side A またやりやがったな、こいつ

文字数 3,783文字

 八月初旬某日、第四世代の航空砲撃機AMD176 通称〈アーメイドプラス〉が搬入後、初期調整と機体の塗装が終了し、いよいよ最初の稼動テストである。

 エド兵装統制官から機体の説明を受けるヒト。
 ヒトはいつもと変わらないが、エドは明らかに心が踊っている。興奮が隠せないようだ。
 隣りのヒライ機関統制官は『コレジャナイ』という渋い顔。

 AMD171と比べて一番大きく変わった外観上の特徴は、本体下部に備えるイ重力制御エンジンが一基から二基に変更され、その代わり僅かに小型化されている。
 他に高周波振動ブレードが左アームにしか装着されておらず、使用頻度が高い右のプラズマガンが大容量化されている。思考装甲を収めるケースは見当たらない。

「チョーカッコイイッ! 加速性能は三割増し、出力は驚きの五割増しっ! 旋回性能はなんとイナイチから据え置きっ!」
「通販かよ。出力はいいけど、過渡特性とか分かる資料あんの? せっかくクライトン女史に内緒で急いでもらったんだからさあ、フェーズv9との同期をじっくり詰めたいんだよね」
「ヒライさんムチャばっかり言うよネー。早めに入れた日数分の整備コスト、ドリルサージェントと折衝するの、ミーなんだけどっ!」

 エドは生々しい文句を口にしつつ、デスク端末から諸元データの該当頁を開く。
 それを後ろから覗き込むヒライ。

「そういう文句はv9の運用資格取ってから言ってよね……って」
「グヌヌ……」
「ああっ、なんだよこの二次曲線っ! くっそピーキーじゃん。ご丁寧に谷まであるし、二段ロケットなんて今時流行らねーよっ!」

 と、ヒライはこつこつと人差し指をディスプレイに差す。

「ナニ言ってんのっ、スピードこそジャスティスッ! チカラこそパワーッ!」

 だが、エドはマッスルポーズを決めてご満悦。もはや聞く耳は持たない。

「お前アメリカ人……だったわ。俺はバランスを重視したいの。つうか二機あるんだろ、こんな極端なもんにリコちゃん達を乗せられないよ」
「ウッ、そこでリコチャン、引き合いに出すのはズルいナリ……」

 ヒトはアーメイドプラスを見上げ、ぽつりと口を開く。

「思考装甲、無いですね」
「いやこれは俺も無くていいと思うよ。この運動性を生かすなら思考装甲は邪魔でしかない。バイブレードも減らしてプラズマガンに振るのも正解かな。ま、ヒト君しか活かせない仕様とも言えるけど」
「でしょでしょーっ! ほぼヒト専用ダヨ!」

 勝ちを誇るかのように満足げなエド。やれやれと肩を竦めるヒライ。

「お前最初っからそのつもりだろ。で、フィードバック、帰還制御はどうなってんの?」
「そのくらいちゃんと対応してるヨ! でも帰還制御は個人で差が出るから、運用しながらセッティングで詰めるしかないけどネ」
「ヒト君それでいい?」
「ボクは問題ないです」

 ヒライはアーメイドプラスの『脚元』をコンコンと小突きながら呟く。

「確か、イナイチ(AMD171)が回ってきた時も、あのイカ野郎共は手を変えてきたんだよな……まーたマージンを削られそうな気がするわ」



***



 情報管制室のディスプレイをエリックとニュクス、エドが見入っている。
 新しく配備されたAMD176アーメイドプラスの慣熟飛行で、公式では初お披露目だがヒトにとっては三回目だ。

 慣熟飛行はガンナーのみで異重力分析官は搭乗していない。
 知覚共有や異重力知覚マップのシステム自体はAMD171から据え置きで、機体の運動性向上に沿った小変更しか行われていないためである。

 加減速の減り張りを付けながら、縦横無尽に雲間を飛行するアーメイドプラス、そしてヒト。
 その機動には危なげな挙動は一切見られない。
 白い機体も相まって、獲物の狙って空を舞う海鳥のようだ。

「ほぉー、ヒト君は流石だな、出力が五割も上がってるのに」
「昔のゲームのスーパーロボットみたい、男の子はみんなこんなの好きだよね」

 エリックは目を丸くしながら感嘆し、ニュクスは感慨深く呟く。
 二人とも視線はアーメイドプラスの姿に釘づけだ。
 二基に増えたイ重力制御エンジンが、まるで『脚』のように見えるからだ。脚元に見える発光現象、一対の光輪が眩い光を放っている。

「中身はイ重力制御エンジンだから『脚』のつもりでイカ野郎を蹴っちゃダメだヨ」
「へえ、蹴るとどうなるの?」
「普通に壊れるネ。自重を支える程度の剛性しか確保されてないヨ。重力制御と言っても、常時稼働させるワケにはいかないからネ」
「ふーん、思ったよりロマンがないねえ……」

 エドの言葉に、エリックは見るからに肩を落とした。

「シンパイなのは神経接続だけど、本人は『慣れた』って言ってるネ」
「慣れた、ってやっぱり勝手が違うの?」

 ニュクスはエドの言葉の引っ掛かりの意味を確認する。

「運動性向上に伴って負荷が大きくなる分、フツウは帰還制御を強めてバランスを取るけど、それじゃ動作遅延が発生してイミ無いってヒトが嫌がってネ」
「もちろんリミッターはちゃんとかけてるよね? あのドMはそういうの際限ないから」

 ニュクスは手に持っていたコーヒー缶を「グシャッ」と縦に潰す。
 さすが肉体派、有無を言わせない威圧効果である。

「モチロンッ! ガンナーは壊すと治せないからネッ! そんなコトしたらリコチャンに嫌われるヨッ! ……と、そう言えば、リコチャンの成績もここ最近かなり上がってるネー」

 エドは別のデータを開き、二人に得意げに見せる。ヒライが作る会議資料だ。

「へー、反応速度はセリちゃんとそんなに変わらないんだ」
「うーん、逆にセリが落ちてきてるせいもあるけどねえ……」

 ニュクスは言葉を濁すと、潰れたコーヒー缶をゴミ箱に投げ入れる。

「彼女とのパートナーシップは去年からだから、まだ僕には良く分からないけど」
「多分去年辺りがピークで、後は落ちるだけ。もう五年だから」
「そうだね。ナーヴスの子ども達は普通の人と過ごす時間に比例して『普通の人』に近くなる。ま、人なんだけどさ」

 ニュクスは五年、エリックは六年と異重力分析官を経験した上での実感である。

「そう。もう普通のあの歳頃の子達とそんなに変わらないのよ」
「彼女は来年に引退だけど何か聞いてる? クライトン女史も知らないみたいだけど?」

 少し意地悪な口調で、エリックは含みある質問。

「あはは、どうするんだろうねえ、あの子」




 一方、ヘパイストス展望室にて。よく晴れているがサングラスが要るほど日差しは強くない。
 真っ白な雲の合間を縫って飛ぶアーメイドプラスがよく見える。

「さすが我が弟、やることにソツがない。愛想もないけど」

 セリは変わらない美しさだが、その横顔は何かを諦めたような憂いが滲む。

「え、えーと、そ、そだね、ヒトは優秀……」

 イオはどちらに共感するべきか大いに悩む。

「わたしも、あれに乗るの? やっとイナイチくん、なれたところなのに」

 不安げなリコ。セリは明るい顔を取り戻してリコの頭に手を乗せる。

「あら、リコの大好きなお兄さんと『お揃い』なのに」

 彼女の髪を弄びながら、セリは揶揄うように囁く。
 リコは顔を真っ赤に染めて俯いた。
 その横でリコの愛くるしさに悶絶するイオ。

「ワタシはもう時間がないんだから、贅沢言わないの。ねえ、イオ」

 そう言うとセリは身を翻し、今度はイオの背中にしがみつく。
「すぅーっ」とイオのうなじに顔を埋ずめながら、何度も深呼吸を繰り返す。

「ええっ、な、なにを?」
「ぷはぁっ、ううーん、今日もイオ、いい匂い……」
「えぇ……」

 ――― セリは来年のガンナー引退を控えて寂しいのだろう。

 と、イオは解釈して多少のことは目を瞑ることにする。
 もう一機のアーメイドプラスはすでに誰が乗るのか決まっているのだ。

「ああっ、セリ、ずるいっ!」

 喜び勇んでリコのイオの胸にダイブする。
「ごすっ」と鈍い音を立て、めり込んだのはリコの額。

「うぐっ……き、君たち、ヒトはどうでもいいのっ? つか、匂いってどゆこと?」

 裏返った声で抗議するイオ。

「…………」
「えっ、セリなに? 何か言った?」

 風切り音にかき消され、セリの呟きが届かない。
 彼女の初めての挨拶、その時の—— と、イオは遠い記憶を探る。



***



 《アーメイド管制システムはヘパイストスATiからガンナーに動作優先権移行、神経接続開始、知覚共有システム起動、プラズマガンセーフティ解除承認、アンチグラヴィテッド専用電磁レールガン冷却開始、思考装甲射出展開》

 コクピットのモニタ表記はピー音と共にブルー基調からアンバー基調に切り変わり、アーメイドは攻撃準備が整った。

「あっちっ!」

 イオは思わず声に出してしまう。
 知覚共有システムの起動直後、また例の感覚。
 右腕にザラつき、今までヒリヒリと感じていた部分の中で新しく増えた『ひときわ高い熱』。
 まるで、火で炙った棒を右腕に強く押し当てられたかのようだ。
 前回は目立った変化がなかったので油断していた。

 AMD176アーメイドプラスの知覚共有システムは基本的にはAMD171と同じもので、機体性能に合わせた設定の変更程度しか行われていない。
 個体差の可能性も捨て切れないが、今のイオに心当たりは一つしかない。
 それは、ヒトの自傷癖。

 ――― またやりやがったな、こいつ。

 前の席を左脚で軽く蹴飛ばした。
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