第28話 ミルキーウエイ③
文字数 1,929文字
だがそれも一瞬。
すぐに視線を逸らした。
「先に行ってるね」
つい、たじろいでしまった。
秀一は涼音に声をかけそびれた。
「……涼音、どうかしたの?」
秀一が
「カバンの中に変なものが入っていたせいかな?」夏穂の声は相変わらず明るい。「多分、コータがちょっとふざけたんだよ」とクスリと笑う。
「コータが?」
秀一は今朝、このクラブハウスの中で、コータが女子更衣室から出て来たのを思い出した。
「コータが、なにをしたの!」
涼音があんなにもショックを受けるような事をコータがしてしまったのかと、つい口調が強くなった。
夏穂が面食らったような顔をする。
「本当に大したことないんだよ……ホラ、涼音って『繊細さん』じゃない……気にしなくっていい事まで悩んじゃうんだよ……コータに悪気はないと思うし……」と夏穂の言葉は、しりつぼみになった。
「涼音のところに行ってくる」
秀一は凛の手を放して、涼音が出て行った裏口へと向かった。
夏穂に気にするなと言われても、あんな状態の涼音を一人には出来ない。
秀一が裏口のドアノブに手を伸ばした瞬間、向こう側からドアが開いた。
岩田が立っていた。
「やべっ!」
岩田の姿を見るとすぐ、凛は正面入り口から外に逃げた。
「坊ちゃん、こちらでしたか」
岩田は中に入り、一緒にやって来た男を秀一に紹介した。
「こちら、新しい町長の
いやいやそれどころじゃないんだよと、秀一は焦る。
焦るが岩田をなおざりには出来ない。
秀一の気持ちを察したか、夏穂が耳打ちしてきた。
「私が、涼音といる」
夏穂はそう言うと急ぎ足で、岩田と町長の脇をすり抜けて、裏口から出て行った。
みずほ町の町長、冴島は秀一の瞳を無遠慮に覗き込んできた。
「へーっ、青と灰色が混じっている。真理子さんの左目と同じ色なんだ」
冴島の頭髪や身体から発するコロンが鼻についた。
「この角度から見ると緑色にも見えるんだな」
冴島は不自然なほどに焼けた褐色の肌をしている。白のポロシャツに白の短パン姿。靴下もシューズも真っ白だった。
「『西手』の坊ちゃんも、死んだ人が見えたりするのかな?」
からかうように冴島がきいてくる。
いいえと秀一が答える前に、岩田が怒鳴った。
「町長! 午前の部が終わるので、挨拶をお願いします!」
はいはいと、冴島は苦笑い。
「坊ちゃん、後でゆっくり話そうね」と秀一に笑いかけ、冴島はクラブハウスの正面入り口から出て行った。
「あんな男がこの町の町長とは、嘆かわしい!」
冴島が出ていくと、岩田が毒づいた。
「テニス上手そうだね。すごい練習していそう(格好もウインブルドンだし)」
「みかけだけですよ。毎週、日焼けサロンとやらに通っているそうです。
秀さんとは、秀一の名付け親、
凛と夏穂の祖父でもある。
みずほ町は代々、水谷家の人間が町長を任されてきた。それはみずほ町が瑞穂村だった頃からの習わしだった。
「私が生きてる間によそ者が町長になる日が来るとは、思いませんでした」
「……兄さんも冴島さんが町長になるのを反対していたの?」
「そうでもありません。一輝さんは町長が世襲というのはおかしいと、ずっとおっしゃっていました。秀さんの倅が立候補しないと言い出した時、冴島を推薦したのは一輝さんです」
ただと、岩田は言い足した。
「去年、一輝さんが亡くなる直前に話して下さいましたが、あの男はいかがわしい仕事をしていたようです」
「いかがわしいって、なに?」
岩田は低くしゃがれた声を、ひそめた。
「風俗店を経営していたそうです」
「ふうぞくてんって、なに?」
岩田は黙った。
じっと秀一を見ていたが、静かに言った。
「……坊ちゃんは、知らなくてもいい事です」
座って話しましょうと、岩田は公民館へ続く裏口へ歩き出した。
秀一は思い出した。
そうだ自分もwi-fiが使える公民館に用があったのだ。
早く
自首しようとしている由美子のことも相談したい。
それに、涼音のことも気になった。
公民館の集会室に夏穂といるのだろうが、正語に連絡して岩田との話が終わったら自分も様子を見に行こう。
秀一は岩田の後に続いてクラブハウスを出た。
そして、みずほ町の公民館『みずほふれあいセンター』へと入っていった。