港だったところ

文字数 926文字

 先日、親友の命日があり、地元に帰った。地元とは言っても日帰りできる距離なのだけれども。
 なんか色々思い出して泣いちゃったりするんだろうか、なんて少し心配だったが、全くもって杞憂だった。時勢的なこともあり、私など身内でない人間は墓参りのみ、それも一気に集まったりしないように時間を分けていたため、線香をあげて共通の友人と話をしただけの簡素な墓参りだった。なんか申し訳ないのでお供物にエビスビールを持っていったが、友人たちは「質より量だべ」などと言い、発泡酒とかファミチキとか、およそ似つかわしくない物体の数々を大量に供えており、ドンキに売ってる墓石みたいになっていた。親友が埋葬されている霊園では食品は持ち帰る必要があるので、どうせ自分達が食いたい物ばかり買ってきたのだろう。あまりにいつも通りの振る舞いに、なんだか懐かしくなってしまった。
 これから飲みにいくべ、みたいなことももちろんなく、さっくりと解散して、私は仙台への帰路についた。
 もっと感極まるのかと思ったが、案外そうでもなかった。もちろん彼のことを忘れたわけではなく、知らないうちに前向きになる余裕ができていたということなのだろう。
 死んだ親友は私にとって港のような存在だった、というのは拙稿『港』に書いたが、港がなくても私という船は動かさなければならない。もう航海しなくていいかな、などと考えたこともあったが、それは彼が最も望まない結果だろう。彼の代わりを見つける努力をするつもりもない。彼は物理的には死人だが、私はじめ人々の記憶の中には存在している。仮に私に親友と呼んで差し支えない仲の友人が今後できたとしても、それは彼の代わりではなく、私にとっては記憶の中の彼と共存していく存在になるはずだ。
 私は彼に、ある種甘えていたのかもしれない。彼というホームタウンがあるからこそ好き勝手生きていくこともでき、気に入らない港には寄らない、という選択もしてきた。今後は逃げ道がない。自分の力と責任で人と関わり、自分という船をなんとか動かさなければならない。
 彼の友人であるということを、天国の彼が恥じないような生き方をしていきたい。私という船は小さいボロ船なので、順風満帆とはいかないだろうけど。
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