天の国の猛騎兵(ハッカペル)

教会の中に救いなし!?

エピソードの総文字数=5,106文字

 安らかな者の思いには、不幸な者に対する侮りがあって、足のすべる者を待っている。

(旧約聖書『ヨブ記』12章5節)


 わたしはこのような事を数多く聞いた。あなたがたは皆人を慰めようとして、かえって人を煩わす者だ。むなしき言葉に、はてしがあるだろうか。あなたは何に激して答をするのか。

(旧約聖書『ヨブ記』16章2節~3節)

なんか、2人だけで話すの初めてだよね。
そうだね。
 人生で初めて、女子と2人きりで帰る陽太。もちろんテンションMAXである。その高揚感が、内気な彼を普段よりも饒舌にする。
そういえば、教会に通ってたって言ってたね。白附さんもキリスト教?
親がクリスチャンで、小さい頃から通ってた。
今は通ってない?
うん、行くのしんどくなって。今はどの教会にも行ってない。
そうなんだ……。しんどくなるっていうことは、何か嫌な感じの教会だったの?
ええと、中学生になってから、あることで悩むようになって……。教会の友達に話したら、それは大変なことだって話になって、教会のカウンセラーに相談するようにって言われたの。
教会のカウンセラー?
私が行ってた教会は、教会にカウンセラーがいてて……。カウンセラーって言っても心理学の勉強した人が心理療法<サイコセラピー>やるって感じじゃなくて、ベテランの教会員の人が信仰に基づいてアドバイスする感じ。
教会の信者さんがアドバイスするって感じか……。
 信者が信仰に基づいてアドバイスするというシステム。陽太は、この時点で不穏な予感を覚えた。カルト宗教が信者をマインドコントロールしたり、占い師が客を支配したりという話は、よく聞かれる。教会の"カウンセラー"との関係で何かあったのだろうと陽太は推察した。

 幸音は話を続ける。

教会のカウンセラーに相談したら、『それは罪だから、悔い改めて祈れば絶対に神様が変えてくださる』って言われたの。それで毎日一生懸命祈ったし、カウンセラーの人も祈ってくれたんだけど……。
何も変わらなかったと。
うん……。それで、初めは話を優しく聞いてくれたカウンセラーの人も、悔い改めてない罪があるはずだとか、自分が犯している罪をリストアップしなさいとかって言うようになって……。
え、それってめちゃくちゃキツイじゃん。ただでさえ悩んでて辛いのに、その上悩んでることで責められるなんて……。
 陽太の浮かれ気分は既に消え去っていた。憤りが彼の胸を締め付け始める。
それから、カウンセラーの人が私が悩んでることを牧師先生にも話してしまって、いろんな人からいろいろ言われるようになった。『自分の罪を認めて神様に立ち返れ』とか『神様は無意味に苦しみを与える方じゃないから、お前に原因があるはずだ』とか……。教会の友達からも、同じことを言われるようになった。
それは……辛かったね……。ていうか悩んでる人に皆で追い打ちかけるなんて、酷すぎるでしょ……。
 陽太は、はらわたを底から揺すぶられる程の痛みを覚えた。ただし物理的な痛みではなく、心理的な痛みである。
最終的には、その悩みを解決できないのは罪から離れようとしていない証拠だって言われて、悔い改めて罪から離れるまでは、教会に来ないようにって、牧師先生から言われた。
そんな教会行かなくて正解だよ。宗教って悩む人のためのものでしょ?それで宗教にすがってかえって傷つけられるなんて、宗教の価値がないよ。
水野君は優しいね……。でも、私は神様から見捨てられてる気がするの。私なんて神様から見たら、要らない子なんじゃないかって。
そんな……。
お父さんもお母さんも、私を責めた。『親として恥ずかしい』とか『お前のせいで自分たちも牧師先生から叱られている』って。でも、お父さんが仕事の都合で引っ越すことになって、引っ越ししてからは、キリスト教との関わりは一旦無くなった。
家族全員がキリスト教から離れたんだね。

でもそれから、お父さんとお母さんは、新しい教会を見つけて通うようになったの。そうすると、今度は自分たちは騙されてたんだって言って、別の考えを信じるようになった。

じゃあ、親からは謝ってもらえたんだね。
そういえば、謝られたりとかは特になかったかな。『今まで通ってた教会は間違ったキリスト教だった。自分たちは騙されてたんだ』とだけ。
え、そんな親最悪じゃん。自分の娘責めといて、騙されてただけでしたーって、虫が良すぎるよ。
そう考えられたら良かったんだけど、今でも私がおかしいんじゃないか、私は神様から見捨てられたんじゃないかって、ずっと思ってて……。
そこにサイッコラさん出てきたら、そりゃ強烈に印象に残るよね……。
うん。初めはびっくりした。急に教室に入ってきて、聖書は神の言葉なんだーって。
あはは。今思い出すと笑っちゃうよね。
最初は怖かった。教会での嫌なこと思い出して。私の通ってた教会も、牧師先生は『聖書は誤りなき神の言葉です』って言ってたし、教会の人も『聖書が神の言葉だって信じない教会は信仰がない』ってよく言ってたから。

そうなんだ。サイッコラさんも、"ザ☆狂信者"って感じだし、警戒しちゃうよねー。

(僕は今でもサイッコラさんのこと警戒してるけど。)

でも、サイッコラさんは私がしんどくなってるとき、すぐ祈ってくれた。私が教会行ってたことも知らなかったはずなのに。
そういえば、あれから大丈夫だった?あ、駅着いたね。
2人は改札を通る。
えっと、白附さんはどっち方面?
私はこっちの方向だけど……。
じゃあ、僕と同じだね。
2人はホームで電車が来るのを待つ。
えっと、体調はもう大丈夫?って話だったね。
うん。なんていうか、あれはストレス性みたいな感じだったし。サイッコラさんが手を当てて祈ってくれたおかげか、一瞬気が楽になって……。
そうだったんだ。

(ストレス性なら、祈ってもらったって感覚でも改善し得るなあ……。やっぱりサイッコラさんが"癒しの奇跡"を起こしたとは思えない。)

あの時、サイッコラさんが、心も癒されるようにって祈ってくれたことと、神様が私を愛してるって言ってくれたことがすっごく頭に残ってて。
つまり、通ってた教会だと、神様に見捨てられた感じがしたけど、サイッコラさんは、神様が白附さんを愛してるって言ったから、いろいろ聞いてみたくなったと。
うん、そんな感じ!
それで放課後来てみたら、サイッコラさんと友岡さんが宗教戦争繰り広げてるんだから、白附さんとしては幻滅したんじゃない?
えっと、何だろう。あの時はびっくりしたけど、2人とも優しい人なのかも知れないって思う。うまく説明できないけど。
え、そうかな?某吸血鬼漫画並みに罵倒し合ってたように見えたけど。
うーん、今はうまく言えないけど、サイッコラさんと友岡さんには、何か共通点がありそうな気がして……。2人ともクリスチャンなんだけど、他にも似ている所がありそうな感じっていうか……。
え、そうなの?僕には真っ向から対立してるように見えたけど。
ええと、明日2人に直接聞いたらその辺りは確認できるね。
うん。ところで、白附さんは神様の存在って信じてる?
私は小さい頃から教会通ってたから、神様の存在が当たり前になってる。
存在は信じてるのに、助けてもらえないって感じてるって、しんどくない?
うん……。ずっと監視されてて、罪を数えられているような感じ……。何で生まれてきたんだろうって。ごめん、私ばっかり話しちゃって。
いや、辛い話聞いたのに、何の力にもなれなくて、ごめん。
ううん。批判せずに聞いてくれたっていうだけで、すごく救われた気がする。それに、水野君なら批判せずに聞いてくれそうって思えたから、今まで誰にも話せなかったこと話せたし。
そうなんだ……。

(白附さんが行ってた教会、よっぽどえげつなかったんだなあ。そんな宗教団体潰れたらいいのに。)

水野君は神様っていると思う?
僕は神様なんていないと思ってる。神様が本当にいるなら、なんで世の中理不尽なことばかりなのかなって思う。あ、電車来たね。乗ろうか。
2人は電車に乗り込む。ドアが閉まり、窓の景色が滑り出す。
水野君は優しいね。
あれ?僕そんなに優しいこと言った?
だって、神様の存在を疑うくらい、世の中の理不尽に心を痛めてるんでしょ?
うーん、僕の場合は典型的な日本人の家庭で育ったからなー。家には仏壇があるけど、お盆とかのとき以外は気にしないし、年に1回初詣には行くけど、そんな熱心に神社に通ったりはしないし、そんな感じ。だから生活してて神様の存在を感じることなんてないんだ。だから存在を否定するのも簡単。
そうなんだ……。神様の存在を否定した方が楽なのかな?
見捨てられたって感じるなら、最初からいないって思った方が楽かもね。サイッコラさんなら、神の存在を否定するなんて、もってのほかだーって言うかもしれないけど。僕は神様なんてどうでもいいと思うね。だって、助けてくれるわけじゃないんでしょ?
やっぱり助けてくれないのかな……。
 幸音の顔が曇る。神に見捨てられたと感じつつも、"神の救い"を諦めきれないようだ。陽太は慌てて話の方向を切り替える。
その辺りは、サイッコラさんに疑問ぶつけてみてもいいかも知れないね。
えっと……こういうことクリスチャンに話すのは怖くって……。一見優しそうに見えても、いつか怒り出すんじゃないかって。
そりゃ教会であんな目にあったら、キリスト教徒不信になるよね……。
うん。否定されるんじゃないかっていう不安と、受け入れてもらえるんじゃないかっていう期待があって、なんかすごく複雑なところ。
不安半分と期待半分なとこで、サイッコラさんの所に来たんだね。
うん……。
サイッコラさんは、白附さんの話なら優しく聞いてくれる気がする。突拍子もないことは言い出すと思うけど。あの子言葉数多いのに何考えてるか分からないし。
うん……。何だか優しい人なんだろうなって思うけど、不安もある。
狂信者だしね。
でも、サイッコラさんは神様のことが本当に好きなんだなーって思う。
そうだね。神様のためなら喜んで死にそうだもんね。江戸時代に生まれてたら、歌いながら殉教してそう。
どうやったら、ああいう風に信じられるんだろうって思う。
うーん、綺麗な世界で生きてきたんじゃないかな。サイッコラさんって、何だか穢れを知らないって感じじゃん?
そうなのかな。じゃあ私には無理かな……。
いや、これは僕の想像だけど。でも、いろんな苦労を知った上で、あこまで神様を信じられる人なんて、なかなかいないと思うよ。
どうなんだろうね……。
まあ、サイッコラさんはサイッコラさんで、いろいろな経緯があるのかも知れないね。
 一通り話し終えた後、しばらくの沈黙が2人を包む。思い思いに話切った後の、沈黙。
あ、私はここで降りるね。
そっか。じゃあまた明日。
うん、さようなら。
 ドアが閉まり、陽太は動き出す景色を眺める。
(苦しんでる人をさらに虐める宗教信者ってどういう精神構造してるんだ。でも考えてみればそういう人、宗教に限らず世の中のいろんな所にいるなあ。不幸な目に合ってる人に対して『努力が足りない』とか『自己責任だ』とか言ってみたり……。自分が人生うまくいってるからって、しんどい思いしてる人を見下してるんだろうなあ。結局宗教信じたからって、善人になるわけじゃないんだろうなあ。嗚呼、考えただけで腹が立つ。)
 電車が家の最寄駅に到着し、陽太は電車から降りる。あとは自宅を目指すのみ。

 幸音の過去について考えていると、自分までしんどくなってきたので、楽しいことを考えることにした。

(それにしても白附さん可愛いなあ。なんか守ってあげたくなるような……。いやいや、僕なんてただのクソボッチじゃないか。何恥ずかしいこと考えてるんだろう。つらい。)
 自分でボケて自分にツッコミを入れる陽太。痛みと憤りで一度はかき消されていた、浮ついた感覚が蘇る。陽太はそんな感じで夜までドキドキしていた。

 しかし、就寝時に幸音の過去について思い返し、再び心を痛めた。そして密かに幸音の将来を案じた。もし幸音が自分の過去を打ち明けたら、愛花は幸音に対して"神の愛"を説き続けるだろう。それで幸音が"神の愛"を信じられるようになったとして、それは幸せと言えるのであろうか。"神に見捨てられた"という苦痛の中で、"神の愛を信じる"という、苦痛を終わらせる選択肢を与えられたなら、その選択肢に飛びつくのが当然であろう。しかし、それは自由な意思に基づいた選択と言えるのか。ならば、神を信じない自分は、敢えて"神を否定する選択肢"を提示し続けてみようと考えた陽太であった。

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