第13話

文字数 2,141文字


 結局、訳が分からなかった。
 勇者だろうが、ダンジョンだろうが、異世界だろうが、そのどれもが――自らの価値観からは飛躍し過ぎている。その飛躍をどう乗り越えていくか、或いはどう埋め合わせていくかが問題であって、その問題をいかにして乗り越えるかが、今の彼女における第一目標であった。
 初日の仕事が無事に終わった雪乃は、自室のベッドで寛いでいた。会社から貸与されたスマートフォンで、ネットサーフィンに興じていた。どうやらこの屋敷にはWi-Fiが飛んでいるらしい。だからこんなにネットサーフィンをしたところで、ギガを圧迫しない訳だった。
 調べている内容は、無論『勇者』についてだ。

「勇者というのは……やっぱり、ゲームに出てくるあのキャラクターしか出てこないよねえ……。でも、あの言い回しと映像は嘘偽りなさそうだし……」

 勇者が勇者たりえる証拠。
 それについて、十二分に理解しなければならない。
 理解すると言うよりは、理解せざるを得ないというところなのかもしれないが。

「勇者は……いったいどういう存在なのだろう」

 出会うことは、もしかしたら永遠にないのかもしれない。
 相まみえる時は、恐らく戦闘を強いられる時なのかもしれない。
 いずれにせよ、悪の組織と勇者は、必ず戦わなくてはいけないのは、RPGのセオリーなのだから。

「はー……SNSしたい……」

 そういえば。
 このスマートフォンにはSNSのアプリがインストールされていたはずだ。
 アプリの名前は、ぼやっきー。文字通り『ぼやき』をインターネットに放流する、一風変わったSNSだ。日本生まれのSNSながら世界各地で様々なユーザーが使っており、海を越えた世界一の大国では大統領が『Boyakky』などと言ってぼやいているらしい。そう見ると日本のコンテンツも、まだまだ馬鹿に出来ない。
 ぼやっきーのアプリを起動して、ログインボタンをタップする。ユーザー名とパスワードを入力し、そのままタップし続けると、普通にログインすることが出来た。

「げっ。反応がいっぱいある。……そりゃあ、いつも毎日ぼやいていたからなあ。一日ぼやかなかったら心配されるのも当然っちゃあ当然か」

 雪乃はぼやっきーのヘビーユーザーだった。毎日二十ぼやきから三十ぼやきをしていて、これはテレビでよく言われる中毒者の範囲を超えている。しかし中には百ぼやきをしている、スーパーヘビーユーザーも居る訳だし、上には上が居るのだなと雪乃は思っていたりする訳だった。

「ええと……、まあ、ぼかしておけば良いよね。『ちょっと仕事が忙しくてぼやけなかったけれど、今日からまたぼやいていくよ』……っと」

 スマートフォンが根付いたこの時代であるならば、フリック入力だってお手の物だ。これが出来ない若者は逆に珍しい。というか、この時代にスマートフォンを持っていない若者が居ることが珍しかったりする訳だ。ガラケーとスマートフォンの二台持ちをする人間は居るけれど、それでもガラケーは通話だけで、それ以外はスマートフォンを使っているなど、メインはスマートフォンになっているケースが大半だ。そして、そういう人間であっても、大抵フリック入力はマスターしている。寧ろフリック入力じゃないと文章を入力出来なくて、パソコンのローマ字入力やかな入力が出来ない若者が増えてきていて会社は大変だ、なんてニュースも出回っているとかいないとか。
 ぼやいた後に、反応はあった。いつものフォロワー――これは、ぼやっきー上の友達のことを意味する。友達というよりかは知り合いというスタンスの方が近いかもしれないが――の一人が『良かったよ、安心したー(笑)』なんてぼやいてきた。
 ぼやきには、こういうぼやきで返すことも出来るが、それ以外にぼやきを自分のフォロワーに伝えてあげる共有機能、それにぼやきをブックマークしておくブックマーク機能がある。ぼやきと言っても色々と問題に挙げられることが多く、たまに写真付きのぼやきで問題行為をぼやいたことがあったバイトの人間がその職場を辞めさせられるケースもあった。それを雪乃は馬鹿だなあなんて思いながら見ていた訳であった。ネットリテラシーは何処へやら。

「いやあー……『ゆーすけ』さんはいつも直ぐに反応をくれるなあ。有難いことだけれどさ。それにしても、年齢も近そうだし、一体どんな仕事をしているんだか……。おっと、いけない。それは禁句(タブー)だったね」

 ネットにおいて、ネットで出会った人間の現実事情(リアル)を探ることは禁句とされている。
 オフ会をしたとしても、そこで出会った人間はハンドルネームで話し合うのが大半だ。そこで本名を晒して話す人はそう居ない。まあ、顔を出している時点で半分個人情報を晒している訳でもあるのだが。
 しかしながら、今現在でもネットで個人情報を出す人は少ない。警戒している、とでも言えば良いだろう。ネットでビジネスをしている人の広報アカウントならば、個人情報を出しているケースはあるかもしれないが――ただし芸能人は除く――それでもぼやっきーの登録者数からすれば少数派(マイノリティ)と言えよう。
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