18:騎士団迎撃隊長・リッカルド

文字数 2,307文字

 ここはエラとクリスタルが週に一回行っている、エラが弓を一から教わった練習場。
 ふらっと入ってきたのは、高身長でサラサラの長い黒髪をもつ、いかにも育ちがよさそうな見た目の若い男性だった。

「えっ……リッカルド様!?

 受付をしていた女性は、そう言ったきり言葉を失ってしまう。

「突然お邪魔してすまないね。気づかれないように私服で来たんだが、この反応じゃ意味がなかったね」

 苦笑する彼は、王家直属の騎士団である『ベーム騎士団』の迎撃隊長を務めている、リッカルド・フォーゲル・ド・ベームだ。騎士団長の次男で弓騎士であり、弓の腕前は王国一と言われている。

 貴族とまではいかないものの、それに準ずるくらいの身分なので、私服であっても平民とは見た目が一目瞭然である。

「分かってるとは思うけど、一応これを見せておこうか」

 リッカルドは、ポケットに忍ばせていたワッペンをその女性に見せた。これが騎士団員である証だ。もちろん、裏に騎士団長の直筆サインがある本物だ。

「いつものところ、調べさせてね」

 受付の女性が、関係者以外は入れないドアを開けてリッカルドを通すと、抜き打ち調査が始まった。





「うん、大丈夫だね。協力ありがとう」

 調査に合格したことを証明する名刺サイズのカードを渡すと、リッカルドはこちらをキラキラとした目で見つめてくる人たちに言い放つ。

「よし、俺に弓を教わりたい人はいるか」

 ぱぁっと顔を明るくした人たち(特に女性)は、進んで挙手してリッカルドに群がる。

「はいはい、順番順番。一列に並んで」

 まるで子どもに呼びかけるかのような言い方のリッカルド。群がっているのは大人が多いが、このあとも子どものようであった。

「私が先にリッカルド様に近づいたんだけど?」
「私の方がリッカルド様のそばにいたんだから、私が先」
「まぁまぁ、並んでるみんなに教えてあげるから、ちゃんと並んで。じゃあ、じゃんけんで勝った方が先」

 リッカルドになだめられた二人は、子どものようには駄々をこねずにおとなしくじゃんけんをする。先にリッカルドの近くにいた人が勝った。

「一人二射まで。じゃないと他の見廻(みまわ)りができなくなっちゃうからね」
「「「はーい」」」

 列を作っている二十人ほどがいっせいに返事をする。一人二射までだが、最後まで終わるには三十分以上はかかるだろう。
 王国一の弓使いから直々に教えてもらえる、めったにない時間がスタートした。

 これができなくて悩んでるからアドバイスがほしい、客観的によくないところを指摘してほしいなど、人によって求めることは違う。しかしリッカルドは騎士団で教え慣れているので、誰にでも的確なアドバイスを届けることができていた。

 結局小一時間はかかって全員を教えきると、教えた二十一人の実力は確実に上がっていた。この練習場としてはあまりうれしくないものの、利用者が喜んでいるようなので(騎士団に文句は言えないので)目をつぶることにした。
 リッカルドがパトロールに戻ろうとしたその時。

 バシッ

 とっさに音のしたほうに振り向くと、一番奥の的に矢が何本も命中しているという光景を目の当たりにする。
 そしてその弓を放っていたのは、リッカルドと同じくらいの髪の長さの、銀髪の女の子であった。歳はリッカルドより五歳は下だろう。その体格には似合わない重そうな黒い弓を左手に持っている。

 気になったので近づいてみる。

「あの子うまいからねー」
「えっ、団長の息子からスカウト?」
「いいなー」

 と、他の利用者はこそこそと話し始める。

 リッカルドは銀髪の少女に五メートルくらいまで近づいてみたが、集中しているのかこちらには気づいていない。

 少女は矢をセットし弓を引き、もう一発撃った。強い反動に耐える左手、自分でも出せるか分からないくらいの速度で飛んでいく矢、命中しても喜ぶような素振りを見せない顔。

 ついにリッカルドは少女の視界に入った。

「えっ、うわぁぁぁぁっ!」

 気づかれた。

「び、びっくりした……。あっ、ごめんなさい。急に大きな声出しちゃって」

 すぐに謝ってきたので、誠実そうな子ではある。

「驚かせてすまない。君、素晴らしい実力の持ち主じゃないか。名前は?」
「クリスタル……です」
「いつからやってる?」
「五歳くらいからやってます」
「おぉ、どおりで」

 クリスタルの撃ち方は、見た目にはそぐわないほどの『慣れ』が含まれていた。その弓も含め、本当に見た目の年齢だけが置いていかれているように思えたのだ。

「これだけ上手ければ何かの大会にも出ていそうだけど……名前は聞いたことがないな」
「あははは……そうですね」

 苦笑いをされたので、確かに大会には出ていないのだろう。

「というか、俺の顔見ても反応がないけど、俺が誰だか分かる?」
「……すみません、分かりません」

 えっ、と軽く衝撃を受けたリッカルドは、さっき見せたワッペンを少女にも見せた。

「一応、こういう者で」
「これは……! あのベーム騎士団の方だったんですね!」

 いや、そうじゃなくて。俺だよ、俺の名前。
 察しが悪い少女に、またも軽く衝撃を受ける。

「ベーム騎士団の迎撃隊長の、リッカルドだ」
「あっ、あのリッカルドさん!?

 ようやく、この長髪の男の人が誰であるかを把握できたクリスタル。

「騎士団の方に会えるなんて、とても光栄です」

 王都にいる人間なら、騎士団長の三人息子は知っていて当然であるが、まさか顔を見ても分からない人がいたなんて。
 リッカルドは「こちらこそ、いい弓を見せてもらった」とお礼を言ってから、たくさんの人に見送られながら練習場をあとにした。

 その時もクリスタルは、一人で練習に勤しんでいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

クリスタル(・フォスター・アーチャー)

年齢:17歳

一人称:私

職業:弓騎士、双剣騎士、元冒険者(弓使い)

性格:自己肯定感が低く、疑心暗鬼


きょうだいの4番目

エラ

年齢:30代

一人称:あたし

職業:料理人、宿の経営、(趣味で弓を嗜む)

性格:ぶっきらぼうだが根は優しい。頼られがち。

ディエゴ

年齢:23歳

一人称:俺

職業:冒険者(長剣使い)

性格:自意識過剰

イアン

年齢:21歳

一人称:俺

職業:冒険者(長剣使い)

性格:自意識過剰ぎみではあるが、何を考えているかわからない

ジェシカ

年齢:20歳

一人称:うち

職業:冒険者(長剣使い)

性格:自意識過剰、思ったことをすぐに言うタイプ

父、お父さま

年齢:50代

一人称:私

職業:元上級冒険者(弓使い)

性格:厳格で完璧主義

母、お母さん

年齢:40代

一人称:私

職業:元商人

性格:一見物静かだが、子ども思い。

サム・フォスター・アーチャー

愛称:サム、お兄さま、サム兄

年齢:25歳

一人称:俺

職業:上級冒険者(弓使い)

性格:ストイックな世渡り上手


きょうだいの1番目

クロエ・フォスター・アーチャー

愛称:クロエ、姉、お姉さま

年齢:23歳

一人称:私

職業:上級冒険者(弓使い)

性格:好奇心旺盛、洞察力がある


きょうだいの2番目

セス・フォスター・アーチャー

愛称:セス、お兄さま、セス兄

年齢:20歳

一人称:俺

職業:上級冒険者(弓使い)

性格:周りに流されやすい


きょうだいの3番目

ベーム騎士団団長

年齢:50代?

一人称:私

職業:騎士団団長

性格:「息子3人のすべてを合わせたような性格」(クリスタルより)

ディスモンド・フォーゲル・ド・ベーム

愛称:ディスモンド、ディス

年齢:23歳

一人称:俺

職業:長剣騎士、第一遊撃隊隊長

性格:責任感が強くてストイックだが素直


長男

リッカルド・フォーゲル・ド・ベーム

愛称:リッカルド、リック

年齢:22歳

一人称:俺

職業:弓騎士、迎撃隊隊長

性格:聡明で頭が切れる。たまに毒を吐く。


次男

オズワルド・フォーゲル・ド・ベーム

愛称:オズワルド、オズ

年齢:20歳

一人称:僕

職業:長剣騎士、第二遊撃隊隊長、(穢れ仕事)

性格:愛嬌があり素直だが、頭脳明晰。


三男

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み