第2話 限定解除──龍甲冑降臨
文字数 3,935文字
堂々と言い切った少女は、これ以上ないほど得意顔でポーズまで決めた。それを上空から見ていた父、龍神は「う、わぁー」とドン引きしていた。
(ふふん、どう? 完璧でしょ。……って、そういえば、なんか引っかかる言葉を聞いたような……。なんだっけ?)
少女が何か思い出しかけた刹那──人狼が「ぷっ」と堪えきれずに笑い声をあげた。老兵もまた突如現れた娘の発言に呆れ果て、力無く座り込んでしまった。
「な、なによ……! その反応は!?」
想像とは全く逆の反応に少女は顔を真っ赤にしながら、人狼と老兵を交互に睨んだ。
「リュウオウ? おいおい勘弁してくれよ、嬢ちゃん。それとも頭でもおかしいのか? 龍人族は数百年も前に滅んでいる。それにどうみても、嬢ちゃんは
「……この時代に龍人族はいない、か。ならどんな種族がいるのよ? 人間もいるの!? 人間は!」
亜人の言葉を聞き逃していたのか、はたまた聞いてなかったのか少女は軽く身構える。僅かな所作だったが──その双眸は鋭く、何時でも攻撃できるように構えた。たったそれだけの所作で、人狼の鼻先がチリチリと痛んだ。
(…………コイツ、俺がさっき人間って言ったのに気づいていない? そもそも王都の人間を知らないのか? じゃあ、宝玉持ちではない? しかしここは、
「五秒以内に答えなければ、次は当てる」
指揮官から笑みが消えた。少なくとも眼前にいる
「……アンタの後ろにいる老兵が鬼人族 。で、俺たちのような獣の姿から人型になったのは、総じて獣人族 と呼んでる。あと魚人族……最後に少し
人狼はあえて《人間》という単語を強調して告げた。幸いにも今度は──というより、やっと少女の耳に届く。
「人間がいる!?」
自称・五大龍王 は、大輪を咲かせた花のようにパアと満面の笑みを浮かべた。
「あ、ああ……。というか、さっきも言った……」
「どこに行けば会えるの!? ……って、それよりも」
少女は亜人たちか空へと視線を向ける。それにならって彼らも空を仰ぐが何もないし、誰かがいる気配もない。
「父様~、人間生き残っているってー! やったね。これで希望がちょっと出てきたよ~!」
(コイツ、人の話を聞いちゃいねえ!)
はしゃぐ少女は誰もいない空に向かって、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。それを見ていた人狼の指揮官は「今だ」と刀を持つ柄 に力が入った。
「嬢ちゃん、悪いがこの場を見られたんだ。生かして──」
ヒュン──
素早い何かが人狼の横を通り過ぎた。その刹那、背後にあった木々が三キロに渡って切り裂かれる。
「!?」
木々が崩れ落ちる轟音 と土煙。なにより地響きのように木々が切り倒されていく振動とその現実に、人狼の指揮官と老兵は目を見開いた。
再び少女に視線を戻すと、その手にはククリ刀──湾曲した刀身を手にしていた。刃渡りは九〇センチほどで少女が持つには不釣り合いなのだが、なぜか彼女が手にしていると自然と様 になっていた。装飾の施された白銀の刀は、刃こぼれ一つない。
「い、い、何時の間に!? ……いや、それよりなんだ、その刀は!」
刀身に稲妻の残滓 が迸 る。人狼の指揮官はそんな剣を見たことがなかった。いや、それを人間如きがが持てるはずなどないのだ。
「月石刃 って言うの。あ、ちなみに今の、わざとはずしたんだからね。で、人間はどこに行けば会えるの?」
少女はニコリと笑ったが、その双眸 は蛇のように鋭く凍りついていた──いや、獲物を狙う捕食者の目だった。
「うっ……」
人狼はゾッと背筋が凍りつき、手に持っていた刀がカタカタと震えていた。
「な──ありえ、ない……。詠唱呪文もなしに……」
「詠唱? ああ、違うわよ。これは、ただの剣圧」
少女は空に向かって軽く剣を振るう。目に自信のある人狼と鬼であっても、その剣筋は見えなかった。まさに神速。
刹那、その剣圧は悠々 と膨れ上がった雲が一瞬で霧散した。圧倒的な膂力 を前に、人狼の指揮官は震えあがった。
その恐れから逃れようと、懐から切り札を取り出す。
あり得ない者には、あり得ない存在をぶつければいい。シンプルな判断で人狼の指揮官は手のひらサイズの木札 を宙に投げる。その札の表には梵字、《アチャラナータ》と書かれており、裏には《八輪の車輪》の紋様が彫られていた。
(アチャラナータ……? ってことは、不動明王?)
少女はかつて見たことのある文字に、目を瞠 った。
「極憤怒の形を司り、
眉をしかめ目を怒らし上歯下唇を狡み、
座したる恐るべき者」
木札に凄まじい熱量が膨れ上がる。まるでそれに何かが封じられていたのか凄まじい気配と存在感が形を帯びていく。
「右手には眼前の愚か者を切断する剣、
左手には蛇のごとき鞭を振るう。
光焔は迦楼羅 の勢いの如く顕現されたし、
我が契約されし守護神──倶利伽羅不動明王 」
──確かに、承った──
森中にその怒号が轟いた。
若葉はその一喝で吹き荒れ、少女の周囲に落ち葉が舞う。
木札が砕け散り、その代わりに空を覆うような巨体が姿を見せる。それはまるでパッと湧いて出たかのようだった。
「わ、でか」と少女は呑気な感想を呟く。
全長五〇メートルはある全身青い肌に、金色の装飾を纏った男──不動明王が少女の頭上に振ってくる。片手に携えた金色の刃は、そのまま大地に向かって振り下ろされ周囲の木立ごと押し潰した。
轟音──
凄まじい衝撃波が暴風となって土煙が舞う。
「ごほっ……ははは……これで終わりだ……!」
土煙のせいで視界が悪く人影しか見えない。
「あの少女は無残にも潰れて血肉がそのへんに転がっているだろう」そう老兵も人狼の指揮官も思っていた。
だが──
鬼の老兵は自分が無事だということに気づき──眼前に見えたそ れ に凍り付いた。
「つうううう……重っ……」
自称・水龍王と名乗った少女は、その細腕とククリ刀で不動明王の渾身の一撃を止めたのだ。その一撃に少女ではなく、地面がその重みに耐えきれず、大地がひび割れ、クレーターが出来上がっていた。
「ば、馬鹿な……! あの巨体の一撃を受け止めたというのか……」
人狼は取り乱し「ありえない」と吐き捨て──
「あり……えない。ふ、不動明王! さっさとその女を殺せ!」
──応っ……!──
少女は何とか耐えきっていたが、予想以上のパワーに相手との力量を読み違えていたことを反省する。必死で抑えているが、気を抜けば潰されてしまうだろう。
もっとも彼女の力がその程度であった場合だが。
「さすがに……明王相手に、このままじゃ分が悪い……か……」
(このまま? まだなにかあるのか?)
老兵は言葉が出てこない。
もはや夢だと言い切れたらどれほど楽だっただろうか。眼前に見えるのは年端もいかぬ少女だ。その少女が全長五〇メートルの巨体の刃を受け切っている。それも彼女には、まだ余裕があるのか小さく笑った声が聞こえたのだ。
「それじゃあ、一丁やってみますか……、よっと!」
少女は両腕に力を集中させると、不動明王の剣を弾 い た 。
──!?──
まさか押し返されるとは思っておらず、巨体が宙に浮き後退させた。その隙をついて、少女は剣先を天に掲げる。
「限定解除──龍甲冑 ──降臨 」
涼やかな声に対して、何処からともなく稲妻が少女の周囲に降り注ぐ。
金色の煌めきは神々しく、強烈な光に老兵は目が眩みそうになった。
──第一級限定解除、二〇パーセントの承認を受理。武装展開します──
何処からともなく機械音声が響いた。
ついで少女の周囲に凄まじい熱エネルギーが密集し、雷が白銀色の甲冑へと形を成し──身に纏う。
繊細な紋様を描かれた中華風の龍の鱗を模した甲冑。
全身武装まではいかず、右は篭手のみで、左は肩当てと二の腕までしか甲冑がない。足の具足と腰回りの帯に、月石刃の武器が青龍偃月刀 と大刀へと変わった。
不完全な甲冑であったがその神々しさに、不動明王の動きが僅かに止まる。
「なっ……」
「なんだそれは」と老兵だけでなく、人狼も口にしかけて言葉が詰まった。眼前にいるのは少女だ。だが、その溢れ出す途方もない気迫に、全身から汗が噴き出す。
「改めて。五大龍王の一角を担う、水龍王──見参」
不動明王を前に少女は堂々と構えた。その美しい双眸に、巨体は口元をわずかに緩めた。小娘と侮る姿はない。強者ゆえにその底知れぬ力に気付いたのだ。
──つわものよ。我は倶利伽羅不動明王の末 端 。いざ、尋常に勝負──
「応ともさ」
半瞬、静寂の中で風が止まった。若葉が舞い散る中で──同時に仕掛ける。
──倶利 ……伽羅剣 !──
「それじゃあ、こっちも派手に行くわよ!」
(ふふん、どう? 完璧でしょ。……って、そういえば、なんか引っかかる言葉を聞いたような……。なんだっけ?)
少女が何か思い出しかけた刹那──人狼が「ぷっ」と堪えきれずに笑い声をあげた。老兵もまた突如現れた娘の発言に呆れ果て、力無く座り込んでしまった。
「な、なによ……! その反応は!?」
想像とは全く逆の反応に少女は顔を真っ赤にしながら、人狼と老兵を交互に睨んだ。
「リュウオウ? おいおい勘弁してくれよ、嬢ちゃん。それとも頭でもおかしいのか? 龍人族は数百年も前に滅んでいる。それにどうみても、嬢ちゃんは
人間そのもの
じゃないか」「……この時代に龍人族はいない、か。ならどんな種族がいるのよ? 人間もいるの!? 人間は!」
亜人の言葉を聞き逃していたのか、はたまた聞いてなかったのか少女は軽く身構える。僅かな所作だったが──その双眸は鋭く、何時でも攻撃できるように構えた。たったそれだけの所作で、人狼の鼻先がチリチリと痛んだ。
(…………コイツ、俺がさっき人間って言ったのに気づいていない? そもそも王都の人間を知らないのか? じゃあ、宝玉持ちではない? しかしここは、
あの杜だ
。なら──)「五秒以内に答えなければ、次は当てる」
指揮官から笑みが消えた。少なくとも眼前にいる
人間
は強者であると、本能的に察したからなのかもしれない。「……アンタの後ろにいる老兵が
人間
が残っている」人狼はあえて《人間》という単語を強調して告げた。幸いにも今度は──というより、やっと少女の耳に届く。
「人間がいる!?」
「あ、ああ……。というか、さっきも言った……」
「どこに行けば会えるの!? ……って、それよりも」
少女は亜人たちか空へと視線を向ける。それにならって彼らも空を仰ぐが何もないし、誰かがいる気配もない。
「父様~、人間生き残っているってー! やったね。これで希望がちょっと出てきたよ~!」
(コイツ、人の話を聞いちゃいねえ!)
はしゃぐ少女は誰もいない空に向かって、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。それを見ていた人狼の指揮官は「今だ」と刀を持つ
「嬢ちゃん、悪いがこの場を見られたんだ。生かして──」
ヒュン──
素早い何かが人狼の横を通り過ぎた。その刹那、背後にあった木々が三キロに渡って切り裂かれる。
「!?」
木々が崩れ落ちる
再び少女に視線を戻すと、その手にはククリ刀──湾曲した刀身を手にしていた。刃渡りは九〇センチほどで少女が持つには不釣り合いなのだが、なぜか彼女が手にしていると自然と
「い、い、何時の間に!? ……いや、それよりなんだ、その刀は!」
刀身に稲妻の
「
少女はニコリと笑ったが、その
「うっ……」
人狼はゾッと背筋が凍りつき、手に持っていた刀がカタカタと震えていた。
「な──ありえ、ない……。詠唱呪文もなしに……」
「詠唱? ああ、違うわよ。これは、ただの剣圧」
少女は空に向かって軽く剣を振るう。目に自信のある人狼と鬼であっても、その剣筋は見えなかった。まさに神速。
刹那、その剣圧は
その恐れから逃れようと、懐から切り札を取り出す。
あり得ない者には、あり得ない存在をぶつければいい。シンプルな判断で人狼の指揮官は手のひらサイズの
(アチャラナータ……? ってことは、不動明王?)
少女はかつて見たことのある文字に、目を
「極憤怒の形を司り、
眉をしかめ目を怒らし上歯下唇を狡み、
座したる恐るべき者」
木札に凄まじい熱量が膨れ上がる。まるでそれに何かが封じられていたのか凄まじい気配と存在感が形を帯びていく。
「右手には眼前の愚か者を切断する剣、
左手には蛇のごとき鞭を振るう。
光焔は
我が契約されし守護神──
──確かに、承った──
森中にその怒号が轟いた。
若葉はその一喝で吹き荒れ、少女の周囲に落ち葉が舞う。
木札が砕け散り、その代わりに空を覆うような巨体が姿を見せる。それはまるでパッと湧いて出たかのようだった。
「わ、でか」と少女は呑気な感想を呟く。
全長五〇メートルはある全身青い肌に、金色の装飾を纏った男──不動明王が少女の頭上に振ってくる。片手に携えた金色の刃は、そのまま大地に向かって振り下ろされ周囲の木立ごと押し潰した。
轟音──
凄まじい衝撃波が暴風となって土煙が舞う。
「ごほっ……ははは……これで終わりだ……!」
土煙のせいで視界が悪く人影しか見えない。
「あの少女は無残にも潰れて血肉がそのへんに転がっているだろう」そう老兵も人狼の指揮官も思っていた。
だが──
鬼の老兵は自分が無事だということに気づき──眼前に見えた
「つうううう……重っ……」
自称・水龍王と名乗った少女は、その細腕とククリ刀で不動明王の渾身の一撃を止めたのだ。その一撃に少女ではなく、地面がその重みに耐えきれず、大地がひび割れ、クレーターが出来上がっていた。
「ば、馬鹿な……! あの巨体の一撃を受け止めたというのか……」
人狼は取り乱し「ありえない」と吐き捨て──
「あり……えない。ふ、不動明王! さっさとその女を殺せ!」
──応っ……!──
少女は何とか耐えきっていたが、予想以上のパワーに相手との力量を読み違えていたことを反省する。必死で抑えているが、気を抜けば潰されてしまうだろう。
もっとも彼女の力がその程度であった場合だが。
「さすがに……明王相手に、このままじゃ分が悪い……か……」
(このまま? まだなにかあるのか?)
老兵は言葉が出てこない。
もはや夢だと言い切れたらどれほど楽だっただろうか。眼前に見えるのは年端もいかぬ少女だ。その少女が全長五〇メートルの巨体の刃を受け切っている。それも彼女には、まだ余裕があるのか小さく笑った声が聞こえたのだ。
「それじゃあ、一丁やってみますか……、よっと!」
少女は両腕に力を集中させると、不動明王の剣を
──!?──
まさか押し返されるとは思っておらず、巨体が宙に浮き後退させた。その隙をついて、少女は剣先を天に掲げる。
「限定解除──
涼やかな声に対して、何処からともなく稲妻が少女の周囲に降り注ぐ。
金色の煌めきは神々しく、強烈な光に老兵は目が眩みそうになった。
──第一級限定解除、二〇パーセントの承認を受理。武装展開します──
何処からともなく機械音声が響いた。
ついで少女の周囲に凄まじい熱エネルギーが密集し、雷が白銀色の甲冑へと形を成し──身に纏う。
繊細な紋様を描かれた中華風の龍の鱗を模した甲冑。
全身武装まではいかず、右は篭手のみで、左は肩当てと二の腕までしか甲冑がない。足の具足と腰回りの帯に、月石刃の武器が
不完全な甲冑であったがその神々しさに、不動明王の動きが僅かに止まる。
「なっ……」
「なんだそれは」と老兵だけでなく、人狼も口にしかけて言葉が詰まった。眼前にいるのは少女だ。だが、その溢れ出す途方もない気迫に、全身から汗が噴き出す。
「改めて。五大龍王の一角を担う、水龍王──見参」
不動明王を前に少女は堂々と構えた。その美しい双眸に、巨体は口元をわずかに緩めた。小娘と侮る姿はない。強者ゆえにその底知れぬ力に気付いたのだ。
──つわものよ。我は倶利伽羅不動明王の
「応ともさ」
半瞬、静寂の中で風が止まった。若葉が舞い散る中で──同時に仕掛ける。
──
「それじゃあ、こっちも派手に行くわよ!」