第3話

文字数 1,199文字

初出勤の日。あたしはこれから地獄に行くべさと呟いて家を出た。風俗で働く。それがあたしにとって自傷行為の一種であることは百も承知、だからこそおらは行かねばならぬ、生きるために、あたし自身が生きるために、おらは男のちんぽを吸うのだ。己で振り返ってみても、まったく歪んだ救済策だ。それがわかるから、家を出て地下鉄に乗っても、ため息ばかりが出た。


こいつが記念すべき最初の客か。あたしは目の前の漢をぎっと睨むように見た。気の弱そうな、細い、眼鏡の青年だった。三十代くらいに見えた。サラサラの前髪が額にかかっていた。男は突如、目を剝いた。そして言った。

「ぼくはアナルの国から来たアナルン皇子だ。お前の尻の穴をなめさせてくれ」

うっとなって、あたしは口元に手を当てた。

「冗談だよ」

あたしは笑った。自称アナルン皇子も笑った。

「彼氏にも、お尻の穴なんてなめさせたことないもん」あたしは言った。そうか、とアナルン皇子は感慨深げにうなづいた。

あたしたちはエレベーターに乗って二階に移動し、個室に入った。個室にはシャワーが備え付けてある。あたしからシャワーを浴びた。あたしは服を脱ぐとき、アナルン皇子からじっと見られているのを感じた。不覚にも、あたしのあそこが少しだけジュンとなった。「こわいよ、アナルン皇子」「あんまり見ないで」

アナルン皇子は紳士らしく、視線を外してくれた。


アナルン皇子が射精するまでにかかった時間は、体感時間で30秒ほどだった。仮性包茎で、タカミチのとは形が微妙に違っていて、少し左にねじれていた。味がした。おしっこの味かな、と思った。

ひと仕事を終え、ちょっとくつろいだ気分になったあたしは、ベットに腰掛けて、アナルン皇子に名前を聞いてみた。

ヨシダヨシヲ、とその男は言った。大学を出たばかりで、プログラマーとして働き始めたのだと言う。初任給が出たのでここに来た。風俗は初めてではなく、大学の時にもアルバイトのお金や親からのお小遣いで何度か来たことがあるという。

「へえ」あたしは言った。あたしは将来、何をして働くのだろうか?そんな疑問がふと浮かび、「あたしにできそうな仕事ってあるかな?」とヨシダに聞いてみた。

「そりゃ、なんでもあるんじゃない。接客とかもいいかもよ」適当なノリでヨシダは答えた。時間が来て、あたしはヨシダを店の入り口まで送り届けた。入り口でヨシダは黒服から紙を渡されていた。あたしはそれがアンケート用紙だという事を知っている。変な接客をすると、その紙に思いきり悪口を書かれたりするらしいのだ。

休憩室で漫画を読んでいると、さっきの黒服のおにいさまが、アンケート用紙をもってやってきて、その紙を見せてくれた。「ダダちゃん、百点満点だってさ」紙には、「会話が楽しかった。ありがとう」と書いてあり、へたくそな猫らしき生き物の絵も添えてあった。風俗の仕事だけどもさ、あたしは心が少し跳ねるのを感じた。
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