第5話

文字数 1,095文字

「え?急にどうしたの?」
香織が戸惑う様に、含み笑いをした。
「なんでもいいから、恋人と他の人間関係の違いを教えてよ」
「それは、好きって告白した相手が恋人でしょ」
「でも、告白しなくても付き合うこともあるわ。例えば吉川君は、香織に好きってはっきり言ってくれた?」
香織は気まずそうに、首を横に振った。
「他にはない?」
真由美は構わず質問を重ねる。
「そうね……相手のことを思いやる……とか?」
「でも相手が友達でも、思いやりぐらい、あるわ」
「分かった。デートしたり、プレゼントしたり、とにかく自分の愛情を示すのよ」
「友達だって、いつも会ったり、プレゼントを贈り合ったりしない?」
「同棲する、とか?」
「一つ屋根の下に暮すなんて、友達とルームシェアしたり、親兄弟とだってこれまでしてきたじゃない」
「そうね……やっぱり身体の関係?」
「それじゃただのセ〇レよ」
真面目な真由美から急にそんな言葉が出てきたために、香織は思わず吹き出してしまった。

真由美のまなじりが一瞬だけ吊り上がったことに、彼女は気づいていない。


「降参、分からないわ」
香織は、苦笑しながら頭を抱えた。
「真由美っていつも、そう理屈っぽいのよね。それであなたの結論は?」
「私は、恋愛って自分と相手がお互いを同じように好きでいると思い込む、一種の錯覚だと思うわ」
真由美はいつになく、きっぱりとしている。
「ただの錯覚?」
「だって結局のところ、相手の感情なんてどこまでも相手のものでしょ。自分側の好意なんて気にも留めないで、勝手に冷めたり、いつまにか別の人に想いが移っていたり、あるいは好意自体を装っていただけだったりすることもあるわ」
真由美の口調は落ち着いていて、むしろ冷たいくらいだった。
「そんな相手の曖昧な感情や態度に、いちいち私は揺り動かされたくないの」
香織とは違ってね、という言葉を真由美はもう少しで続けそうになったので、彼女は急いで唇をかんだ。

だがしばらくの沈黙の後、香織が口にした返答は、意外なものだった。
「そう、真由美もいろいろ傷ついてきたのね」
真由美は思わず、横目で香織の顔をうかがった。その顔つきはいつになく真剣で、彼女の眼は、わずかにうるんでいる。
真由美は胸の辺りがえぐられたように痛みを感じながらも、心の中で反発せずにはいられなかった。「いろいろ」ってなによ、香織が私のこれまでの経験をどのくらい知っているというの。あなたみたいに喧嘩して男に逃げられたんじゃないのよ、そもそも憐れみをかけられる筋合いなんてないわ……。

その時、真由美にあるいたずら心が生まれた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み