松子と猛

文字数 5,581文字

 戦争で美代子はいろいろなものをなくした。父、弟、住み慣れた我が家、親友、そして最愛の人。それでも周りの人々に支えられてここまで生きてくる事が出来た。
 戦後、日本は華々しい復興をとげ、昨年には東京オリンピックも開催された。これからは女性もどんどん社会に出ていく時代になる。教育も必要だ。娘にはそう教えてきた。今では大学に進学する女性も確実に増えている。松子には、広い視野を持って社会に出て欲しい。このお店を継いでもらうつもりはない。美代子はもっと勉強したかった。でも、時代が、戦争がそれを許さなかった。松子には自分の志す道を歩いてほしい。美代子は常々そう思っている。


 松子
「まっちゃん、今日は潮の香りがするわね。何かいいことあるかな。それとも悪いこと? いい事だといいわね」
「お母さん。また、そんな事言って。そういうの非科学的って言うのよ」
 母は昔から潮の香りにこだわる癖がある。私はそんな事全く気にしない。
「意地悪ね。ねえ、まっちゃん。お店はお休みだけど、お客さんが来ることもあるからちょっとお留守番お願いね」
「出かけるの? いいけど私、夕方の汽車で東京に戻るんだから、すぐ帰ってきてよね」
「稲毛駅まで行くだけよ。長野の登紀子叔母さんがおりんご送ってくれたのよ。だから取りに行ってくるけど、あなた要らないのね」
「ほんと? 嬉しい。勿論いるわよ。登紀ばあに電話するでしょ? 冬休みには行くって伝えてね」
 母が出かけた後、松子は一人で店番をしていた。あえてお店にいる必要はなかったが、休日で誰もいない店内は静かで落ち着くので、母が戻るまでここで読みかけの本を読む事にした。
 母と二人、長野から千葉に来て10年が経った。千葉はとても暮らしやすい。バスにもすぐ乗れるし、お店も沢山ある。でも、あのアルプス山脈と透き通った空気、裸足で遊んだ記憶を今でも思い出す。
 松子は籐の椅子にもたれ、本を読みながら、うつらうつらとしていた。
 遠くでガラス戸を叩く音がする。はっと我に返り戸口を見ると、刷りガラス越しに杖をついた男性が見える。
「すみません。今日はお休みなので、豆餅しかありませんが」
 戸を開けながら松子は言った。
 男性はしっかりとした身なりで、紳士という言葉がふさわしかった。歳は四十歳前後だろうか。右足はかなり不自由そうで、一歩歩くのにも時間がかかっている。松子は彼に椅子を進めた。
「いえ、大丈夫です。お構いなく。お休みのところ失礼致しました。こちらは松野美代子さんのお店でしょうか?」
「はい。そうですが、母に御用ですか?」
「申し遅れました。わたくし、松下靖彦と申します。お母様はご在宅でしょうか?」
 そう言うと男性は杖を置き、片足でバランスを保ちながら胸ポケットから名刺を取り出して松子に渡した。とても丁寧な態度と口調だった。名刺には【松下英会話学校 校長 松下靖彦】と印刷されていた。住所は東京だ。学校の先生?
「ただいま母は出掛けておりますが、もうすぐ戻ると思いますので、お待ち頂けますか」
「よろしいのですか」
「はい」
 松子はその紳士に再度、椅子を勧めた。
 押し売りが多いと聞いていたので、普段の松子なら母は不在だといって、追い返すところだが、彼は至って紳士であったし何より英会話学校の校長と聞いてがぜん興味が沸いたのである。
松子が彼の仕事について聞くと、ビジネス英会話が主な生業で、講師にはアメリカ人もいるという。最近では商社社員の海外派遣も多く、需要はあるのだと説明されたが、それは彼の身なりが既に証明している。
 自分は今、W大学の学生だと言うと、彼は驚き、松子を褒めたたえた。そして、これからは女性がどんどんと社会に進出する時代がくる。女性でなければ、それも優秀な女性でなければ出来ない仕事は沢山あると熱弁した。
 松子の中で、この紳士の株は更に上がった。彼は、松子のリクエストに応え、英語でここに来た理由を説明してくれた。
 それによると、彼は昔、千葉市に住んでいて、松子の母、美代子は自分の元婚約者の親友だったという。
 戦争では右足を負傷したが生きて帰る事が出来た。千葉に戻ると自分の家も美代子の家も空襲で無くなっていて、美代子がどこにいるのかは解らなかった。だがつい最近、彼女が稲毛で家業を継いでいると聞いたので訪ねてきたのだという。そして最後に、貴女のお母さんはとても聡明な人だったと付け加えた。
 松子が彼の話を翻訳すると、彼はグレイト! と言って褒めてくれた。



  美代子
「まっちゃん、ただいま。お客さん? 重いからちょっと手伝ってちょうだい」
 自転車の荷台に括りつけた、りんごの木箱のロープを解きながら美代子が言った。
「美代ちゃん? 美代ちゃんだね、俺だよ、靖彦。松下靖彦。坊主頭の晴彦。美代ちゃん、変わらないなあ」
 靖彦は、興奮のあまり杖を持たずに歩きだし、倒れそうになったところを、走ってきた松子に支えられた。
「えっ、靖彦君? ほんとに……ほんとにあの靖彦君なの?」
 美代子は我が目を疑った。終戦後、靖彦が帰ってきたという噂を聞いた。だが、空襲で家族を失った彼は千葉を出ていったといい、その後消息を絶ったのだ。死んだという噂もあった。
 あの日、七夕空襲の前日、敏子は、靖彦と婚約したのだと言った。そして翌日、彼女は空襲の犠牲となった。あの日の敏子の笑顔が忘れられない。
 終戦のあの年、何人かに、靖彦の行方を聞きまわってみたが、とうとう消息はつかめなかった。そして翌年の3月に美代子は長野に引っ越してしまったのだ。あれから20年の歳月が流れた。
 今、美代子の目の前にいるのは確かに靖彦だ。髪をバックに撫でつけ、立派な背広を着ているが、あのお調子者の靖彦に間違いない。敏子と同様明るくて、いつも冗談を言って周りを和ませていた坊主頭の晴彦だ。間違いない。
 美代子の瞳から涙が溢れだして止まらなかった。それはまるで、戦争で止まってしまった時計がまた動き出したような感覚であった。
 二人はお互い、自分達が過ごした戦後20年間の歳月を語った。
「美代ちゃん、君も苦労したね……最後に敏子を、敏子を見送ってくれてありがとう……そうか、美代ちゃん、美代ちゃんに送ってもらえたのならよかった」
 靖彦は泣いていた。声は押し殺していたが、しばらく下を向いて目にハンカチを充てていた。
 戦時中、靖彦は陸軍の歩兵としてフィリピン戦線で戦っていたのだという。敏子からは、通信部だから前線には行かない。だから安心だと聞いていた。靖彦にその事を問いただすと、そう言えば敏子が安心するだろうと思ったからだと言った。
 靖彦の話は壮絶だった。前線での戦闘は激しく、バタバタと仲間が死んでいく。敵の玉や大砲で死ぬだけではない。飢えて死ぬ者、病気で死ぬ者、傷口が化膿して敗血症で死ぬ者……正に地獄絵図だったという。ジャングルの中で補給が途絶え、食べるものが無かった事が一番辛かったといった。そして自分も右足に弾丸を受け、傷口が化膿していた。まともに歩くこともままならなかったので、死を覚悟したという。
 終戦は戦地で知った。米兵がジープに乗って白旗と日の丸の国旗を携え、片言の日本語で戦争は終わったと言って廻って来た。最初は誰も信用しなかったが、その内、一人、二人と投降を始め、最終的に全員が投降して、捕虜として収容されたのだという。
 靖彦は足に重傷を負っていた為、医務室で手当てを受ける事ができた。捕虜になる時に、全ての持ち物を捨てさせられて、素っ裸にされ、新しい下着とつなぎを支給された。その時、もう自害することも出来ないのだと悟ったという。
 だが好機は訪れた。医務室で靖彦は、米衛生兵のスキをつき、並べられた医療器具を手に取って自害を図った。だがその衛生兵は、靖彦の腕を掴み、死ぬんじゃないと言ったという。靖彦は少しだけ英語が分かったのだ。
 大戦前、靖彦の父親はイギリス人もいる貿易商の倉庫で働いていたので、多少英語が出来たのだという。その父親に英語を教えてもらった。父親が持っていた英語の本が読みたくて、独学で勉強した。その時は楽しくて、いつか外人と英語で話してみたいと思ったのだそうだ。
 なぜ、自分は英語が分かると言わなかったのか。そうすれば、本当に通信部等に配属され、前線に行く事は無かったのではないか? 美代子がそう聞くと、通訳が出来る程ではないし、英語が少しわかるなんて言ったら非国民だと思われると思ったから、誰にも言わなかったのだという。
 靖彦が、少し英語ができるのだと知ったその衛生兵は、盛んに話しかけてきたという。歳は靖彦より10歳くらい上だろうか、彼はゆっくりと分かりやすく発音してくれた。半分程だったが、なんとか意味は理解できたようである。
戦争は終わった。もう殺しあう必要はない。個人的に私は貴方が憎いわけではない。あなた方もよく戦った。だから、生きて故郷に帰りなさい。親は? 兄弟は? 恋人は? そんな事を聞かれ、片言の英語で答えたのだという。
 その米衛生兵は、早く恋人の元に帰りなさい。私が手配してあげます。そう言ってくれたという。
 重症であった靖彦はその後、他の日本兵のように連日の取り調べを受ける事も無く、早々と日本の地を踏むことができたのだ。だが、あの時、あの衛生兵は、靖彦が英語を話せるという事を上官に報告しなかった。もし、報告していたら、誰よりも激しい取り調べを受けたはずである。
 晴彦は、自分が今生きているのはあの衛生兵のおかげだ。だから、出来る事ならいつかその衛生兵に会って、お礼を言いたいと言った。
 千葉空襲の事は戦地で聞いていたが、日本に帰るまで、家族や敏子の安否はわからなかったという。
 家族も敏子も亡くなっていた事を知った靖彦は、再度自殺を試みたが、あのアメリカ人衛生兵の事を思い出して踏みとどまったのだという。
 自暴自棄に陥った靖彦は千葉を離れ、東京で数年、生きているとも死んでいるとも言えない生活を送っていた。持っていた金が尽きると、千葉の土地を売った。買いたたかれていくらにもならなかったが、どうでもよかった。その金が尽きたら今度こそ死のうと思っていたのだ。そんな時、古傷が痛みだし、とうとう歩けなくなって病院に運ばれた。
 晴彦は、あの衛生兵に、応急処置しかしていないから、ちゃんと治療しなければ歩けなくなるといわれていたのだ。
 入院中、晴彦を献身的に看護してくれた貴子という看護婦がいた。晴彦は、貴子のおかげで生きる希望を持ち直したのだと言う。
 その貴子に偶然再会したのはそれから六年後、終戦から11年目だった。二人は付き合い始めたが、貴子は、自分には10歳になる子供がいるのだと晴彦に告白した。だが、それは自分の子供ではない。友人の子だと言った。靖彦はそんな事は構わないと言って、三人の奇妙な同棲生活が始まったのだという。
 貴子が連れて来た子供の名前は猛。瞳は茶色だが、髪は薄茶色、顔つきは日本人よりアメリカ人に近い。
 猛は貴子の友人である昌子の子で、たぶん終戦直後に付き合っていたアメリカ人の子だという。父親は子を認知することなくアメリカに帰ってしまった。ある日昌子は突然、貴子の元を訪ね、この子を置いて行った。すぐ迎えにくるからと言ってから数年が経過してしまい。昌子の行方は今もわからないという。
 その後、靖彦は貴子と結婚した。子供も生まれた。猛も、戸籍上の苗字は松下を名乗ってはいないが、自分の子供として育て、今は大学生だという。
 六年前、貴子に進められ、晴彦は僅かな元手でも可能な英会話教室を始めた。それがあたって、今に至るとの事だった。
 松子も美代子の隣で、じっと靖彦の話に耳を傾けていた。
「まっちゃん、汽車の時間は?」
 美代子がはっと思い出したように柱時計を指さして言った。
「まだ大丈夫よ。お母さん、私、おりんご剥いてくる。松下さんのお話に夢中でお茶請けも出してなかったわ」
「そうね、忘れていたわ。じゃあお願いね」
「―松下さん。そのアメリカの衛生兵だった人は今どうしているか知っているのですか?」松子はりんごを乗せた皿を置いて言った。
「事業を始めた頃に私も調べた事があるのですが結局、消息は分からずじまいだった。出来れば生きているうちに会いたいと思っていたのだけどね」
「もう一度探してみませんか?」
「えっ?」
「大学の友人で、そういうのやってくれそうな人がいます。以前にも遺品から、その人物を特定して、アメリカに送ったことがあると言っていました。わたし、聞いてみるので、詳しい事を教えて頂けますか?」
 松子は紙と鉛筆を用意して晴彦に渡した。
「構いませんが、そんな事をお願いしてしまっていいのですか?」
「靖彦君、お願いしたら? この子おせっかい大好きだから」
「美代ちゃんと一緒だね」
 そう言って靖彦は笑った。
「期待はしないでくださいね」松子が言った。
「勿論です。それよりこれから何処かに行く予定ですか?」
「いえ、下宿に帰るだけです」
「W大の近く?」
「はい」
「美代ちゃん、電話貸してもらえるかな」
 松下さんは、自分もこれから東京に帰る。車で来ているので、送らせてくれないかと言った。 美代子はそんな訳にはいかないと言って断ったが、松子はすでに乗り気であった。自家用車に乗れるなんて、こんな機会はめったにない。
 靖彦を迎えにきた車は青いマツダファミリアの新車だった。
 運転手は背の高い青年だった。彼は車を降りて二人に挨拶をした。まるで、ファッション雑誌からそのまま出て来たような美しい青年である。見たところ明らかにハーフだ。
 彼が、先程の話に出て来た猛だった。M大学の二年生だという。これが、松子と猛の初めての出会いであった。
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