第１話

　アメリカで仕事をしていた同級生の志村が帰ってくるというので、僕は土曜日に会う約束をした。
　志村は僕と同じ商業科高校の出身で、身に付けた能力をさらに伸ばすために商業科の大学に進学して、英語力を身に付けると同時にアメリカのカリフォルニア州の会計士の資格まで取ってしまった。それだけのハイスペックを持つ人間だったが、大学卒業と共に女手一つで育ててくれた母親が大病を患い、治療費の為にすぐお金になる仕事を掛け持ちしなければならないという経歴を持っていた。僕も志村と一緒にお見舞いに行き、自分なりに微力ながら彼と母を支えたつもりだったが、残念にも志村の母は旅立ってしまった。
　唯一の肉親を失った志村は深く悲しみに打ちひしがれ、高校大学で身に付けた技術も生かせずに、このまま弱い人間としてだらだらと生きてゆくのかと思ったが、五年前に一念発起して、単身アメリカに渡って、カリフォルニアで会計士の仕事を始めた。そして昨今の新型感染症によって帰国が遅れ、少し遅れてやって来た円安ドル高の影響もあり、少し稼いできてから日本に帰国する事になったという。アメリカで会計士として働き、自分の持つ力を存分に発揮して志村が稼いだ金額は、今の為替レートだと一億を少し超える金額らしい。
　その金額を別の友人から聞かされた時、僕は嫉妬心よりも幸福に近い感情を抱いた。唯一の肉親を失い、英語力とアメリカでの会計士の資格しか残らなかった志村が、自分の苦痛をバネにして築き上げた大切な結果なのだから、家族がいる僕はとやかく言える立場にはなかった。
　志村がアメリカで財産を築いていた時、僕がしていた事と言えば、大学卒業後に購入した日産の３５０Ｚを手放し、中古のメルセデスAMG・A45へと乗り換えた事くらいだ。乗り換えた理由は走行距離が十万キロに達して、各部の機械的な〝ヤレ〟が目立ち始めた事、もう一つが、マフラーを変えた自然吸気のマニュアル車に乗り続けて走り回る事が、客観的に見て痛々しくなってきた事。最後は付き合っていた同業の女性と入籍して、自分一人用の車という物に乗り続ける事が困難になった事だ。入籍して中古だが高級外車を手に入れて、人生の新たなステージに足を踏み入れる。志村の様な億に達する金額を稼ぐ事は出来なかったが、お金には代えられない物を代わりに僕は手に入れていた。