独白

文字数 2,062文字

 俺たちの関係は、もう終わっているんだと思う。
 助手席にいる美香は、3年前から銀行で働いている社会人。
 学生の俺が子供っぽく見えるのだろう、聞いた噂によると上司と不倫関係にあるそうだ。
 俺は知らないフリをしているが、例え知っていたとしても彼女にダメージはなく、別れ話の良いキッカケになるとほくそ笑むかもしれない。
 美香とは高校時代からの付き合いだが、このスキー旅行は二人にとって最後のデートになるだろう。
 車内は重苦しい沈黙が続いている。
 何を話題にしても、会話で盛り上がれる自信がない。
 ――ただ、この沈黙を破りたくて、俺は他愛もない話を切り出した。
「これから泊まるところ、『ラヴェンデル』って言うんだけど、どんな意味か知ってる?」
「……知らないけど」
「ラベンダーのドイツ語読みがラヴェンデルらしいよ」
「へえ、そうなんだ。じゃあラベンダーの花言葉って知ってる?」
「いや……知らないよ」
「疑惑と沈黙らしいよ、私たちにピッタリの言葉だと思わない?」
 俺は車のハンドルを握ったまま、押し黙ってしまった。
 ――実のところ、俺は3カ月前から浮気をしている。
 男の嘘は見抜かれるというが、すでに彼女も知っているのだろう。
 長い付き合いなので、一時はお互いに許す気持ちはあったかもしれないが、こうも心が離れてしまうと、隣にいても人形と話しているようで居心地が悪い。
 そんな冷めた会話を交わしていると、目の前に山荘『ラヴェンデル』が現れた。
 この旅行には、親友の伊佐山雄一郎も呼んでいる。
 すでに雄一郎には、「この旅行で美香と別れるつもりだ」と話していた。
 二人だけの旅行は精神的に耐えられそうにないため、雄一郎が間に入ることで空気が少しでも和むことを期待した。
 雄一郎は会話も上手く、女性にもモテる。
 来年は美大を卒業する予定だし、将来はプロのメイクアップアーティストを目指しているらしく、女性の扱いはお手の物なのだろう。
 美香は不思議と雄一郎に惹かれなかったが、俺の友人の中では最も心を許す存在になったと言えるかもしれない。

 俺と美香は、荷物を持ってラヴェンデルの呼び鈴を鳴らすと、入り口ドアの隙間からオーナーの小野塚敬之さんが顔を出した。
「やあ、洋平くん。いらっしゃい、待っていたよ」
「お久しぶりです小野塚さん。また来ちゃいました」
「ご贔屓にしてもらって嬉しいよ、ウチはいつでも大歓迎だからね」
 そう言うと、小野塚さんは山荘の中へ入るよう手招きした。
 ご贔屓にと本人は言っているが、ラヴェンデルはこの白蛇村の中でも人気の宿泊施設で、なかなか予約が取れないと聞いている。
 親父と小野塚さんが親友関係にあるため、俺にとっては特権みたいなものだ。
 美香と一緒に来るのは2回目になるが、最後のデートがここになるのは少し胸が痛い。

 山荘に入ると、受付を済ませた雄一郎と恋人の太田友理奈がソファーで寛いでいた。
「遅いぞ洋平。どんだけ俺たちを待たせんだよ」
「遅いって……待ったの何時間だよ?」
「三十分」
「それを待たせたとは言わないんだよ、デートなら問題だけどな」
 雄一郎は快活な笑い声を上げた。
 美大に通う彼だが、芸術家気取りで斜に構えることもなく、性格は気さくで極めて明るい。
 後輩に対する面倒見もいいし、男女問わず人気が高いため、どんな分野でも活躍しそうな人柄だと思う。
 こいつとは幼稚園からの付き合いだが、人としての能力に差があり過ぎるため、今でも親友同士でいられるのは不思議な気がする。

――俺と美香は受付で手続きを済ませ、雄一郎と同じソファーに腰を下ろした。
「ああ疲れた。スキー場からここまでけっこうな距離があるな。雪道は運転に気を遣うから、いつもより余計に肩が凝るような気がするわ」
「洋平さ、爺みたいなこと言ってんじゃねえよ。三十分前に着いた俺を褒めて欲しいくらいだ」
「それを自慢するおまえがどうかしてるんだよ。友理奈ちゃんも大丈夫だった?」
「ええ、まあ……ちょっと怖かったけどね」
 友理奈ちゃんが苦笑いを浮かべながら俺に答えを返した。
「そういやさ、ここに来るまでおかしな道を見なかったか?」
「おかしな道?」
「下った先に古そうなトンネルが見えたんだけど、道幅の割に大きさが不釣り合いで、やけにデカいトンネルだったぞ」
「へえ……それって」

A:国道へ向かうトンネルかもしれないな
(ミステリーパートへ)
B:黄泉の国へ向かうトンネルの入り口かもね
(ホラーパートへ)

【社内の評価】
 俺はAIに書かせたシナリオテキストを、先輩の佐野さんに見せた。
「……なんかさ、最初の内容が重くないか?」
「田上洋平と篠山美香の関係はこんな感じだったらしいです。過去の週刊誌を調べたら載ってました」
「いくらおっさんホイホイのゲームでも、上司と不倫関係とか最後のデートになるとか生々しいような気がするんだけど。多少は10代~20代くらいの人が遊ぶのを想定してくれないと。参考にした作家さんは誰よ?」
「湊かなえさんです」
「……そりゃ重くなるわ。鬱展開にするつもりかよ」
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