第5話
文字数 3,565文字
8
「おう、フェーデ!今日は凄い天気だったな!」仕事仲間の先輩のバッカスが声を掛けてきた。・
「そうですね。お陰で全身びしょ濡れですよ・・・。本当に参りましたよ。」
「ははは、まあ、そういう日もあるさ。でも、こういう日は風呂が格別に気持ち良いんだよなぁー。」
「それも分かりますね。こんな日でも、楽しみは見つけられますよね。」
「ははは。違いねえ。俺ぁ百姓の倅だったろ?オヤジが天気の悪い日の良い所は、天気の良い日の有り難みが分かるって良く言ってたっけな。」
「なるほど。いかにも農民の芯から滲み出てくる強さが表れてて、好きですよ。その言葉。」
「おい、そりゃあ、馬鹿にしているのかぁ?あははは。」
そこにリッケン爺さんが容喙してきた。
「こら、くだらねえ雑談してねぇで手も動かせ、あと少しで上がりなんだからよ。」
言葉は怒っているが、感情は窘めている程度だ。フェーデもこの職場に大分馴染んで来たらしい。無論、良い傾向だが、まだ、この若者の横顔には陰影が深い。
「はーい。すみません。」2人とも声を揃えて、今日の発送の最終確認と、明日の早朝の仕事を3人で点検し終わって、今日の仕事は完了したと思われたが・・・。
「あっ!そうだ、第三倉庫の籠車の片づけが残ってた!」リッケン爺さんが叫んだ。
「あ、良いですよ。自分がやりますよ。どうせ10分もかからないでしょう。」フェーデが言葉を返す。その時、リッケン爺さんの向こうにある人物の姿が目に入った。
「こんにちは。・・・いや、もう、こんばんは。と言った方が正しいかしらね?こんな天気じゃ、分かりづらいわよねぇ・・・。」窓の外に眼をやりながら、アイバァは呟いた
「誰かと思ったら、あんたか。」やや辟易しながら、フェーデは応対した。
「・・・おい、フェーデ、こちらの方は?まさかお前の彼女か?」リッケン爺さんが訊く。
「まさか!!!!!」2人揃って全否定する。
フェーデは気難しい表情を浮かべながら、「自分の名付け親ですよ。一応。」と言った。
「ちょっと!!、一応ってなによ!!一応って!!」
「しかたないだろ!本当に適当なんだから!!・・・っていうか、少し仕事が残ってるんだよ。まだ。ちょっと待っててくれよ。」
「ああ、何か話す事があるなら、第三倉庫の中で作業しながらで良いぞ。もう定時だからな。残業代も払えねえし、すっかり忘れてた俺が悪いんだからよ。」
リッケンは頭を掻きながら、鷹揚に笑った。
その後、リッケンとバッカスに別れの挨拶をし、2人は60ヤード程の距離がある第三倉庫へと向かった。外は相変わらず、苛烈な天候である。
「しっかし、あんたも大分、コミュニケーション能力上がったんじゃない?」
「そうかな、自分では良く分からないけど。」
「ブライアンとの問題の時は、こいつ大丈夫かよ・・・て感じだったわよ。正直。助けた私にも一切、お礼も何も無かったし。
「お礼目当てで、人助けをやってらっしゃるとは畏れ入る。流石、白金の騎士様は考えている事が我々、凡夫とは違いますなぁ・・・。」
「あははは!!」急にアイバァは抱腹して爆笑した。そして、だからあんたは変わったて言ったのよ。前はそんな痛烈な皮肉言えなかったでしょう、と続けた。
2人の眼前に第三倉庫が迫って来た。アイバァは蒼天の様な色の雨具を身に纏い、澎湃とした生命力を持つ樹木の、瀟洒な模様の大きな傘を差して居たが、フェーデはリッケンから譲って貰った、薄汚れた灰色の雨合羽を羽織っているだけだ。
フェーデが経済的にも厳しいのを知了しているリッケンは、色々と生活用品を無償で援助してくれるのだ。ただ、リッケンも特別裕福ではないから、すべて使い古しのお下がりみたいな趣になってしまうのだが、贅沢は言えない。
まずフェーデがいつもの通り、倉庫の鍵を開け、中に入り、すぐにアイバァが続く。さっきリッケンとバッカスと3人で居た場所は軒先で、半分は外のようなものだったので横殴りに飛沫がかなり飛んで来たが、この倉庫内は雨風を、完全に凌げる。
アイバァが完全に扉を閉めたのを視認してから、フェーデが口を開いた。
「それで、本題に入るけど、今日は何の用で尋ねて来たんだい?今までの四方山話ではさっぱり見当が付かないんだが・・・?」
この台詞の半分くらいから、籠車の手すりを握り、機械的な作業に移行しようとしている。
「・・・実は今日は私の友達を紹介しようと思ったんだけど・・・。」
「・・・でもあんた、今日も一人で来たんだろう・・・?」彼女の方は見ずに、籠車の数量を勘定しながら、良し、大丈夫だ。と思った。今さっき手すりに手をやったが、冷静に考えると手順が逆だったのだ。
「この生憎の天気だから、連れてくるの止めたのよね。デリケートだから。その友達。」
「あ、いや・・・だから何で尋ねてきたんだよ。それじゃあ、答えになってないだろう?」
フェーデは鼻白んだ。こういう馬鹿馬鹿しい回答が、アイバァには多過ぎる。
白金の鎧兜に身を包んでいる時とは、二重人格のような差異がある。
「さあ・・・?何ででしょうね・・・?」堂々と、最悪な返事をしてきた。
「おい!!ふざけんなよ!!自分でも分かってねえのかよ!!命の恩人とはいえ!!用が無いなら来るなよ!!ウチの職場だって本来は、部外者は立ち入り禁止なんだぞ!!」
フェーデはさすがに腹が立って来た。仕事の方は完全に忘却しており、手が止まっていしまった。
「ごめんなさい。まあまあ、そんなに怒らないでよ。別にふざけてる訳じゃないのよ。ただ、私、5年前の大陸大戦のあと、この大陸の各国を遊学と廻国修業を兼ねて、目の当たりにしてきたんだけど・・・。」に
「・・・それで・・・?」フェーデの語気が一気に普段通りに戻った。彼女の瞳が白金の騎士のそれと寸分違わなくなったからである。
「人間は仲良くするよりも仲違いするほうが好きみたいなのよね・・・。」
第三倉庫の中に、一気に荒れ狂う屋外の大気が乱入してくる様な錯覚をフェーデは感じた。
何故であろう?この辺に自分の喪失した記憶の秘密が有るのかも知れない。悪寒が背筋を凍らせ、全身は鳥肌が立つ。心臓の鼓動が激しくなり,発汗も異常だ。呼吸もかなり乱れてきた。
「はぁ・・・、はあ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、」玉の様な、いや、雫に完璧に成長してしまった汗が、彼のこめかみから頬桁を伝い、顎まで流れ空気中を浮揚し、倉庫の地面である金床に激突し、また玉に戻る。宛然、輪廻のようである。
フェーデの下肢は完全に屈曲し、この場にリッケンか、バッカスのどちらかが居れば、彼の肉体がいつもの10倍の重力を受けているように、その第三者は感じるのかも知れないが・・・、良くも悪くもこの場に居るのはアイバァだけである。
「え・・・?どうしたの急に・・・???」彼女は面食らってはいるが、彼の事を懸念はしていない。
・・・と云うよりも、感じられないのだ・・・この娘は。賊狩りの賞金稼ぎ等と云う、日陰者の峻烈な生業を選んだ為に、精神が雄強過ぎるのだ。
・ (落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け・・・)フェーデは自己暗示を掛けるように何度も己に言い聞かせた。
「・・・ちょっと、水かなんか持ってきてあげようか?あっ・・・でも、こんな暴風雨の時はどうやって運べばいいかしら?」
ようやく、彼女は機転を利かせようとしたが、彼が遮った。
「いや、大丈夫だ・・・。」先程まで、籠車の手すりを握っていた彼の左手は垂直に下がっており、その延長線上の車輪を握っていた状態を、眼球の奥の網膜に像を結んだ彼の脳が上下逆転させ巨細なく知覚した時、彼は平常心に戻っていた。
彼の両眼は炯々として、猛鳥のようである。その奥に潜む光は犀利ささえ感じさせる。
深く罅の様に刻みつけられていた眉宇は、その急峻な突起を平地に造成し直したようだ。全てが元に戻り、倉庫内の温度も体温に近づいてきたように感じた。
「ははは・・・危ない、危ない。又、あんたに借りを作るところだった。」
「別に・・・私は構わないのよ、全然。貸しが出来たって。」
「あはは。あんたが構わなくても俺は構うんだよ。・・・それで、何の話だったっけ・・・。」
「ほら、私が諸国を放浪した感想を言ったじゃない。人間は・・・。」
「ああ、そうだ。そこだ。随分、厭世的な事を言ってたな。それで?」
「うん。なんて云っても四年も、東奔西走してたのよね。この大陸を。それで・・・」
「うん、それで?」
「うん。それで、この国に帰ってきたら、一番最初に知り合った人とは絶対に親友になろうって心に誓ったのよ。」
「うん。そ・・・んんん!?!?!?!?!?」
フェーデは卒倒し、その場に蹲ってしまった。そして又、彼の左手は籠車の車輪を掴んでいた。
「おう、フェーデ!今日は凄い天気だったな!」仕事仲間の先輩のバッカスが声を掛けてきた。・
「そうですね。お陰で全身びしょ濡れですよ・・・。本当に参りましたよ。」
「ははは、まあ、そういう日もあるさ。でも、こういう日は風呂が格別に気持ち良いんだよなぁー。」
「それも分かりますね。こんな日でも、楽しみは見つけられますよね。」
「ははは。違いねえ。俺ぁ百姓の倅だったろ?オヤジが天気の悪い日の良い所は、天気の良い日の有り難みが分かるって良く言ってたっけな。」
「なるほど。いかにも農民の芯から滲み出てくる強さが表れてて、好きですよ。その言葉。」
「おい、そりゃあ、馬鹿にしているのかぁ?あははは。」
そこにリッケン爺さんが容喙してきた。
「こら、くだらねえ雑談してねぇで手も動かせ、あと少しで上がりなんだからよ。」
言葉は怒っているが、感情は窘めている程度だ。フェーデもこの職場に大分馴染んで来たらしい。無論、良い傾向だが、まだ、この若者の横顔には陰影が深い。
「はーい。すみません。」2人とも声を揃えて、今日の発送の最終確認と、明日の早朝の仕事を3人で点検し終わって、今日の仕事は完了したと思われたが・・・。
「あっ!そうだ、第三倉庫の籠車の片づけが残ってた!」リッケン爺さんが叫んだ。
「あ、良いですよ。自分がやりますよ。どうせ10分もかからないでしょう。」フェーデが言葉を返す。その時、リッケン爺さんの向こうにある人物の姿が目に入った。
「こんにちは。・・・いや、もう、こんばんは。と言った方が正しいかしらね?こんな天気じゃ、分かりづらいわよねぇ・・・。」窓の外に眼をやりながら、アイバァは呟いた
「誰かと思ったら、あんたか。」やや辟易しながら、フェーデは応対した。
「・・・おい、フェーデ、こちらの方は?まさかお前の彼女か?」リッケン爺さんが訊く。
「まさか!!!!!」2人揃って全否定する。
フェーデは気難しい表情を浮かべながら、「自分の名付け親ですよ。一応。」と言った。
「ちょっと!!、一応ってなによ!!一応って!!」
「しかたないだろ!本当に適当なんだから!!・・・っていうか、少し仕事が残ってるんだよ。まだ。ちょっと待っててくれよ。」
「ああ、何か話す事があるなら、第三倉庫の中で作業しながらで良いぞ。もう定時だからな。残業代も払えねえし、すっかり忘れてた俺が悪いんだからよ。」
リッケンは頭を掻きながら、鷹揚に笑った。
その後、リッケンとバッカスに別れの挨拶をし、2人は60ヤード程の距離がある第三倉庫へと向かった。外は相変わらず、苛烈な天候である。
「しっかし、あんたも大分、コミュニケーション能力上がったんじゃない?」
「そうかな、自分では良く分からないけど。」
「ブライアンとの問題の時は、こいつ大丈夫かよ・・・て感じだったわよ。正直。助けた私にも一切、お礼も何も無かったし。
「お礼目当てで、人助けをやってらっしゃるとは畏れ入る。流石、白金の騎士様は考えている事が我々、凡夫とは違いますなぁ・・・。」
「あははは!!」急にアイバァは抱腹して爆笑した。そして、だからあんたは変わったて言ったのよ。前はそんな痛烈な皮肉言えなかったでしょう、と続けた。
2人の眼前に第三倉庫が迫って来た。アイバァは蒼天の様な色の雨具を身に纏い、澎湃とした生命力を持つ樹木の、瀟洒な模様の大きな傘を差して居たが、フェーデはリッケンから譲って貰った、薄汚れた灰色の雨合羽を羽織っているだけだ。
フェーデが経済的にも厳しいのを知了しているリッケンは、色々と生活用品を無償で援助してくれるのだ。ただ、リッケンも特別裕福ではないから、すべて使い古しのお下がりみたいな趣になってしまうのだが、贅沢は言えない。
まずフェーデがいつもの通り、倉庫の鍵を開け、中に入り、すぐにアイバァが続く。さっきリッケンとバッカスと3人で居た場所は軒先で、半分は外のようなものだったので横殴りに飛沫がかなり飛んで来たが、この倉庫内は雨風を、完全に凌げる。
アイバァが完全に扉を閉めたのを視認してから、フェーデが口を開いた。
「それで、本題に入るけど、今日は何の用で尋ねて来たんだい?今までの四方山話ではさっぱり見当が付かないんだが・・・?」
この台詞の半分くらいから、籠車の手すりを握り、機械的な作業に移行しようとしている。
「・・・実は今日は私の友達を紹介しようと思ったんだけど・・・。」
「・・・でもあんた、今日も一人で来たんだろう・・・?」彼女の方は見ずに、籠車の数量を勘定しながら、良し、大丈夫だ。と思った。今さっき手すりに手をやったが、冷静に考えると手順が逆だったのだ。
「この生憎の天気だから、連れてくるの止めたのよね。デリケートだから。その友達。」
「あ、いや・・・だから何で尋ねてきたんだよ。それじゃあ、答えになってないだろう?」
フェーデは鼻白んだ。こういう馬鹿馬鹿しい回答が、アイバァには多過ぎる。
白金の鎧兜に身を包んでいる時とは、二重人格のような差異がある。
「さあ・・・?何ででしょうね・・・?」堂々と、最悪な返事をしてきた。
「おい!!ふざけんなよ!!自分でも分かってねえのかよ!!命の恩人とはいえ!!用が無いなら来るなよ!!ウチの職場だって本来は、部外者は立ち入り禁止なんだぞ!!」
フェーデはさすがに腹が立って来た。仕事の方は完全に忘却しており、手が止まっていしまった。
「ごめんなさい。まあまあ、そんなに怒らないでよ。別にふざけてる訳じゃないのよ。ただ、私、5年前の大陸大戦のあと、この大陸の各国を遊学と廻国修業を兼ねて、目の当たりにしてきたんだけど・・・。」に
「・・・それで・・・?」フェーデの語気が一気に普段通りに戻った。彼女の瞳が白金の騎士のそれと寸分違わなくなったからである。
「人間は仲良くするよりも仲違いするほうが好きみたいなのよね・・・。」
第三倉庫の中に、一気に荒れ狂う屋外の大気が乱入してくる様な錯覚をフェーデは感じた。
何故であろう?この辺に自分の喪失した記憶の秘密が有るのかも知れない。悪寒が背筋を凍らせ、全身は鳥肌が立つ。心臓の鼓動が激しくなり,発汗も異常だ。呼吸もかなり乱れてきた。
「はぁ・・・、はあ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・、」玉の様な、いや、雫に完璧に成長してしまった汗が、彼のこめかみから頬桁を伝い、顎まで流れ空気中を浮揚し、倉庫の地面である金床に激突し、また玉に戻る。宛然、輪廻のようである。
フェーデの下肢は完全に屈曲し、この場にリッケンか、バッカスのどちらかが居れば、彼の肉体がいつもの10倍の重力を受けているように、その第三者は感じるのかも知れないが・・・、良くも悪くもこの場に居るのはアイバァだけである。
「え・・・?どうしたの急に・・・???」彼女は面食らってはいるが、彼の事を懸念はしていない。
・・・と云うよりも、感じられないのだ・・・この娘は。賊狩りの賞金稼ぎ等と云う、日陰者の峻烈な生業を選んだ為に、精神が雄強過ぎるのだ。
・ (落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け・・・)フェーデは自己暗示を掛けるように何度も己に言い聞かせた。
「・・・ちょっと、水かなんか持ってきてあげようか?あっ・・・でも、こんな暴風雨の時はどうやって運べばいいかしら?」
ようやく、彼女は機転を利かせようとしたが、彼が遮った。
「いや、大丈夫だ・・・。」先程まで、籠車の手すりを握っていた彼の左手は垂直に下がっており、その延長線上の車輪を握っていた状態を、眼球の奥の網膜に像を結んだ彼の脳が上下逆転させ巨細なく知覚した時、彼は平常心に戻っていた。
彼の両眼は炯々として、猛鳥のようである。その奥に潜む光は犀利ささえ感じさせる。
深く罅の様に刻みつけられていた眉宇は、その急峻な突起を平地に造成し直したようだ。全てが元に戻り、倉庫内の温度も体温に近づいてきたように感じた。
「ははは・・・危ない、危ない。又、あんたに借りを作るところだった。」
「別に・・・私は構わないのよ、全然。貸しが出来たって。」
「あはは。あんたが構わなくても俺は構うんだよ。・・・それで、何の話だったっけ・・・。」
「ほら、私が諸国を放浪した感想を言ったじゃない。人間は・・・。」
「ああ、そうだ。そこだ。随分、厭世的な事を言ってたな。それで?」
「うん。なんて云っても四年も、東奔西走してたのよね。この大陸を。それで・・・」
「うん、それで?」
「うん。それで、この国に帰ってきたら、一番最初に知り合った人とは絶対に親友になろうって心に誓ったのよ。」
「うん。そ・・・んんん!?!?!?!?!?」
フェーデは卒倒し、その場に蹲ってしまった。そして又、彼の左手は籠車の車輪を掴んでいた。