第16話 考察・レインボーマン

文字数 3,229文字

 アパートの机には、日本から連れてきた7体のミニ・フィギュアが横並びにしてある。私の宝物――人差指サイズの、レインボーマンである。

 レインボーマンは、70年代前半にヒットした特撮実写ヒーローだ。原作は『月光仮面』を生み出した、あの川内康範氏。私の生まれる前の作品だが、当時は大変な人気だったとか。

 レインボーマンを知る前は、ずっと不思議に思っていた。年配の男性に「インドに旅立ちます」と伝えると、約75パーセントの高確率で、「インドの山奥で修行でもするんか?」と訊かれる。「インドに行く」とは告げたが、なぜ〈山奥〉で〈修行〉と?

 答えは、アルバイト先で教わった。書店のカウンターで、副店長と並んでいた時だ。インドに行くので休みが欲しいと申し出ると、「インドかぁ。山奥で修行でも?」と。またしても!



「何ですか、その〈山奥〉で〈修行〉って?」

 副店長は目を()く。
「何っ?! レインボーマンを知らんのか?」
 口角を引き()らせる、非難めいた表情。
 副店長の心の声が聞こえてくる。
 ――レインボーマンを知らずにインドに行くとは不届きな。

 カウンターを離れた副店長は、〈趣味〉コーナーの書棚から、大型本を取り出す。本を持って、カウンターに戻ってきた。『昭和特撮ヒーロー大図鑑』。あるページを開いて見せる。

 ターバンを巻き、白いマントを(ひるがえ)すヒーロー。豊富な写真と共に、『愛の戦士・レインボーマン』のキャプションが。

 主人公のヤマトタケシは、強くなるために、インドの山奥に住む仙人・ダイバダッタに師事する。厳しい修行の末、7つの化身に変身する能力を得た。7人が登場するのではなく、たった1人の主人公が、日・月・火・水・木・金・土、それぞれの化身に、必要に応じて自在に変身できる設定だ。

 観たい。

 インターネットで調べたところ、DVDが売られている。2枚組が、全部で4セット。1セットの価格が、1万2千円だ。全話を見るためには、5万円近くの出費になる。学生には手が出ない。

 特撮関連のサイトを回って調べる過程で、マニアの方と知り合い、メールを戴いた。
『感動した。そんなにレインボーマンを観たがってくれるとは。DVDをお貸しします』

 間もなく、宅配便でDVDが送られてきた。「フィギュアはプレゼントします」との手紙と一緒に、ガチャガチャで出てくるような丸いカプセルが7つ、同梱されていた。これがフィギュアたちとの出会いだ。

 困ったことに、DVDプレイヤーを持っていない。テレビすらない生活だ。イタリアの思想に気触(かぶ)れた結果、テレビは所有しないと決めていた。イタリアの知識人には、「テレビ放送の害悪」を糾弾(きゅうだん)する傾向があった。テレビがなかった時代、情報発信は父親の役割だった。新聞を読み上げ、世界の出来事を家族に伝える。父親を通して、家族は社会の出来事を知る構図だった。テレビが普及し、プロのアナウンサーが父親の役割を奪った。更に、テレビには〈画一化〉の問題がある。テレビの普及は、情報の画一化を引き起こした。多様性を排する思想が蔓延した結果、イタリアはファシズムの台頭を許した。

 テレビの所有に、利点も認める。たとえば、自宅で『レインボーマン』を観たいときに便利である。利便を犠牲にしても、何かに気触(かぶ)れたい年頃だったのだ。

 自宅ではDVDが観られないため、大学のAVブースの席を借りた。学生が語学学習テープを聴いたり、外国語の映画を観たりできるスペースだ。個々の席の正面と左右は敷居で囲われている。が、後ろは丸見えだ。皆が真面目に語学学習に(いそ)しむ中、私は『レインボーマン』である。しかも、4日連続。他の学生は引いただろう。

 オープニング・テーマ・ソングは、「♪インドの山奥で修行をして~♪」で始まる。

 これやっ! この歌の刷り込みで、「インドの山奥で修行するのか?」と問われ続けてきた訳だ。

 テーマ・ソングもさることながら、内容も素晴らしい。私の後ろを通る人たちの冷ややかな目も気にならないほど、エキサイティングだ。時間を忘れる。

 そもそも、主人公・ヤマトタケシは、何の目的で修行に出たのか? 妹に脚の障害があり、手術費用が必要だった。可愛い妹のため、何としてでも金を手に入れたい。賞金が目的で、アマチュア・レスリングの選手からプロレスラーに転向する。更なる強さを求めて、人知を超えた能力を持つインドの仙人の(もと)で修行を始めた。

 はじめは大金の獲得ばかりを考えていたタケシ。修行を積むにつれ、世界に対する博愛の心が芽生える。愛の対象が個から全体へ広がっていく感じ。まさにインド哲学の境地だ。

 プロレスラーとして強くなる本来の目的から、随分と外れている気もする。人生、思い通りにはいかないものだ。厳しい修行で、レインボーマンになる能力を得た。

 そんなヤマトタケシだが、人間臭い面も捨てていない。個人的な欲求とインド哲学的な達観との間で葛藤があった。

 ヤマトタケシが歌う歌謡曲調のエンディング・テーマ・ソングが泣ける。

♪どうせ この世に 生まれたからにゃ♪
♪お金も 欲しいさ 名も 欲しい♪

 子供番組なのに、まるで居酒屋でのサラリーマンの愚痴みたいだ。「♪自分の幸せ 守りたい♪」と絶叫するヒーロー。斬新な設定である。

 レインボーマンが戦う敵グループは、《死ね死ね団》だ。ネーミングのセンスたるや! 短絡的だが、わかりやすい。死ね死ね団とレインボーマンの死闘が熱い。7体の化身のうち、ヤマトタケシがどれに変身するかも毎回の見どころだ。

 変身の際、「アノクタラサンミャクサンボダイ」と唱える。阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)。般若心経の一節である。サンスクリットの原文では、अनुत्तरा सम्यक् सम्बोधि(アヌッタラー・サムヤク・サンボーディ)。無上正覚(むじょうしょうがく)と訳す。「この上ない(アヌッタラー)」、「正当な(サムヤク)」、「悟り(サンボーディ)」だ。日本のお寺で般若心経を唱えるとき、「阿耨多羅三藐三菩提」の箇所で、いつもレインボーマンを思い出す。ちょっと笑える。

 バッサバッサと刺客を倒していくレインボーマンだが、弱点もある。

 変身中はエネルギーを消耗する。エネルギーが切れると、猛烈な眠気に襲われる。石膏(せっこう)のように真っ白になり、胡坐(あぐら)を掻いたポーズで固まる。〈ヨガの眠り〉だ。一旦、〈ヨガの眠り〉に陥ると、エネルギーが補充されるまで目覚めない。攻撃されたら、一溜(ひとた)まりもない。レインボーマンが「眠い……眠いんだ」と呟き始めると、もうハラハラだ。

 回を追うごとに、死ね死ね団側のサイボーグがショボくなる。製作費が底を着いたと思われる。そこがまた、いい! 粗削りな感じが、終盤のカタルシスに導く。大興奮である。

 DVDを鑑賞して以来、すっかりレインボーマンのファンになった。年配の男性に「インドの山奥で修行か?」と問われた際も、「ダイバダッタのところへ、ちょっと」と、サラっと返せる成長を遂げた。

 思えば――インドを知る前の中学生時代。毎晩、瞑想テープを聴きながら眠っていた。オカルト少女たちのカリスマ、マドモアゼル愛先生が監修した『虹の瞑想法』だ。〈虹〉といえば、〈レインボーマン〉である。あのときから、〈インド〉、〈瞑想〉、〈レインボーマン〉との出会いは、約束されていたのだろう。

 そんな経緯があり、フィギュアと一緒にいたくて、ネパールに連れてきた。心の支えだ。

 フィギュアを横目に、部屋を後にした。死ね死ね団のテーマ・ソングを口遊(くちずさ)み、《トモダチ・ゲストハウス》に遊びにいく。

♪死ね 死ね 死ね死ね死ね死ね死んじまえー♪

 おそらく、ネパールで死ね死ね団のテーマ・ソングを歌った最初の人は、私だろう。何事であれ、一番を目指すパイオニア精神は素晴らしい。自画自賛である。


※引用:
♪『行けレインボーマン』作詞:川内康範
♪『ヤマトタケシの歌』 作詞:川内康範
♪『死ね死ね団のテーマ』作詞:川内康範

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リカルド

クラスメイト

メキシコ人

40代半ば(当時)

神話やインドの文学に興味があり、『ラーマーヤナ』(インドの代表的な文学作品。ラーマ王子の英雄譚)を原文で読みたい

きっちりした性格

ダニエル

クラスメイト

イスラエル人

30代半ば(当時)

アメリカでカメラマンをしていた際、ヨーガを学び始める。精神世界・瞑想に興味ありいずれはサンスクリットでヨーガ・スートラ(ヨーガの経典)を読みたい

大の甘党。ディスコでの夜遊びがやめられない

篠田さん

クラスメイト

日本人

65歳(当時)

ヨーガ、瞑想の(自称)エキスパート。日本の某私立大学の英語講師を25年に亘り勤め上げた。サンスクリットを学んで教本を出版したい

本人曰く、動物をも感動させる歌声を有し、森で鹿を泣かせたことがあるらしい

ディーパ

教師

ネパール人

25歳(当時)

幼少の頃から英才教育を受け、サンスクリットをマスターした才女

3児の母でもある

宏美(私)

日本人

27代半ば(当時)

大学1年生の時にインド旅行で衝撃を受け、インドの虜に

基本的にボーっとしてる

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み