z1R2は、木更津の、海の見える海浜公園に来ていた。風が激しく吹いていた。街道を隔てた向こうに一軒のドライブインが、灯りを煌々と照らして営業をしていた。
「ミサキ、ちょっと寒くなって来たな、そこの店でラーメンでも食うか」
ミサキは、コクリと頷きスドカズの肩に持たれて街道を渡る。
「らっさい」
「オヤッサン久し振りです」
「おースドカズじゃねっぺか、元気だったか?」
その店は、スドカズが、大学時代、3年間アルバイトをしていた店であると言う。
「へぇー、随分若けぇ女連れてっな」
「はい、妹分のミサキって言ってちょっと訳有で」
「フーン、まぁ良いや、ラーメン食ってけ」
外は、雨がパラ付いていた。西の方からどうやら、雨が来ているらしい。スドカズは、レバニラを頼み、一杯日本酒を煽る。
「オヤジッ明日も雨かな?」
外は少しづつ明るくなり、雷雲が少し黒く見えていた。
独りボッチ
朝から天気が良い。世沼前の前から陣内美雪が姿を消したのは、8月25日の事だった。
その3日前から、世沼前は、三日休暇を取って、軽井沢に、ツーリングに、行く予定で有る。同行するのは、美雪と、坂崎、矢野である。集合場所は、関越自動車道・高坂PAの、駐車場で有る。
美雪は朝からオシャレをして、鼻歌を歌っていた。
「フンフンフン~青い鳥♪」
世沼はそんな美雪を見て、何となく心が安らかになり、且つ又安心していた。
外へ出て、SS750マッハの、キャリアーに、今日行く軽井沢のペンションの主人に、土産で渡す、東京の地酒や、着替えテニス用具を、載せて、エンジンをキックでスタートさせて暖機する。
「良し、美雪行くよ、ヘルメットちゃんと被れよ」
「ハイ、関越の高坂って、何分くらいで着くの?」
「うん、2時間くらいかな」
「じゃ~トイレ行ってくるね」
美雪は、アパートの世沼の部屋へ入り、トイレへと立つ。世沼は、マシンを2回レーシングさせる。
SS750マッハは、環状八号線へ出て、車線を左側にキープしながら、80キロ平均で走る。
単車は良く吹けて、低速域では、その性能を、発揮しないが、120キロから上の領域では、そのボアUPしたシリンダーからの、圧縮比の高さにより、マッハはその加速力を、増す。パワーバンド一杯でマシンを走らせ、練馬区谷原で関越自動車道に乗る。道はシーズオフに近い8月下旬で、有るので、空いていて、スムースに走れる。180キロまで速度を上げると、美雪の髪が風に流されて後方に吹き飛ぶようにして、靡いている。
マシンは、十分で川越を過ぎ、見渡す限りのの田園風景の中、高速を急ぐ。
30分後高坂PAに、辿り着き、先着していた矢野と坂崎に合流する。
「いよ~前ちゃん少し遅かったな」
「うん、ちょっと荷物載せるのに手間取ってね」
「坂崎さんに矢野さん、久し振りです」
「おう、美雪ちゃん元気そうで何よりだ」
4人はPAの、レストランに入って行く。
「何か夏ももう終わりだな・・・・・・」
坂崎は、しんみりとした口調で言う。
「やだ~キザねぇ~坂崎さんて、ロマンチスト?アハハハ」
4人はスパゲティーを頼み、一杯だけワインで乾杯した。
「で、前ちゃん、今日行くペンションの宿泊料半額で良いって本当か?」
「ハイ、色々と有って特別に今回だけは」
4人は、昼食を終えると、各々マシンに乗り込みスタートする。3台は、関越道を北へ走り、高崎で下道に入る。夏の終わりに良く見る、トンボが、大群をなして、大空を飛んで行く。道は渋滞してい、矢野、坂崎は、車の脇をすり抜けて行く。世沼は大外へ出て、センターラインを跨いで2人の後を追う。山道へ入り、上野村を走り込む。
碓氷峠を、目一杯の馬力で乗り越えて、妙義山を見て、軽井沢へと入る。軽井沢へ入ると、3台の単車は、盆地に有るアイスクリーム店で、新鮮な牛乳で作ったバニラアイスを買い、4人は一呼吸する。
「かぁー、アッチィーな、東京より涼しいって話だけど気温たけぇーな」
坂崎はタオルで額の汗を、拭うとコカ・コーラを、自販機で買い一気に飲む。
「そうですね、空が高くてでも、気持ち良いですね」
世沼はセブンスターに、火を点けて、一本美雪に渡す。
「ねぇ、ペンションてここから何分くらい掛るの?」
矢野は行き交う単車達を見て、ジュースを又買う。美雪の質問に世沼は答える。
「ウーンとね、町外れの小さなペンションだから、後10分も走れば着くよ」
行き交う単車にアメリカンに乗って、ドイツ軍のヘルメットを、被った3人の中年の男達がこちらをジロリと見ていた。
「オイ、アレ、殺人鬼の、マシンブラザースじゃねぇーか、あいつ等には気を付けろよ」
マシンブラザースは、嘗て、埼玉方面に、出没し、幾多のライダーをナイフで斬って、殺人未遂でお尋ね者として嫌われていた。
「そーだな、アノリーダーの男、ゴッド神山、それに後の二人はアサシン仁藤に、幸造って奴だ、成るべく目を合わせんなよ」
そんな会話をしていると、陽が西の空へ落ちかけて、オレンジ色の、夕景を演出していた。3台のマシーンは、町外れのペンション高岡ロッジに入り、迎えに出て来た主、高岡工助と、その妻美江に挨拶する。
「久し振りです高岡さん、ペンションの経営の方上手くいってるようで何よりです」
「これは、世沼さん、その節は大変お世話になりました」
この高岡は、6年程前、大和証金で、800万円借り受けして、脱サラし、軽井沢に、ペンションを建てた。世沼はその時の、融資係として、高岡に貸し渋っていた上司を、説得し、800万円を融資させて今に至った。
「何、今は電話で話した通り、大和証金を退職して、車の販売員をしてますよ」
「それでは、皆様、部屋へ案内しますね、女性の方は世沼さんと同室で良いのですか」
「はい、私世沼の恋人ですし」
4人は温泉に入り、1日の体の汗を流した。
美雪は、火照った顔で部屋にあるTVを、100円投入して見ていた。
「俺は、ロビー行って2人の事面倒見て来るよ」
ロビーに行くと、坂崎と、矢野が、コーヒーを飲み寛いでいた。
「前ちゃん、良い所だねここ」
「晩御飯何にします」
「うん、山菜と岩魚の塩焼きにしよう」
4人はロビーのテーブルに座り、山菜と鳥肉の入った、釜飯と、竹の子のお吸い物を食べる。日本酒が出て来て4人は乾杯した。
「あ~美味しい、竹の子が新鮮だね」
釜飯を、平らげると、手長エビの天ぷらが、出て来て、麵つゆと大根おろしで食べる。
「ねぇー皆、私たちの部屋でポーカーしようよ」
その晩、ポーカーゲームで遊んでいた。
翌日、美雪と矢野はテニスに出かけてい、坂崎と2人ロビーのTVを見ていた。
「なぁ、田中角栄って、悪党なのは分かるが、道作ったり公共工事増やして経済を活性化させたんだぜ、ロッキード事件は、汚いが、裏技寝技が出来ない政治家が増えて、将来日本の国益を損じるんじゃないか前ちゃん」
世沼前は、TVのニュースでやっている、国会の中継を見て、坂崎にこたえる。
「いや、幾ら、国の為だとは言え、汚職は駄目ですよ、角栄は死刑になれば良い」
世沼と、坂崎は、何時になく、議論をし、エキサイトしていた。世沼と坂崎は、3度温泉に入り、体のケアーをした。この温泉はラドン温泉で、山の方の、温泉地帯から、流れて、沸いていた。
その夜4人は、月見酒と洒落込み、ペンションのバルコニーで夕食を食べた。
夕食は軽井沢の牧場でとれる、牛のステーキに、和風春巻きが出て、その他山菜料理で一杯やった。空に季節外れの花火が上がり、4人はこの美しい光景を見て感動していた。
いよいよ、最終日、3台は、轡を並べてペンション高岡から去って行った。
後ろに座る美雪は、山の空気を目一杯吸い、心も体もリフレッシュしていた。
「前ちゃん、楽しかった、又連れて行ってね」
美雪は、世沼の肩にもたれ掛かり、独り言を呟いた。
世沼は、行き掛け2ケツの事を、料金所で注意されたので、下道で世田谷に急ぐ。
約4時間掛けて、世沼は世田谷区の用賀に有る、アパートへと帰る。2人は、部屋へ帰るとグッタリとなり、横になった。
「ねぇ、地獄猫のブルゾン私に一着頂戴」
「え、何時も見たく好きなの着れば良いじゃん」
世沼は、何時になくしんみりとしている、美雪の横顔がなぜか寂しそうなのが、気にかかっていた。
「じゃ~これ一着貸してやるよ、何だよ、今夜はやけにしんみりしているな」
「うん、別に、只何となくブルーな気持ち」
「じゃぁ、晩御飯食べるか?」
「あ、又今度食べにくるわ、前ちゃん今まで有難う」
「何言ってんだよ、俺はお前を嫁にして幸せにする」
「じゃぁ、私帰るね」
「何だ、泊まって行かないのかよ?」
世沼は、目に涙をたたえて居る美雪を訝しんで、ブルゾンを肩にかけてやる。
「じゃー前ちゃん、元気でね、コーラ飲みすぎは、良くないからね」
「ああ、今度いつ来れる?」
「うん、仕事が忙しいから、サヨナラ」
それっきり、陣内美雪は、世沼前の前から、姿を消した。残った食器棚に有る、美雪の茶碗だけが、唯一の美雪の痕跡で有った。世沼前の葬式の日まで美雪は居なかった。
独りぼっちの寂しさが身に染みた。
飛鳥丈
淀橋のゼロヨン場に、ハマで無敗のジャック、通称ハマのジャックこと浜崎と言う、トヨタ2000GTを駆る、走り屋が来ていた。
アレは1971年、9月の秋雨が降る少し肌寒い夜だった。土曜日だと言うのに、人手は少なく、ハマのジャックは、苛立っていた。
―どいつもこいつも腰抜けで遅い、もっとマシな走り屋は居ねーのか?
「よう、この俺様と、まだ1戦してねー奴で、一発勝負しようって奴居ねぇーのか?」
飛鳥丈は、その晩新宿でのバイト先から、寄り道して、ゼロヨンを見物していた。
―アンナ、鼻たれに淀橋を荒らされて堪るかよ
「良し、ジャックとか言ったな、俺と勝負しねーか、但し、一週間後の土曜日の夜だ」
「ナハハハ、そのK0で、俺と勝負しようってのか、一週間じゃなく今やりな」
「待て、車用意してくるから焦るんじゃねぇ」
その日飛鳥は、自宅の用賀に帰らず、下北沢に住む、鉄と言う名の男のもとへ泊った。
下北沢の鉄は、前科三犯の、車ドロで、その仲間は20人居ると言う。
「で、丈、何の用で来た、まさかテンプターを抜けた、制裁のリンチの件でか?」
「いや、一台盗って貰いたいブツが有ってな、報酬は20万出すぜ」
飛鳥は、キャッシュで、20万円を、財布から出して、鉄に渡す。
「チッシケテンナ、現ナマ見たからやるにやるけど、獲物はどこの何だ?」
飛鳥と鉄は、この夜相談し合い、車ドロの計画を練る。
翌日、飛鳥と鉄、その子分正気と言う、3人の男が、青山に有る、マツダのディーラーへ、下見の為顔を出した。
「ハイ、いらっしゃいませ、本日はどの様な御用件で?」
3人は、イタリアンスーツを着て、ピカピカに磨かれた革靴を履き、手には大きなアタッシュケースを持ち、いかにも、金回りの良さそうなナリをして、店員と向かい合う。ショーウィンドウ内には、マツダの大衆車、ファミリアや、レガードと言った車が並べられてい、外の展示場には、マツダスポーツの、コスモが厳重に飾られてあった。
「外にある、コスモだけど、3階のローンで総額幾ら位になります?」
飛鳥はポケットから、見せ金、100万の札を出して、テーブルの上に、さり気無く置いた。店員は、急に揉み手になり、涎を垂らさんばかりの顔付で、巨大な電卓を打つ。
「ハァー、車体保険込みで、148万円でございますけど、頭金が入るなら、値引きして総額120万円で勉強させて頂きます」
「フム、120万円ね、ちょっと試乗して来て良いかな」
「ハイ、それは構いませんが、何か身分証が、お有りになりますか?」
飛鳥は、二日前、カツアゲで、貰って来た、明北大学の、学生証を、ポンとテーブルの上に置く。鉄と正気は、ニヤリと笑い、一言付け加えた。
「坊ちゃん、それじゃー私達も同乗させて貰いますが、コレ2シーターだから正気お前残っておれよ」
「ハァ~、坊ちゃんですか、名前は四井さんとおっしゃると、かの四井銀行の?」
「まぁね、これはお忍びだから、オヤジには連絡するなよ」
「ハァ~それはそれは、では、キィーおば出しますので、街中を30分だけ走行して下さい」
飛鳥と鉄は、開け放して貰った、展示場から、マツダコスモスポーツを、出して、六本木通りを、赤坂の方へ向けて走り出していく。
「はぁー、四井銀行の坊ちゃんですか、まったく賢そうで、立派なお子ですね」
「フン、果たしてそうかなフフン」
正気はイキナリ店員の鼻っ柱を、ブン殴り、飾ってある車を、持っていた鉄パイプで、殴打して、店内を荒らす。
「ヒィー誰か110番をー」
正気は、走って逃げて行った。飛鳥と、鉄は、コスモにガソリンを、満タンに入れて、環状八号線を、走っていた。
「正気は上手くやったかな」
「そりゃもう坊ちゃん、ナハハハ」
その週の土曜日、空は深夜でも崩れず、涼しい風が、吹き抜けて行った。
その日も、ハマのジャックは、トヨタ2000GTで、連戦連勝で勝ち分が20万円を超えていた。
「ガハハハ、もう淀橋も制覇したし、次は大井でも繰り出すか、しっかし、先週来ていたK0の小僧は来てねぇーしな、逃げたか、ガハハハ、皆、一杯飲みに行くか?」
その時、ゼロヨン場の道に、白い一台のスポーツカーが、走り寄って来て、ハイビームでジャックを照らす。
「オイ、眩しいじゃねーか誰だい」
ハイビームが、ロウに入ると、一台のコスモスポーツが出現した。ハマのジャックは、目を凝らしてその車の輪郭を見る。
「何だい、コスモスポーツじゃぁん、そんなので、俺と勝負するのかよ」
「アハハハ、ジャック、約束通り勝負だ、俺のコスモが勝つか、お前の2000GTが勝つかだ、来い」
2人は、スターティングリッドに並んでスタートの合図を待つ。
「ワン、トゥー、スリー、GO」
スタートフラッグが振られ、ハマのジャックは、上手くクラッチミートが出来た、飛鳥も同時にスタートする。100メートル付近で、ジャックの、2000GTの後輪がバーストした。飛鳥は、横目でそれを確認して、車内で声を出して笑った。
ギャラリーに居た、車ドロの鉄は、右手に持っていた釘を、ポケットに仕舞い、その場から去った。トヨタ2000GTは、ガードレールに突き刺さり、そのまま廃車になった。
飛鳥はそのまま走り去って行った。
浜崎は、全治一か月の重傷を負い、車の自損金で泣いた。
飛鳥は、この頃から、不死身の男と言われ始めた。その切っ掛けとなったのは、このゼロヨンから二週間後の事だ。
飛鳥は、独り千葉の海岸線を流していた。
コスモの12Aロータリーは快調に回り、道行く車達を、ごぼう抜きにして走り込んでいた。フッと、後方を見ると、スカイラインGTRに、突っ掛けられて、テールを鼻先でナメラレテいた。飛鳥は、スピードを120キロまで上げて、慣れぬこの土地のワインディングを、無理矢理攻めていた。トンネルを抜けると、左ヘアピンだった。飛鳥は、クリッピングポイントを、間違えて、オーバーステア気味になり、ガードレールの切れている崖から海へ落ちて行った。
「ウワァー」
幸いにして、海はすぐそばに有り、そのまま、水にジャボンと落ちて行った。沈んでいくコスモの、ドアーから脱出して命からがら、海岸まで泳いでいった。
それが噂になり、不死身の称号を得ていた。
あの時もそうだ。多いの湾岸エリアで無敗を誇る、マセラッティーに乗る、金持ちの米人と日本人のハーフ、ペーターソンと勝負した時の事だった。ぺーターソンは、飛鳥の駆る、CB750K0に、300メートル地点で大差を付けられて負けた。400メートル付近で減速していた、飛鳥丈に、マセラッティーに付けている、カンガルーバンパーで突っ込んで行き、飛鳥は約50メートル吹き飛んだ。
しかし飛鳥は、生きていた。逃げるペーターソンを、追い掛けて、飛鳥はペーターソンの顎が砕けるまで殴った。
そんな飛鳥は、この間死んだ。トメオさんは、飛鳥の墓前で、ワンカップを開けて一人呑んでいた。
山寺陸送の直治
日は暮れかけていた。今日も何時もの様に2TGのカローラを見に、あの青年が、ここ加瀬モータースに来ていた。
「たっく、又来てるぜあの小僧」
加瀬社長は整備工場から、事務所へ入ると、帰宅の準備をしている、世沼前に言う。
「ア~、あの子は、良くウチに来ている府中の山寺陸送の、直治って子ですよ、この前納入した、アノ赤いカローラが気に入って、3日に一度は見に来てますよ」
「たっく、見に来るなら買えよー、あんなカローラ27万で激安なのにな」
直治は、カローラGTのコクピットに座り、夜7時まで車を撫で回していた。
世田谷線に乗り、京王線に乗り継ぎ、南武線で立川まで出て、中央線に乗り換えて、八王子の自宅まで帰った。
田村直治24歳、妻と子が2人居る。直治の妻、江利香はこの年32歳で、子は江利香の連れ子で有った。2DKの八王子台町に、有る木造アパートに帰ると、小学2年の息子と、5歳の娘が部屋でパズルをして遊んでいた。
「只今ッス、2人ともご飯まだかな?」
「あ、お帰りなさい、オジサン、今日もママお仕事で遅くなるって、手紙に書いてたよ」
「そっか、雄介に美加ちゃん、駅前の、来陳軒で、又ラーメンだけど、食べに行くか」
直治は、東北福島の山間に有る村の出身で、その近隣では、良く勉強が出来た、秀才で中学は仙台に有る私立校へと進んだ。
しかし、仙台では成績は振るわず、中の下と言った成績で、高校は、県立の普通科へと進んだ。偏差値は56と県レベルでは低く、秀才揃いだった仙台の私立中学では、皆から馬鹿にされていた。
高校へ入ると、猛勉強をして、行く行くは東京の大学に入学しようと努力した。
しかし、大学受験の前の月、父親が他界し、母親は、その一週間後、間男で有った中年の男と、何処かへ消えて行った。
直治は受験した大学をことごとく、落ちて、東京の八王子に、アパートを借りて、バイト先として東京府中市に有る、山寺陸送で、働いていた。
この8月の上旬、たまたま加瀬モータースに、車の納入しに行った際、見掛けた、カローラ2TGの赤いGTマシンに惚れて、毎日の様に、加瀬モータースへ、世田谷線を使い見に行っていた。27万円だが、その金が捻出出来ないで只、飽くなく見ていた。
「美味しいか、2人とも、ここのワンタンメンは最高ダベ、よっく噛んで食べなさい」
今の妻との馴れ初めは、江利香が、山寺陸送の事務として去年まで働いていて、直治と、たまたま八王子で家が近くで有り、交流を持つ様になった。
現在、子が2人に直治の面倒を見る為、山寺陸送を退職し、キャバレーで、働いている。
江利香は、当時、童貞で有った直治を犯して、前のダンナで有る、八王子のワル、藤堂進一と言う男と別れて、真面目で朴訥な、直治と再婚したのであった。
直治は、2人の子供を連れて、八王子の北口に有る銭湯へと向かった。
晩夏の夕暮れともあり、沿道沿いには、浴衣を着た若い男女が、歩き回り、直治はしたを向いて子供達を連れて歩く。
翌日一本の電話が入った。日曜日で、直治は、駅前のパチンコ屋へ行くと言って外出していた。
「あー田村さんか、直治、今いるか?」
「あ、社長さん、直治なら今外出してます、急な仕事ですか?」
電話口で、山寺陸送の社長は、水をゴくんと飲み言った。
「明日、世田谷の加瀬さんの所に朝9時に、行って貰いたい、江利香君、伝言頼んだよ」
「ハイ、多分、駅前のパチンコ屋さんに居るかと」
「じゃあ、至急の用事だから、捕まえて伝言頼むな」
「ハイ」
江利香は、駅前南口のパチンコ屋へと歩いて行く。
八王子台町から、坂を下り、左手に住宅街、右手に小さな工場を見ながら、南口へと急ぐ。
途中、アロハシャツを着た、高校生位の若者達が、ビニール袋に入った、アンパンを吸って笑っていた。
江利香は、その性分から若者たちに近付き、ビニール袋を、その一人から奪い取る。
「あ、ハハハ、これは姉御さん、アンパン返してよ」
その若者は、完全にラリッテいて、前後の見境が付かなくなる程、足元がふら付いていた。
「アンタ達、こんな物吸っていると、頭が腐って馬鹿になるよ、お止め」
「ア~俺達は、馬鹿さ、姉御には、分から
にゃいだろう、高校も首になってー」
江利香、小一時間その若者達に説教をして、再び、台町から八王子駅の子安町に有る、パチンコ屋へ入って行った。
パチンコ店には、直治の姿が見え無かった。
常連のパチプロに、イレブン加藤と言う綽名の男に、直治の事を聞いた。
「ア~、直治なら、散髪に行くって言って1時間前に、店を出たよ、3万スったらしいぜ、ギャハハハ」
江利香は、歩いて北口にある、理髪店、バーバー青山と言う店の扉を潜った。
「ア~、直治なら隣のスナックで飲んでいるよ」
バーバー青山の店主、公治と言う名の、元不良の散髪屋に聞き、直治をスナック・ミリ・と言う店で捕まえた。
「直治、やっと見つけた、明日、山寺陸送の社長からの伝言で、加瀬モータースに9時半に行って欲しいって、マスター、私ハイボール一杯ね」
2人は酒を飲み、ツマミのチーズで乾杯した。
翌日は、9月の空は晴天で、まだ暑気が残り、28℃を超す残暑日和で有った。
直治は世田谷線に乗り、居眠りをして折り返しの、上高井戸行きに又乗っていた。
時刻は、9時46分、間に合っても10時は、超えるであろう。
世田谷区の三軒茶屋に着いたのは10時を回った所であった。
加瀬社長はカンカンに怒り、直治の頭を物差しで叩いた。
「あんのー高々、40分の遅れで叩かないで下さい」
「お前馬鹿か、時は金なりって言って、遅刻は厳罰だぞ、昼までに日産村山に、世沼君と同乗して行ってこい」
加瀬社長と、山寺陸送の社長は、大学の先輩後輩の、間柄で、何事もツーカーの仲で有った。
「あんのー、まだ時間が有りますし、外の展示品の車見てて良いっすか?」
「あー、このボンクラ、勝手にしろい」
直治は、世沼から、カローラGTの鍵を借りて、試乗する事になった。
「かぁーやっぱ、DOHCは良かんべ」
車は、246号を走り、六本木通りへ入って行く。六本木交差点で、10台を含む玉突き事故が起きた。その原因は、焦って走っていた、カローラGTが、急ブレーキングを踏み、後方から来た、10トン車と、前の10トンダンプにサンドイッチになり、車は大破した。
田村直治は、無傷で車から降り、路上を猛スピードで走っていた、ワンボックスカー、当時風に言うとライトバンに、跳ねられて、20メートル吹き飛び、死亡した。
夏の嵐
マシンは、好調に環状八号線を走っていた。
Z1R2は、エンジンオイルを、交換して、北海道で溜まったスラッジ粉を洗い流している。Z1R2は、環八のドライブインに、入って行った。本日は8月28日、後数日すれば新学期、スドカズ事須藤一也は、生徒達に思いを馳せる。某有名私立校を首になり、2年のダブリの新入生、木島要の事が気になっていた。木島は調布市から八王子の藤沢学園に、通学しているが、彼の乗る単車、Z400FOURのタンクに有名なルート族のステッカーが貼って有った。そろそろ学校が始まる。
スドカズは環八高井戸のドライブインに入り、中を見回す。地獄猫のリーダー坂崎に、木下が、飯を食いながらトグロを巻いていた。
「よう、スドカズ北海道では随分暴れたな、池上の奴、又東京に来ている、もう揉め事はすんなよな」
「フンッ、どうせまた殺し合いが始まるさ」
スドカズは、小声で毒づいていると、坂崎と木下は、八王子SAに行くと言って、店を出て行った。スドカズは、オムライスを、注文し、朝から何も食べて居ない空腹を満たした。
外の雲行きが、怪しくなって来た。スドカズは、フライドポテトを持ち帰りにして、店から出て行く。Z1R2の、エンジンを、イグニッションをONにしてセルでスタートを掛ける。
「チッ仕様が無い、暇だから八王子でも行くかー」
―あの、世沼ってガキは、許せない、今夜見付けたら公道で殺害してやる。
スドカズは、高井戸ランプから、中央道方面へ単車を走らす。前を10tトレーラーが走る。スドカズは、得意のすり抜けで、トレーラーを200㎞ゾーンで追い抜く。Z1R2のリアーには、CBX400Fが張り付いて来た。そのCBXのライダーは、体をダルンと力を抜き、両手をハンドルに添えただけのライディングで、スドカズのマシンにプレッシャーを掛けてきた。風が強い、本日未明から明日に掛けて台風が関東に接近するらしい。そんな事は承知の上で、スドカズは、単車のアクセルを全開に絞る。
後方に張り付いていたCBX
も、石川SAに入って来る。スドカズは、ゴーグルを取ったその顔、トメオさんの姿を発見し、嫌な気分になる。
「よお、スドカズ、ダルミ行かねーか?」
「こんあ雨の中峠を攻めるんですか?」
その声を掛けてきた仲間、矢野は笑いながら言った。
「俺達単車乗りに暑い寒いは無いだろう、台風の中、風に煽られて走るのもまた良いさ」
矢野は、言い切り、近くでマシンのキャブ調をしている、世沼の顔を見て、峠に誘った。
「はい、今から行くところでした、長野県の諏訪まで試し走りがてら行こうかと思って」
「良いねぇ、良いねぇ、俺も今日は中距離走りたくて、マシンを新調して来たんだ」
横で聞いてたトメオさんが言う。
「世沼よ、お前が死んで悲しむ人はいるか?」
「はぁ~、彼女は泣くかも知れませんが、親兄弟は何年も会ってないので、僕は孤児みたいな者です、何でですか?」
横からスドカズが質問して世沼を睨み付ける。
「今夜は、諏訪に行こうかと思ってたんですが、スドカズさんも来ますか?」
「そこがお前の墓場か?」
「へッ、何すか墓場って?」
「まあ良い、俺も行く、死に水取ってやる」
諏訪行きのメンバーは決まった。世沼を先頭に、矢野、トメオさん、スドカズの順で、走り出した。急に雨足が強くなり、皆ゴーグルを掛けて、前傾姿勢で走り込む。諏訪まで、約2時間掛かって見なずぶ濡れの体で、諏訪湖畔の街道に有る、ドライブインに入る。
客層は、大型トラックの長距離便の運転手が多くて、人息れでムンムンしていた。TVで天気予報が流れてい、運転手たちの目は釘付けになっていた。
「前ちゃん、やっぱ雨が強くなってるからトンボで帰ろうぜ」
矢野は世沼の顔を見て進言する。
「今日は矢野さん、とっておきのウェットでのドリフト走行するので見ててください」
スドカズは、今夜の獲物である世沼を、公道で殺害しようと、殊更に走る事を主張した。
「何だってこんな雨の日に」
「まぁ良いだろう須藤、お前の走り見せてもらうぜ」
トメオさんは、食事を終えると、タバコを吹かし、CBX400Fの、キィーを指に絡めて手遊びをしていた。
4台は諏訪湖の畔をひた走っていた。
キツイコーナーを4台は、雨の中クリアーして行く。スドカズはリアーを滑らせ、ながら、先頭を行く世沼の4フォアに、徐々に近付いて行く。スドカズの後方で、CBX400Fが、コーナーをクリアするスドカズに目を付けていた。諏訪から、山道へ入って行く。最初のコーナーで世沼はラインを割り、スドカズは、INを突こうと単車をバンクさせる。
世沼のマシンは、ヨロリとなりアンダーを出して、外側に膨れて行く。スドカズはこの機を待っていた。
「死ねぃ世沼―」
その時、更にINを突いたCBX400Fは、スドカズのインからタックルを仕掛ける。
スドカズは、大きくよろけて、その場で転倒して行く。Z1R2は、ガードレールに滑って行き、火花を散らしていた。
「あのジィジィ~」
スドカズは、受け身を取り、単車を投げて難を逃れた。
その日の夜は、風雨が強かった。
チーム小次郎のナオト
台風が去ってから3日が経った。秋も深まり風が冷たさを増してきた。台風が来る前は残暑が厳しく、26℃を上回る日が続いていたが、この数日涼しくなり、風も冷たく穏やかであった。
三軒茶屋の、加瀬モータースに、一人の客が来ていた。頭髪は茶色く染め、リーゼントにして、見るからに暴走族をやっている少年に見えた。風がビュッと吹き、落ち葉がふわりと舞って、世沼前の頬に突き刺す。
「このサニー、走行距離8万行ってるけど、24万って出てるけど20万にマケてくんねぇ」
「はぁ、このサニークーペはまだ新しく、アルミのホイールも入ってますし、内装も綺麗で走行距離は、ちょっと行ってますのは、2オーナーだったんです、24万は24万はお安いと思いますよ、外装も綺麗でしょうホラ」
世沼は、持っているウェスで、サニーのフロントガラスを磨き、笑顔で答える。
「じゃぁよう。乗り心地試したいから一丁走らせてくんない」
「では、試乗でしたら、私メも一緒に参ります」
事務所の棚から、鍵を持って来て、サニーのイグニッションに挿す。ナオトは、ニヤリと笑い、コクピットに座る。世沼も助手席に入り、サングラスで目を保護する。
(キキキー、フォーン、スパーンフォーンボリ)
客のナオトは、4速に入れて発進しようとし、ギアーを少し噛んだ。何せこの客、ナオトは、車を運転するのは、3回目で有ったと後に知った。
「ヘヘヘ、ちょっと失敗しちまった、兄さん、この車の一速て何処だ?」
世沼は、やるせなくなり、心の中で、この小僧と罵り、言った。
「ハイ、ふつうは左の一番上がロウになってまして、セカンドがその下、ホラ、シフトノブの、上の部分に書いて有るでしょ?」
「オ~、分かったぜ、俺、単車乗りだから気にすんな、世沼さんとかって人」
ナオトは、クラッチを荒く繋ぎ、ミートして、246号線へ出て行った。
マシンは、時折信号でエンストさせられて、路肩にタイヤをブツケタリ、乗り上げそうになったり、ド下手丸出しの走行で有った。
「お客さん、もっと優しく運転してやって下さい、車が壊れたら弁償して貰いますよ」
「分かってるって、ちょっと練習しただけじゃねぇーかよ」
246号を、青山まで行くと、シビックが、100キロ程のスピードでタクシーを追い抜いて走っていた。六本木の交差点で、シビックとサニーは並ぶ。ナオトは、アクセルを煽り、横でシビックを威嚇して、青信号でロケットダッシュを決めた。シビックは、余裕で走り、サニーは勢い良く、六本木の街を走る。
2台は交差点ででもバトルし、サニーは、リアーを滑らしながら、右へ曲がって行く。
シビックは、逆方面へ走り去り、世沼は冷や汗は引いた。約70分程都内を回り、サニークーペは、加瀬モータースに帰って来た。
「フゥ―怖かったなー」
世沼は目が充血し、腋の下に汗を掻き、マシンの助手席から降りた。何と、サニーの点検をすると、サスのキャンバー角が、狂いハの字を切ってしまっていた。
「お客さん、サスが狂ってます、損害を弁償してください」
「え~これってどう見ても、欠陥品じゃねーの、こっちも騙される所だった、このサニー買わねぇーよ」
「お客さん、そんな事言っても、アンタが壊したことは明白、弁償してください、今から見積もり取りますから」
「うっせーよ、訴えるぞこの店、それより向こうにあるサニー見せて」
展示場の一番端に置いて有る、世沼の愛車サニークーペを見つけ、ナオトは、近付いて行く。世沼は焦り、ナオトを食い止めよとして、そこに現れた加瀬社長に阻まれた。
「お客さん、このサニーとても程度が良くて、エンジンも良くこなれてますし、えーと、50万円なら売っても良いですよ」
「ホウーコンポもロンサム入ってんし、速そうだな、おう、オッサンこの車なら60万出してもイーゼ」
ナオトはコクピットを開けて貰い、エンジンを掛けてアクセルを煽っていた。この車は、世沼前の営業用件、自家用の愛車で、長年手入れして、エンジンを鍛え、万全の仕上がりを、見せていたので世沼はコレは売れないと、頑強に言ったが・・・・・・。
「これ車検も付いてるし、頭金20万有るから今乗って帰っても良いか?」
「ハイ、20万頭金でしたら、今日お渡し出来ますよ、名義変更はどうします?」
「俺が自分で陸事行ってやってくっから大丈夫さナハハハ」
ナオトは、上機嫌になり、ポケットから20万円を出して、事務所で領収書を切って貰い、残金40万円は、来月払いとして、この車を買った。
世沼は泣きながら、自分の荷物を、サニーから降ろし事務所へと戻る。
「社長、明日から何に乗れば良いんですか?」
「新しいのを君、買えば良いでしょ」
ナオトは、登戸の工場で工員として働いてると言う。家は麻生区のアパートで、一人暮らしをしてるそうな。月給の明細を見ると、40万円月に稼いでいる。加瀬社長は、カモだと思い、これから先も付き合いたいと申し出た。
「うん、この店気に入ったから、又この車壊したら新しいの買いにくるぜ」
世沼はそんなやり取りを聞いて、気が遠くなる程腹が立った。
20万円を支払い、ナオトはサニーを運転して、自宅の有る麻生区のアパートへと帰って行った。
「ナオトーン、車買ったの~、アタイにも見せて」
ナオトと同棲している、17歳の少女、道子が外に出てナオトのサニークーペを、しげしげと見つめて、コクピット回りを、見て言った。
「凄いね、やっぱアタイのナオトは、チーム小次郎の№1の走り屋だわ」
「そんな当然のことで褒めるなよ、ヨウジとショーコ呼んで今夜走ろうぜ」
その夜、第三京浜を、ナオトが運転して助手席に、道子、そしてリアシートの2人は、ヨウジとショーコと呼ばれる友人が乗っていた。4人はドライブ中、ビニール袋に入った、アンパンをやり、ラリッていた。道子はナオトの股間に手をやり、そのイチモツを口でしゃぶっていた。他の二人は、リアーシートでファックして、運転席のナオトも2人の喘ぎ声が耳に入って来る。
「ナオトーン、ナオトーン、マンコ濡れてきちゃったーん」
その時、ナオトの手足が鈍り、前を走る、セルボを抜こうとして、140キロで、オカマを掘った。その反動で、右車線を走る、10トンダンプに追突され、中央分離帯に激突する。
(走り出したら止まらないぜー土曜の夜の天使♬)
ナオトのサニーの中で、空しく銀バエの歌がカーステから流れていた。次の瞬間、ガソリンタンクに火が引火して、サニークーペは、丸焼けになった。ナオト他10代の男女は、死亡し、この車を売った、加瀬モータースが、追及された。何せナオトは無免許で有った。
その報を聞き、世沼前は独りアパートで泣いた。
ロータリー専門店ガッツ・
朝が来るのが早かった。世沼前は、午前5時に起き、インスタント焼きそばに、お湯をくべて、2分半で食べ出して居た。
TVを点けて本日のニュースを見る。
「夏になると交通事故が多いな」
独り言を言い、カップを台所の流しに捨てる。朝だと言うのに気温がグングン上がって来る様な気がして、扇風機の前で横になる。
セブンスターに火を点けて、大きく吸う。
メモ帳を、スーツの上着の、内ポケットから取り出して、本日の仕事の予定表を見る。
―原宿・ガッツ、2TGカローラ展示納入、同行者山城。午前中予定。
と記して有った。世沼は、少し微睡み、午前8時に家を出た。
「お早うございます」
加瀬モータースに着くと、既に社長は出社しており、ポータブルTVで、NHKの朝の連続TV小説を見て、お茶を飲んでいる。
「あ~世沼君か、お早う、今日は小島の所行くんだって、2TGか、出し易いようにしといたから」
「あ、有難うございます」
世沼は、タイムカードを押すと、日報の新しいのを、バインダーに挟み、日付を入れる。
「そう言えば、世沼君、美雪ちゃん帰って来たか?」
「いえ、何日も帰ってませんが?」
「フーン、アッソ」
そんな会話をしてると、山城が出社して来て、タイムカードを押す。
「オス、お早う、世沼さん、2TG、俺が持って行きますので、サニーで会社まで送ってください」
「ウム、その積りだよ」
午前9時になる。山城は、2TGのカローラを、展示場から脇道に出して、エンジンを、チョークに入れて吹かす。
暖機が終わると、世沼に一声掛けて、ダッシュして原宿に向かった。世沼はタバコとお茶が終わると、15分遅れて、サニークーペを、出して、原宿表参道に有る、中古車ショップーガッツーに赴く。世沼は、ウィンドウを、全部閉めて、サンデンのカーエアコンを、強にして、車内を冷やしていた。
午前9時41分、原宿に着き、ロータリー専門店―ガッツーの看板を見付ける。まだオープンして、間もないので、アドバルーンが、空に聳えていた。
中古車チューンショップでも有るガッツは、世沼の古い知人で、オークション屋で、中古車ブローカーをしていた男だ。店の敷地が広く、中古車展示場の台数が多く入るので、一台試しに、2TGの、カローラを加瀬モータースから、場を借りて、売り出す事にした。
世沼が、ガッツの事務所の前へ、車を付けると、他の中古車ブローカーが、多く来て居、小島社長と話し合って、注文を取っていた。
「あ~、世沼君良く来た、君の所の2TG、仕方ないので置かしてやんよ」
店の従業員は、5人、中にはロータリーチューンの雨宮の弟子も居たりして、豪華な顔ぶれで有った。
「あの、小島さん、後ファミリアと、コロナ置かせてくれませんか?」
世沼は、加瀬社長から言付かった案件を言う。
「ダメだよーそんなダサい車、ナウなシティーボーイの客が逃げちゃうじゃんか、おっ!山半さん来たか」
山半とは、山下伴次と言う、陸送と、中古車オークションを、個人で営んでいる仲間で有る。山城は、暇になり店に飾ってある、マツダ・サバンナRX―3の、程度の良いのが有ると聞いて、246号線の方へ、試乗しに行った。世沼は手持無沙汰になり、店の冷蔵庫から、ジンジャーエールを、勝手に出して一息つく。
「おっ世沼君も、陸送して来たの?」
「ハイ、山城が、カローラGTを一台持ってきたんですよ」
「フーン、相変わらず、ショベェー車しか、加瀬モータースは無いのか」
山半は、ロータリーエンジンの、愛好家で、小島のオープンに際し、500万の出資をしていた。
「ショボイけど、2TGのカローラで、年度落ちですが、エンジンも鍛えてますし、良い車選んで来たんですよ」
RX-3で山城は、六本木界隈を、一周して来て、車を展示場に戻し、事務所に入る。
「どうだ、山城君、僕の所のポート加工したサバンナ、速くて良いだろう」
「ハァーしかし、低速域が死んでて、怖かったですね、ピーキーで扱い辛いし、最高速は、200キロ、首都高の空いてる区間で出しましたけど、ハンドリングが、ブレるし、今時、重ステで、ステアリングも社外で、扱い辛い、せめて、MOMOか、イタルボランテを入れた方が良かったスね、後ミッション系が、少しイッテル感じで、前オーナーが、乱暴に扱ってた感有りですね、これで260万は高いかと」
コジマは、そんな山城の言を聞いて、俄かに不機嫌になり、山城からキィーをひったくる様にして、受け取る。
「ア、 アレはウチの第一号のチューニン
グマシンだ、文句アッか?」
「いえ別に無いっすけど、公道じゃアレ亀ですよね、正直言うと」
「クッ、HKSのマフラー入れれば低速も安定する、ウザッタイから君達早く帰りなさい」
世沼と山城は、中古車センターガッツを後にした。帰りの車中世沼は、山城に言った。
「あんな奴が、社長じゃ長く持たないな」
「全く・・・・・・」
車は、車速60キロで、246号青山通りを、世田谷に向けて走って行く。
あれから2カ月が経った。
「イヤー世沼君、小島さんの所、潰れたってよ」
加瀬社長は、朝刊を読みながら、世沼が出社して来るなり言った。心なしか、加瀬社長は、嬉しそうで、鼻でフフンフフンと笑っていた。
「フーム、確か半月前見に行った時、トイチの陣内が事務所を、ウロツイテました」
「フハフハ、そうか、あんなロータリー屋、腕も無いくせにチューンするからよ、ナハッ」
その日の昼頃、世沼は、ガッツの事が気になり、見に行く事にした。サニークーペで、店の駐車場に停める。敷地には、―売地―と出ており、車は半分ほどなくなり、移動していた。駐車場で、必死の形相で、山半さんが、コロナクーペを、移動していた。
「山半さん、一体どうしたのです?」
世沼は、この異常な光景を見て、心配になっていた。
「ウーム、君もこの店の出資者なら、好きな車を差し押さえで持って行くといいよ、何せトイチの金300万円借りて、一銭も返さないで、ドロンだからな、全くアイツ見つけたらマグロ漁船に売る」
「ハァー、やっぱりそうでしたか・・・・・・」
「兎に角、お前さんの所の車も、回収した方が良いぞ、借金の抵当に持って行かれるぞ」
あらかた、ロータリーの車は持って行かれて、他の車は、差し押さえの貼り紙が、貼って有った。
そんな所に、トイチの金貸し、陣内が来ていた。陣内は事務所や、整備工場の機材を業者に持って行かせ、その差配をしていた。
「ケッ、とっ捕まえて、内臓売らせても回収してやる」
と、息巻いていた。世沼前は、そんな現場で、黙々と車の移動を手伝っていた。
「あ、前ちゃん、美雪、今度結婚することになったんだ、イヤー済まん済まん」
と、頭を下げて謝る。世沼は内縁で有った美雪は、前の前から姿を消して、何でも絵描きの芸術家と一緒になると言っていた。
前は、その日家に帰ると、地獄猫のG1ジャケットを羽織り、CB400FOURの、エンジンを掛けて、マシンは咆哮し、首都高速から、中央道へと乗り入れた。世沼前の、目には涙が光り、速度計を見ずに、走り去って行った。これが地獄猫の宿命か?。
日空オートガスの下田
陽は高く昇っていた。会社前を走る、五日市街道を、渋滞の列を作りながら、大型トラックが、コクピットの窓を開け、カーラジオを、ボリューム一杯鳴り響かせていた。ディーゼルエンジンの、排気煙が、街道沿いに有る、プロパンオートガスの、営業所、日空オートガスの、敷地内にも入って来て、世沼前は、少し咽る。ここ拝島町に有る、日空オートガスは、主にタクシーの燃料になる、小型ベーパライザーと言う、ガス車の交換スタンドと、一般家庭用の、顧客への小売り、800件程の客が有った。
後は、業務用のガスベーパライザー販売を主な営業業務としていた。
世沼は、先月の初め、日産村山ディーラーから依頼されて、営業車になる、ダットサントラック、所謂ダットラを、三台売った。
日産村山ディーラーの営業部長、進堂は、厳しい人で、売った物のアフターケアーに力を注力していた。
その為、営業部長も、世沼が売ったダットラ三台の、様子を本日見に行かせていた。
世沼は、営業所の事務所へ、ノックして入り、深くお辞儀をして挨拶をした。
「あの~、毎度お世話になってます、日産村山の世沼です、本日、先日お買い求めいただいた、三台のダットラの、様子を見に来たもので、何か不具合は、有りませんか?」
「おう、車の具合は良いぞ、コラムシフトで、軽快に走っている様だよ」
営業所長の田沼が出て来て、暇なのか、何時も世沼の相手をする。
「それに、付きまして、今お使いになっている、74年式の、サニトラを、是非次回の車検の時は、我が村山ディーラーで、思い切って、ダットサンのトラックに代えて見てはどうです?」
「う~ん、本社の次長と、話をしなければならないし、早急に決められないな、ダットラより、一台トヨタのライトエースが、入ってくる予定だよ、日産さんには悪いが、ライトエースと、ダットラ、どっちが良いか、営業マン達に聞き取りしなくてはね」
世沼は、コーラの缶を出して貰い、一息に飲み干す。
「でね、古いサニトラの、ブレーキがちょっと甘くなってるんだけど、今調節してくれるかな?」
1台、70年代のサニートラック、通称サニトラが、敷地内の隅で停まっていた。
「ハイ、工具を貸してくれれば、ドラムブレーキですし・・・・・・」
世沼は、サニークーペから、作業用のツナギを出し、車の脇で着替える。暑い太陽がm仕切に肌に差し、汗がしたたり落ちる。
ジャッキアップして、外したホイールを脇に置く。
「クッ、シューが逝ってんじゃないか、これじゃ止まれないよ」
ブレーキシューの脇に有る、ワイヤーで、取り敢えずの、調節をして、4本のタイヤのブレーキをキツキツの状態にして、敷地内でブレーキテストをする。
「良し、少し固いけどこれで良いや」
世沼が、作業をしていると、一人の青年が後ろで見ていた。
「アンタ、何処かのメカニックか、俺のマシンのブレーキも見てくれよ」
「ハァ?マシンと言うと?」
その青年は、名は下田と言うらしい、世沼を駐車場の脇に連れて行くと、一台の、本田CB400NホークⅡのシートをはぐり、イグニッションキーを挿し、エンジンを始動させて見せる。赤いラインに白を基調としたタンクの、中心部に、ホンダウィングの、ロゴが、黄色く光って夏の陽光に映える。
「ハァ、私は、ディスクブレーキは、弄った事が無いんですよ、シューの交換すると良いですよ」
「そうか、どうやら、ブレーキが甘くて、少し制動距離が、長い様な気がするんだよな」
「バイク屋さんか自転車屋さんに見てもらっては?」
「アンタは車屋か、チッしょうがねぇーな、あ、俺、ここの配送してんだけど、アンタ単車乗るの?」
世沼は、内ポケットから、チューインガムを出して下田にも一枚渡す。風が少し吹いてきた、南西風の風で、湿った空気を運んでいた。三日後には、台風が関東に接近すると、ラジオの天気予報で言っていた。世沼は、得意気に鼻を掻きながら言った。
「はい、マッハと、CB400FOURに少々乗っています」
「かぁーシビィーな、4ファーかよ、何時も一人で走ってるのかい?」
「いえ、地獄猫ってチームに入ってまして、八王子石川PAで、皆で集まってんですよ」
その答えに、下田は反応して言った。
「石川SAか、近いし、夜暇だから、俺も参加して良いかな?」
「あ、ハイ、何時も私メは夜の9時半頃行きますから、その時でも又会いましょう」
世沼と下田は、妙に気が合い、家の電話番号の交換をし、下田は充填所の方へ去って行った。事務所の方へ顔出しして、日空オートガスを、辞した。空は段々に、雲行が怪しくなり、帰りの車中、フロントガラスに雨滴が落ちてきた。
「今夜、大丈夫かな?」
世沼は、独り呟いた。
夏の夜の更けは遅く、午後6時半を過ぎても、陽は沈み切らなかった。世沼は、アパートに帰ると、汗を流し何時もの様に、水風呂に浸っていた。水風呂で、1時間程湯船で微睡み、意を決して、風呂から出て、夜食に買ってきた、惣菜屋のコロッケを、5個ほど齧り、一杯だけ缶ビールを、飲んだ。ライダースの革パンを履き、上に地獄猫の、G1ジャケットを羽織り、フルフェイスを被り、表へ出て、CB400FOURの、シートカバーをはぐり、イグニッションキィーをONに入れて、チョークを引き、セルでスタートさせる。
5分程、暖機させて、そのまま高井戸入口へ走り去って行った。
午後8時32分、世沼前は、八王子石川SAに居た。今夜は、メンバーは、少なく、矢野に台田、根元のユウイチ、そして、世沼前が、常連の顔として揃っていた。
「ねぇー世沼さんて、彼女いるんスか?」
根元が、唐揚げラーメンを食べている、世沼に近付き唐突に、声を掛けた。
「あ~居るには居るが、もう会ってない」
「それって、別れたって事じゃねぇースか?」
「そうとも言うな、君は、学校で、ガールフレンドとか居るのか?」
「ナハハ、女くれぇー居るよ、3人、友子に明美、吉子、良いだろ~アハハハ」
世沼は、「アッソ」と一言言い、セブンスターを、取り出して、火を点けた。
「お~い、3人今からダルミ行って走らないか?、俺は今日マシンの調子が良く吹けて、絶好調なんだ」
「あ~、そう言えば矢野さん、750から、500に代えたの?、ヨッシャ行くば、行くべ」
根元と、矢野が、会話をしていると、世沼が横から言った。
「今夜は、ゲストで一人招待したから、その人待つから、先行っててください」
「え~、世沼が来ないと、面白くないから、俺等も待つ事にした」
午後9時32分を、腕時計の針が刺した頃、一台の、直管に近い、爆音を立てて、CB400NホークⅡが、高速ランプウェイから、石川SAに進入して来た。下田で有った。
下田は、上は半袖シャツに、下はブルージーンズを履き、ノーヘルでのお出ましで有った。
「ラララーン、ラララーン♪世沼さん来たよ」
「下田さん良く来たね、こんな夜に出て来て大丈夫なんですか?」
「あ~、女房が煩くて、娘寝かしてから出て来たよ、あ、チース、地獄猫の皆さん、今夜は宜しく」
「あ、俺、矢野って言います、こいつが台田で、アノ変なガキが根元です」
「チャース、ホークⅡスカ、シビィーですね、何キロくらい出るのそれ?」
根元が調子付き、下田のCB400Nを、ペタペタと触る。
「オイ、あんまし触んなよ、手垢付くだろ、今日洗車して磨いてきたんだからよ」
「下田さん、家どこなんですか?」
「昭島の田中町の団地さ」
「じゃー、武青連合に居たんすか?」
根元は調子に乗り過ぎて、缶ビールを今夜3本目を一気飲みする。
「あ~、3代目のサブやってたんだ、そんな事どーでも良いだろ、矢野さん、今夜の走り、宜しくお願いします」
「よっしゃ、、全員揃ったところでラインディングしに行くか」
皆、一勢にエンジンを掛け、矢野が先頭に、世沼、台田、下田、根元の順に走り出す。
夜の中央道は空いてい、月光隊のパトロールカーを、注意しながら120キロ程で、ランデヴーする。遠くを、メルセデスが走り、後方から、10t日野レンジャーが煽っていた。
路面は雨がシトシト降り、ウェット状態になっていた。下田は、前を行く、セリカXXをに、突っ掛けて、190キロ程まで車速を上げる。セリカのテールに、張り付き、セリカは、ブレーキランプを、チカチカと、点滅して、CB400NホークⅡを、前からブロックする。右脇に出よとしたとき、4tの、長距離便の幌車が走り込んで来る。
「あ、アブねー」
下田が叫ぶと、4t車のフロントバンパーに、弾き飛ばされて、高速の壁に激突して逝った。
他のマシンは、その事故に気付かずに、上野原インターまで、走って行った。
スドカズの帰京
ドンッと、前方の道は開けていた。晩夏の武蔵野市を走る水道道路を、午前10時を回った頃、カワサキ・Z1R2が、猛スピードで、走って行く。東北道を美女木で降りたのが、僅か30分前で有った。後方のキャリアーに載せた荷物が、ギシギシと音を立て、今にも崩れて落ちそうになるのを、ワイヤーが、何とか支えていた。吉祥寺丸井前を過ぎると、急減速して、吉祥寺のガード下の信号をパスして、次の交差点を、右折し、東急裏に抜ける、住宅街の路地を走る。途中魚屋の前を風の様に奔る。
「チッ、スドカズの野郎、調子コキやがって」
魚屋の、若主、道男が、唾を吐き、罵る。
スドカズは、吉祥寺通に出て、パルコの裏にある商店街へ単車を入れる。
古本―スド堂―の脇の路地へ、Z1R2を停めてスタンドを立て、エンジンキィーでkillする。
スドカズ事、須藤一也は、その古書店の、裏の勝手口から、家へ入る。調度母親が、台所に立ち、洗濯をしていた。
「お袋、今帰ったぜ、コレ土産だ」
手に持っていた、バッグから、トウモロコシと、干イカの、詰め合わせを、母に渡して、居間にドカリと寝そべる。
「あら、一也、一カ月も何処行ってたの?、学校の方から、連絡が何度も来たわよ、それに、何その顔、黒い日焼けがアンタに似合わないわね」
「フンッ、外の単車のキャリアーにまだ荷物有るから家の中に入れといてくれ」
それだけ言うと、2階の6畳間に上がり、センベイ布団で寝入ってしまう。この北海道行きから一カ月、良く寝ておらず、バッグに入っていた、バドワイザーの缶を、半分呑んで、眠りの世界に引きずり込まれる。
何時間寝たで有ろうか、外で豆腐屋のラッパの音が響く頃、目が覚めた。体中、汗びっしょりで、着ていた服も、スラックスも、汗で濡れていた。夢見が悪かった。巨大な蛇に食べられて、蛇の食堂の中で、圧殺されていく自分を、俯瞰で見つめていた。
汗を洗い落す為に、1階にある水風呂へ、入りに風呂場へ行った。母は、何か裁縫をしていた。遠くでパトカーのサイレンが聞こえ、スドカズは、全裸になり、湯船の中へザブリと入る。体を良く洗うと、一カ月の旅で出た、垢が白く黒く、出て来て入念に洗う。
風呂から出て、パンツ一枚の姿で、冷蔵庫に入っている、キリンビールの缶を出して一息に飲んだ。
「おう、一也、帰って来たか、何処行っていた」
「オ~、オヤジ、北海道だ」
「何か、出物でも買ってきたか?」
スドカズは、居間に上げられて有るバックからビニールに包まれている、本を出して、広げる。
「この北街道大学の、北街道開拓使は、面白かったぜ」
「ほう少し拝見」
父はルーペを出して、まず最終ページの検印、と、出版年度を確認する。
「これは、大正2年か、初版で確かに珍しい本だな」
「これ運搬料を込みで、6千円でいいぜ、買値は2千円だけど」
「フム、しかしお前の手垢が付いて居て、少し汚れているな、千円負けて、5千円なら良い、売値は1万円で出すとしてもだ、後、アトムのが、全部初版か?」
「ウム、初版本だから買った。朝日ソノラマ版だけどな」
スドカズは、もう一冊の本を出して、父に手渡す。著者は、本所次郎平と言う、ペンネームで、題名は、アイヌ民族史と言う、600ページ有る、ぶ厚い本で、中に図解や写真が多数載せられていた。
「ホウこれは?」
「帰りにちょっと遠回りして、札幌で買った本で、5千6百円したかな」
スドカズのブラフで有った。本当は4千円で購入したものである。
「で、これは4千円で俺が買い取る」
「何だよ、原価より安いじゃねぇーか」
「馬鹿かお前は、巻末に値札ついてて、4千円って書いてある、他には?」
「後は、俺の物だからそれだけだ」
スドカズはカー雑誌のバックナンバーを、10冊ほど抱えて二階へ運び込む。
「何だいあの子、折角北海道まで行って、干し魚とイカばかりね」
母は不満面で、父と話していた。陽が陰り近くで暴走族のレーシングコールを、聞いた。スドカズは、荷物を半分に減らし、出掛けることにした。ライダースの革ジャンの背中には、地獄猫のエンブレムが、黒い汚れと共に光っていた。
マシンを調布インター目指して走らす。
夏の暑い盛夏は、過ぎどこか寂し気な、北西風が吹いていて、ここ数日で気温がグンと下がったのを感じた。
マシンは、調布インターから中央道に乗り、180キロで、一気に八王子石川SAを目指す。
ハコスカのGTが、粋がって、チンスポイラーを入れて夜の高速を、驀進していた。
―なんだか急に飛鳥丈を思い出すな、奴はこんな日は、必ずSAに居たっけ。
スピードが完全に乗る前に、石川SAに、辿り着いた。石川SAには、意外な顔が有った。世沼前が、地獄猫のエンブレムの入った、G1ジャケットを着込み、タバコを吹かしていた。
「何だ、お前入隊したのか?」
「ハイ、トメオさんの紹介でー」
「地獄の猫にヨロシク」
スドカズの言葉を、世沼前は意味が分からなく、呆然と立っていた。
「お~い皆、北海道の土産だ、トウモロコシと、干しイカだ」
この場に集まっている、メンバー12名に、土産を渡してスドカズは何も言わずに石川SAから出て行った。
―アレは5年前・・・・・・。
当時スドカズは、学生で飛鳥丈の、ケツに付いて回っていた。こんな夜の夏、飛鳥は国道16号線の、福生米軍第二ゲート前で、マシンを駆り、最高速チャレンジをしていた。スドカズは、流石に飛鳥の駆る、Z750FOURに、直線で離され、後方500メーター付近で追掛けていた。その時、暴走族の集団に出食わし、マシンが族の一台に接触し、一台吹き飛ばした。スドカズは、呆気に取られていると、もう一台、2ケツの木刀を持った少年が襲い掛かる。飛鳥は、その族のリアーを立ち乗りして蹴りを入れる。2ケツの族車は、ヨロリとヨロメキ、福生の米軍基地のフェンスに突っ込み大破した。
そんな事を思い出す夜であった。
夜明けの浜場
Z1R2は、夜風に吹かれて、高井戸の、京王井の頭線のガード下に放置されていた。
夜霧がタンクを濡らし、マシンはチンチンと、オイルが下に下る音が、鳴り響いていた。
「ヘェ―スドカズさん、北海道へ行ってたっぺか」
「あ、苫小牧から、根室までな、コレ、土産の干しイカと、トウモロコシ」
スドカズの居る店は、―ミーチ軒―と言う一杯飲み屋で、ラーメンも売りの小さな露店に近いバラックで出来た店である。
ミーチ軒のラーメンは、お世辞にも美味とは言えず、売りは惣菜とツマミ、日本酒が、各種揃えて有り、やはり一杯飲み屋の域を出ていなかった。店主は、10年前まで一流和食レストランの、松方楼の、チーフコックをしていたが、独立心が旺盛で、些少の金で、この店を買い取り、借金を抱え細々ながら経営していた。
「スドカズさんは、何処の大学べかや」
店の主人南藤は、スドカズの過去を知りたがり、色々と詮索してくる。
「ああ、東京文人大学の、木更津キャンパスさ」
ジッポーの火でセブンスターに火を点けて大きく吸う。
「東京文人てぇーと、こんの間、直木賞取った山本とか言う作家が出てますね」
「フンッ、あんなのクソだ」
スドカズは、新潟酒を煽りながら、ゲロを吐きにトイレに立つ。
「オヤジ、ミーチラーメン一丁」
「ヘイ、毎度―」
スドカズは、ラーメンを食い終えると、ガード下に路駐している、Z1R2に乗り込み、エンジンを掛ける。マシンは、快調に吹け上がり、アイドリングが一定して、高井戸から去って行く。雨がポツリポツリと、頬を濡らし、マシンのキャブの調子が、少し悪くなる。
永福から首都高に乗り、新宿で上野方面へ出る。Z1R2は、前を行くZ750FOURを、追い掛ける。雨は小降りに降っていた。路面がウェットで、リアーがともすれば、滑ってガードに吹き飛ばされそうになる。スドカズは、両足で、踏ん張り、マシンをコントロールする。両の手の力は抜け、迫ってくるコーナーを次々とクリアして行く。前を走っていた、Z750FOURは、上野ランプで一緒に水戸街道へと降りる。下道は雨でけぶり、深夜のタクシーが、オレンジ色のボディーを光らせながら、走って行く。
スドカズは、千葉街道を走る。船橋辺りで雨はスッと止み、暴走族が逆車線を、ロールを切りながら、走り去って行く。市原に入ると、向こうの車線でゼロヨンを、行っていた。Z1R2を、Uターンさせて、ゼロヨンを見物する事にした。二輪同士がせめぎ合い、マシンは火花を散らして、路面を蹴って走る。3回戦ほどレースを見てると、少女が一人、ポツンと、隅の方に立っていた。何となく気にかかり、近付いて肩に手を回した。
「君、何してるの?」
その少女は、ホットパンツを履き、ピンクのセーラーズサマーセーターを着ていた。
「私、バイクに興味が有って見に来てるんだ」
「一人かい?」
「んーん、洋一と、ケンジに連れて来て貰ったんだ」
向こうで、CB750を、セッティングしている2人の少年の方を指さして、その少女は答える。
「どうだ、俺の後ろ乗って海でも見に行くか?」
Z1R2のエンジンを掛けて、後部ホルダーに掛けてある、ジェットヘルを、その少女に手渡す。少女の名はミサキ、とだけ名乗った。
「じゃー、2人に海行く事行ってくるね」
ミサキはジェットヘルを、頭に被って2人の友人に近付いて行く。
「えー?どこ行くの?」
「だから向こうの男の人と海見に行くから」
マシンのエンジン音で、声が聞こえなく3人は大声で話す。
「ハハーン、コーマン目当てのオジンだぜありゃ、一発打たれるなら金貰ってやれよギャハハハ」
「バーカ、そんなHな人じゃ無いし―、じゃぁバァイ」
スドカズの駆る、Z1R2のリアーに、ミサキは乗り千葉街道をUターンして、木更津方面へ車種を向ける。マシンは、一気に180キロにメーターは振り抜け、風が体に当たり一気に走り去る。
「この辺にモーテル無いか?」
「えー何?聞こえなーい」
風は、耳をつんざく様にヒューヒューと、鳴り、マシンは路面を蹴立てて、アスファルトを焦がす。
Z1R2は、ホテルへ滑り込み、2人は、受付で部屋のキィーを貰う。
「え~ヤダぁー中入るの?」
「うむ、君がとっても可愛いから、今夜一晩付き合って欲しい」
スドカズは、ミサキに顔を近付けイキナリ唇を奪う。
ベッド上に仰臥しているミサキの、デルタ地帯を優しく軽く手で揉んでやる。ミサキの唇にディープキスをして、サマーセーターを少しづつ上にはぐって行く。Bカップのバストがノーブラの胸にプルルンと震える。そのバストに、口付けをし、乳首を口に含んで舐めしゃぶる。
「ハァーン、もっと下の方も・・・・・・」
スドカズは、勃起して来た一物を、パンツから出して、ミサキのパンティーを下へ下へと降ろす。デルタ地帯を、口に含み、舌でクリトリスを剥いて舐め回す。
「いい~いい~もっと中に~」
ミサキのヴァギナは潤んでいき、音を立ててスドカズは愛液を吸い取る。
ミサキは、体を捩らせて、ペニスを甘く握り、口に含む。チュパチュパと、ペニスをしゃぶられてスドカズは一度目の爆発を、ミサキの口内へ発射した。
3分後スドカズは、大股を開かせて挿入していた。
「アハ、アハ、ハァーン良い~もっと」
スドカズは、腰を回転させながらミサキのデリケートゾーンを、侵犯しまくる。
「フンッ、良―か、もっと腰を引き付けて肛門に力を入れると締りが良くなるぞ」
「あ、イク、イク」
ミサキの体は、ブルルと震えて、スドカズの物を子宮に呑んだ。
Z1R2は、木更津の、海の見える海浜公園に来ていた。風が激しく吹いていた。街道を隔てた向こうに一軒のドライブインが、灯りを煌々と照らして営業をしていた。
「ミサキ、ちょっと寒くなって来たな、そこの店でラーメンでも食うか」
ミサキは、コクリと頷きスドカズの肩に持たれて街道を渡る。
「らっさい」
「オヤッサン久し振りです」
「おースドカズじゃねっぺか、元気だったか?」
その店は、スドカズが、大学時代、3年間アルバイトをしていた店であると言う。
「へぇー、随分若けぇ女連れてっな」
「はい、妹分のミサキって言ってちょっと訳有で」
「フーン、まぁ良いや、ラーメン食ってけ」
外は、雨がパラ付いていた。西の方からどうやら、雨が来ているらしい。スドカズは、レバニラを頼み、一杯日本酒を煽る。
「オヤジッ明日も雨かな?」
外は少しづつ明るくなり、雷雲が少し黒く見えていた。
独りボッチ
朝から天気が良い。世沼前の前から陣内美雪が姿を消したのは、8月25日の事だった。
その3日前から、世沼前は、三日休暇を取って、軽井沢に、ツーリングに、行く予定で有る。同行するのは、美雪と、坂崎、矢野である。集合場所は、関越自動車道・高坂PAの、駐車場で有る。
美雪は朝からオシャレをして、鼻歌を歌っていた。
「フンフンフン~青い鳥♪」
世沼はそんな美雪を見て、何となく心が安らかになり、且つ又安心していた。
外へ出て、SS750マッハの、キャリアーに、今日行く軽井沢のペンションの主人に、土産で渡す、東京の地酒や、着替えテニス用具を、載せて、エンジンをキックでスタートさせて暖機する。
「良し、美雪行くよ、ヘルメットちゃんと被れよ」
「ハイ、関越の高坂って、何分くらいで着くの?」
「うん、2時間くらいかな」
「じゃ~トイレ行ってくるね」
美雪は、アパートの世沼の部屋へ入り、トイレへと立つ。世沼は、マシンを2回レーシングさせる。
SS750マッハは、環状八号線へ出て、車線を左側にキープしながら、80キロ平均で走る。
単車は良く吹けて、低速域では、その性能を、発揮しないが、120キロから上の領域では、そのボアUPしたシリンダーからの、圧縮比の高さにより、マッハはその加速力を、増す。パワーバンド一杯でマシンを走らせ、練馬区谷原で関越自動車道に乗る。道はシーズオフに近い8月下旬で、有るので、空いていて、スムースに走れる。180キロまで速度を上げると、美雪の髪が風に流されて後方に吹き飛ぶようにして、靡いている。
マシンは、十分で川越を過ぎ、見渡す限りのの田園風景の中、高速を急ぐ。
30分後高坂PAに、辿り着き、先着していた矢野と坂崎に合流する。
「いよ~前ちゃん少し遅かったな」
「うん、ちょっと荷物載せるのに手間取ってね」
「坂崎さんに矢野さん、久し振りです」
「おう、美雪ちゃん元気そうで何よりだ」
4人はPAの、レストランに入って行く。
「何か夏ももう終わりだな・・・・・・」
坂崎は、しんみりとした口調で言う。
「やだ~キザねぇ~坂崎さんて、ロマンチスト?アハハハ」
4人はスパゲティーを頼み、一杯だけワインで乾杯した。
「で、前ちゃん、今日行くペンションの宿泊料半額で良いって本当か?」
「ハイ、色々と有って特別に今回だけは」
4人は、昼食を終えると、各々マシンに乗り込みスタートする。3台は、関越道を北へ走り、高崎で下道に入る。夏の終わりに良く見る、トンボが、大群をなして、大空を飛んで行く。道は渋滞してい、矢野、坂崎は、車の脇をすり抜けて行く。世沼は大外へ出て、センターラインを跨いで2人の後を追う。山道へ入り、上野村を走り込む。
碓氷峠を、目一杯の馬力で乗り越えて、妙義山を見て、軽井沢へと入る。軽井沢へ入ると、3台の単車は、盆地に有るアイスクリーム店で、新鮮な牛乳で作ったバニラアイスを買い、4人は一呼吸する。
「かぁー、アッチィーな、東京より涼しいって話だけど気温たけぇーな」
坂崎はタオルで額の汗を、拭うとコカ・コーラを、自販機で買い一気に飲む。
「そうですね、空が高くてでも、気持ち良いですね」
世沼はセブンスターに、火を点けて、一本美雪に渡す。
「ねぇ、ペンションてここから何分くらい掛るの?」
矢野は行き交う単車達を見て、ジュースを又買う。美雪の質問に世沼は答える。
「ウーンとね、町外れの小さなペンションだから、後10分も走れば着くよ」
行き交う単車にアメリカンに乗って、ドイツ軍のヘルメットを、被った3人の中年の男達がこちらをジロリと見ていた。
「オイ、アレ、殺人鬼の、マシンブラザースじゃねぇーか、あいつ等には気を付けろよ」
マシンブラザースは、嘗て、埼玉方面に、出没し、幾多のライダーをナイフで斬って、殺人未遂でお尋ね者として嫌われていた。
「そーだな、アノリーダーの男、ゴッド神山、それに後の二人はアサシン仁藤に、幸造って奴だ、成るべく目を合わせんなよ」
そんな会話をしていると、陽が西の空へ落ちかけて、オレンジ色の、夕景を演出していた。3台のマシーンは、町外れのペンション高岡ロッジに入り、迎えに出て来た主、高岡工助と、その妻美江に挨拶する。
「久し振りです高岡さん、ペンションの経営の方上手くいってるようで何よりです」
「これは、世沼さん、その節は大変お世話になりました」
この高岡は、6年程前、大和証金で、800万円借り受けして、脱サラし、軽井沢に、ペンションを建てた。世沼はその時の、融資係として、高岡に貸し渋っていた上司を、説得し、800万円を融資させて今に至った。
「何、今は電話で話した通り、大和証金を退職して、車の販売員をしてますよ」
「それでは、皆様、部屋へ案内しますね、女性の方は世沼さんと同室で良いのですか」
「はい、私世沼の恋人ですし」
4人は温泉に入り、1日の体の汗を流した。
美雪は、火照った顔で部屋にあるTVを、100円投入して見ていた。
「俺は、ロビー行って2人の事面倒見て来るよ」
ロビーに行くと、坂崎と、矢野が、コーヒーを飲み寛いでいた。
「前ちゃん、良い所だねここ」
「晩御飯何にします」
「うん、山菜と岩魚の塩焼きにしよう」
4人はロビーのテーブルに座り、山菜と鳥肉の入った、釜飯と、竹の子のお吸い物を食べる。日本酒が出て来て4人は乾杯した。
「あ~美味しい、竹の子が新鮮だね」
釜飯を、平らげると、手長エビの天ぷらが、出て来て、麵つゆと大根おろしで食べる。
「ねぇー皆、私たちの部屋でポーカーしようよ」
その晩、ポーカーゲームで遊んでいた。
翌日、美雪と矢野はテニスに出かけてい、坂崎と2人ロビーのTVを見ていた。
「なぁ、田中角栄って、悪党なのは分かるが、道作ったり公共工事増やして経済を活性化させたんだぜ、ロッキード事件は、汚いが、裏技寝技が出来ない政治家が増えて、将来日本の国益を損じるんじゃないか前ちゃん」
世沼前は、TVのニュースでやっている、国会の中継を見て、坂崎にこたえる。
「いや、幾ら、国の為だとは言え、汚職は駄目ですよ、角栄は死刑になれば良い」
世沼と、坂崎は、何時になく、議論をし、エキサイトしていた。世沼と坂崎は、3度温泉に入り、体のケアーをした。この温泉はラドン温泉で、山の方の、温泉地帯から、流れて、沸いていた。
その夜4人は、月見酒と洒落込み、ペンションのバルコニーで夕食を食べた。
夕食は軽井沢の牧場でとれる、牛のステーキに、和風春巻きが出て、その他山菜料理で一杯やった。空に季節外れの花火が上がり、4人はこの美しい光景を見て感動していた。
いよいよ、最終日、3台は、轡を並べてペンション高岡から去って行った。
後ろに座る美雪は、山の空気を目一杯吸い、心も体もリフレッシュしていた。
「前ちゃん、楽しかった、又連れて行ってね」
美雪は、世沼の肩にもたれ掛かり、独り言を呟いた。
世沼は、行き掛け2ケツの事を、料金所で注意されたので、下道で世田谷に急ぐ。
約4時間掛けて、世沼は世田谷区の用賀に有る、アパートへと帰る。2人は、部屋へ帰るとグッタリとなり、横になった。
「ねぇ、地獄猫のブルゾン私に一着頂戴」
「え、何時も見たく好きなの着れば良いじゃん」
世沼は、何時になくしんみりとしている、美雪の横顔がなぜか寂しそうなのが、気にかかっていた。
「じゃ~これ一着貸してやるよ、何だよ、今夜はやけにしんみりしているな」
「うん、別に、只何となくブルーな気持ち」
「じゃぁ、晩御飯食べるか?」
「あ、又今度食べにくるわ、前ちゃん今まで有難う」
「何言ってんだよ、俺はお前を嫁にして幸せにする」
「じゃぁ、私帰るね」
「何だ、泊まって行かないのかよ?」
世沼は、目に涙をたたえて居る美雪を訝しんで、ブルゾンを肩にかけてやる。
「じゃー前ちゃん、元気でね、コーラ飲みすぎは、良くないからね」
「ああ、今度いつ来れる?」
「うん、仕事が忙しいから、サヨナラ」
それっきり、陣内美雪は、世沼前の前から、姿を消した。残った食器棚に有る、美雪の茶碗だけが、唯一の美雪の痕跡で有った。世沼前の葬式の日まで美雪は居なかった。
独りぼっちの寂しさが身に染みた。
飛鳥丈
淀橋のゼロヨン場に、ハマで無敗のジャック、通称ハマのジャックこと浜崎と言う、トヨタ2000GTを駆る、走り屋が来ていた。
アレは1971年、9月の秋雨が降る少し肌寒い夜だった。土曜日だと言うのに、人手は少なく、ハマのジャックは、苛立っていた。
―どいつもこいつも腰抜けで遅い、もっとマシな走り屋は居ねーのか?
「よう、この俺様と、まだ1戦してねー奴で、一発勝負しようって奴居ねぇーのか?」
飛鳥丈は、その晩新宿でのバイト先から、寄り道して、ゼロヨンを見物していた。
―アンナ、鼻たれに淀橋を荒らされて堪るかよ
「良し、ジャックとか言ったな、俺と勝負しねーか、但し、一週間後の土曜日の夜だ」
「ナハハハ、そのK0で、俺と勝負しようってのか、一週間じゃなく今やりな」
「待て、車用意してくるから焦るんじゃねぇ」
その日飛鳥は、自宅の用賀に帰らず、下北沢に住む、鉄と言う名の男のもとへ泊った。
下北沢の鉄は、前科三犯の、車ドロで、その仲間は20人居ると言う。
「で、丈、何の用で来た、まさかテンプターを抜けた、制裁のリンチの件でか?」
「いや、一台盗って貰いたいブツが有ってな、報酬は20万出すぜ」
飛鳥は、キャッシュで、20万円を、財布から出して、鉄に渡す。
「チッシケテンナ、現ナマ見たからやるにやるけど、獲物はどこの何だ?」
飛鳥と鉄は、この夜相談し合い、車ドロの計画を練る。
翌日、飛鳥と鉄、その子分正気と言う、3人の男が、青山に有る、マツダのディーラーへ、下見の為顔を出した。
「ハイ、いらっしゃいませ、本日はどの様な御用件で?」
3人は、イタリアンスーツを着て、ピカピカに磨かれた革靴を履き、手には大きなアタッシュケースを持ち、いかにも、金回りの良さそうなナリをして、店員と向かい合う。ショーウィンドウ内には、マツダの大衆車、ファミリアや、レガードと言った車が並べられてい、外の展示場には、マツダスポーツの、コスモが厳重に飾られてあった。
「外にある、コスモだけど、3階のローンで総額幾ら位になります?」
飛鳥はポケットから、見せ金、100万の札を出して、テーブルの上に、さり気無く置いた。店員は、急に揉み手になり、涎を垂らさんばかりの顔付で、巨大な電卓を打つ。
「ハァー、車体保険込みで、148万円でございますけど、頭金が入るなら、値引きして総額120万円で勉強させて頂きます」
「フム、120万円ね、ちょっと試乗して来て良いかな」
「ハイ、それは構いませんが、何か身分証が、お有りになりますか?」
飛鳥は、二日前、カツアゲで、貰って来た、明北大学の、学生証を、ポンとテーブルの上に置く。鉄と正気は、ニヤリと笑い、一言付け加えた。
「坊ちゃん、それじゃー私達も同乗させて貰いますが、コレ2シーターだから正気お前残っておれよ」
「ハァ~、坊ちゃんですか、名前は四井さんとおっしゃると、かの四井銀行の?」
「まぁね、これはお忍びだから、オヤジには連絡するなよ」
「ハァ~それはそれは、では、キィーおば出しますので、街中を30分だけ走行して下さい」
飛鳥と鉄は、開け放して貰った、展示場から、マツダコスモスポーツを、出して、六本木通りを、赤坂の方へ向けて走り出していく。
「はぁー、四井銀行の坊ちゃんですか、まったく賢そうで、立派なお子ですね」
「フン、果たしてそうかなフフン」
正気はイキナリ店員の鼻っ柱を、ブン殴り、飾ってある車を、持っていた鉄パイプで、殴打して、店内を荒らす。
「ヒィー誰か110番をー」
正気は、走って逃げて行った。飛鳥と、鉄は、コスモにガソリンを、満タンに入れて、環状八号線を、走っていた。
「正気は上手くやったかな」
「そりゃもう坊ちゃん、ナハハハ」
その週の土曜日、空は深夜でも崩れず、涼しい風が、吹き抜けて行った。
その日も、ハマのジャックは、トヨタ2000GTで、連戦連勝で勝ち分が20万円を超えていた。
「ガハハハ、もう淀橋も制覇したし、次は大井でも繰り出すか、しっかし、先週来ていたK0の小僧は来てねぇーしな、逃げたか、ガハハハ、皆、一杯飲みに行くか?」
その時、ゼロヨン場の道に、白い一台のスポーツカーが、走り寄って来て、ハイビームでジャックを照らす。
「オイ、眩しいじゃねーか誰だい」
ハイビームが、ロウに入ると、一台のコスモスポーツが出現した。ハマのジャックは、目を凝らしてその車の輪郭を見る。
「何だい、コスモスポーツじゃぁん、そんなので、俺と勝負するのかよ」
「アハハハ、ジャック、約束通り勝負だ、俺のコスモが勝つか、お前の2000GTが勝つかだ、来い」
2人は、スターティングリッドに並んでスタートの合図を待つ。
「ワン、トゥー、スリー、GO」
スタートフラッグが振られ、ハマのジャックは、上手くクラッチミートが出来た、飛鳥も同時にスタートする。100メートル付近で、ジャックの、2000GTの後輪がバーストした。飛鳥は、横目でそれを確認して、車内で声を出して笑った。
ギャラリーに居た、車ドロの鉄は、右手に持っていた釘を、ポケットに仕舞い、その場から去った。トヨタ2000GTは、ガードレールに突き刺さり、そのまま廃車になった。
飛鳥はそのまま走り去って行った。
浜崎は、全治一か月の重傷を負い、車の自損金で泣いた。
飛鳥は、この頃から、不死身の男と言われ始めた。その切っ掛けとなったのは、このゼロヨンから二週間後の事だ。
飛鳥は、独り千葉の海岸線を流していた。
コスモの12Aロータリーは快調に回り、道行く車達を、ごぼう抜きにして走り込んでいた。フッと、後方を見ると、スカイラインGTRに、突っ掛けられて、テールを鼻先でナメラレテいた。飛鳥は、スピードを120キロまで上げて、慣れぬこの土地のワインディングを、無理矢理攻めていた。トンネルを抜けると、左ヘアピンだった。飛鳥は、クリッピングポイントを、間違えて、オーバーステア気味になり、ガードレールの切れている崖から海へ落ちて行った。
「ウワァー」
幸いにして、海はすぐそばに有り、そのまま、水にジャボンと落ちて行った。沈んでいくコスモの、ドアーから脱出して命からがら、海岸まで泳いでいった。
それが噂になり、不死身の称号を得ていた。
あの時もそうだ。多いの湾岸エリアで無敗を誇る、マセラッティーに乗る、金持ちの米人と日本人のハーフ、ペーターソンと勝負した時の事だった。ぺーターソンは、飛鳥の駆る、CB750K0に、300メートル地点で大差を付けられて負けた。400メートル付近で減速していた、飛鳥丈に、マセラッティーに付けている、カンガルーバンパーで突っ込んで行き、飛鳥は約50メートル吹き飛んだ。
しかし飛鳥は、生きていた。逃げるペーターソンを、追い掛けて、飛鳥はペーターソンの顎が砕けるまで殴った。
そんな飛鳥は、この間死んだ。トメオさんは、飛鳥の墓前で、ワンカップを開けて一人呑んでいた。
山寺陸送の直治
日は暮れかけていた。今日も何時もの様に2TGのカローラを見に、あの青年が、ここ加瀬モータースに来ていた。
「たっく、又来てるぜあの小僧」
加瀬社長は整備工場から、事務所へ入ると、帰宅の準備をしている、世沼前に言う。
「ア~、あの子は、良くウチに来ている府中の山寺陸送の、直治って子ですよ、この前納入した、アノ赤いカローラが気に入って、3日に一度は見に来てますよ」
「たっく、見に来るなら買えよー、あんなカローラ27万で激安なのにな」
直治は、カローラGTのコクピットに座り、夜7時まで車を撫で回していた。
世田谷線に乗り、京王線に乗り継ぎ、南武線で立川まで出て、中央線に乗り換えて、八王子の自宅まで帰った。
田村直治24歳、妻と子が2人居る。直治の妻、江利香はこの年32歳で、子は江利香の連れ子で有った。2DKの八王子台町に、有る木造アパートに帰ると、小学2年の息子と、5歳の娘が部屋でパズルをして遊んでいた。
「只今ッス、2人ともご飯まだかな?」
「あ、お帰りなさい、オジサン、今日もママお仕事で遅くなるって、手紙に書いてたよ」
「そっか、雄介に美加ちゃん、駅前の、来陳軒で、又ラーメンだけど、食べに行くか」
直治は、東北福島の山間に有る村の出身で、その近隣では、良く勉強が出来た、秀才で中学は仙台に有る私立校へと進んだ。
しかし、仙台では成績は振るわず、中の下と言った成績で、高校は、県立の普通科へと進んだ。偏差値は56と県レベルでは低く、秀才揃いだった仙台の私立中学では、皆から馬鹿にされていた。
高校へ入ると、猛勉強をして、行く行くは東京の大学に入学しようと努力した。
しかし、大学受験の前の月、父親が他界し、母親は、その一週間後、間男で有った中年の男と、何処かへ消えて行った。
直治は受験した大学をことごとく、落ちて、東京の八王子に、アパートを借りて、バイト先として東京府中市に有る、山寺陸送で、働いていた。
この8月の上旬、たまたま加瀬モータースに、車の納入しに行った際、見掛けた、カローラ2TGの赤いGTマシンに惚れて、毎日の様に、加瀬モータースへ、世田谷線を使い見に行っていた。27万円だが、その金が捻出出来ないで只、飽くなく見ていた。
「美味しいか、2人とも、ここのワンタンメンは最高ダベ、よっく噛んで食べなさい」
今の妻との馴れ初めは、江利香が、山寺陸送の事務として去年まで働いていて、直治と、たまたま八王子で家が近くで有り、交流を持つ様になった。
現在、子が2人に直治の面倒を見る為、山寺陸送を退職し、キャバレーで、働いている。
江利香は、当時、童貞で有った直治を犯して、前のダンナで有る、八王子のワル、藤堂進一と言う男と別れて、真面目で朴訥な、直治と再婚したのであった。
直治は、2人の子供を連れて、八王子の北口に有る銭湯へと向かった。
晩夏の夕暮れともあり、沿道沿いには、浴衣を着た若い男女が、歩き回り、直治はしたを向いて子供達を連れて歩く。
翌日一本の電話が入った。日曜日で、直治は、駅前のパチンコ屋へ行くと言って外出していた。
「あー田村さんか、直治、今いるか?」
「あ、社長さん、直治なら今外出してます、急な仕事ですか?」
電話口で、山寺陸送の社長は、水をゴくんと飲み言った。
「明日、世田谷の加瀬さんの所に朝9時に、行って貰いたい、江利香君、伝言頼んだよ」
「ハイ、多分、駅前のパチンコ屋さんに居るかと」
「じゃあ、至急の用事だから、捕まえて伝言頼むな」
「ハイ」
江利香は、駅前南口のパチンコ屋へと歩いて行く。
八王子台町から、坂を下り、左手に住宅街、右手に小さな工場を見ながら、南口へと急ぐ。
途中、アロハシャツを着た、高校生位の若者達が、ビニール袋に入った、アンパンを吸って笑っていた。
江利香は、その性分から若者たちに近付き、ビニール袋を、その一人から奪い取る。
「あ、ハハハ、これは姉御さん、アンパン返してよ」
その若者は、完全にラリッテいて、前後の見境が付かなくなる程、足元がふら付いていた。
「アンタ達、こんな物吸っていると、頭が腐って馬鹿になるよ、お止め」
「ア~俺達は、馬鹿さ、姉御には、分から
にゃいだろう、高校も首になってー」
江利香、小一時間その若者達に説教をして、再び、台町から八王子駅の子安町に有る、パチンコ屋へ入って行った。
パチンコ店には、直治の姿が見え無かった。
常連のパチプロに、イレブン加藤と言う綽名の男に、直治の事を聞いた。
「ア~、直治なら、散髪に行くって言って1時間前に、店を出たよ、3万スったらしいぜ、ギャハハハ」
江利香は、歩いて北口にある、理髪店、バーバー青山と言う店の扉を潜った。
「ア~、直治なら隣のスナックで飲んでいるよ」
バーバー青山の店主、公治と言う名の、元不良の散髪屋に聞き、直治をスナック・ミリ・と言う店で捕まえた。
「直治、やっと見つけた、明日、山寺陸送の社長からの伝言で、加瀬モータースに9時半に行って欲しいって、マスター、私ハイボール一杯ね」
2人は酒を飲み、ツマミのチーズで乾杯した。
翌日は、9月の空は晴天で、まだ暑気が残り、28℃を超す残暑日和で有った。
直治は世田谷線に乗り、居眠りをして折り返しの、上高井戸行きに又乗っていた。
時刻は、9時46分、間に合っても10時は、超えるであろう。
世田谷区の三軒茶屋に着いたのは10時を回った所であった。
加瀬社長はカンカンに怒り、直治の頭を物差しで叩いた。
「あんのー高々、40分の遅れで叩かないで下さい」
「お前馬鹿か、時は金なりって言って、遅刻は厳罰だぞ、昼までに日産村山に、世沼君と同乗して行ってこい」
加瀬社長と、山寺陸送の社長は、大学の先輩後輩の、間柄で、何事もツーカーの仲で有った。
「あんのー、まだ時間が有りますし、外の展示品の車見てて良いっすか?」
「あー、このボンクラ、勝手にしろい」
直治は、世沼から、カローラGTの鍵を借りて、試乗する事になった。
「かぁーやっぱ、DOHCは良かんべ」
車は、246号を走り、六本木通りへ入って行く。六本木交差点で、10台を含む玉突き事故が起きた。その原因は、焦って走っていた、カローラGTが、急ブレーキングを踏み、後方から来た、10トン車と、前の10トンダンプにサンドイッチになり、車は大破した。
田村直治は、無傷で車から降り、路上を猛スピードで走っていた、ワンボックスカー、当時風に言うとライトバンに、跳ねられて、20メートル吹き飛び、死亡した。
夏の嵐
マシンは、好調に環状八号線を走っていた。
Z1R2は、エンジンオイルを、交換して、北海道で溜まったスラッジ粉を洗い流している。Z1R2は、環八のドライブインに、入って行った。本日は8月28日、後数日すれば新学期、スドカズ事須藤一也は、生徒達に思いを馳せる。某有名私立校を首になり、2年のダブリの新入生、木島要の事が気になっていた。木島は調布市から八王子の藤沢学園に、通学しているが、彼の乗る単車、Z400FOURのタンクに有名なルート族のステッカーが貼って有った。そろそろ学校が始まる。
スドカズは環八高井戸のドライブインに入り、中を見回す。地獄猫のリーダー坂崎に、木下が、飯を食いながらトグロを巻いていた。
「よう、スドカズ北海道では随分暴れたな、池上の奴、又東京に来ている、もう揉め事はすんなよな」
「フンッ、どうせまた殺し合いが始まるさ」
スドカズは、小声で毒づいていると、坂崎と木下は、八王子SAに行くと言って、店を出て行った。スドカズは、オムライスを、注文し、朝から何も食べて居ない空腹を満たした。
外の雲行きが、怪しくなって来た。スドカズは、フライドポテトを持ち帰りにして、店から出て行く。Z1R2の、エンジンを、イグニッションをONにしてセルでスタートを掛ける。
「チッ仕様が無い、暇だから八王子でも行くかー」
―あの、世沼ってガキは、許せない、今夜見付けたら公道で殺害してやる。
スドカズは、高井戸ランプから、中央道方面へ単車を走らす。前を10tトレーラーが走る。スドカズは、得意のすり抜けで、トレーラーを200㎞ゾーンで追い抜く。Z1R2のリアーには、CBX400Fが張り付いて来た。そのCBXのライダーは、体をダルンと力を抜き、両手をハンドルに添えただけのライディングで、スドカズのマシンにプレッシャーを掛けてきた。風が強い、本日未明から明日に掛けて台風が関東に接近するらしい。そんな事は承知の上で、スドカズは、単車のアクセルを全開に絞る。
後方に張り付いていたCBX
も、石川SAに入って来る。スドカズは、ゴーグルを取ったその顔、トメオさんの姿を発見し、嫌な気分になる。
「よお、スドカズ、ダルミ行かねーか?」
「こんあ雨の中峠を攻めるんですか?」
その声を掛けてきた仲間、矢野は笑いながら言った。
「俺達単車乗りに暑い寒いは無いだろう、台風の中、風に煽られて走るのもまた良いさ」
矢野は、言い切り、近くでマシンのキャブ調をしている、世沼の顔を見て、峠に誘った。
「はい、今から行くところでした、長野県の諏訪まで試し走りがてら行こうかと思って」
「良いねぇ、良いねぇ、俺も今日は中距離走りたくて、マシンを新調して来たんだ」
横で聞いてたトメオさんが言う。
「世沼よ、お前が死んで悲しむ人はいるか?」
「はぁ~、彼女は泣くかも知れませんが、親兄弟は何年も会ってないので、僕は孤児みたいな者です、何でですか?」
横からスドカズが質問して世沼を睨み付ける。
「今夜は、諏訪に行こうかと思ってたんですが、スドカズさんも来ますか?」
「そこがお前の墓場か?」
「へッ、何すか墓場って?」
「まあ良い、俺も行く、死に水取ってやる」
諏訪行きのメンバーは決まった。世沼を先頭に、矢野、トメオさん、スドカズの順で、走り出した。急に雨足が強くなり、皆ゴーグルを掛けて、前傾姿勢で走り込む。諏訪まで、約2時間掛かって見なずぶ濡れの体で、諏訪湖畔の街道に有る、ドライブインに入る。
客層は、大型トラックの長距離便の運転手が多くて、人息れでムンムンしていた。TVで天気予報が流れてい、運転手たちの目は釘付けになっていた。
「前ちゃん、やっぱ雨が強くなってるからトンボで帰ろうぜ」
矢野は世沼の顔を見て進言する。
「今日は矢野さん、とっておきのウェットでのドリフト走行するので見ててください」
スドカズは、今夜の獲物である世沼を、公道で殺害しようと、殊更に走る事を主張した。
「何だってこんな雨の日に」
「まぁ良いだろう須藤、お前の走り見せてもらうぜ」
トメオさんは、食事を終えると、タバコを吹かし、CBX400Fの、キィーを指に絡めて手遊びをしていた。
4台は諏訪湖の畔をひた走っていた。
キツイコーナーを4台は、雨の中クリアーして行く。スドカズはリアーを滑らせ、ながら、先頭を行く世沼の4フォアに、徐々に近付いて行く。スドカズの後方で、CBX400Fが、コーナーをクリアするスドカズに目を付けていた。諏訪から、山道へ入って行く。最初のコーナーで世沼はラインを割り、スドカズは、INを突こうと単車をバンクさせる。
世沼のマシンは、ヨロリとなりアンダーを出して、外側に膨れて行く。スドカズはこの機を待っていた。
「死ねぃ世沼―」
その時、更にINを突いたCBX400Fは、スドカズのインからタックルを仕掛ける。
スドカズは、大きくよろけて、その場で転倒して行く。Z1R2は、ガードレールに滑って行き、火花を散らしていた。
「あのジィジィ~」
スドカズは、受け身を取り、単車を投げて難を逃れた。
その日の夜は、風雨が強かった。
チーム小次郎のナオト
台風が去ってから3日が経った。秋も深まり風が冷たさを増してきた。台風が来る前は残暑が厳しく、26℃を上回る日が続いていたが、この数日涼しくなり、風も冷たく穏やかであった。
三軒茶屋の、加瀬モータースに、一人の客が来ていた。頭髪は茶色く染め、リーゼントにして、見るからに暴走族をやっている少年に見えた。風がビュッと吹き、落ち葉がふわりと舞って、世沼前の頬に突き刺す。
「このサニー、走行距離8万行ってるけど、24万って出てるけど20万にマケてくんねぇ」
「はぁ、このサニークーペはまだ新しく、アルミのホイールも入ってますし、内装も綺麗で走行距離は、ちょっと行ってますのは、2オーナーだったんです、24万は24万はお安いと思いますよ、外装も綺麗でしょうホラ」
世沼は、持っているウェスで、サニーのフロントガラスを磨き、笑顔で答える。
「じゃぁよう。乗り心地試したいから一丁走らせてくんない」
「では、試乗でしたら、私メも一緒に参ります」
事務所の棚から、鍵を持って来て、サニーのイグニッションに挿す。ナオトは、ニヤリと笑い、コクピットに座る。世沼も助手席に入り、サングラスで目を保護する。
(キキキー、フォーン、スパーンフォーンボリ)
客のナオトは、4速に入れて発進しようとし、ギアーを少し噛んだ。何せこの客、ナオトは、車を運転するのは、3回目で有ったと後に知った。
「ヘヘヘ、ちょっと失敗しちまった、兄さん、この車の一速て何処だ?」
世沼は、やるせなくなり、心の中で、この小僧と罵り、言った。
「ハイ、ふつうは左の一番上がロウになってまして、セカンドがその下、ホラ、シフトノブの、上の部分に書いて有るでしょ?」
「オ~、分かったぜ、俺、単車乗りだから気にすんな、世沼さんとかって人」
ナオトは、クラッチを荒く繋ぎ、ミートして、246号線へ出て行った。
マシンは、時折信号でエンストさせられて、路肩にタイヤをブツケタリ、乗り上げそうになったり、ド下手丸出しの走行で有った。
「お客さん、もっと優しく運転してやって下さい、車が壊れたら弁償して貰いますよ」
「分かってるって、ちょっと練習しただけじゃねぇーかよ」
246号を、青山まで行くと、シビックが、100キロ程のスピードでタクシーを追い抜いて走っていた。六本木の交差点で、シビックとサニーは並ぶ。ナオトは、アクセルを煽り、横でシビックを威嚇して、青信号でロケットダッシュを決めた。シビックは、余裕で走り、サニーは勢い良く、六本木の街を走る。
2台は交差点ででもバトルし、サニーは、リアーを滑らしながら、右へ曲がって行く。
シビックは、逆方面へ走り去り、世沼は冷や汗は引いた。約70分程都内を回り、サニークーペは、加瀬モータースに帰って来た。
「フゥ―怖かったなー」
世沼は目が充血し、腋の下に汗を掻き、マシンの助手席から降りた。何と、サニーの点検をすると、サスのキャンバー角が、狂いハの字を切ってしまっていた。
「お客さん、サスが狂ってます、損害を弁償してください」
「え~これってどう見ても、欠陥品じゃねーの、こっちも騙される所だった、このサニー買わねぇーよ」
「お客さん、そんな事言っても、アンタが壊したことは明白、弁償してください、今から見積もり取りますから」
「うっせーよ、訴えるぞこの店、それより向こうにあるサニー見せて」
展示場の一番端に置いて有る、世沼の愛車サニークーペを見つけ、ナオトは、近付いて行く。世沼は焦り、ナオトを食い止めよとして、そこに現れた加瀬社長に阻まれた。
「お客さん、このサニーとても程度が良くて、エンジンも良くこなれてますし、えーと、50万円なら売っても良いですよ」
「ホウーコンポもロンサム入ってんし、速そうだな、おう、オッサンこの車なら60万出してもイーゼ」
ナオトはコクピットを開けて貰い、エンジンを掛けてアクセルを煽っていた。この車は、世沼前の営業用件、自家用の愛車で、長年手入れして、エンジンを鍛え、万全の仕上がりを、見せていたので世沼はコレは売れないと、頑強に言ったが・・・・・・。
「これ車検も付いてるし、頭金20万有るから今乗って帰っても良いか?」
「ハイ、20万頭金でしたら、今日お渡し出来ますよ、名義変更はどうします?」
「俺が自分で陸事行ってやってくっから大丈夫さナハハハ」
ナオトは、上機嫌になり、ポケットから20万円を出して、事務所で領収書を切って貰い、残金40万円は、来月払いとして、この車を買った。
世沼は泣きながら、自分の荷物を、サニーから降ろし事務所へと戻る。
「社長、明日から何に乗れば良いんですか?」
「新しいのを君、買えば良いでしょ」
ナオトは、登戸の工場で工員として働いてると言う。家は麻生区のアパートで、一人暮らしをしてるそうな。月給の明細を見ると、40万円月に稼いでいる。加瀬社長は、カモだと思い、これから先も付き合いたいと申し出た。
「うん、この店気に入ったから、又この車壊したら新しいの買いにくるぜ」
世沼はそんなやり取りを聞いて、気が遠くなる程腹が立った。
20万円を支払い、ナオトはサニーを運転して、自宅の有る麻生区のアパートへと帰って行った。
「ナオトーン、車買ったの~、アタイにも見せて」
ナオトと同棲している、17歳の少女、道子が外に出てナオトのサニークーペを、しげしげと見つめて、コクピット回りを、見て言った。
「凄いね、やっぱアタイのナオトは、チーム小次郎の№1の走り屋だわ」
「そんな当然のことで褒めるなよ、ヨウジとショーコ呼んで今夜走ろうぜ」
その夜、第三京浜を、ナオトが運転して助手席に、道子、そしてリアシートの2人は、ヨウジとショーコと呼ばれる友人が乗っていた。4人はドライブ中、ビニール袋に入った、アンパンをやり、ラリッていた。道子はナオトの股間に手をやり、そのイチモツを口でしゃぶっていた。他の二人は、リアーシートでファックして、運転席のナオトも2人の喘ぎ声が耳に入って来る。
「ナオトーン、ナオトーン、マンコ濡れてきちゃったーん」
その時、ナオトの手足が鈍り、前を走る、セルボを抜こうとして、140キロで、オカマを掘った。その反動で、右車線を走る、10トンダンプに追突され、中央分離帯に激突する。
(走り出したら止まらないぜー土曜の夜の天使♬)
ナオトのサニーの中で、空しく銀バエの歌がカーステから流れていた。次の瞬間、ガソリンタンクに火が引火して、サニークーペは、丸焼けになった。ナオト他10代の男女は、死亡し、この車を売った、加瀬モータースが、追及された。何せナオトは無免許で有った。
その報を聞き、世沼前は独りアパートで泣いた。