4.

文字数 1,867文字

三年前、僕は死んだ。
今までも生きているか死んでいるかわからない状態だったが、その時確かに僕は死んだんだ。
これからの人生を生きる理由が永遠に失われた気がした。
その時、僕の中の時間が止まった。
彼女が消えた後、物理的に春は訪れたけど、僕にとってそれは春なんかじゃなかった。
まるで白黒の季節だった。それは後の夏も秋も冬も同じだった。

彼女と出会う前よりも、毎日一秒一秒が虚しく感じる日々が続く。
そのくせ一人で悲しくなって、真っ黒な夜に布団に埋まって泣いた。
またいつも背後霊に見張られている日々が始まり、一人で勝手に自責の念を膨らませていった。
このままじゃダメだと自覚はあったが、この状況から抜け出せる術があるのなら逆に教えてほしかった。
心さえ元から無かったら、こんなに苦しむこともなかったのにと思った。

そんな日々が続いた高校二年の秋。
進路決定の話で、親が僕の尊厳や決定権を完全否定してきて、納得できる未来を迎えられる気が一切しなくなって、ふと「もう死のう」と思った。
そもそも彼女や昔の友人を死なせている僕が償える方法は、同じく死の他にない。
そうと決まれば、親が留守にした夜、昔から自分の机の中に保留していた頑丈な紐を持って、僕は歩き出した。
その時も今日みたいに、しばらくさまよった後にこの桜の木の下に行き着いた。
さまよい歩いている間、特に何か感じたり考えたりすることはなかった。
でもそんな最中この桜の木にたどり着いたのは、前から僕の死に場所は、この場所のような気がしていたからだろう。

そしていざこの桜の木に行き着いて、紐を枝に結んでいる最中だった。
彼女の笑顔や温もり、声がビデオテープみたいに脳裏に流れ始める。
人は死ぬ時に自身の過去を思い出すと聞くが、恐らく僕にとってはそのタイミングだったのだろう。
彼女はいつも僕に優しく微笑んでくれた。何度も気が楽になる言葉で慰めてくれた。
温かい手で涙を拭ってくれた。
それらを思い出したせいで、それまで死のうとしていたのに涙が止まらなくなってしまった。
大量の涙で視界が滅茶苦茶なことになる。
そして、全身にいつか感じた温もりが覆い被さり、どこかから「生きて」と言われた気がした。
そのまま死ねたらよかったのに、徐々にそんな気が失せていってしまった。
君は逝ったくせに、僕がそっちにいくのは許してくれないんだね。
最後の最後に死にきれないのは、いつも君のせいなんだ。

その後、僕は姉や学校の担任の先生、カウンセラーの先生、クラスメイト達の助力で親の呪縛から解放されて、この春、僕が決定して都会で一人働けるようになった。
クラスメイトや数少ない友人達から、激励の言葉をもらった。
そして気がつけば、そういう周りの人達がいつの間にか僕の支えになっていた。
でもそれが、世間から隠れて僕と彼女が過ごした時間を否定してしまっているようで、怖かった。
誰かを思うことも、何かに期待することも、生きることも全部やめるつもりだったけど、それでも結局は今日まで生きてきた。
でも、いつも背後霊に見張られている日々は、今も続いている。


色々思い返してみて、今ここで目を開けるか迷ったが、このまま僕はこの場所で昼寝することにした。
誰も来ないし、ここで寝ても恐らく大丈夫だろう。

僕はもうすぐ一人で旅立つ。
これからどうなるんだろう。仕事は上手くやっていけるだろうか。
人間関係はどうだろう。良い仲間に巡り会えるのだろうか。それとも昔みたいにイジメられるのだろうか。
こんな感じに将来のことを考えていると頭がおかしくなりそうだから、とりあえずそこで何か考えるのをやめて、今はここで眠ろう。

桜の木の太い根を枕にして、思い出の残骸が埋まったこの草原に横たわる。
最後に視界に入ってきたのは、黒く垂れ込んだ曇天の下、花開きたくてもまだ開くことができない桜のつぼみだった。
僕にはそのつぼみ達の気持ちが、なんとなくわかる気がした。
目を閉じ、逝ってしまった彼女の名前を思い浮かべる。
自殺志願者だった僕の自由と幸福を切実に祈ってくれた少女。
生きていても死んでいても、僕が死ぬことを許してくれなかった少女。
そして、今も僕が感じる背後霊の正体。
全部諦めて、投げ出して生きてきた僕はいつまでも馬鹿野郎のままだよ。
君無しに訪れる季節が、この平和が、少し虚しく感じるんだよ。
僕自身の春が来る気配が、全くしないんだよ。

雪音。

僕の大切な恋人で、僕の一番大切な人だった。
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