scene-1 虐夜の変異能者

文字数 1,076文字



 深夜の(さび)れた港の倉庫街に人影は見えない。一匹の()せて薄汚れた野良猫が通り過ぎるだけだ。
 切れかけた街灯の弱々しい光は、時折明滅を繰り返しながら濡れた石畳を照らし出す。
 聞こえるのは(わず)かな波音と、遠くの幹線道路を走る大型トラックの走行音ぐらいだ。その沈黙の暗闇に足音が響く。

 コツコツと規則正しい足音は、倉庫街の時代を重ねた古い赤レンガの壁に木霊(こだま)して、そのまま壁のひび割れた隙間から浸み込んで行くかのようだ。

 足音の主は黒く(つや)やかなロングヘアーを、磯の香りのする春風になびかせながら歩を進めている。街灯の弱い光に照らし出されたその顔は、夜目にもはっきりと分かる意思の強さをその目に(たた)えた美少女だ。年齢は十代の高校生ぐらいに見える。

 彼女は銀色の金属プレートが胸と腕に縫い込まれた、黒い革のジャケットと革のパンツ姿に、ロングブーツと黒革の手袋を着用している。手袋の甲には、やはり銀の金属プレートが縫い込まれている。
 しなやかな革に包まれたその姿態(したい)は、街灯の光を背にして均整の取れた抜群のプロポーションを夜の闇に浮かび上がらせる。

 立ち並ぶ倉庫の暗がりに無造作に積まれた大型の木箱の陰に、二人の黒ずくめの男が潜んでいる。
 一人は手足が異様に長い長身の痩せぎすの男で、爬虫類のような姿をしている。手の甲からは奇怪な形をした鋭い刃物のような鍵爪が生え、背中からも同様に二本の(やいば)を生やしている。男は両手をだらりと垂らし、鱗のある暗緑色の顔に薄い笑みを浮かべている。

 もう一人は肩幅が広く、巨岩の集合体のような姿の大男だ。その外見は内部に狂暴なパワーを秘めていると感じさせる。握りしめたその(こぶし)はごつごつとして、固い岩石そのものだ。顔も同様に岩のように固く無表情だが、岩に刻み込まれた亀裂のような、その眼窩(がんか)から覗く二つの眼光は鋭い。

 二人は闇に潜んで革ジャケットの少女を待ち受けている。
 足音が近づく。

 二人の男は物陰から一斉に飛び出し、一瞬にして少女の眼前に現れると、凶器と化した異形の腕を神速の早さで振るった。
 暗夜を断裂させる鋭利な鍵爪、分厚い大気を破壊する岩のような剛腕。
 二つの狂気と凶器が、夜の闇ごと少女を切り裂き打ち砕いた。



【『ミリアさんっ』】
【『バツ君、呼び捨てにするって約束でしょ』】
【『あ、うん。そうだった。ミ、ミリア、俺ちょっとトイレに行ってくるよ』】
【『ええ? 今から? もう映画始まってるじゃない』】
【『ちょっと今朝から腹の調子が悪くって』】
【『バツ君、拾い食いでもしたの?』】
【『んな訳あるかっ、あ、やばい、ホントに……行って……くる』】


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