フラジール 3-1

文字数 1,096文字

 薄くかかる白い雲が光を乱反射させながら、地上に熱を散らしていた。プールサイドに埋め込まれたタイルの隙間から上手いこと生えてくる草花を引っこ抜きつつ、プール清掃に勤しむ同学年に目をやった。
 デッキブラシで床を擦りつけたり束子で壁面を磨いている人もいれば、ホースを持って浮いた汚れを流している者もいる。ホースの水を人に掛けて遊び始めた生徒が先生から叱責を受けているのが丁度遠くに見える。
「碌~元気?」
 視点を移すと、デッキブラシを手に持った沙川がいた。
「ん。永冨は一緒じゃないんだ?」
「あれ? さっきまでいたんだけど……あ、あそこにいる」
 沙川が指をさした先には確かに永冨がいたのだろう。俺は永冨をしっかりと見れなかった。
「えー。なんか喧嘩してる」
 口論をしているらしかったが、対峙している人物にばかり目がいってしまった。なぜその口論の相手生徒が汰瀬なのか、自分にはそれが問題だった。俺は口をつぐんで、沙川の言葉には返事をしなかった。変に意識がぼやけた。
「ごめん、なんか気分悪くなった」
「あ、え、まじ? 保健室行ける?」
「あー、うん。行ける」
 沙川が先生に伝えておくからと言って俺を保健室へと向かわせた。彼は教師からの信頼も厚かった気がするから、大丈夫だろう。だが俺は保健室ではなく、例の相談室のドアを開けていた。
「あれ、この時間に来るなんて珍しいね」
「ちょっと気分悪くなったんで」
「ふうん」
 田城先生がいつもと同じように迎え入れてくれたことに、安堵を覚えた。先生の視線は窓の外に向いており、その先にはプール清掃の風景が広がっている。自分も覗き見ようとしたが制止された。
「窓際に来ると向こうから見えちゃうよ」
 本来は保健室に居ることを思い出し、俺は窓の衝立で隠れるソファの隅に座った。
「少し顔色が悪いね。本当に保健室に行くべきだったのでは?」
「いや、直ぐに治るやつなんで」
「まぁ退屈だったから碌君が居るのは僕としては嬉しいけどね」
 先生がチョコレート菓子を俺に差し出した。拒否することなく一つ手にとったのを見て、先生は少し驚いたようだった。
「プールのとこで喧嘩してた人が居たの、先生は見ました?」
「ああ、言い合いになってた子達がいたね。吉崎先生に止められていたよ」
「そうですか」
 特に安心させる材料になった訳ではないが、自分の気持ちが低いところで安定するようになった。
「友達だった?」
「まあ、そうです」
 少し先生が笑ったように見えたが、言及されるようなことはなかった。
 それからプール清掃が終わるのを見計らって、俺は保健室に向かった。
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