プロアイエ・ヴァンピール
文字数 2,000文字
この地域にあるアパートの近く――というよりも、僕が住む部屋の窓から見える街灯の下では、雨が降る夜の時だけ現れる不思議な男性がいました。トーションレースが施された黒い傘を差して静かに佇む彼の姿は、まるで時間が止まっているかのようです。街の人々は不気味に思って彼を避けているようでしたが、僕だけは違いました。僕は窓から彼を見つめ続けて、時折覗かせる悲しげな姿に引き寄せられるものを感じていたのです。
とある日の夜、雨が降り続ける中、彼はいつもと同じように街灯の下に現れました。どんなに大雨であってもぴっしりとしたままのモーニングコートに、ウェーブのかかった青白い長髪。そして、鮮血のように赤く淋しげな瞳――僕はそんな彼の姿を見つめながら、彼が悲しげな表情のままでいる意味を考えていました。何度も彼を見つめている内に、僕は彼に対して強い興味を持つようになっていったのです。
翌日、僕は図書館に行き、この街の歴史について調べてみることにしました。古い新聞や記録を探していると、一つの記事が目に留まります。そこには、百年以上前に〝ジュビア〟という名の男性が、激しい戦禍の時代に一人だけ生き残ったという話が書かれていました。その時に彼は、自らの意思で参加した戦争で国以外の全てを失ってしまったことに絶望してしまったのかもしれません。
更に記事を読み進めると、僕は彼にまつわる記述の内で大変興味深いものが残されていることに気が付きました。それは、彼が〝吸血鬼〟だったのではないか、というものでした。当時、ジュビアさんはその強さから英雄のように崇められていましたが、日光という存在が体質的に得意ではないという自己申告から、もっぱら夜戦での参加を希望していたのだそうです。
理由といえばそれくらいしかないようなのですが、それほど彼からは異様な『何か』を感じさせるものがあったということなのでしょう。
――何しろ、数百年経った今もあの街灯の下で誰かを待ち続けているくらいなのですから。
さて、その日の夜も、さも当たり前であるかのように雨が降り始めました。僕は窓からジュビアさんを見つめ、その悲しみの深さに思いを馳せてみます。ジュビアさんの中で渦巻く雨の夜は、吸血鬼の人生のように永遠に明けないままなのでしょうか。
僕は彼に対して、何か自分にできることはないかと考えていました。直接、彼に声をかけるには、少々――いや、かなりの勇気が必要です。しかし、彼の存在を無視することもできません。そこで僕は景品として貰ったまま放置していたスケッチブックを使って、ジュビアさんの姿を模写することにしてみました。あまり上手くは描けませんでしたが、彼の立ち姿や瞳の奥にある悲しみを、僕はどうしても忘れたくなかったのです。
そんな習慣を続けていたものですから、僕自身もジュビアさんに対する感情がどんどんと深まってゆく自覚をせざるを得ませんでした。彼が抱える孤独や絶望に共感し、彼の悲しみを少しでも和らげることができれば、どれほど幸せなのだろうと願うようにさえなっていたのです。
しかし、それだけでは彼を救うことなど到底叶いそうもありません。そして、僕はついに――彼と直接話す決心をして、傘を片手に外に飛び出していったのでした。
「あ、あのっ! 貴方がジュビアさん……で、間違いないですか?」
アパートの向かいにある、いつもの街灯の下。ざあざあと降る雨の中で、はくはくと口を上下させる僕に対して、ジュビアさんは奇怪なものを見るような表情で言葉を返します。
「……君は誰だ? どうして、私の名を知っている?」
「そ、そのっ! 僕は向かいのアパートで暮らす学生です。雨の日に必ず貴方がいることが気になって、それで、えっと――」
間近に迫るジュビアさんの姿は遠くから見ていた時よりもずっと美しく、僕は恥ずかしくなってしまいました。この時の僕は、酷い緊張で混乱していて、もはや彼に血を吸われてしまっても構わないとさえ考えていたのです。
「ジュビアさん、もう独りで悲しむのはやめてください! 僕で良ければ、いくらでも助けになります。だから、どうか僕の前だけでも笑ってくれませんか」
「……? それは、どういう……?」
「僕、貴方のことをもっと知りたいんです。だから、最終的には僕と共に暮らして、全てを話してほしい。それが僕の願いだったから」
ジュビアさんは驚いたように僕を見つめていました。そして、ゆっくりと目を閉じ、深い溜息を吐 くと、その後に少しだけ微笑んだのです。その笑顔は、まるで曇天に一筋の光が差し込んだかのようでした。
それからのことは、皆様の想像にお任せすることにいたします。しかし、僕の誓いが事実であったことだけはお伝えさせていただければ幸いです。何故なら、それがジュビアさんの笑顔に近付くために必要な第一歩であることは、間違いなかったのですから。
とある日の夜、雨が降り続ける中、彼はいつもと同じように街灯の下に現れました。どんなに大雨であってもぴっしりとしたままのモーニングコートに、ウェーブのかかった青白い長髪。そして、鮮血のように赤く淋しげな瞳――僕はそんな彼の姿を見つめながら、彼が悲しげな表情のままでいる意味を考えていました。何度も彼を見つめている内に、僕は彼に対して強い興味を持つようになっていったのです。
翌日、僕は図書館に行き、この街の歴史について調べてみることにしました。古い新聞や記録を探していると、一つの記事が目に留まります。そこには、百年以上前に〝ジュビア〟という名の男性が、激しい戦禍の時代に一人だけ生き残ったという話が書かれていました。その時に彼は、自らの意思で参加した戦争で国以外の全てを失ってしまったことに絶望してしまったのかもしれません。
更に記事を読み進めると、僕は彼にまつわる記述の内で大変興味深いものが残されていることに気が付きました。それは、彼が〝吸血鬼〟だったのではないか、というものでした。当時、ジュビアさんはその強さから英雄のように崇められていましたが、日光という存在が体質的に得意ではないという自己申告から、もっぱら夜戦での参加を希望していたのだそうです。
理由といえばそれくらいしかないようなのですが、それほど彼からは異様な『何か』を感じさせるものがあったということなのでしょう。
――何しろ、数百年経った今もあの街灯の下で誰かを待ち続けているくらいなのですから。
さて、その日の夜も、さも当たり前であるかのように雨が降り始めました。僕は窓からジュビアさんを見つめ、その悲しみの深さに思いを馳せてみます。ジュビアさんの中で渦巻く雨の夜は、吸血鬼の人生のように永遠に明けないままなのでしょうか。
僕は彼に対して、何か自分にできることはないかと考えていました。直接、彼に声をかけるには、少々――いや、かなりの勇気が必要です。しかし、彼の存在を無視することもできません。そこで僕は景品として貰ったまま放置していたスケッチブックを使って、ジュビアさんの姿を模写することにしてみました。あまり上手くは描けませんでしたが、彼の立ち姿や瞳の奥にある悲しみを、僕はどうしても忘れたくなかったのです。
そんな習慣を続けていたものですから、僕自身もジュビアさんに対する感情がどんどんと深まってゆく自覚をせざるを得ませんでした。彼が抱える孤独や絶望に共感し、彼の悲しみを少しでも和らげることができれば、どれほど幸せなのだろうと願うようにさえなっていたのです。
しかし、それだけでは彼を救うことなど到底叶いそうもありません。そして、僕はついに――彼と直接話す決心をして、傘を片手に外に飛び出していったのでした。
「あ、あのっ! 貴方がジュビアさん……で、間違いないですか?」
アパートの向かいにある、いつもの街灯の下。ざあざあと降る雨の中で、はくはくと口を上下させる僕に対して、ジュビアさんは奇怪なものを見るような表情で言葉を返します。
「……君は誰だ? どうして、私の名を知っている?」
「そ、そのっ! 僕は向かいのアパートで暮らす学生です。雨の日に必ず貴方がいることが気になって、それで、えっと――」
間近に迫るジュビアさんの姿は遠くから見ていた時よりもずっと美しく、僕は恥ずかしくなってしまいました。この時の僕は、酷い緊張で混乱していて、もはや彼に血を吸われてしまっても構わないとさえ考えていたのです。
「ジュビアさん、もう独りで悲しむのはやめてください! 僕で良ければ、いくらでも助けになります。だから、どうか僕の前だけでも笑ってくれませんか」
「……? それは、どういう……?」
「僕、貴方のことをもっと知りたいんです。だから、最終的には僕と共に暮らして、全てを話してほしい。それが僕の願いだったから」
ジュビアさんは驚いたように僕を見つめていました。そして、ゆっくりと目を閉じ、深い溜息を
それからのことは、皆様の想像にお任せすることにいたします。しかし、僕の誓いが事実であったことだけはお伝えさせていただければ幸いです。何故なら、それがジュビアさんの笑顔に近付くために必要な第一歩であることは、間違いなかったのですから。
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