第六章 『ラプラスの悪魔』

文字数 4,677文字



「よくやってくれた二人とも! 囚われた斎藤蘭を無事に助け出すとは!」
 CATは嬉しそうに拍手する。
「囚われてたっていうかむしろ自分から籠ってたっていうか」
 ライカは呆れた様子で蘭を睨みつける。 気まずくなった蘭は話題を変えようとする。
「『ドア』は厄介です。 たぶん、残りの二人も僕と同じようにその世界に魅入られてしまったんでしょう……。 メガネさん、ライカさん! もう二人の救出もよろしくお願いします!」
「だぁ~かぁ~ら! お前が行けばええんやないの!? 私たちはもうここから出てくから! 巻き込まんといてくれへんかな!?」

{すっかり関西弁が板についたね} {とりあえずショタはごめんなさいだろ} {草}

 メガネはコメントを見てもうライカの関西弁をとがめる必要はないと思った。
「そうもいきません。 僕が行ったらまた二の舞です。 メガネさんとライカさんならまだ『ドア』に対して惑わされることはありません。 あなたたち二人しか居ないんです!」
「あの、自制心を抑えられないのを何か難しくそれっぽく言うのやめへん?」
 蘭は恥ずかしそうに頬を掻いた。 言葉に詰まる蘭を見て、CATが割って入る。
「一応言っとくが、ただでさえお前たちは不法侵入だ。 しかもお前たちは秘密機関の施設に居る。 俺が言いたいこと、わかるか?」
「なッ!? 脅迫!? あんなぁ! さっきも言ったけど、カメラでぜぇーんぶ撮ってネットで公開中なんや! アンドロイドだかなんだか知らんけど、脅迫罪で訴えたるで!?」
 ライカも負けじと凄む。
「いや、ネット配信してたのは知ってるぞ? さっきからその空中でプカプカ浮いてるのドローンだろ?」
 何食わぬ顔でCATは空中に浮いているドローンを指さした。
「なッ!?」
「いやそんなに驚かれても。 最初から配信中なのは知ってるぞ。 今も俺お前たちの配信観てるし」
 CATは手元のノートPCを二人に見せる。 画面にはここに居る自分たちの配信映像が映されていた。
「マジか!?」
 まさか最初から知っているとは……。 メガネは愕然とする。
「ライカさん……」
 蘭が言う。
「さっきも言いましたが、この屋敷に入った瞬間にこの研究所の事は特定されないよう機器に細工されてしまいます。 ですから、ここを特定して助けを呼ぶ事はできません。 配信している映像も、僕たちに都合の悪い情報はAiが判断して一瞬で書き換えられてしまうんです」
 ライカは言葉を失う。 何とかしてこの屋敷を出ようとする気持ちはあるが、研究員を助けないとどうやら今の状況は変わらないらしい。

「仕方ない……。 ライカさん、今は他の研究員を助けましょうか?」
「アイちゃん?」
「ネットの人たちはたぶん信じてないと思うけど、私たちは確実にこの現象を体験してる。 これってすごい事だと思いません?」
「まあ……それはそうだけどぉ~」
「もしも次の『ドア』に行くのが嫌なら、ライカさんはここで待ってても大丈夫です。 私一人で行きます」
「う~」
 できれば行きたくない。 でも、アイちゃんも心配だ。
 ライカは――思い出す。


 子供の頃、ライカには親友が居た。
「大人になってもずっと一緒だよ! リンりゃん!」
 そう言い、親友は笑顔でライカに自分の大切な貝殻のブレスレットを渡してくる。
 ライカはそのブレスレットを受け取るが、その表情は決して笑顔ではなかった。
「手紙書くから! 大人になって、学校卒業したら絶対に会いに行くから!」
 親友は親が転勤になり引っ越してしまうのだという。 だから今日は……最後に親友に会える日。 しかしライカは結局最後まで黙り込んでしまう。
 最後に手を振る親友の顔を見る。 絶対また会おう。 心では言えるのに、どうしてその時言えなかったのだろう。
 手紙は最初の数通はやりとりしていたが、受験の忙しさもあり徐々に頻度は減っていった。
 そして大学を卒業する頃には、親友との交流は無くなってしまった。

 時折、ライカは自分の右手首に付けられたブレスレットを見る。
それは、親友からもらったあの貝殻のブレスレットだった。
 ――いつからだろう。 動画の配信をしていて、いつか親友が気づいてコメントをしてくれないかな? と思い始めたのは。
 田中凛音(たなかりんね)の名を捨て、転生来花という芸名で動画を配信している時、いつかコメントで「リンちゃん?」と打ってくれる人がいないか、ライカは少し期待してしまうのだった。

「へえ……切ない思い出だなあ。 ところでお前本名、田中凛音って言うの?」
 CATが訊く。
「どぅわぁああああ何で私の淡く切ない思い出を映像化&文章化してくれてんじゃあああ!? しかも本名晒すなぁああああ!」
 ライカは恥ずかしさで頭を掻きむしる。
「何でって、この日記帳もそこのドローンも人の脳波を読み取ってAiが自動でリアルタイムに映像化&文章化してくれるんです」
 蘭が日記帳とネット配信を見せながらさも当然のように説明する。
「へえ! ライカさん、その右手のブレスレットってそういうストーリーがあったんですね」
 メガネが関心したように言う。 ライカはブレスレットを手で隠す。
「こ、これは……! てか、なんで私の考えを読み取る必要があるわけ!? 関係ないやん!」
 CATが腕を組んで唸る。

「関係あるから……だろうな」
「どういうことキャット?」
「最近のAiは数秒先の未来を予測する。 そしてそれは今お前たちを撮ってるドローンや、もちろんこの日記にもその機能は組み込まれている。 メカニズムは分かるか?」
「ラプラスの悪魔技法でしょ?」
 メガネが得意げに言う。 CATは目を丸くして感心した。
「さすがライターだ。 そう、全ての事象は現在の力学や物理的な状態を解析することによって未来を予知できるというものだな。 最近のAiは世界のネットと繋がり、そういった事象をすべて解析して報告してくれるんだ。 事実、現代では人が予期せぬ事故や災害による被害もそのシステムにより一昔前よりも格段に減っている」
「それとこのシステムにどう関係してるねん」
 ライカがCATに質問すると、メガネが代わりに答える。
「ほら私たちみたいな、ネタやスクープが転がってないかなぁと日々目を血走らせながら生活している人には、Aiが今ネタが転がってますよ~って教えてくれる機能があるんですよ。 そしてこのドローンとかには、それらを自動で検知してバッチリのタイミングや角度から撮影してくれるシステムがある……っていうのは、さっきの定食屋さんでも似たような事を話しましたよね?」
「あぁ……」
 ライカは思い出す。 確かにそんな事言ってたな。

「この僕の日記帳も原理は同じです。 色々とモードがあるんですが、今は小説モードになっているので、たぶん日記帳はこの『物語』の重要な部分のみを書いているんじゃないでしょうか?」
 蘭が日記帳を片手に説明する。
「まあ、実際のところなぜAiが未来を解析できるのかは、現代でも明確な答えが出てないのが現状なんですけどね」
「どういうこと?」
「原理は分かる、でもどういう仕組みで動いているのかは誰にも分からないって事です。 この技術も、偶然できた技術ですからね」
「なんかよく分かってないけど、便利だから使ってるってことか……私たち」
「俺たちが今行っている研究も、もしかしたらそのメカニズムを解明できるかもしれない」

「てことはだよ?」
 メガネがハッとして日記帳を蘭からひったくると、第六章のタイトルを確認する。
「この、各章に書かれているサブタイトルってさ、その章で起こる出来事の暗示になってるってことだよね? ほら、タイトルが書かれるのって章の初めだし、私がラプラスの悪魔って言ったのは少し経ってからだから……うまくやれば、何かしらの助けになるんじゃ?」
「確かに……ある程度の危機予測の判断材料には使えそうだな」
「蘭くん念のため、これは私たちが持っててもいい?」
「あ、はい。 構いません」
 メガネは再び自分のリュックに日記帳をしまった。

「アイちゃん、さっきはああ言ったけど」
 ライカは気まずそうに言う。
「次の異世界も一緒に行くよぉ。 アイちゃん一人じゃ心配だからね」
「ライカさん……」
 メガネはつくづくライカの事を変人のインチキ霊能者だと思っているが、この時ばかりはライカを頼もしいと思えた。
「その前に!」
 ライカは蘭とCATに言う。
「さっきの異世界でめちゃめちゃ汚れたから、シャワーぐらい浴びせなさいよね!」



 メガネはシャワールームで髪を洗っていた。
「お湯はどう? ちゃんと出る?」
 更衣室からライカが聞いてくる。
「はい、出ますよ。 でもいいんですか? 私先に入って? ライカさん一刻も早くシャワー浴びたいって言ってたじゃないですか?」
「大丈夫大丈夫ぅ! 何故なら……私も一緒に入るからッ!」
 ライカはシャワールームの扉を開けて中に入ってくる! もちろん裸だ!
「わわッ!? ちょ、え!?」
 いきなり入ってくるライカにメガネは動揺を隠せない。
「カメラはオフになってるんでしょ? 大丈夫ぅ!」
「いやいや、そうじゃなくて! どうしてライカさんも入ってくるんですか!?」
「早く二人目の研究員を助けに行かなくちゃでしょ? だから二人で入った方が早いじゃない?」
 嬉しそうにライカはメガネの背中へ近づく。
「わわわ!? 近いですライカさん!」
「なぁに照れてるの。 もう可愛いなあ! 背中洗ってあげるよぅ!」
 ライカはメガネの背中を優しく、そしてちょっと怪しく洗う。
「うう!? いいですから自分で洗いますから!」
「動いちゃだぁめ! よく洗えないでしょぉ? ほら、あ~んなところやぁ、こ~んなところもぉ!」
 ライカは背中から抱きつくようにしながら、メガネの前をすご~く怪しく洗い始める。
「ひゃう!?」
「うわ! 可愛い声でちゃったね! 人に洗われるのは初めてなのかなぁ?」
 悶え苦しむメガネを見て、ライカの心拍数は上昇する。


≪え~皆さん森田です。 ええっとですね、今一応メガネさんカメラの映像と音声オフにしてるっぽいんですけど、何故か移ってます、はい。 たぶんさっきの屋敷からのハッキングのせいでしょうかねえ? 映像は切れてません、ええ。 でも皆さん心配しないでください! このせいでBANはされません! 何故なら、カメラに全年齢視聴対応機能が付いているからです! そう、なので謎の煙や光が入ったりしてますが、バッチリ配信を続けられますので、皆さんご安心ください! お? おお皆さん! チャンネル登録ありがとうございます! ありがとうございます! あざーっす!≫
その後もライカのメガネへの蹂躙はしばらく続いた……。



「さ! アイちゃん次の異世界行こ!」
「は……はい……」
 ルンルンでぽかぽかした表情のライカにげっそりとした表情のメガネ。
 先程ライカの事を少し頼もしく思えたメガネだったが、やっぱり考えを改めることにする。
 やっぱり変人インチキ霊能者だ。

「俺たちもネット配信見てるから、困ったらまた連絡してくれ」
「僕もコメントしますからね!」
 二人の表情はどこかぎこちない。
「いや、別にコメントしなくていいっす……」
 メガネは『ドア』に向かって立つ。
「森田くん、どう? 視聴者数は?」
≪今、七十万人です! おかげさまで僕のチャンネル登録者数も爆上がりですよ!≫
「それはよかったね……はあ」
 くたびれたように言うと、メガネとライカは次の異世界へと行くため『ドア』をくぐった。

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