パトが刀を振り、衝撃波を放つ。
が、岩壁を少し崩してばかりで、やはりスパイディーネには当たらない。
相変わらず素早く歩き回りながら、攻撃をかわし続ける。
【マダム・スパイディーネ】
無駄な事を、効かぬ、効かぬわ!!
ビュッ、ビュッ!!
口から先程の強酸を吐き出して来た。
すかさずリズが炎の魔法弾を数発召喚し、前方へ飛ばす。
炎の弾は一発ずつ酸の弾に命中し、ジュゥゥゥと言う音と共に酸もろとも消えた。
【マダム・スパイディーネ】
ふふふ、ならばこれはどうじゃ?
天井に張り付いていたスパイディーネ。そのまま壁を蹴り、飛び降りる。
それに合わせて鳴る、空気が吹き抜けるような音。巨大な分、聞こえる音も大きい。
ズズーーーーーン!!!!
高い天井から落下した末着地し、重量感のある凄まじい地響きが鳴る。そして…。
ガラガラガラ!!!!
天井からたくさんの岩が降って来た。
と、そこへクレスが気合いの入った声で岩の一つを突く。
突いた岩が粉々に砕け、トゲのような形の一際小さな岩がたくさん出来上がった。
そのまま四方へ飛び散り、他の岩に命中するとそれらも粉々に砕け散って行った。バラバラと石のかけらが地面に落ちる。
【リズ】
いたた…。
さっき岩につまづいて、ちょっとだけ擦りむいちゃった。
そう言いながらリズは簡単な回復魔法を唱え、擦り傷を癒す。
【マダム・スパイディーネ】
ほほほ、まだまだ行くぞよ!!
今度は脚を岩壁に勢い良く突き刺し、再び瓦礫を落として来た。
その衝撃でまたも地面が揺れる。
今度は地面に伏せ、海老反りの要領で黒地に赤い模様が入ったまん丸の腹部分を前に出す。
かわそうとしたが遅かった。
バシュッ!!
先端から何かが放たれる。粘性のある糸の塊だ。
スパイディーネの攻撃直後で油断していたが故に、あっと言う間にそれぞれの足に絡まり動きを封じられてしまった。
足を取られ動けない3人。構わず落下して来る岩たち。このままでは下敷きになってしまう。
大ピンチに陥ったその時。
岩の瓦礫と3人の間に飛び出す2つの影。その正体はファルファーラとジェットだった。
同時に黄金の光弾も数発飛んで来る。
【カロ】
皆さん、お待たせしました!
私たちも助太刀します!!
ドガーーーン!!
ジェットのパンチとファルファーラの切り裂き攻撃、そしてカロの遠くからの射撃の援助が炸裂し、全ての瓦礫が粉々に砕け散る。
【クレス・ビートル】
すまん、また助けられてしまったな…。
【ファルファーラ】
気にする事ありませんわ、おじい様。
ファルファーラとカロが特殊な魔法を使い、3人を素早く助け出す。
【Z・ジェット】
おう、この通りや!
カロとみんなのおかげやで、おおきに!!
【リズ】
よーし、仕切り直しだよ!!
みんなでスパイディーネを倒して、キーちゃんと集落のみんなを助けよう!!
【クレス・ビートル】
そうじゃな、次はああは行かんぞ。
【ファルファーラ】
私も戦士のプライドにかけて、必ず森のみんなのヒト成分を取り戻すわ!!
【マダム・スパイディーネ】
来い、次こそヒト成分ごと食い尽くしてやるわ!!
ダンッ!!!!
それぞれ地面を蹴り、クレスとスパイディーネは勢いよく飛び出した。
金属がぶつかるような音が、そこら中に響き渡る。
それぞれ武器と脚によるチャンバラで戦っているのだ。それらがクロスしたまま、ギリギリと押し合う。
しばらくそれが続いたのち、2人は武器を一旦引き離れた。そのまま戦闘態勢を立て直す。
【マダム・スパイディーネ】
取り込んだ孫娘の得意技で、お前をドロドロに溶かしてくれよう!!
そう言うと、スパイディーネら再び口からあの強酸の弾を吐き出す。
【クレス・ビートル】
残念じゃな。
修行の師として、そして家族として、あの子たちの技はワシが最もよく知っておる!!
そう言うと忍者のように素早く走り抜け、強酸の弾を次々とかわして行く。
そのまま武器による一撃を叩き込んだ。強靭な脚によって受け止められたものの、少しばかりのダメージは入ったようだ。
スパイディーネがよろめいた事により、構えが崩れる。
一方で他のメンバーは、スパイディーネの周りにスタンバイしていた手下の子グモたちと戦っていた。
パトとリズが一緒に武器の刀を振り、そこから衝撃波が放たれる。
単独の時とは違い今度は息の合った同時攻撃により、威力も倍に膨れ上がっていた。
【Z・ジェット】
千手弾丸拳(せんじゅだんがんけん)!!
ジェットの強力な、素早い連続パンチが子グモたちに炸裂する。
カロの飛ばした魔法の光の矢が十数本にも分裂し、子グモたちの体を一斉に射抜く。
攻撃を一気に食らった子グモたちは次々と倒されてひっくり返って行った。
ひとまずここにいる分は殲滅したようだ。
一方、スパイディーネもだいぶ体力を削られているようだが、まだまだ倒れる気配はない。
【マダム・スパイディーネ】
ふん、まだまだこの程度では倒れぬぞ!!
そう言って再び壁に張り付き動き出す。
カロが光弾を当てようとするが、意外にも素早く、やはりなかなか命中しない。
向こうも負けじと、強酸や糸、脚の突き刺しによる瓦礫落としで攻撃をかまして来る。
一行は一度二手に分かれた。
クレス、ジェット、カロの3人が応戦し、その間残ったファルファーラ、パト、リズの3人で岩の瓦礫の陰に隠れて作戦を練る事に。
ただ、作戦会議と言ってもダラダラ話し合っている余裕はない。スパイディーネが次の手下の子グモたちを呼ぶ前に決めなければならないのだ。
【リズ】
弱点ねぇ…。
やっぱ虫だしあのでっかいお腹とかじゃない?
【ファルファーラ】
お腹…確かに可能性はあるわね。
ただ彼女が戦闘に集中してる時は動きが素早過ぎて、簡単には当てられないと思うわ。
【ファルファーラ】
そこで今思い付いたのよ。
誰か一人囮になれば、そっちに気を取られて隙が出来るんじゃないかって。
【リズ】
だったらあたし立候補する! 特殊能力で壁走れるから!
リズは『グラビティ・ステップ』と呼ばれる、重力を自在に操る彼女特有の能力を持っている。
能力そのものは彼女自身にしか適用されないが、かなり身軽な彼女なら囮としては有力な候補となるだろう。
【ファルファーラ】
うふふ、勇敢な子ね。頼りにしてるわよ。
じゃあ、耳を貸して…。
ゴニョゴニョゴニョ…。
ファルファーラからリズへ、思い浮かべられた作戦が耳打ちで伝えられる。
一方でスパイディーネと戦い続けるクレスたち。その力は互角だった。
【カロ】
このままでは、こちらの体力も消耗してしまうばかりです。
【マダム・スパイディーネ】
ほほほ、束で来ても同じ事じゃ!!
そのまま彼女を『おばさん』呼ばわりし挑発した。
本気を出させておびき寄せるためだろう。
【マダム・スパイディーネ】
…黙れ、小娘風情が生意気な!!
しかし元が大胆不敵かつ怖いもの知らずなリズは、その光景に顔色一つ変えず踵を返し、彼女から逃げる形で走り出した。
否、逃げているのではない。あくまでも囮としておびき寄せているのである。
リズは言われた通り特殊能力『グラビティ・ステップ』を使い、岩壁を二足走行で走り抜けて行く。
スパイディーネはお尻の部分から粘性のある糸を数発吐き出す。
間一髪の所でリズはその攻撃をかわした…かに見えた。
身体中に糸が絡まり、頭を除いて全身ぐるぐる巻きにされたリズ。
そのまま壁に吊るされた状態になる。
【マダム・スパイディーネ】
くっくっくっ、わらわを挑発しておきながらこのザマとはな。
その状態ではもう逃げられまい。お前から食ろうてやろうぞ 。
大人しく、わらわの魔力の糧となるが良い。
スパイディーネが身動きの取れないリズを追い詰め、ゆっくりと近寄る。その威圧感はとんでもないものだった。
普通に捕らえられた獲物であれば、計り知れない恐怖に満ち溢れていた事だろう。
ところが、彼女は余裕の表情だった。不敵の笑みさえ見せているようにも見える。
【リズ】
ふふっ、やっぱあたし一人で突入して正解だったね。
【マダム・スパイディーネ】
ふん、この期に及んでおかしくなったのかえ?
理由はお察しの通り。何故ならこれは先程練られた『作戦』だから。
目の前の獲物に夢中だった彼女は、周りが見えなくなってしまっていた。
先程のリズの台詞を合図に、ファルファーラが瞬時に地面を蹴り飛び出す。そのままスパイディーネの腹部を狙った。
ピンチ(のフリをしていた)状態のリズに気を取られていたスパイディーネは、ファルファーラの動きに気付くのに少々遅れてしまったようだ。
そのまま扇子をあおいで凄まじい竜巻の砲撃を起こし、ノーガードとなったスパイディーネの黒光りした巨大な腹に命中させた!!
【クレス・ビートル】
(隙を作って倒す作戦か…やるな!)
うむ、行くぞ!!
クレスはこれが作戦だと知っているので、決して動揺する事はなかった。
間髪を容れず、これまで開く事のなかった羽をめいっぱい広げ、壁に向かって飛び立つ。
【クレス・ビートル】
はぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!
そうしてスパイディーネのそばまで飛行すると、手にした武器で、渾身の力を込めて彼女の腹部分をなぎ払った。
【マダム・スパイディーネ】
ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!
凄まじい悲鳴を上げ、壁から落下するスパイディーネ。
ズガァァァァァァーーーン!!!!!
そのまま地面が割れる程の勢いで叩きつけられる。
その衝撃で少し地面がくぼむ。この技がかなり効いたようだ。
カロが射撃し、獲物を吊るすための糸をちょん切る。
未だぐるぐる巻きのリズはそのまま落下した。
それを真下でスタンバイしていたジェットが上手くキャッチ。
そこからさらにパトが刀を駆使して糸を切り、リズを拘束から解放した。
どうやら作戦は成功したようだ。
ファルファーラとリズは元気良くハイタッチした。
【マダム・スパイディーネ】
ぐ…ぐぅぅ…。おのれ貴様らぁ…。
凄まじい連携技を食らいボロボロになりながらも、力を振り絞って必死に這いつくばるスパイディーネ。
それぞれ感想を述べるメイン勢をよそに、クレスはゆっくりと彼女に歩み寄る。
【クレス・ビートル】
さぁ、森の住民たちのヒト成分を返してもらうぞ。
スパイディーネ殿。
【マダム・スパイディーネ】
お、おのれ、クレス・ビートル…。
よくもわらわの目的を邪魔しおって…。
怒りを露にしているが、起き上がる事は出来なそうだ。
【クレス・ビートル】
その状態では動く事もままならんじゃろう、観念しなされ。
【クレス・ビートル】
…スパイディーネ殿。
ほんの一昔前は若かったワシも、今ではこの通り年老いてしまった。
ここにいる者、みな生きておる。人とて神とて、誰も時の流れには勝てんのじゃ。
ワシはこの短い時の中で、数々の知らなかった事を教えてくれたあなたに、今でも感謝している。
それはこのエントマーズの森の住民、みな同じ。
【クレス・ビートル】
時代と世代は必ず変わる。
次はワシや孫娘たちが、互いに限られた人生の中でその知識、そして種族を超え助け合い、感謝し合う事を後世に伝えて行く時。
人魂のような光が大量に放出されたかと思うと、スパイディーネはみるみるうちに“本来”の姿に戻って行った。
それは初めて姿を現した時の若い女性としてではなく、かつての優しい老婆の姿だった。
クレスはそばにしゃがみ込み、優しくスパイディーネの手を取る。
それは遥か昔の、若かりし頃の彼の面影を残していた。
【マダム・スパイディーネ】
ふん、全く…。
お前はどこまでもお人好しじゃのう。
老婆スパイディーネは先程までのおぞましい姿からは想像もつかないような、かつての優しい微笑みを見せる。
そしてみるみるうちに朽ち果て、やがて灰となり消えて行く。
その後三姉妹の時と同じく人魂が現れたかと思うと、天高く昇って行きやがて見えなくなった。
【クレス・ビートル】
…スパイディーネ殿、来世は素晴らしい善人に生まれ変わる事を願おうぞ。
クレスが天井を見上げながらそうつぶやく。
ファルファーラとメイン勢一行は彼の言葉と表情を目の当たりにして、スパイディーネが本来もうこの世にいない人物でありながら、森の住民たちのヒト成分を奪って若い姿のまま延命していた事を悟った。
【ファルファーラ】
…おじい様、最後まで彼女を信じておられたのですね。
それ以上、彼の過去について口出し出来なかった。
知らない方が良い事もあるようだ。
【ノーム】
あれ、取り込まれていたヒト成分じゃないかしら?
一連の流れを見ていた一行は戦いを終えて刀から元の人間の姿に戻った、メトロ&ノーム姉妹の言葉に我に返る。
スパイディーネのいた場所から大量に現れたヒト成分の人魂はちょうど、分散しながら同じ方角へ飛び去って行く最中だった。
その中に一際赤く輝く人魂がある。恐らくそれがマリキータのヒト成分だろう。
一行は慌ててヒト成分たちを追いかけて行った。
=Final Chapterへ続く=