「やっと叶った」1-2

文字数 4,329文字

 ――はてさて、そもそも怪奇現象研究会について補足を付け加えておこう。
 活動内容見え見えのグループ名はいかにも怪しい臭いが漂っており、他者からすれば笑い話にしか聞こえないが、彼女がこのコミュニティを設立したい理由は決して生ぬるいものではない。そもそもの怪奇現象研究会を作ろうとした経緯にはそれなりの理由がある――
 僕らがこうして何気ない会話ができるようになったのは高校からと言っても、より明細に話すならば――高校三年生の夏休み。
 僕らは――人ならざる物と出会った。
 通常ではまず見ることのできない物体を総称して――憑つき物ものと呼ぶ。
 そんな憑き物たちはもちろん、常人ではまずお目にかかることはない。神隠しや原因不明の事故、もっと簡単に言うなら科学では証明できない現象。これもまた全て憑き物が原因とされている。だが、常人では触れることも話すこともできない。
 しかし、憑き物なんて物体は僕たち人間がこうして普通に生活していると同じで、何処にだっているし何処へでも現れる。
 そんな憑き物たちを見ることが出来る条件がある。
 それは――心の底から大切に思っている人物が、目の前で命を絶ってしまった場面に出くわしたことのある者のみ。
 愛や恋、その他諸々含め、この人のためなら我が身を滅ぼしてでも死んでも構わないと言うほどの人物が、目の前で亡くなったシーンを直に見た時。それがトリガーとなり――人以外の物体をこの目で観ることが出来る。
 これもまた普通であれば鬱状態になって絶望に陥り、外の世界へ踏み出すことなんざまず無理な絶望を体験、失望状況を僕らは高校三年生の夏休みを境に乗り越えてきた。
 それ以来、真心ちゃんはより憑き物に対して意欲的になっており、興味を示し出したのは。憑き物を見えるようになったが故に、探索するようになったのは。こうして生きている現実もまた、憑き物が影響しているのだけれど。

 ――こんな奇跡体験とも言える戦場を乗り越え、設立理由でもある――同じ境遇の人物をひとりぼっちにさせたくない――という優しさから彼女は今も尚、一人で部員を集めようと奮闘しているのだ。
 同じ者は肩を寄せ合い、繋ぎ合う。それこそ見苦しいなんて言われるが、こんな地獄を見ている人間にしか分からないことだってある。もちろんそれは、人間だけでなく憑き物にだって言えること。
 こうした理由があって、六月になっても古くから設立されているサークルや部活に負けず劣らず、自分自ら出張って勧誘活動している姿を見たときは涙が溢れそうになったのを今でも覚えている。
 必死な真心ちゃんの姿を見れて僕はまるで父親のような気持ちになりました。なりましたとも。
 まずは高校からの知り合いでもあり、憑き物が見える僕を一番に誘ってきたのその理由だろう。加えて小学校から高校までの知り合いは、真心ちゃん一人だったし、彼女も知り合いは僕だけだとも言っていた。それ故に誘いやすいらしい。
 うんうん、まずは身近な人間を誘って規模を大きくするのが得策だろうぜ。僕だってそうするし、誰だってそうする。
 ちょうど僕自身も何も所属していないノーコミュニティ。
 そして、彼女が部長。
 そしてそして、互いに互いが認知している。
 そしてそしてそして、二人いれば三人四人と増やす可能性も高まる。
 そしてそしてそしてそして、知り合いがいた方が何かあったときに互いが頼りやすい。
 それなら、答えは決まっている。決まりきっている。
 身近な人間が、ましてや恩人でもある人間の誘いだ。
 答えはもちろん──

「嫌だけど」

 ノーだ。
 ……否定からはいる人間って嫌われるんだってさ。
 フィレオフィッシュを頬張りながらお姉さんのがくれた笑顔と共に噛み締めていると、真心ちゃんは「えー!」と子供が拗ねるように長音符長めで眉間にシワを寄せた。

「もっとこうさ、悩みに悩んだ末の苦渋な選択的なシチュエーションを作ってもいいじゃない。何で即答するの?」
「人って生き物はね、常に何かブレーキをかけているものなんだ。筋肉にせよ、脳内メモリーにせよ、一瞬の判断にせよ。そして何かしら、そのブレーキのせいで損をしているんだって。だから僕はせめてもの人間という生き物が唯一できる行動の一つである発言には躊躇も迷いもたじろぐこともせずに述べていきたい。だから、僕はノーと答える」
「それっぽい理屈を述べたけど、絶対にそのフィレオフィッシュは自分で選んで無いよね」
「何を失礼な。個人の行動にいちゃもんを着ける気か」
「だって傾くんってマクドナルド来たらいっつもテリヤキバーガー頼むじゃない。大方、店員のお姉さんの甘い笑顔に負けてフィレオフィッシュを注文したに違いない。真心ちゃんはそう推理します」

 筒抜けだった。
 さすが、過保護のあじむん。
 真心ちゃんの推理に賛美を送りながらフィレオフィッシュを食べ終えると、またしても彼女は辺りを見渡しだす。

「ところで、花ちゃんはどこにいるの?」
「あー、そいつなら……」

 真心ちゃんの背後から、まるで名前を呼ばれ召喚されたかのように――女が現れた。
 白装束に艶のある黒髪の長髪。頭部には天冠てんかんと言われる三角形の布を巻きつけ、目元は垂れさがった前髪によって隙間から覗く。口元は血肉を貪り尽くしてきたかの如く赤く光り、肌は血が全くもって通っていない青白さ。
 そして何より、膝から下が――ない。スパっと切れているのではなく、薄く消え入るように透明と化している。
 音もない。
 気配もない。
 息遣いも、心音も、足音もない。もちろん――影もなく、窓に姿も映らない。
 まるでそこに突然現れたかのように女はゆらり、と首を九十度傾けながら浮遊している。
 同時に辺りの空気は一変し、暗雲が立ち込めるかのような闇が周囲を包む。背筋に液体窒素を注ぎ込まれたかのような、真冬に耳へ直接吐息を掛けられたかのような、ゾッとするほどの戦慄。一瞬にして二階は女の登場によってただならぬ空気で蔓延した。隅にいたカップルも悪寒を感じたのか、この場を階段へ一直線に逃げ去った。
 残ったのは、僕と真心ちゃんと――女のみ。
 店内に流れる格調高い音楽もどこかボリュームが下がり、互いの鼓動が聞こえるほど静まり返る。それでも構わず、僕はポテトを摘まみながら真心ちゃんの背後――女へ向かって指をさしながら、

「後ろにいるよ」

 呟いた。
 真心ちゃんは恐る恐る、ゆっくりと地面から僕が射す指先へ向かって見上げながら視線を上げる。
 三、
 二、
 一、
 互いの目と目、面と面が向き合うと女は白装束を纏った腕を上げ、そのまま真心ちゃんを覆い被さり――

「真心さん、おはようございまぁぁぁぁああぁぁぁぁっす!」 満面な笑みで挨拶を述べた。
「月並花、今日も一番の驚きをしに降霊しちゃいました!」

 元気いっぱい。笑顔いっぱい。
 周囲を纏っていた空気が女の明るくも暖のある発言によって先ほどの通常へと戻った。同時に真心ちゃんも釣られながら今日一番の笑顔を浮かべ、自身の肩へ乗った女の頬へ己の頬を擦り付ける。

「花ちゃんおはよー! なぁんだ、そんなとこにいたんだ」
「ええ、ええ、いましたとも。ずっと隠れていましたよんっ」
「ごめんねぇ、気付けなくって。本当はこっちから気付いて話しかけるべきなのに」
「いいんですいいんです。私は元々影薄いですから。だって、死んでいるんですもの!」

 皮肉染みて自虐を発する女。
 馬鹿みたいな笑顔で月並みのザお化けと言った格好。この世をうろつく浮遊霊。この世に留まる背後霊。この世に残る地縛霊。化けてはいるがバカげており、透明ではあるが不明瞭。触れないけれど取っつきやすい。
 どこを切り抜いても月並みのこいつは、僕に憑く憑き物――月並花。高校三年から共に過ごす、自分を憑き物であると自覚しながら一切として僕の役に立ってくれない自動型未確認物質。
 馴れ馴れしく真心ちゃんへへばり憑いているところから、彼女もこいつの存在を同じくして高校時代からの馴染み。
 拍子抜けするほど晴れ晴れとした中、花は真心ちゃんから離れて彼女の横へちょこんと……座った? ……いや、浮いた。

「改めて脅かしてすみません……。本当はいつも通りの挨拶に参ろうかと思ったのですが、主様がどうしても今日は真心さんを脅かせてほしいと朝からせがんできまして……」
「せがんでないから。すりこぎで摩り下ろすぞ」
「主様酷い! ただでさえ私は薄いというのに! えーん、真心さーん。主様がイジメてきますぅ」

 花は憑き物らしくなく、涙(嘘)を浮かべながら真心ちゃんへ泣きついた。
 この腑抜け物め。

「大丈夫? 私のことは気にしなくていいのよ。それにしても花ちゃんの主は酷いわねぇ。そんなことを花ちゃんにするように言いつけるなんて」
「そうなんですそうなんです。透明だから女風呂へ二百枚ほど写真を撮って来いとか命令してきたり、他人様に見えないんだから二十代前半のお姉さんの下着を取って来いとか鞭で叩いてきたり、憑き物なんだから一つ女子高生を脅かして主様が助けるシチュエーションを作れと脅してきたり……。私、こんな生活が耐えられません。ヨヨヨ……」
「そんなこと命令してるの?」

 まるでゴミを見るかのようにこちらを見る真心ちゃん。

「決して荒っぽいツッコミをするつもりはないけど、訂正はさせてもらいますぜ。そいつの言ってることは嘘だからな?」
「でも、花ちゃんが嘘を吐くと思う?」
「そいつが一つでも本当のことを言うとでも思ってんのか!?
「花ちゃんは生真面目でいい子よ? 誰にでも笑顔を振りまいてくれるし」
「笑顔には二種類あってだな。心の底から見せる純粋無垢な汚れ一つない笑顔と、心の底から見せるどす黒い極悪非道の笑顔があるんだぜ」
「だったら、花ちゃんは前者ね」
「ああ、花は前科者だ」

 真心ちゃんは、花の良い部分しか見ていない。ヤツの本性は、もっと奥にある。憎たらしいまでの薄汚ぇ根性が。
 花へ向かって睨みを利かせるも、こちらの精神的攻撃は一切喰らっていないといった表情で僕の後ろへと周り、頬を寄せてきた。

「まあまあ、そんなお堅いことを言わないでくださいよ。これでも私、主様を敬愛しているんですよ?」
「そうか。僕はそれなりにお前のことを寵愛していたんだけどな」
「なんと! 超愛してくれていたんですかっ!?
「安心しろ。溺愛はしてないから」
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