第12話

文字数 1,251文字

「どこにも異常なし! いたって健康だよ」
 まだ二十代らしき細い眼鏡の担当医は、右手に構えたレントゲン写真を見ながら、やや大きめの声で太鼓判を押した。
 こめかみの痛みはまだ引かないものの、それでもどうにか動けたので、高田先生と保健室の女教師に付き添われながら、総合病院を後にした。

 高田先生の車で帰ることとなり、僕たちは駐車場に向かう。
 そこは八台ほどの車が停められていて、高田はまっすぐに進み、その先には二台の車が並んでいた。
 手前にはピカピカのベンツ。その向こうには、見るからに安っぽい軽自動車があった。
 当然、軽の方に向かう……かと思いきや、高田はベンツの前で歩みを止める。
 おもむろにポケットからキーを取り出し、ドアに向けた。
 助手席のダッシュボードには桃色のタオルが乗せられていて、ルームミラーにはハローキティがぶら下がっている。
 ――クソ! てっきり安月給かと思っていたが、高級車を乗り回し、その上彼女まで――。
 貧乏そうで彼女すらいなさそうだった高田も、意外とリア充をかましてやがる。
 しかし、いくら私立とはいえ、教師とはそんなに稼げるものだろうか? もしかしたらヤバいバイトでもしているかもしれない。例えば覚せい剤の密売とか、大麻の密売とか、コカインの……。
 高田がキーレスのボタンを押すと、奥隣の軽自動車のハザードランプが点滅した。
 フェイントかよ!! 紛らわしい真似するんじゃねーよ。この貧乏教師!

「良かったわね。脳出血じゃなくて」
 ガタガタと揺れ動く鉄の塊の中で、まだ名前を知らない保健室のワンレン先生は、助手席から上半身を捻り、後部座席でうなだれている僕に話しかけてきた。
「おかげさまで」
 目線を合わせようとせず、敢えてぞんざいな返事をする。ドライバーズシートの高田先生は、ハンドルを切りながら、
「あんな目にあったんだ。退部してもいいぞ。みんなには先生から言っておくから」
 と、発した。
 そういえばコイツ、ゲーム部の顧問だったっけ。
 正直、ついさっきまでは退部を決めていた。このままでは体がいくつあっても持ちそうにないからだ。
 だが、CTスキャンをくぐりながら僕は思った。
 このままで本当にいいのか? 男なら一度引き受けた約束を守り通すべきではないか? ましてや笠原が困っているんだ。彼女の期待に応えることなく退部したところで、僕は満足なのだろうか……?
 答えは否だ!!
 このまましっぽを巻いて逃げるなんて、僕にはできない。神に誓うが、もう一度パンティーが見たいわけじゃない。決してそんなことは……。
 動機に多少の疑問が残るものの、それでも大会までは頑張ろうという気持ちになれたのに、偽りの心はなかった。
「先生、もうしばらく続けてみます」
 高田はミラー越しに唖然とした顔を見せたが、すぐにほぐれ、「そうか! 期待してるぞ、我がゲーム部のために頑張ってくれたまえ!!」と力強く述べた。
 ワンレン先生も、僕の元気な様子にほっとしたらしく、「無理しないようにね」と、労いの言葉をくれた。

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