第１１話　　　姉の秘密　　　　Ｍｙ　Ｓｉｓｔｅｒ’ｓ　Ｓｅｃｒｅｔ　

私が小学校6年生の年だったが、中3の姉、真理奈は変わった体験をしたらしい事を言っていた。どんな体験かというと、未来を垣間見てきたとかいう話だ。未来を見てきた、って一体どういう事かと思ったが、姉がそう言うのだからそうだったのだろう。まあ、見たと言っても、夢でも見たのか、妄想が膨らみすぎたのか分からないが、真理奈は二種類の2042年を見てきたのだと言っていた。最初に見た2042年は地球環境が保たれて人々が持続的に豊かな暮らしをしている世界であり、次に見た2042年は誰も住んでいないらしい灰色の世界だったという。地球環境が破壊され、その上、世界レベルの争いで取り返しのつかない事が起きたのではないかという話だった。確かに、どちらのシナリオもあり得ただろう。そして、あれから8年経った現在の2020年においても、その可能性はあまり変わっていないように思う。

あの頃はおかしな夢を見る姉だと思っていたが、一度だけ、姉は本当に未来へ飛んだのではないかと思う出来事があった。それは、小学生だった私が、定期購読していた｢少年少女のサイエンス｣　7月号の付録　“擬似タイムマシンセット”を使って、未来の自分と交信しようと試みていた時のことだ。無線機の能力を上げようと電源をいじってしまったのがもとで、無線機が軽い暴発を起こし、暫く気を失ってしまった事があった。その時、吹っ飛んだ意識の中で、自分を呼ぶ姉の声が聞こえたような気がしたのだった。朦朧とした意識の中で、“こちら真理奈、こちら真理奈。2012年の由理奈を探しています、どうぞ。”　という姉の声を聞いたような気がしたのだ。
その時は、おかしな夢を見たものだと思っていたが、もしかしたら、その間、本当に姉は別の世界へ飛んでいたのかも知れない・・・、と今になると思う。あれから何年も経って、一応それなりに勉学にもいそしみ、科学的なモノの考え方も勉強してきた訳であるから、未来を見てくるなどという超常現象的な事はすんなりとは信じ難いが、逆に世の中には科学で解明できない事も数多く存在するとも考える訳で、何が真実かとは言い難い。ひょっとして姉は本当に未来を知っているのかも知れない。
姉は、高校に入学する前の春休みに、一度だけ、「由理奈にだけだよ、内緒だからね」　と言って話してくれた。二つの未来を知っているのだと。

その2012年に父は「週休4日が地球を救う！」という本を出版した。真理奈の話では、父にも母にも二つの未来を知っているとは言ってなかったらしい。しかし、父は、彼もまた二つの未来を見てきたかのように、「30年後の2042年に向かっては二つのシナリオが存在する。地球環境が維持されている成功作2042と、その逆の失敗作2042。週休4日を全世界の基本とする事で行き過ぎた経済活動や無駄を排除し、サステイナブルな未来社会を実現するのだ」　と主張していた。
私も父に言われて一度だけその著書を読んだ。小学校6年生には少々難しかったけれど、その時なんとなく父は正しいと感じた。

その後、姉とはお互いの学校生活を過ごす中で、あの頃の事は次第に記憶から薄れていった。とりわけ、真理奈がアメリカのミネソタ州へ海外留学した一年間は殆どコンタクトがとれなかったため、中学2年から3年にかけては姉の事に関する記憶はあまりない。彼女が帰国してからは、ダブル受験のためお互い自分の事で精いっぱいだったため、小学生だった頃の事は次第に忘れ去られていたのだった。

私は、希望する公立高校に受かったが、姉は希望する大学の受験に失敗した。一年の海外留学中には受験に必要な授業が受けられず、かといって自分で受験対策ができた訳ではなかったため、8月に帰国してからの数か月では十分な学力の伸長が叶わなかったためだ。その代わりに英語の発音だけは良くなっていた。知らない人が聞くとネイティブかと思うような発音をする。しかし、英語のテストではそれ程の点数は取れない。そういうものなのだろう。日本の従来型の受験英語のためには真理奈の発音力はそれ程役に立たなかったようだ。
ところが、近年では色々な受験方法ができ、英語の外部試験でそれ相応の点数が取れると、一定の優遇が受けられ、他の受験科目が少なくて済むというタイプの受験方法には役立った。英語の外部試験の中にはリスニングやスピーキングをより重視するタイプの試験があり、姉のネイティブっぽい発音のスピーキング力は威力を発揮した。

結果的に一浪の末、そのタイプの受験方法を使って、姉は希望する大学へと潜り込んだ。アッパレである。