魔王は農でスローライフ
文字数 2,000文字
やあ、久しぶり
おお、お前か！ 救国の誉れ高き勇者様と、まさかこんな場末の酒場で会おうとは
パーティー屈指の頑健さを誇った偉大な戦士様が何をおっしゃるやら
よせよせ、過去の話だ
過去の話なのはお互い様だろ
どうだ、魔法使いとはうまくやれてるのか？ 尻に敷かれちゃいないだろうな
こっちは相変わらずだよ。キミの方こそ、舞闘家とはどうなんだい？ 式が決まったら招待してくれよ
そんな状況じゃないんでな
喧嘩なんて日常茶飯事だろう？ すぐ元サヤに収まるさ
いや、そうじゃない。……仕事が、な
仕事？
今じゃ俺達みたいなのはお払い箱だ。平和になったのは喜ばしいが、身の振り方をどうしたもんだか……。報奨金は要らないなんて格好付けて言うんじゃなかったぜ
次の仕事が決まらないのか？
それも俺だけな。あいつは踊りでも食っていけるが、こっちは商売上がったりだ。ふがいなさすぎて求婚どころじゃない
兵士はどうだい？ キミの腕なら引く手数多だろ
これまでひたすら魔物を相手にしてきたんだぞ？ 人間相手ってのは畑違いだからどうもな……
ままならないな
ああ、まったく。少し前までは魔王軍の残党討伐依頼なんてものも出てたんだが……。知ってるか？ 最近はどんな魔物も一発で撃退できるアイテムなんてのが出回ってるんだと
……ああ
投げてよし仕掛けてもよしってもんらしいな。俺らの頃はあんなに苦労して戦ってたってのによ
時代は変わるものさ
お前は帰郷したんだろ？ さすがに職には困らんのじゃないか？
ああ……まあ
どうした、景気が悪い面して
故郷に帰った時に、友人の所を訪ねたんだ。アイツ、オレが旅立った時は職に就いていなかったんだけど、結婚して農家を始めていてさ
向こうは手に職、お前は無職。凱旋したのに立場逆転てか？
……まあ、立場が変わりはしたよ
どうにも歯切れが悪いな
オレ達が話をしていた時に、突然魔物が飛び込んできてさ……
なんだと!?
あの時は丸腰だったから肝を冷やしたよ
どうやって切り抜けた!?
魔物はオレには目もくれずに跪くと、アイツのことを「魔王様」と呼んだんだ
は？ 何だと……？ どういうことだ!?
アイツは特に驚きもせず、手元の籠からトマトを取って、魔物目掛けて投げ付けた
待て、話に付いていけてないんだが
トマトを喰らった途端、魔物は泡を吹いて死んだ
どうなってんだ!?
オレだってわけが分からなくて、すぐにアイツを問い詰めたよ。そこで初めて、アイツの母親が魔王に攫われた女性の一人で、アイツを身籠った後に逃げ出して来たという話を聞いたんだ。母親は間もなく亡くなり、アイツもつい最近魔物に言われて自分の出自を知ったとか
なんと……
魔王には他に跡継ぎが居なかった。そこで、魔物達はアイツを後継に選んだということらしい
お前の友は魔王を継ぐ気でいるのか!?
いいや。そんなものを継ぐ気は一切ないと拒否しているにも関わらず、しつこく詰め掛けてくる魔物達に辟易しているそうだ
それで魔物を倒したのか……。いやだがなぜトマトで魔物が死ぬ!?
生来の魔力によって、アイツが育てた作物は全て猛毒を持つみたいでさ。毒耐性のある魔物でも即死確実らしい
そんな危険な輩を野放しにするな!! 猛毒野菜が市場に出回ったらどうするんだ!?
心配ないよ。出荷している野菜は全て無毒化されているんだ
魔王は浄化の術なんて使えないだろ!?
アイツの奥方というのが、聖女様なんだ
……
知っての通り、聖女様はあらゆる毒物を清める奇跡を……
待て待て！ なぜ聖女様が魔王の倅とくっつく!?
偶然町で出会って、昨今の食料供給事情について語り合っているうちに意気投合したらしい
世の中一体どうなってんだ
聖女様がご一緒ならばと放っていたら、アイツ、猛毒トマトを一撃必殺トマトと命名して売り出し始めてさ。これが魔物退治に効果てきめん・入れ食い状態だと評判に……
誤って人が口にしたらどうする!?
聖女様の御力により、魔物以外には無害なトマトなんだ
品質管理も万全だと!?
評判が評判を呼びトマトは爆売れ。アイツも聖女様もあっという間に豪農だ。今じゃオレ達夫婦もアイツの所で小作農をやっている始末だよ
配下になったのか!?
農家になったんだ
待てよ、まさか噂のアイテムってのはそれか!?
そうだ
警戒心の強い魔物共がなぜ猛毒トマトなんて喰らうんだ!?
オレも気になって死にかけの魔物に尋ねてみたら、「魔王様の作物を無駄には出来ぬ」だってさ。アイツの作物は魔物には一目でソレと分かるらしい
何て涙ぐましい忠義だ……
命懸けで魔王と戦ったオレ達をお役御免にした民衆に、自分達を厄介者扱いする魔王に命を捧げて尽くす魔物達。何とも皮肉な話さ
平和って……一体何なんだろうな
オレにも分からないよ。こういう理不尽は酒で呑み下して忘れるしかない。それが人生さ
これが人生、か……
あまり気を落とすなよ、今日は奢るからさ。ほら、キミの求職の成功を祈って……人生に、乾杯
ああ……。完敗だぜ、人生に
