第三話 どうにもできない

文字数 1,812文字

 フラが別れの言葉を残して、もう一週間にもなる。その間一度も彼女と会っていない。

 朝焼けを眺め、昼の陽射しに照らされ、月や星だけを見る毎日が続いた。その間僕は独りだ。けれど寂しいとか、悲しいとかいう気持ちは僕にはない。フラのことが心配なだけ。

 元々独りには慣れている。もしかしたらフラは、僕以外の誰かと仲良くなってしまったのかもしれないけれど、それだって仕方ないことだと思う。僕みたいなものに付き合ってくれたフラの方が奇異なんだから。

 だから、ただ彼女が無事であればいい。

 まとまらない思考パターンを放置し、夕暮れをぼーっと眺めていたとき、シェルターの方からバイクの音が聞こえた。

 誰だろう。フラはバイクには乗れないって聞いてるし、と視線をそちらにやった。

 ガスマスクをつけた男が、バイクから降りてこちらに向かってくる。長い黒髪に、鋭い青の目。年の頃は三十代、といったところかもしれない。知らない相手だ。

「どちら様?」
「フェリだ。名前くらいはフラから聞いているだろう」

 あ、と僕はこないだのフラとの会話を思い出す。彼女の保護者だ。

「こんな辺鄙なところに来ていたのか、あれは」
「……フェリさんがどうしてここに?」

 僕の側に近寄り、彼――フェリは冷たい目付きをますます細める。

「もう、あれはここには来られない」
「なんで? 具合が悪いから?」
「具合……そうだな、不調だ」
「そっか」

 僕が呟くと、マスクの中でフェリは嫌な笑いをこぼしたようだ。

「お前にはどうすることもできないだろう」
「そうだね」
「あれを見てやることも、シェルターに行くこともできまい」
「うん」

 フェリが笑みを止め、僕を見上げる。僕は視線を下にやる。

「AI搭載型灯台0074。お前はあれと出会って何を得た?」

 定義づける名前と共に問われて、それでも僕の心には何もわかない。

 僕には心がない。知能しかない。AI搭載型灯台0074として作られ、半世紀は過ぎた。海もないこの世界で灯台が作られたのは、景観と夜の明かりのためだけだ。

 それこそロマンを抱いた人間が、海に対する郷愁で作ったのかもしれないけれど。

 僕は目――搭載されている灯台レンズを地平線へ向けて、思考パターンをまとめる。

 フラの顔、やりとり、冗談。そんなものが浮かんで、相槌の代わりにちかちかと灯火を照らした。

「わからないけど無駄じゃなかったと思うよ。フラといて、お喋りして。これが人間の言う楽しいってことなら、そうなんだと思う」
「お前は気付いていないのか」
「何が?」
「あれ……フラは、AI搭載型のガイノイドだということを」

 風が、吹く。

 僕は自然と灯火を消し、視線を再びフェリへと向けていた。

「とは言え、お前とフラとでは使われた技術もその用途も異なるがな」
「……フラを作ったのは、フェリ?」
「そう、オレだ。あれは電脳空間のネットワーク全てにアクセスできるよう作ってある。全ての電脳空間に対し、ハッキングすらできるオレの最高傑作だ」

 白衣を風に揺らしながら、フェリはどこか満足げに両手を広げた。

「あれには海のデータを詰め込んである。今はなき、政府が隠し通している本物の海のデータを」
「フェリは何をするつもりなんだい」
「偽物を本物に」
「それをしたら、フラはどうなるの?」
「活動の停止。いや、そろそろデータ量に耐えられなくなってきていた。どちらにせよ活動停止は避けられん」
「フラはそれを望んでいるの?」

 僕の言葉に、困ったようにフェリは肩を竦める。

「お前が灯台という存在意義を変えられないように、あれにも存在意義がある。それは電子の海へ本物のデータを流し込むということだ。望むか望まないか? それはオレが決める」

 僕は何も言えなかった。創造主という存在に与えられた意義。僕は灯台として作られ、フラはフェリのために作られた。それ以外、僕たち人工的なものに価値があるかといえば否だろう。

「わざわざそんなことを言いに来たわけ」
「人間には面白いものがあってな。仁義という心意気だ。少しの間、あれの暇潰しに付き合ってもらった分、それを返しに来た」

 言って、フェリは踵を返す。僕は何も言えないまま視線を地平線へとやった。彼もまた、無言だ。仁義とかいうものを済ませたらしいフェリは、そのままバイクに乗ってシェルターへと帰っていった。

 バイクの轟音を聞きながら、僕はフラのことを思い出す。

 それでも僕には、どうすることもできない。
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