エピソード文字数 3,678文字

 秋ヶ瀬クレイドル総出演のドラマ、『接近遭遇 The() Close(クロース) Encounters(エンカウンターズ)』がクランクイン。ロケは、都内の高校からスタートした。

 私は、謎の転校生「一色(イッシキ)アヤ」役。謎というだけあって、感情表現の乏しいキャラクターだ。非常にありがたいことだといえる。ただ、主役ではあるから、撮影シーンはおのずと多くなる。

 もう一人の主人公、「霜月(シモツキ)ナナ」役が、七架になる。このキャラクターが、ようは語り手であり、謎の少女アヤに接近するのだ。「ナナ」という名前は、七架と被る。意図的なのだろうか。

 とにかく、セブンスとドラマの件は、本当に驚くばかりだ。もちろん、それは七架のこと。
彼女とダブルセンター、ダブル主演をやることになるとは、これっぽっちも想定していなかった。

 このまえの発表のとき、七架は放心状態だった。桐生さんにコメントを求められても、なにも言えず、途中でスタジオを抜け出してしまったほど。私は、真っ先に彼女の所へ行った。みんなに見えない場所まで移動し、抱き寄せて背中をさする。七架はそれで落ち着いたようで、数分後には収録を再開できた。

 それからの日々、七架とは何度も話した。彼女は、「なぜ自分がセンターになったのか」という疑問を繰り返した。でも、わからない、としか言えない。「なぜ上坂奈乃がセンターなのか」すら、未だにわからないのだから。

 ただ、七架の望みは叶ったことになる。ゆり組にいたい、ナノの近くにいたい、という気持ち。「嬉しいけど、一気に近づきすぎた」と彼女は笑った。

 私たちは、衣装の制服に着替える。黒いブレザーに赤いネクタイ。学校の制服にそっくりだ。そのまま、少々待機となる。

 七架と二人、台本を眺める。もちろんすでに目は通してある。でも、七架はセリフが多いのだ。私の数倍はあるだろう。

「ナナカ、これ大変だよね……」

「うん……、だいたい覚えられたけど」

「え、もう?」

「セリフはね。でも、実際に始まったら、だめかもしれない……」

「うん……」

 それは無理もない。演技経験などないのだから。性格どうこうの問題ではないだろう。

「でもね、なんか、ちょっと楽しみかも……」

「え、本当?」

「だって、ナノと一緒にいるシーンが多いでしょ? それだけで、嬉しいし。あと、そう……、言うことが決まってるのが、すごく楽。むしろいつもよりも落ち着くかも。見つめ合うシーンなんかも、ちゃんと決まってるから。そのとおりにやればいいんだし……」

「あぁ……、たしかに」

 なるほど、これは頷いてしまう。七架のような性格は、言い換えれば「アドリブが効かない」ということ。台本があれば、そのとおりに行う能力はもともとあるのだ。その証拠に、七架は歌もダンスもきちんとできる。けっして無能なわけではない。

 それを踏まえて考えると、もしかして、七架は女優向きなのではないか。あらかじめ決まったものを表現する、という仕事だ。これは、瑛琉の言う「クリエイター」とは違う。生み出すのではなく、演じるほうだ。

 いったん、七架と離れる。撮影場所の教室に移動し、机にメンバーが座り始める。私は、隅で突っ立ったまま。この孤独感は、『レシプロシティ』の撮影を思い出す。

 冒頭のシーンからスタートする。転校生がやってきて、自己紹介。一色アヤと名乗る。ふと、霜月ナナと目が合う。それだけだけれど、アヤの不気味さを印象づける、重要なシーンだ。

 ここでいう「不気味さ」とは、照明や音声で作り出す「ホラー感」ではなく、無感情な人間の気味の悪さだ。何を考えているのかわからない、というのは私の評価にもあって、ここではそれが生かせるだろう。

 ところで、「謎の転校生」というのは、重複表現な気がする。転校生はそもそも謎ではないのか。最初は、名前も性格も出身も、なにもわからないのだから。わかるのは見た目だけで、つまり、見た目からしてミステリアス、という意味合いなのだろう。

 タイトルの「接近遭遇」は、UFOや宇宙人を目撃、あるいは接触することの意らしい。「close encounter」は、その英訳だ。ということは、謎の転校生アヤは、宇宙人なのだろうか。それは安易な設定な気もする。いろいろ想像してしまうけれど、やるべきことは一つ、台本どおりの一色アヤを演じることだ。

 ホワイトボードの前に立つ。目の前には、着席しているメンバー。カメラやマイクが並び、床にはコード類が這う。スタッフさんも落ち着く。すべての準備が整ったようだ。

 七架の方は見ない。

 彼女も私を見ていないだろう。

 息を吐いて。

 スタート、の合図。

 静止。

 静寂。

 瞬きさえせず。

 顔を上げ。

「一色アヤです」

 私の声が残響。

 動かない生徒。

 人形のようで。

 視線を右へ。

 七架、

 ではなく、ナナ。

 見つめ合う。

 接近。

 遭遇。

 オーケー、の合図。

 体から、なにかが抜ける……。

 再び七架を見ると、彼女は俯きつつも微笑んでいた。

 それから、廊下でアヤとナナが話すシーン、教室で生徒たちがアヤの噂をするシーン、などを撮っていく。この噂話のシーンは、今後も繰り返し出てくるという。結衣が「末守(スエモリ)マユ」役、真実が「神永(カミナガ)ルカ」役、瑛琉が「遠近(トオチカ)ソラ」役、凛が「時任(トキトウ)コウ」役。名前を覚えるだけでも一苦労だ。

 大半が学校のシーンなので、できるだけ時系列的に撮るという。素人の私たちにとっては、ありがたいことだ。アヤとナナは、一人だけのシーンがいくつかあるけれど、これは全メンバーがいなくても撮影できる。もしかしたら、七架と私の二人だけが呼ばれる日があるのかもしれない。

 お昼休憩になり、最初に来た教室、つまりは控え室に移動。ストーブが温かい。『レシプロ』のMV撮影のときと同様、机を並べて、みんなで食べることになった。

 自然と、主要キャラを演じるメンバーが集まる。つまり、私、七架、結衣、真実、瑛琉、凛の六人。スクールカーストという言葉があったけれど、階級というのは、意図して生まれるのではなく、自然に構築されるものだろうか。そんな連想をしてしまう。

 七架に手招きして、私の隣に座ってもらう。私の前の席になったら落ち着かないだろう、と思ったからだ。用意してもらったお弁当を受け取り、食べ始める。

「ねぇ、ナノとナナカって、最近近づきすぎじゃない?」目の前の瑛琉が言う。

「え、近づきすぎって?」

「なんか、付き合ってるみたい」

「付き合ってる……」

 七架を見る。彼女は咄嗟に目を逸らす。

「信じられないよね、去年のこと考えると」

「あぁ……、でも、ちょっと行き違いがあっただけだから」

「まあ、なんていうか、ナナカがこの面子にいるのは面白いね」と、真実。

「面白いって何?」凛が指摘。言い方が気に障ったようだ。

「珍しいってだけ。これからは、この六人で集まるのが多いかもね」

「ナナカちゃん、大丈夫だからね。私たち、いつもいるから」結衣が笑顔で言う。

「うん、ありがとう……」七架の小さな声。私と話すときより明らかにか細い。

「六人か……、あと一人入れるなら誰かなぁ」瑛琉が呟く。

「あと一人って?」真実が訊く。

「秋の七草。ナナカが入ったから、変動するんじゃない?」

「あぁ。べつに、公式でもなんでもないし、ファンの人が勝手に決めればいいんじゃない?」

「そうだけど、あえて決めるなら、だよ。やっぱりトウカさんかな……」

「今決めても、二期生が来たらまた変わるよ」
「そっか。いつ決まるんだろうね? もう募集してるんだっけ?」

「どうだったかな……」思い出せない。正直、そちらまで考えている余裕がない。

「あ、そうそう、ナノ」瑛琉の顔が明るくなる。「秋の七草って知らなかったから、調べてみたの。そしたら、クズっていうのがあるみたいで。絶対、私だよね」

「え、どういうこと?」

「クズじゃん、私」

「いや……、そうでもないよ」

「何、エイルがクズって?」真実が問う。興味がありそうな顔。

「私、ものすごくわがままだから」

「わがままだと、クズなの?」

「うん、馬鹿とか無能よりは近いと思う」

「ねぇ……、あんまりそういう言葉は使わないほうがよくない?」結衣が割って入る。

「うん、ユイちゃんの言うとおり」凛も続く。

「私もそう思うな」同意しておく。

「じゃあ、私も……」七架が控えめに言う。

 七架のおかげで、四対二になり勝利。真実と瑛琉の会話は途切れる。

 もしかしたら、七架はこういう存在なのかもしれない。つまり、あとからやってきて、正しい方向に導くみたいな……。
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