第47話 眠り姫 〈4〉
文字数 2,277文字
【追記とお詫び】
前話「小蕾(しょうらい)」の〈3〉~〈6〉が未掲載でした。
「眠り姫」〈1〉の前に改めて追加いたしました。
ここまで掲載と同時に読んでいただいている皆様、申し訳ありませんでした。
やおら起き上がって、橋下の陰陽師は枕元の二人を罵倒した。
「き、貴様ら! 何を考えているんだ? やり方が余りに荒っぽ過ぎるぞ! 俺はもう少しで──」
高雅な純白の水干を纏った官人陰陽師の眉が上がった。
「ほう? もう少しで、何だ?」
「い、いや、その、もう少しで、姫を連れて戻れたものを……」
「ふん、そこまで力があるとは思えぬが?」
こうまでズケッと言われては、有雪も黙ってはいられない。
「見くびるなよ! その証拠に俺は──
俺は姫が欲しがっているもののことを、しっかと聞き届けてきたぞ!」
「凄いぞ、有雪!」
手放しで、喜ぶ検非遺使。
「流石だな! 俺など姫から逃れるので精一杯だったのに」
片や、蔵人所陰陽師はあくまでも冷静だった。
「それが本当なら、姫を覚醒させるための〈追儺の祭祀〉で役に立つかも知れぬな。
よし、聞こう。姫が欲しがっているものとは、何だった?」
「うっ」
実際、あの場面では有雪は姫の言葉を聞き取れなかった。
だが、こうなったら後へは引けない。
目を瞑って、印を組み──この場合、印は精神を集中させるためで、それ以上の意味はない──有雪は眠り姫が囁いた場面を思い起こした。
『──じゃ。わらわは──が欲しい……』
あの時、声は聞こえなかった。
が、今、脳裏に蘇った姫の口元を凝視する。
淡紅色の唇がゆっくりと動く。
さあ、読め、有雪……!
「た、ま」
「え?」
「たま 、じゃ。姫は、たまが欲しいと言うておった!」
『たまじゃ。わらわはたまが欲しい……』
ちょっと見慣れぬ光景ではあった。
一条堀川、通称〈田楽屋敷〉の座敷に、検非遺使と橋下の陰陽師──ここまではいつもの光景だが──
そして、今日は、目も眩むほど純白の水干を纏う蔵人所陰陽師、曰く〈帝の陰陽師〉が集っている。
三人は同じように腕を組んで頻りに首を捻っていた。
「たま とはどんなたまであろう?」
「やはり、玉 であろうな?」
「高貴な姫が欲しがる玉 と言えば……翡翠?」
「黒曜石かも……」
「キャーーーーッ!」
ここで、庭の方から凄まじい声が響き渡った。
「捕まった──! 婆沙丸が鬼じゃ!」
「鬼! 鬼!」
「これは、やられたな!」
「何だ?」
吃驚して顔を上げる布留に、成澄は笑って、
「庭で、子供たちが遊んでいるのさ。いつものことだ」
流石に見かねて兄の田楽師が縁に立った。
「おい、婆沙、いい加減にしろ!
今日は座敷で成澄たちが大事な話をしておるのじゃ」
「わかった、兄者。じゃ、そういうことだから──」
「えー、今日はもうここまで?」
「いやだー!」
「もっと遊ぶー!」
「──河原へ行くぞ! この続きはあっちでやろう!」
「キャー!」
「大好き、婆沙丸!」
「ばさらまるー!」
両手はもちろん、両腰、背中、子供たちにドッと体中纏わりつかれたまま、婆沙丸は庭を出て行った。
「やれやれ、これで少しは静かになる」
珍しく、酒ではなく茶を入れた盆を掲げた小者を従えて座敷に入って来た狂乱丸に成澄が訊いた。
「おまえは行かないのか?」
言下に鼻を鳴らす狂乱丸。
「俺は子供は好かぬ」
「好いているのは、ここにいる検非遺使だけ、か?」
布留の言葉にギョッとしてそちらを振り返る成澄だった。
「おい! 滅多なことを言うな」
「何を今更? おまえ、あの時、その田楽師 に助けてもらっていたではないか」
「な、な、なんで知っている?」
露骨に慌て出す成澄。
「み、見ていたのか? あれは俺の夢だぞ! 俺の夢のはず──」
布留はせせら笑った。
「私を誰と心得る。帝の陰陽師・布留佳樹である。人の夢に出入りできずに何が陰陽師だ」
「おい、あの二人は何を言い合っているんだ?」
狂乱丸が有雪に小声で質した。
「夢とは? そして、俺がどうしたって?」
「ふむ。人は得てして、夢の中で真実を明かす、ということさ。
日頃思っていても気づかない本心を、つい曝け出す、と言うべきか」
ことさら勿体ぶって橋下の陰陽師は頷いてみせた。
「だから、夢は恐ろしいのよ」
「?」
「つまりさ、命を奪われそうになった夢の中で、成澄は真っ先におまえ を思い描いたらしいぞ」
「え? それ、本当?」
目を輝かす田楽師。電光石火、袖を閃かせて検非遺使に飛びついた。
「水臭いぞ、成澄! そんなことがあったなんて……何故、すぐに教えてくれなかった?」
「わっ、たっ? これ、抱きつくなって! ば、場所を弁 えろ! よせ……」
「それはともかく──」
何やら盛り上がっている検非遺使の方は無視して、改めて布留はもう一人の陰陽師に向き直った。
「かくのごとく、夢が真実を映し出すなら──
姫が夢の中でおまえに告げたというたま の話は見過ごしにはできぬ。
きっとそのたま が姫を目覚めさせる重要な〈鍵〉になる、と私は考えるが、どうだ?」
「うむ、同感じゃ。俺も、そう思う」
「よし! ここは早急に姫の求めている玉を用意することにしよう」
「それで?」
「その上で、私に一計がある」
前話「小蕾(しょうらい)」の〈3〉~〈6〉が未掲載でした。
「眠り姫」〈1〉の前に改めて追加いたしました。
ここまで掲載と同時に読んでいただいている皆様、申し訳ありませんでした。
やおら起き上がって、橋下の陰陽師は枕元の二人を罵倒した。
「き、貴様ら! 何を考えているんだ? やり方が余りに荒っぽ過ぎるぞ! 俺はもう少しで──」
高雅な純白の水干を纏った官人陰陽師の眉が上がった。
「ほう? もう少しで、何だ?」
「い、いや、その、もう少しで、姫を連れて戻れたものを……」
「ふん、そこまで力があるとは思えぬが?」
こうまでズケッと言われては、有雪も黙ってはいられない。
「見くびるなよ! その証拠に俺は──
俺は姫が欲しがっているもののことを、しっかと聞き届けてきたぞ!」
「凄いぞ、有雪!」
手放しで、喜ぶ検非遺使。
「流石だな! 俺など姫から逃れるので精一杯だったのに」
片や、蔵人所陰陽師はあくまでも冷静だった。
「それが本当なら、姫を覚醒させるための〈追儺の祭祀〉で役に立つかも知れぬな。
よし、聞こう。姫が欲しがっているものとは、何だった?」
「うっ」
実際、あの場面では有雪は姫の言葉を聞き取れなかった。
だが、こうなったら後へは引けない。
目を瞑って、印を組み──この場合、印は精神を集中させるためで、それ以上の意味はない──有雪は眠り姫が囁いた場面を思い起こした。
『──じゃ。わらわは──が欲しい……』
あの時、声は聞こえなかった。
が、今、脳裏に蘇った姫の口元を凝視する。
淡紅色の唇がゆっくりと動く。
さあ、読め、有雪……!
「た、ま」
「え?」
「
『たまじゃ。わらわはたまが欲しい……』
ちょっと見慣れぬ光景ではあった。
一条堀川、通称〈田楽屋敷〉の座敷に、検非遺使と橋下の陰陽師──ここまではいつもの光景だが──
そして、今日は、目も眩むほど純白の水干を纏う蔵人所陰陽師、曰く〈帝の陰陽師〉が集っている。
三人は同じように腕を組んで頻りに首を捻っていた。
「
「やはり、
「高貴な姫が欲しがる
「黒曜石かも……」
「キャーーーーッ!」
ここで、庭の方から凄まじい声が響き渡った。
「捕まった──! 婆沙丸が鬼じゃ!」
「鬼! 鬼!」
「これは、やられたな!」
「何だ?」
吃驚して顔を上げる布留に、成澄は笑って、
「庭で、子供たちが遊んでいるのさ。いつものことだ」
流石に見かねて兄の田楽師が縁に立った。
「おい、婆沙、いい加減にしろ!
今日は座敷で成澄たちが大事な話をしておるのじゃ」
「わかった、兄者。じゃ、そういうことだから──」
「えー、今日はもうここまで?」
「いやだー!」
「もっと遊ぶー!」
「──河原へ行くぞ! この続きはあっちでやろう!」
「キャー!」
「大好き、婆沙丸!」
「ばさらまるー!」
両手はもちろん、両腰、背中、子供たちにドッと体中纏わりつかれたまま、婆沙丸は庭を出て行った。
「やれやれ、これで少しは静かになる」
珍しく、酒ではなく茶を入れた盆を掲げた小者を従えて座敷に入って来た狂乱丸に成澄が訊いた。
「おまえは行かないのか?」
言下に鼻を鳴らす狂乱丸。
「俺は子供は好かぬ」
「好いているのは、ここにいる検非遺使だけ、か?」
布留の言葉にギョッとしてそちらを振り返る成澄だった。
「おい! 滅多なことを言うな」
「何を今更? おまえ、あの時、
「な、な、なんで知っている?」
露骨に慌て出す成澄。
「み、見ていたのか? あれは俺の夢だぞ! 俺の夢のはず──」
布留はせせら笑った。
「私を誰と心得る。帝の陰陽師・布留佳樹である。人の夢に出入りできずに何が陰陽師だ」
「おい、あの二人は何を言い合っているんだ?」
狂乱丸が有雪に小声で質した。
「夢とは? そして、俺がどうしたって?」
「ふむ。人は得てして、夢の中で真実を明かす、ということさ。
日頃思っていても気づかない本心を、つい曝け出す、と言うべきか」
ことさら勿体ぶって橋下の陰陽師は頷いてみせた。
「だから、夢は恐ろしいのよ」
「?」
「つまりさ、命を奪われそうになった夢の中で、成澄は真っ先に
「え? それ、本当?」
目を輝かす田楽師。電光石火、袖を閃かせて検非遺使に飛びついた。
「水臭いぞ、成澄! そんなことがあったなんて……何故、すぐに教えてくれなかった?」
「わっ、たっ? これ、抱きつくなって! ば、場所を
「それはともかく──」
何やら盛り上がっている検非遺使の方は無視して、改めて布留はもう一人の陰陽師に向き直った。
「かくのごとく、夢が真実を映し出すなら──
姫が夢の中でおまえに告げたという
きっとその
「うむ、同感じゃ。俺も、そう思う」
「よし! ここは早急に姫の求めている玉を用意することにしよう」
「それで?」
「その上で、私に一計がある」