仮装する者たち

文字数 1,806文字

 スーパーマリオ、鏡の国のアリス、妙に小綺麗なゾンビ、ピカチュウ、ガイコツ、宇宙海賊。色とりどりの仮装をした若者が、我が物顔で往来を練り歩いている。幼少の日に見せられた百鬼夜行の絵を思い出す、実に奇怪な光景である。
 ケルト民族の風習を形ばかり真似する若者たちの一部は、トラックの荷台に乗り上げ、ひとしきり雄たけびあげると、トラックを横倒しにした。
 私は慌てて警察を呼ぼうとしたが、なにかがおかしいことに気が付いた。横転させられたトラックの運転手も一緒になって喜び、横転させた若者たちとスマートフォンで写真を撮っているのだ。たまたま私のそばに警察官が通りがかったので、状況を一応報告したが、あれはあらかじめ仕組まれたアクシデントであることを明かされた。要は「転倒させる用」のトラックであり、フラッシュモブ・パフォーマンスと同じで、全てシナリオに沿っている行動なのだという。説明を終えた警官もミイラ男と騒ぎ始めたので、彼も何かアニメや漫画のキャラクターのコスプレだったのだろう。そういえば眉毛がカモメ型につながっているようだった。
 
 その後も彼らは飲食店の窓ガラスを壊したが、店主は笑いながら動画を撮っていた。今度はごみをまき散らし始めたが、すぐにうしろで掃除をする別のグループが現れた。これらもすべて筋書きのある行動なのだろう。
 彼らの目的がわからなかった。仮装によって気が大きくなっている集団のなかで、彼らは何がしたいのだろうか。思えば彼らの服装は統一性が無く、先ほどのカモメ型眉毛の警官のような、アニメや漫画のキャラクターではなさそうだった。
 いぶかしげに見ていたのが伝わったのだろう。若者の一人が私に話しかけてきた。
「これは『迷惑をかける若者』のコスプレなんですよ」
「そうかそうか。実は私も『若者に文句を言いたいおじさん』のコスプレなんだよ。」
 同志を得た我々は意気投合し、仲良くジャック・ランタンの灯が揺れる街を謳歌した。


「ここにいる奴らっ!マジで日本にいらないわよっ!!」
 バラエティ番組に私が数年前に参加したハロウィンの日の映像が流れ、デラックスサイズの体重を持ったコメンテーターが苦言を呈している。
「お父さんは東京にいたときに、こんなハロウィンなんかに参加して無いよね」
 娘が否定的なニュアンスで話していたので、私は慌てて「行くわけないじゃないか」と嘘を吐いた。「別に一回くらいならいいけどね」と妻が答え、娘も「それな」と若者言葉で妻に応じていたので、さしたる深い意味は無かったようだったが。

 転勤を繰り返していたが、現在は地元に戻り、妻と娘とポメラニアン一匹と暮らしている。あの日『迷惑をかける若者』のコスプレをしていた彼らとは、別れ際に再会を約束したが、その約束は果たせていない。顔にモザイクの掛けられたあの晩の映像を、時折テレビで見かけるだけになった。彼らは今も仮装をしているのだろうか。
 キッチンで妻と皿洗いをしながら、娘の大学の推薦の話を聞く。妻には家事を手伝う献身的な夫、娘には進学を見守る良い父の姿を見せるように心掛けているが、「心掛けて」いる時点でハロウィンで知り合った若者たちとどこが違うのかと、頭によぎることがある。自分という物はどこにあるだろう。もしかしたらポメラニアンにすら、優しい飼い主というキャラクターを、「仮装」している気さえする。
 娘も高校では面倒見の良い野球部のマネージャーを、妻も元気なママさんバレーの副キャプテンを演じているかもしれない。ハロウィンも服装も関係なく、誰だっていつだって、「演じて」いるのだ。台所から遠いテレビでは、まだデラックスサイズのコメンテーターがハロウィンに懐疑的な意見を言っているようだが、もしかすればハロウィンのような、あからさまな環境のほうが、真の自分という物に近いのかもしれない。そしてそのむき出し具合に嫌悪感を覚える者もいるのだろう。

 演じるという意味では、死ぬまで我々は脱げない「仮装」をしているのだ。あの日、ゾンビやガイコツの仮装をする者もいたが、やもすれば現世なぞ、天国や地獄にいる人智を超越した存在たちの、着せ替え人形遊びのようなものなのかもしれない。それならば、私で遊んでいる存在に言いたい。……娘の恋人は、トラックを横倒しにしない若者でお願いします。…………もちろんそういう「仮装」ってだけで構いませんので…………。
 
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