第2話 龍影

文字数 766文字

「お(かしら)、世話になったな。俺はいまから里を出る。天下を影で操る組織を、この手で作るのだ」

 青年の体躯(たいく)は小さすぎず、しかし大きすぎず。

 骨格も筋肉も、無駄を最大限排除したように作られていた。

 それはまるで、源流に落ちた巨石が、海にたどり着くころには丸くなっているような……

 まさに武、闘争の結晶であるように映った。

 うしろにはねた黒髪の下から、研ぎ澄まされた瞳がのぞいている。

 その先にいる初老の男性は、凛としてそれを見据えている。

「……龍影(りゅうえい)、山に捨てられていたお前を育てたのは、このわしであるのにな……」

「だから世話になったと言っておろうが。おかげで俺は日の本で並ぶ者のない忍びとなることができた。この力で天上天下を掌握する組織を作ってやるのだ。あんたは常世(とこよ)ででもながめているんだな、俺がこの世をこの手に握るさまを」

「痴れ者め、おごるでないぞ、この未熟者が。確かにお前に並ぶ者など、この世にはおらんのかもしれん。だがな龍影、それこそがお前の唯一にして、最大の弱点よ」

「言っていろ、間抜けが。見ろ、お前の作った里は火の海の中だ。かつては天下を震え上がらせた忍びさまもこれでおしまいだな、戸隠影庵(とがくし えいあん)。いや、腐る前は絶影(ぜつえい)と名乗っていた男よ」

「腐る、か。ふふ、わしも落ちぶれたものよ。ならば、龍影――」

 老体は腰のものを抜くと心に決めた。

 しかしそれよりも早く、龍影の右手が彼の首根っこをわしづかみにしていた。

「よくも俺を忌み子としてあつかってくれたな? 呪われた子だとさんざん指をさされつづけたこの苦しみ、貴様にわかるのか? 貴様なんぞに……!」

 老人はほほえんだ。

「さらばだ、絶影……!」

 首の砕ける音を確認して、龍影はその場を去った。

 絶影は静かに、しかし確かに落涙した。

「……許せ、わが子よ……」

 呪い子の影は、炎の中へと消えていった。
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