前世なんて信じない

文字数 1,598文字

 立春を過ぎたとはいえ肌寒い日がまだまだ続く、高校生活二年目も終わりが近づいてきたある日の事。弁当も食べ終えてクラスメイトの皆がそれぞれ自由に過ごしている昼休みにそれは起こった。

「へぇ、田所が本を読んでるなんて初めて見た。明日は異常気象になるのか?」
 斜め前の席に座っている渡 良太(わたり りょうた)が自分の席で文庫本を読んでいた田所 歩(たどころ あゆむ)に声をかけてきた。
 同じクラスになって一年近く経つが今まであまり接触が無かった良太が急に馴れ馴れしく話しかけてくるので歩は貴重な昼休み時間を無駄にしないように最初はそれとなく受け答えをしてやり過ごそうと思っていた。
 だが、本にカバーが掛けて表紙が見えないこともあってかタイトルや作者をしつこく聞いてくるので、そういえばコイツは確か図書委員でいつも純文学系の本を読んでいたな……と思いだし早く会話を切り上げたくて読んでいた文庫本のカバーを外して良太に差し出してみる。

「なになに……?『前世で酷い目に遭った俺は異世界で……』あぁ、いわゆる異世界転生ストーリーか。ふーん、こんなの読むんだ」
「なんだよ! ありきたりかもしれないが異世界転生ものの中ではこの話は結構面白いんだぞ? 今期アニメ化された中では一番のヒット作だって言われてるし。お堅い図書委員様にはお気に召さないかもしれないがな!」
 
 タイトルを見て一気に興味を無くしたのか、そのまま中を開くこともなく本を突っ返してきた良太に馬鹿にされたような気がして思わずムッとした歩はやや喧嘩腰になる。

「あぁ、悪い。その、なにもその本が悪いとか、異世界転生ものが悪いって言ってるわけじゃないんだ。ええと、だな」
 歩の剣幕に押されたわけでもないのだろうが、良太は謝罪したあと妙なことを言い出した。

「……『炭団(たどん)』って言われたんだ」 

「……は?」
 歩は一瞬頭の中が空白になった。良太は今なんと言った? たどん? 炭団って何だ? 前に聞いたことはあるぞ。ああそうだ思い出した! 以前に見た古い映画で出てきたんだ。
「炭団……って、あのおはぎみたいな黒くて丸い、確か炭の屑を使った固形燃料のことか?」
「ああ、その木炭の粉を練って固めた炭団だ」
「いや、なんで急にここで炭団が出てくるんだ?」

訳がわからず困惑している歩にばつの悪そうな顔で良太は話し出した。

 まだ良太が子供の頃。母親と一緒に行ったとあるイベントの会場に当時流行っていた「前世占い」なるコーナーが出店していたらしい。普段なら気にせず通り過ぎてしまう母親であったが、その時は「お子様無料占いサービス中!」とのことで彼がその占いをしてもらったというのだ。

「で、その時占い師に言われたんだよ。『この子の前世は炭団(たどん)です』ってな」
「へ?」
 思わず間抜けな声をあげて歩は良太を見つめた。
「なんなんだよ前世が炭団って!なにも中世の王子様とか雅な宮廷公家とかそんな高望みはしてねぇよ! 蛙でもウミウシでも、いっそミジンコでもいいさ、まだ生き物だからな! 炭団だぞ? 固形燃料だぞ!? 隣にいた母親は大笑いするし、いくら子供相手だとは言え人を馬鹿にするにも程があるだろうが! 俺は、俺はなぁ! もうその日から前世とか生まれ変わりとか転生とか一切信じないことに決めたんだ!」

 ゼェゼェと息を切らしながら力説する良太を宥めるように歩は言った。
「あーそりゃぁ……うん、わかったからまぁ落ち着けって。所詮は占いだからそんな気にすることないんじゃないか?」
「……しかしさぁ」
 歩の言葉を聞いてようやく落ち着いた良太がぼそっと呟く。
「……でもなぁ」
 ちょっと思案顔の歩がぼそっと呟く。

――やああって――

『やっぱ炭団(たどん)はねーわ!!』

 思わず発した二人の言葉が被って、良太と歩はお互いの顔を見たあとに揃って大笑いした。そしてこれが渡 良太と田所 歩、この二人がのちに大親友となっていくきっかけでもあった。

<了>
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