第1話

文字数 3,914文字

ネットには、「やったら何か危険なことが起こる」系の話が溢れている。
だが、ほとんどはただのデマなんだ。
僕は高校生の頃からずっとこの手の話を実際に試し続けているけれど、一度もたたりみたいなものにあったことがない。
この話をすると、相手の反応は大きく二つに分かれる。
面白がったり、当然だろ、という顔をする面子は大体、僕の同類。つまり信じていない人ってやつだ。実際に行動に起こすかどうかはともかく、彼らは僕のやっていることを、法律に触れたりしない限りは止めたりしない。

だけど時々、真顔で心配してくる、なんて人もいる。もっと露骨だと気味悪がる人も。いわゆる、信じている人の側だ。
そういう人達は、自然と僕と距離が開く。いや、違うか。僕自身もどこかで距離を取ってしまうところがあるのかもしれない。
わざわざ論破しようとは思わないけれど、こんな話を信じてしまうタイプと話が合う気がしないから、お互いさま、という奴なのだろう。

ただ、一人だけ、大きな二つの分類から外れるやつがいた。
そいつだけは良く分からなかった。
大学のサークルの飲み会で知り合った他大学の奴で、時折連絡してきては僕の話を熱心に聞きたがった。その様子自体は面白がっている奴らと変わらないが、そのくせ、人一倍オカルトに詳しかった。
詳しいだけなら僕も相当だが、彼の詳しい、と僕のそれは質が違った。
何と言えばいいのだろうか。これこそ、オカルトというものに足を突っ込んだ人間にしか分からない感覚なのかもしれない。
僕が、あり得ないお話の世界でオカルトをとらえているのに対し、彼はまるでそれが世界の延長線上にあり、日常の一環と言わんばかりの物言いをした。
「お前は、こういうの信じてるの?」
僕がそう聞くと、奴はにやりと思わせぶりに笑い、首を横に振った。
「どうだろうね。信じてるのか、といったら違うのかも」
そうだろう、と満足しかけた僕は、彼の思いもよらない返答に思わず言葉を失った。
「俺にとっては、それは当たり前のことだからね」
僕の沈黙を、理解できなかった、と取ったらしい。奴はちょっとだけ考え込み、こう言いなおした。
「水道をひねれば水が出ることを信じる人はいないだろう? それと同じことさ」
なら、なんで僕みたいな奴と付き合うんだろう。
その問いを飲み込んだまま、僕はそいつとの付き合いを続けている。
彼は僕にとって、数少ない情報提供者だった。僕が知らないようなネットの噂話をURLのソース付きで教えてくれたことも数えきれない。
大学生ながらYoutuber気取りで、ネット怪談の検証動画の配信を続けている僕にとってはありがすぎる存在だ。

今回、僕が出向いた場所も、彼からもらった情報が元だった。
首都圏の郊外を走る沿線K線の駅五ヶ所で『あること』をすると最後の駅で何かが起きる。
噂自体は良くあるものだ。
あることに使うもの、というのが、普通に考えたら駅にはありそうにないものだったので、半信半疑ではあった。あったが、もしあるのなら楽な儀式だ。数々の面倒な噂の手順を踏んできた僕にとっては、無駄足でも確認するくらいの価値はある。
それに、無駄足なら無駄足、という動画には出来るかもしれないし。
そう思い、軽い気持ちで現地に飛んだ僕は、本当にそれを発見して驚いた。
指定された場所は駅によって違い、ホームの中心部にある自販機の隅だったり、駅から出た場所にあるトイレだったりしたが、確かにそれはあった。

こぶし大くらいの盛り塩が、皿にも乗らずに地面へと置かれている。

ここまで不自然なものが置かれていると、やらせを疑われそうだが、元々動画への信頼などそんなものだ。信じる奴は嘘でも信じるし、信じない奴は本当のことでも信じない。
それらの画像を取り、ネットに書かれていた通りの処置をする。
盛り塩をけり飛ばす、ただそれだけ。
人によっては罰当たりだと顔をしかめられそうだが、供花と違って、倫理的なことを説かれることはないだろう。
この盛り塩は、何らかの供養のために置かれているものではないのだし。
(供養、なぁ)
信じてない僕がそんなことを気にするのも妙な話だが、こればかりは視聴者を意識すれば、だ。たとえ理屈に合わずとも、世間的なセーフラインとアウトラインは常に意識しないといけない。

絵的に地味な割に移動時間がかかるので、一ヶ所の滞在時間は短い。ここまでしたところで、本当にそれを採用するかどうかは編集後の出来次第だ。これに限らず、今までだって無駄にした動画は山ほどある。
さて、これはどうだろうか。
そんなことを考えながら最後の場所についた時には、夜に入りかけていた。
辺りはすっかり薄暗くなっているのに、よりによって最後の場所は駅から出て線路沿いを歩いた先にある。
駅から遠くないのは助かるが、撮影には気を遣う。
持ってきた明かりを近くの金網にひっかけながら最後の撮影を行い、僕はようやく一息ついた。どこかで休んでいこうか、と呑気なことを考える。
その時だ。
「ありがとう」
耳のすぐ後ろで響いた声に、背筋がこわばった。ダメだ、と思うよりも先に身体が振り返っていた。
だが、そこには誰もいなかった。
僕の視界に入るのは、駅の近くにある飲食店のネオンやオフィスの灯りくらい。人影など遠目にすら見えない。
(今のは……一体)
立ち尽くす僕の耳に、耳障りな轟音が届いた。
キーンという金属の悲鳴と、呼応するような人々の悲鳴や怒号に、鈍い衝撃音。

いつの間にか縮こめていた顔を上げ、恐る恐る音の方へと目をやった。
金網越しに見える駅のプラットホームは、惨状だった。
今まで見たこともないほど、真っ赤に染め上げられた電車と、その周辺に飛び散る赤い何か。それが肉片だと気づいて、僕は思わず口元を押さえた。
じっと見ていると気持ちが悪くなりそうだったので、逃げ去るようにその場を離れた。とにかく無我夢中で、人通りの多い場所を探して走った。

ファミレスの明かりを見つけて、飛び込んだ時には、もう深夜料金の適用時間になってしまっていた。
上がり切った息をなんとか整えたところで、僕はようやくひと心地つけた気がした。
そこで、少し頭が冷えて、状況を振り返る。
そういえばさっき、見たものは何だったのだろう。駅で一体、何が起きたのだろうか。
スマホで軽くネットを検索し、自分の見たものが予想通りだったことを知る。
(やっぱり飛び込みか)
先ほどの駅名と人身事故の文字。
嫌なものを見たな、と検索結果を上から下へと流していくうちに、あることに気づいた。
事故を目撃した人達の書き込みが、妙な流れになっている。

あれって、無理心中なのかな。
そう呟かれた発言に、同情の返信とともに疑問の返信がつく。
飛び込んだの一人だよな。なんで無理心中?
そこにまた、別の人の返信。
いえ、二人でしたね。一人が後ろから抱きつくようにして飛び込んだんですよ。
また別の人の返信。
これ、いつの事故の話? 俺が見たやつは一人だったよ。今日、人身事故2回もあったん?
そこで一人か、二人か、と議論が分かれたところで、誰かが一枚の画像を貼った。

ーーほら、二人だろ、これ。

思わず、指が止まった。
貼った人間は気づかなかったのかもしれない。だが、見た人間の中には気づいた者もいたのだろう。悪戯と弾じた人々の投稿主への非難と、パニック寸前の興奮した問いかけで収拾がつかなっていく。
そこに写るのは、電車が来る寸前の光景。
手元のスマホを見ることに夢中になっている若い男性の後ろ姿に重なるように写る、ロングヘアの女性の後ろ姿。
一見、普通の写真だ。飛び込み寸前ということすら但し書きを見なければわからない。
ただ、その足元だけが異様だった。
男性の靴だけがはっきりと見えて、女性の靴が見えない。
女性の足、膝より下の部分がグラデーションのように消えてしまっている。
なんだよ、これ。タチの悪い合成か、と笑いかけたところで、背筋が凍るようなことにきづいた。

ありがとう、と呟いた声。
あれは確かに、女性の声だった。

まさか僕のせい? 僕がアレをしたせいで、何らかの霊が解き放たれて、それで。
(バカバカしい)
そんな訳ない。万が一、あの噂が本当だったとして、だったら解いた僕にふりかかっているはずで、関係のない人間に飛び火するのも変な話だ。
(そう……だよ、な)
そう自分に言い聞かせながら、必死に否定する材料を探して、色んな情報を表示し続ける。
だが、肯定するものも見つからない代わり、否定する情報もひっかかってはくれなかった。
その時、ピコンと通知音が鳴る。
ドキリとしたのは一瞬、なんだ、と拍子抜けしながらラインを開き、頭を殴られたような衝撃を受けた。
届いたラインの送り主は、例のあいつ。そして、送りつけられたメッセージは。

あの噂、実行してくれたんだね。

ありがとう、とつけられた言葉に吐き気がした。
あいつのにやにや笑いを思い返し、僕は確信する。
奴は別にあの大きな二つの分類から外れちゃいない。確かにあいつは信じる側の人間だ。
ただ、信じる側の人間でありながら、信じない人間と同じように面白がれるだけで。

――上等だ。

どういたしまして、と打ち返し、僕は思案する。
この動画は没にするしかないだろう。さすがに事故の件と結びつけられたらヤバすぎる。
今回はいい、だがこれからどうする?
そんな小さな問いかけを、僕は鼻で笑った。
こんなの、ただの偶然だ。僕のやったことと関係なんてある訳がない。
一人か二人か、なんて議論は見間違い。画像は捏造だろう。今時、あんな写真を作るのにパソコンすらいらない。そうに決まってるじゃないか。

さて、と気を取り直し、僕は再度ラインを開きなおす。

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