ユキオ「娘のミホが妊娠した…」

文字数 8,495文字

本村マリエはいわゆる良いとこのお嬢様だった。

旧姓は藤原という。

マリエの父は実業家だった。

口数の少ない男であり、家族と一緒に食事をする時も
自分から話題を振ることがなかった。

「お父様。今日は学校でこんなことがありました」

学習院・初等科に通っていた当時7歳のマリエが
そんなことを話し始めると、
父はニコニコしながら耳を傾ける。

「うんうん。それで?」

父は普段夜遅くまで家に帰ってこない。ひどい時は日付を
またいで帰ってくるか、会社かホテルに泊まり込みになる。

普段は母と使用人に囲まれての夕食。
広すぎる食堂はとても寂しいものに感じられたものだ。

会えなくてさみしい。父が恋しくなるのは当然の感情だった。

ある日、父は疲れ切った顔で連結決算書を読んでいた。
夜の11時である。たまたまトイレに起きたマリエは、
父の書斎の扉のすきまから光が漏れているのを発見した。

藤原マリエ、当時12歳の時である。

眠い目をこすりながら父に話しかけようとしたが、
さすがに悪いと思ってきびすを返そうとした。

「そこのいるのはマリエかい?」

「お父様……」

マリエは扉を開けて父の顔を見た。
この屋敷は子供の寝る時間は厳格に決められているから、
こんな時間まで起きている自分はきっと怒られるのだと思った。

現に父が使用人を叱責しているのを何度も見たことがある。
あの時の父は、ただ怖かった。

「眠いかい? 良かったら少しだけお父さんと話をして行きなさい。
 マリエは修学旅行に行ってきたばかりだろう。
 仙台に行ったそうだが、どうだった? 旅は楽しかったか?」

父は、マリエがその日どんな一日を過ごしたのかを知りたがった。
そしてマリエが例え粗相をしても叱ることはしなかった。

マリエは、母やお付き(使用人)の女性から成績や言葉遣いなどで
たびたび叱られることがあったが、実の父からは全くない。

子供のころからこんな環境だったから、父が甘いことを
おかしいと思ったことはなかった。

どの家の父も娘に優しいものだと思っていた。

学習院大学までエスカレーターで進学し、卒業を迎える頃になった。
マリエは熱心に就活をしなかった。四年間の大学生活を経ても
これといって働きたい企業が見つけられなかった。

彼女はいわゆるキャリアウーマンタイプとは違い、
平凡な主婦となることを選んだ。

中小企業で事務職として働き、適当な年齢になったら
寿退社する予定であり。実際に結婚はできた。

お見合いでは旧華族の人を多数紹介されたが、
マリエから見て満足できる人はいなかった。

もちろん収入面や容姿など立派な男性がいたが、
マリエが望んでいるのとは少し違う気がした。

「夫婦生活を送るのにはお金が重要。それは間違ってない。
 でも愛はお金では買えないものさ。
 僕はね、マリエさん。独身時代に蓄えた貯金を全て
 子供たちのために使いたいと思っている」

若き日のユキオだった。
その顔に今ほどの貫禄はなく、青臭さすら残っている。

彼はメガバン勤務で高収入だが無駄遣いをせず、
貯蓄に励んだ。20代半ばから将来を見据えて資産運用を始めていた。

「結婚したら子供たちが生まれて大学を出るまでの費用を計算しよう。
 何をするにしても子供たちが優先だ。子供の教育は未来への投資。
 僕は小さい頃から親にそう言われて育ったよ」

そんな彼だからこそ、マリエは結婚を決意した。

ケイスケとミホが生まれ、今現在に至るまで
本村の苗字を名乗ることを恥じたことは一度も無い。

夫婦円満。夫の仕事は50過ぎで出向を命じられるのは宿命だが、
それは仕方ないことだと諦めるしかない。
収入が下がったとしても転職先も探せば必ず見つかるだろう。

だが、どうしても我慢できないことがある。

「お母さん。今まで黙っていてごめんなさい」

ミホが妊娠した。

あれから時は過ぎ、ミホは高校1年。ケイスケは大学2年。
ミホのお腹が不自然に大きくなり、つわりに似た症状を
発したので、まさかと思って病院で検査をさせたらこうなった。

相手は誰なのか? 聞かなくても分かってしまうのが悲しかった。

マリエは、実の子とはいえ、ケイスケに対し殺意さえ抱いた。

過去を振り返る。我が子に対して無償の愛を注いだ。

特に金銭面では不自由しない安定した生活をさせてあげた。
お金の心配をしなくていい。こんなに楽なことがあるあろうか。

夫の少ない休日を利用した家族サービスもした。
他の家庭と比べても旅行の回数は決して少なくない。
むしろ多い方だろう。
たくさんのアルバムに保存された家族写真がそれを物語っている。

その愛情の深さを理解しろとまで言わない。
平凡な人生でも一向に構わない。
せめて人としての道だけを踏み外してほしくはなかった。

普通の手順を踏んで孫の顔を見せてほしかった。

「ケイスケ!!」

力いっぱい息子の頬を叩いた。
息子に対して振るう初めての暴力だった。

だから力の加減の仕方が分からなかった。

「だから、前からあんたたちの関係は
 おかしいって言ってたのよ……」

怒りと悲しみを制御できず。マリエの声は震えていた。

「ミホは学校を退学になるのよ? 
 事の重大さが分かってるのよね?」

狂ってしまえるなら、狂ってしまいたい。
狂えたらどれだけ楽だったろうか。

だが、現実は非情だ。時計の針は進むばかりで戻すことはできない。

世間体を考慮して転居を考えなければならない。
いや、転居は必須だろう。

誰も本村家を知らない場所へ移動する必要がある。
どこへ行けばいいのか。親戚筋を頼りわけにはいかない。

いっそ国内ではなく外国へ?
しかしお金や言語の問題もある。

「あんたのせいでお父さんは仕事首になるのよ!!」

父の心はこの悲劇に耐え切れず、悲惨な状況になった。
家で何時間もわめき散らしたかと思えば、突然静かになる。

ある雨の日、いきなり家を飛び出して全身ずぶ濡れになり、
一時間後にヘラヘラしながら帰ってきて家族に衝撃を与えた。

しばらく1人でいたい。そう言い、夫婦の寝室にこもる日々。
普段やったこともないパソコンゲームをダウンロードして、
ニヤニヤしながら現実逃避。まさに異常である。

そんな日々を何日も続けたのだが、致命的なことだったのは
その間、銀行に通っていなかったことだ。

職務放棄。そうせざるを得なかったほど、彼の精神は限界だった。

愛娘のミホが妊娠したと知った時、父はケイスケを
気が済むまで殴り続けた。

ケイスケは自責の念から一切抵抗することをせず、
転んだ拍子に左手首をねんざした。
殴られ過ぎたせいで歯が何本か折れてしまった。

「おまえはもう、私の息子ではない」

床に転がったケイスケの頭を踏みつけてそう言った。
つばを吐かなかったのは、せめてもの彼の情けだったのか。

涙を流していたのはケイスケも同じだった。

「なぜだ……なぜこんなことに……。私たち夫婦が育て方を
 間違ったからなのか……あぁ……母さんに会いたい……
 母さん……私を助けてください……」

ユキオが北海道の実家にいる母の名を口にする時は、
仕事などで本気で追い詰められた時だけだった。

不平不満を言わず、黙々と働いて家計を支えて来た世帯主。
その偉大なる大黒柱は今、自分の能力の限界を超えた事態に
直面してしいまい、最後に母の名を呼ぶのだった。

もはや敵軍の塹壕を目がけての突撃命令を待つ兵隊の心境。

ユキオは狂ったようなめまいに襲われ、幻覚を見ていた。

強力なコンクリートで固められた巨大な塹壕。銃眼から機関銃が覗き、
いくえにも配置された狙撃兵たちがユキオを狙っている。

突撃すれば死ぬ。だが、抗命は軍法会議。

旧帝国陸軍の軍服を着たユキオは、極東はマレー半島最南端、
シンガポール要塞を攻略せんとする兵隊の一人となっていた。

「弾切れだ」

上官が言う。

「報告によると重砲隊は備蓄した弾を使い果たしたようだ。
 あとは我ら歩兵部隊が肉弾突撃するほかない」

シンガポール要塞攻略は、当時の大本営にとって最重要目標の一つであった。
太平洋戦争開始と同時に破竹の勢いで西太平洋一体を支配した日本軍。
広大なる東南アジアの補給路を脅かしているのがイギリス海軍である。

イギリス海軍の根拠地の一つであるシンガポール大要塞は、
英国による極東200年の支配を象徴していた。

『地上のあらゆる軍隊が攻撃してきても突破は不可能だろう。
 栄光ある守備隊一同は、堂々と待ち構えていたまえ』

時のウィンストン・チャーチル首相はこう語った。

西洋一等国はもちろんのこと、極東の後進国の日本に
どうやったらシンガポールが落とせるのか。

日本は日露戦争ではロシア帝国に勝利したが、
大英帝国は次元が違う。一等すら超越した超一等国。

ドイツやフランスの軍部でさえ、イギリス海軍と
戦闘するのは直ちに自国海軍の滅亡につながるとして恐れていた。
そもそも英国海軍相手にまともな作戦すらたてられないほどだ。

その大英帝国に宣戦布告することは、もはや暴挙ともいえる。

『シンガポール』 

イギリスの築城建築の限りを尽くして作られたこの大要塞は、
たとえ敵軍に全面包囲されても一年は優に戦えるだけの砲弾、
食糧の備蓄があったという。

そこまで守備隊が持ちこたえるころには、
敵軍の海上補給路に対し『イギリス東洋艦隊』が猛撃を加え、
全滅に近い打撃を与えているはずだった。

イギリスはかつて世界の七つの海を支配した。
これは地球の全ての海上交通路を手中に収めたのと同義である。

人類史上、これに近いことをしたのが『オランダ海上帝国』だった。
正確に言うとオランダがイギリスの先輩だったのだ。

世界で初めて作られた株式会社が
『オランダ東インド会社』である。

17世紀にすでに株式会社をもっていたことから、
オランダの先進性の高さがよく分かる。

我が国は徳川天下泰平の世の中、この『オランダ』と
貿易をしていたのだから大変に光栄なことである。

イギリスはオランダ海軍を撃破することによって
『二代目の海上帝国』になった。

今日まで「英語」が世界第一の言語となっているのは、
イギリスの国力の強さを物語るものである。
英語とは、正式にはイングランド語を指す。

元をたどれば九州程度の面積しかない
イングランドで話されていた言語だったのだ。
 
あのアメリカでさえ、独立前はイギリス国王の
保有する植民地に過ぎなかった。アメリカ人が
一年で一番大切にしている行事は『独立記念日』である。

さて。イギリスのシンガポールは日本陸軍の
熾烈なる攻撃によって攻略された。
東洋艦隊の主力は、日本の航空戦力を中心とした
革新的な攻撃によってあっさりと撃破された。

ユキオはシンガポール要塞に突撃した兵隊の一人となっている。
シンガポールは陥落した。夢が実現した。今でも信じられない。

彼は歓喜し、戦友と肩を抱き合い、また敵弾に
倒れた兵のために涙を流し、英国へ強い恨みを抱いた。

「私たちは白人の支配からアジアを救ったのだ!!

両手を叩く揚げ、これ以上ないほどの高揚感に包まれているユキオ。

現実に意識を戻すと、彼が来ているのは
着古してヨレヨレのパジャマ(スエット)

髭はしばらく剃っていない。
肌荒れもひどく、何日も歯すら磨いてない野蛮さだ。
それなのに目つきだけは以上に鋭く、飢えた獣のようだった。

「やったぞぉぉぉ!! 私はイギリス軍を倒したのだ!!
 英国の畜生どもめ、ざまあみろ!! ふはははははっ!!

そんな旦那の様子を、マリエはただながめていた。
マリエから人間らしい表情が失われて久しい。

今のマリエは生ける屍(しかばね)だった。
ただ彼女は夫のように現実逃避したり幻覚を見ることはない。
マリエがたまたまマイペースな性格だったわけではない。

自分でもまともに意識を保っていられるのを不思議に思っていた。
夫が幸せ者だとすら思っていた。

(私たちは一族の恥をさらしてしまった。
 ユキオさんのお父様がまだ生きてたら
 愚かな私たちをどう思うのかしら……)

ユキオの父は元軍人だった。

階級は軍曹。
陸軍歩兵師団の重機関銃大隊に所属していた。

満州事変発生時は満州へ派遣された。
陸軍戦史に残る大規模作戦のほとんどに参戦した。

『重機関銃』が、どれだけ残酷で情け容赦のない
『大量殺戮兵器』なのかは、あえて説明しない。
 彼の父は最前線で数え切れないほどの
 銃弾を敵軍に浴びせ続けた。

分解した重機関銃の部品および弾薬を、7人の兵隊が
それぞれ20キロの割合で持ち運んだことは、
父から聞かされたことがあった。軍隊生活について
彼の父はあまり話してくれなかったが、このことはよく覚えている。

気になったユキオが、大学時代にゼミの教授に
父の部隊がどう戦ったのかを調べてもらったことがある。
教授はこう答えた。

「あなたのお父上は、戦争期間中、ほぼ最前線で
 戦っていたようだね。命があるだけでも素晴らしいことだよ」

ユキオの父は、息子にこういう言葉を残していた。

「男なら不平不満を言うな」
「日本人として誇りを持って生きろ」
「女に優しくしろ。女を守ってやれ」
「本当に強い男は、弱い者を守ってやれる男だ」

ユキオは威張らず、亭主関白にならず、慈しみの心を持ち、
子供教育を最優先して本村家を維持してきた。
マリエという最高の伴侶が彼を支えてくれた。

子供たちは健やかに育ち、天国に旅立った父にも
恥じることのない人生が送れていたと思う。

旭川市にいる年老いた母にもお盆やお彼岸のたびに
孫の写真を送ってあげた。

可愛い孫たちの写真は、彼の母にとっての宝物だった。
その写真を送れることは、もう二度とない。

「あああああああぁあああああああぁーああああああ
 あああぁああああぁああーあああああああああぁあああああああああ
 あああああぁああぁあぁああああぁあああああぁ
 ああああああああああああーああああああ」

また、ユキオが発狂した。

ミホが妊娠して以来、ユキオが突然大声を上げるのは日常だった。
ミホは自室のベッドで布団にくるまりながら、下の階から
響いている父の咆哮(ほうこう)に耐えるしかなかった。

「うぐぅ……ひぐっ……ううっ……ぐっ……うぅ……」

枕は涙で濡れてしまい、使い物にならない。
鼻水も垂れ流しているので誰にも見せられない顔になっていた。

泣いても泣いても、現実は良くならない。

震える彼女を優しく抱きしめているのは、大好きな兄。

「ミホ……ミホぉ……」

彼も妹と同じように泣いている。
ユキオに殴られ過ぎてあざだらけの顔面に温かい涙が伝う。

もう兄妹がどれだけ一緒にいようと、たとえお風呂に入ろうと
両親は文句を言ってこなくなった。

『なぜ避妊しなかったのだ!!

狂う前の父の言葉だ。ケイスケたちもここまでの
事態になるとは思ってなかった。最初は夏休みに
思い出を作ろうと、深夜にキスの練習をしたのがきっかけだった。

「将来ミホに彼氏ができた時に困るからな」

「うん」

それは、ただの言いわけ。彼らは恋人を作る気など一生なかった。
なぜなら、目の前に誰よりも愛しい人がいるからだ。

一度男女の関係になってしまってからは止まらなくなった。
何度も互いを求めあい、ミホに身ごもった人特有の特徴が
みられるようになり、事態が発覚した次第である。

「お母さん。もう疲れたわ」

母が、扉を開けてそこで立ち尽くしていた。

「疲れた。疲れた……疲れた。
 疲れた………あー疲れたぁ……疲れたぁ。
 疲れちゃたわ…疲れたー…」

マリエの手にした包丁が光る。

解決法は一つしかないと思っていた。

大丈夫。ケイスケたちを殺した後は自分もすぐ後を追う。
気楽に考えれば、案外すぐに実行できそうな気がした。

ユキオが怒りの矛先を自身に向け、自分を壊そうとしたのに対し、
マリエは怒りの矛先を子供たちに向けようとした。

母から鳥肌さえ立つほどの殺意を
感じたケイスケは、ミホを守るために立ちはだかる。

「ケイちゃん」

母の持つ包丁で息子の首でも刺せば、全てが終わる。
いよいよ殺す段階になり、
腕白少年だった小学生時代のケイスケを思い出した。

決して悪い子ではなかった。口は悪いが頭脳明晰で
人を思いやる優しさのある子だった。

マリエは理性を捨て去ることができなかった。
愛する息子をどうして刺せようか。

「あぁ……あ」

マリエはその場で膝をつき、その衝撃で包丁を床に落とした。
いつまでもそうしていた。嗚咽(おえつ)が続き、
もはや子供たちのことなど視界にすら入らなくなった。

全てが、限界だった。

「俺たち、この家を出たほうがよさそうだな」

お兄ちゃん。行き先はどこなの?

ミホはそんなこと聞く気にすらならなかった。
いっそ自殺する場所を探すというのなら賛成だ。

「お兄ちゃんと一緒に死ぬならかまわないよ」

「死ぬかよ。俺たちの子供は生むぞ」

「え…」

近親相関で生まれる子は、高確率で奇形児が障害児。
神に忌み嫌われたその子を、どうやって愛すればいいのか。

母が出産の事実を知ったら今度こそ子供たちを刺してしまうだろう。
もちろん望まれない孫も巻き添えにして。

(痛いのはやだよ。やっぱり私だってまだ死にたくない)

家にいると、いずれ母に殺される。

ミホのカンだ。おそらく当たるだろう。
いや現実になる。確実になる。
死ぬ。殺される。死にたくない。

時が立てば自分は母になる。うれしさより恐怖の方が大きかった。
世間はミホたちの間に生まれた子を、悪魔の子だと呼ぶだろう。
高校中退の母。兄はまだ学生。アルバイトで生計を立てるのは無理がある。

もし本気で二人で暮らすとしたら、すぐに大学を中退して
働き口を探さなければならない。

第734条  直系血族又は『三親等内の傍系血族』の間では、
婚姻をすることができない。 
但し、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。

民法の抜粋である。ミホとケイスケは兄妹なので二親等。
法的に結婚不可能だ。事実婚なら可能だが、それは自己満足に過ぎない。

社会から外れた存在。世間からうとまれる存在。

日本は司法権の独立がある。
司法は他の権力の影響を受けずに、その影響力を行使できる。

我が国では法が認めないことは『悪』である。
また、どの国のどんな法律でも近親婚を認めてはいない。

ミホたちは近親相関の罪を一生背負い、また子供が
呪われていることも隠しながら生きていくのだ。

『お前たちは間違っている』

民法に書かれた規定はミホたちにそう告げていた。

ミホだって出来ることなら兄と結婚して幸せな家庭を
築きたいと夢想したことはある。ユキオとマリエのように、
優雅で楽しい夫婦生活を送ってみたかった。

たまたま愛した人が自分と血のつながっていただけ。

「ああああああああああぁぁあぁぁ
 ああああああぁぁぁぁぁぁあぁああああぁぁぁぁあぁぁ」

一階ではユキオがまた発狂している。

母はまだミホの部屋の前でひざをついている。

いつまでそこにいるつもりなのか知らないが、
無表情で独り言を永遠とつぶやいているのは
異常を通り越して恐怖ですらある。

「俺の部屋に行こう」

妹の手を取り、自分の部屋に入れた。
親が入ってこないように鍵を閉めていおいた。

今はミホと2人きりだ。ケイスケは、泣きはらした妹の顔に
不覚にも欲情してしまい、ベッドに押し倒した。
強引に唇を奪うと、ミホは苦しそうに息を吐くのだった。

「お兄ちゃん。こんな時間にするの?」

ケイスケは何も答えず、ミホの下着を脱がそうと
手をスカートの中へすべらせた。

抵抗しようとしたミホの手は、哀しそうな顔を
している兄を見たら動かなくなってしまった。
全てを成り行きに任せてしまおうと思った。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

今度は父の声が近い。どうやら扉の前で暴れているようだ。

「ぼおおおおぉぉ、おおおっぉぉおぉ、ぼおおおおおおぉ
 うおおおおおお、うああああああああああああぁっ」

扉を開けようと、どんどん、と叩いてる。
すごい力だ。この勢いだと扉ごと破壊されるかもしれいない。
父の叫び声よりも扉を叩く音の方が大きかった。

扉越しに兄妹が怪しいことをしているのに気づいたのだろうか。

父はすでに彼らの知っている存在ではなくなっていた。
母より先に父に殺されるのが先か。

両親に共通しているのは、ミホより先にケイスケを
殺そうとしていることだ。ケイスケは大学2年で
もうすぐ20歳になろうとしている。

責任が誰にあるのかと聞かれれば、ミホより大人の
ケイスケにあると言えるだろう。避妊具も使わずに
実の妹と関係を持ってしまった。

当時の彼にわずかでも理性が残っていれば、
愚行が止められたかもしれなかったのに。

「死にたい」

ケイスケは言った。
先ほどは生きると言っていたのに、一転した。

「そうだね」

ミホが同意する。

そのあと会話はなかった。

父は10分ほど扉を叩いてからいなくなった。

本村家に静寂が戻る。

隣のミホの部屋から、母のすすり泣く声が聞こえた気がした。

ケイスケとミホは一つの布団にくるまり、ただ寝ることにした。
兄の体温に包まれ、安心したミホ。すぐに兄の寝息が聞こえる。
よほど精神的に疲れていたのか、こんなにもすぐに寝られるのが
うらやましかった。同時に微笑ましくもあった。

「大好きだよ。お兄ちゃん……」

兄は寝言で返事を返すのだった。
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