第1話
文字数 1,949文字
すでに霧は晴れ上がっていた。夏草がしっとり露に濡れている。そこを吹き抜けてくる風が妙に生温かい。今日も蒸暑い一日になりそうだ。
緩くカーブした坂道。そこを自転車で、全力で登りきる。ハンドルを左右に振りながらの立ちこぎ。登りきった道の遥か向こうに見える丘。その稜線にはムクムクと白い雲が湧き始めていた。
「このモヤモヤは、こうして解消するしかないか」
踏み込むペダルに力を込める。一瞬たりとも立ち止まることなど出来なかった。有り余る精力。異性に対するムラムラ。
「先生……」
また呟いてしまった。一日に何度名前を呼んだら気が済むのだろう。オレの目蓋 の内側、その妄想スクリーンにいつも登場する異性。それは七歳ほど年上の女 だった。今年、新卒で赴任してきた体育担当の女性教師。
目を瞑 れば浮かんでくる、先生の後ろ姿。いつも着ている白いブラウスは、夏空に湧き立つ入道雲みたいに眩しい。そして僅かに透けて見える下着の肩紐。それがセミロングの髪の下に見え隠れしていた。袖から伸びる両腕は、いつの間にか健康的に日焼けしている。その色合いはなぜか、梨を連想させた。豊潤な甘い香りを放つ禁断の果実。それはブラウスの白さよりオレの目には眩しかった。
そして忘れもしないあの出来事。それはある日の体育の時間だった。夏の期間、体育はプールでの水泳授業となる。その授業が終る頃の、あの出来事。
「あっ、やべぇ。海パンの紐 が、ほどけない」
不器用に縛 られた木綿の紐。その結び目は、濡れてしまったがために更に固くなり、ほどけなくなっていた。
爪先は水にフヤけてしまい、まったく歯が立たない。この役立たずめ。時間だけが経過して行った。もはや何ともしがたい。
ふと先生の顔が浮かんだ。
「助けて、先生」
追い詰められたオレの目は、必死に先生を探しだしていた。
幸い先生はまだプールにいた。
「しょうがない子ね」という表情を見せながらも、水着姿のままだった先生は、オレの求めに応じてくれた。ジャージの上着だけを羽織りオレの前に膝まづく。そして濡れた紐の解きほぐしに取りかかってくれた。
紐と格闘する先生の指。それをじっと見つめていた。結び目は一向に緩む気配がない。
すると先生は、おもむろに水泳キャップを脱ぎ捨てた。そして束ねていた髪から、一本のヘアピンを抜く。紐の結び目にピンが突き刺された。先端が器用に動いている。懸命な取り組みが続けられていた。
ヘアピンを抜かれた先生の髪が、ハラリと顔に垂れ下がる。髪が視界を遮った。邪魔だと言わんばかりに、先生は顔を振り上げる。両手が塞がっていたため、器用に髪だけを左右に振り、顔に掛かり落ちたものを払いのけていた。
依然として紐は緩まなかった。先生の表情が徐々に険しくなる。眉間 に寄った縦皺 が、苦悶の表情を作っていた。
一連の先生の仕草。それは否が応でも、オレ自身の何かを刺激していた。この状況でこんなこと、本当に考えていてはいけないのであるが、
(先生……エロいっす……)
心の声がそう言った。
完全受け身、なすがままのオレ。ナスがママ? じゃぁ、キュウリがパパか。そんなくだらないダジャレで、エロに傾く気持ちを払いのけていた。
先生の胸元そして太腿……白くて、ふっくら柔らかなそれらを、オレはチラ見していた。海パンに隠されたオレの縮こまったモノ。それが次第に目を覚まして行く……
申し訳ない気持ちで一杯になった。
「先生、オレもう……」
そう、口に出そうとした時である。結び目が僅かに緩んだ。先生の厳しかった表情も、それに合わせるように穏やかに緩み、結び目が解けた。
「さあ、これで大丈夫。早く着替えていらっしゃい」
先生へのお礼もそこそこに、オレは更衣室へと駆け出していった。
その日は家に帰りついてからも、先生のことが頭から離れることはなかった。
この感覚は何なのだろう。映画を見終わったときのような、ふわふわした感じ。微熱にでも浮かされているのか。その日は、早めに床に就いた。
目を閉じる。目蓋 に蘇 る眩しい光景。そこには昼間見た水着姿の先生がいた。ひざまずきオレのパンツの紐を解いてくれている。先生の顔の位置が近い。近すぎる……きっと匂われている。先生の首すじからは、花のような香りが漂ってきた。
「オレ、恥ずかしいです……」
クリンとした上目遣 いでオレを見る先生。口元が微笑んでいた。聞こえてくる息づかい……
纏 めた髪からヘアピンを抜く先生。天を仰ぎながら頭を振り、髪を解く。ふわりとした毛先が、オレの腹部をくすぐった。ビクン。オレの躰の一部が熱く、そして固くなって行く。
ピンを抜く先生の仕草 。そしてオレも、ピンピンになったオレの
抜いた。
全力で駆けぬけた、あの夏の日。
ー終ー
緩くカーブした坂道。そこを自転車で、全力で登りきる。ハンドルを左右に振りながらの立ちこぎ。登りきった道の遥か向こうに見える丘。その稜線にはムクムクと白い雲が湧き始めていた。
「このモヤモヤは、こうして解消するしかないか」
踏み込むペダルに力を込める。一瞬たりとも立ち止まることなど出来なかった。有り余る精力。異性に対するムラムラ。
「先生……」
また呟いてしまった。一日に何度名前を呼んだら気が済むのだろう。オレの
目を
そして忘れもしないあの出来事。それはある日の体育の時間だった。夏の期間、体育はプールでの水泳授業となる。その授業が終る頃の、あの出来事。
「あっ、やべぇ。海パンの
不器用に
爪先は水にフヤけてしまい、まったく歯が立たない。この役立たずめ。時間だけが経過して行った。もはや何ともしがたい。
ふと先生の顔が浮かんだ。
「助けて、先生」
追い詰められたオレの目は、必死に先生を探しだしていた。
幸い先生はまだプールにいた。
「しょうがない子ね」という表情を見せながらも、水着姿のままだった先生は、オレの求めに応じてくれた。ジャージの上着だけを羽織りオレの前に膝まづく。そして濡れた紐の解きほぐしに取りかかってくれた。
紐と格闘する先生の指。それをじっと見つめていた。結び目は一向に緩む気配がない。
すると先生は、おもむろに水泳キャップを脱ぎ捨てた。そして束ねていた髪から、一本のヘアピンを抜く。紐の結び目にピンが突き刺された。先端が器用に動いている。懸命な取り組みが続けられていた。
ヘアピンを抜かれた先生の髪が、ハラリと顔に垂れ下がる。髪が視界を遮った。邪魔だと言わんばかりに、先生は顔を振り上げる。両手が塞がっていたため、器用に髪だけを左右に振り、顔に掛かり落ちたものを払いのけていた。
依然として紐は緩まなかった。先生の表情が徐々に険しくなる。
一連の先生の仕草。それは否が応でも、オレ自身の何かを刺激していた。この状況でこんなこと、本当に考えていてはいけないのであるが、
(先生……エロいっす……)
心の声がそう言った。
完全受け身、なすがままのオレ。ナスがママ? じゃぁ、キュウリがパパか。そんなくだらないダジャレで、エロに傾く気持ちを払いのけていた。
先生の胸元そして太腿……白くて、ふっくら柔らかなそれらを、オレはチラ見していた。海パンに隠されたオレの縮こまったモノ。それが次第に目を覚まして行く……
申し訳ない気持ちで一杯になった。
「先生、オレもう……」
そう、口に出そうとした時である。結び目が僅かに緩んだ。先生の厳しかった表情も、それに合わせるように穏やかに緩み、結び目が解けた。
「さあ、これで大丈夫。早く着替えていらっしゃい」
先生へのお礼もそこそこに、オレは更衣室へと駆け出していった。
その日は家に帰りついてからも、先生のことが頭から離れることはなかった。
この感覚は何なのだろう。映画を見終わったときのような、ふわふわした感じ。微熱にでも浮かされているのか。その日は、早めに床に就いた。
目を閉じる。
「オレ、恥ずかしいです……」
クリンとした
ピンを抜く先生の
オレ自身
を…………抜いた。
全力で駆けぬけた、あの夏の日。
ー終ー