第5話 佑樹⑤

文字数 1,221文字

それから、紗也が彼氏に送られて帰るのを、2回くらい見かけた。

1度目は紗也の家の前にいるのに気づいたのが遅すぎて、不自然に早足で前を通りすぎた。

2度目はもうあんな状況はごめんだと思って、遠目で発見して、回り道して帰った。


「紗也が彼氏と別れたらしい」

という噂を聞いたのは、それからたった2週間後だった。
母さんからの情報だ。

それからは、確かに一緒にいる姿を見かけなくなった。


部活の帰り道、坂の途中の公園のブランコに紗也が座ってるのが見えた。

目があった。

「何してんの」

「ブランコ」

「それは見ればわかるけど」

オレも隣のブランコに座った。

「何となく。寄り道したくて」

「それもわかる」

紗也がちょっと笑った。

久しぶりに見る笑顔に、心臓がキュッと心地よく縮む感覚がした。

「ここくらいしかないんだよねー、寄り道するとこが」

「だな。瑛斗なんて、もっとないよ?坂下りて来ないんだから」

「だね。」

紗也がブランコをこぎだす。

「…あのさ」

「何?」

「…別れたの?」

「…ああ、うん」

「なんで?」

「ストレートに聞くねー」

「…ごめん」

「いーけど。佑樹だし。別に、傷ついてもいないから」

「そーなの?」

「うん、実験だったから」

「実験…」

「好きって言ってくれる人なら好きになれるのかなーって」

「…ああ」

「あと、自分の好きって何なのかなーって」

「…ああ」

「佑樹、わかるの?」

「何となく。で、どうだった?」

オレも何となくブランコをこぎ始めた。

「ダメだったね、私の場合。好きって言われたからって付き合っちゃダメってわかった。」

「そーなんだ」

紗也はグングン上へ向かってブランコをこぎ出した。

「あとね、たぶんだけどさ、好きだったら知りたいし、見ちゃうんだと思う。見えなかったら、探しちゃうんだと思う。とにかく、一緒にいたいんだと思う。でも、近づくと近づけない感じ…私の場合だけど」



それは。
それは、オレ?


…じゃ、ないな。



その光景は、よく見てたからわかる。

紗也は、知りたがってたよな。

見てたよな、探してたよな、けど、避けてたよな。


全部、知ってる。


紗也が、誰を好きなのか、知ってる。



でも、気づかないフリ、続けるよ。

だってまだ、それなら一緒にいられるからさ。

3人で。

3人で。


いられるのかな、3人で。


今年のバレンタイン、瑛斗のチョコを見る勇気はもうオレにはない。


もっと大切にすれば良かった。
紗也といた、何年間も。


気づかないフリなんて、ほんとはずっと続けてきたじゃないか。

自分の気持ちに。

いつものモヤモヤが、なぜだかわからないフリして。

わかってたんだ、ほんとは。

でも、3人でいたかったんだ。



今度はギュギュっと喉の奥あたりがうずく。

3人でいたい気持ちは今もある。




だけどほんとはそれより、もう2人でいたい気持ちが強いこと、わかってた。


瑛斗でさえ入れない2人でいたい、って。


心に留めておくことができなくなるまで、オレはきっとまだ、紗也の隣に居続けるだろう。


特別な関係を、失うその日まで。



その日まで、きっと、3人で。


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