危険への脱出

文字数 488文字

 背中はしこたま打ったけど、立てないほどの痛みはなかった。
 無事だった脳天に、ゲンコツが降ってくる。
らしくないわよ。
悪い。
 できる限りシャドウっぽい声で答えた僕は、背中をさすりながら、めちゃくちゃになった教室を眺めた。涼美先輩を狙ってきたらしいあの幽体は、もうどこにも見えない。
でも、意外とうまくいったわね。

 目から火花が出るくらい、思いっきりぶん殴ったくせに。

 その割に、この笑顔だ。真っ青な月の光に照らされて、ゾクっとくるほどきれいに見えた。

 でも、先輩の口調から察するに、僕のやったことはシャドウには及びもつかなかったらしい。たぶん、見当外れのダンスでしかなかったんだろう。

逃げた方が……いいな。

 余りにも格好悪いので、何とか渋くキメてみせたつもりだった。

 だけど、慣れないことはするもんじゃない。自分でも板についてない気がして、次の言葉に困った。

 妙な沈黙だけが、しばらく続く。

 やがて、涼美先輩が無理やり気を取り直そうとするかのように、気の抜けた返事をした。

……そうね。
 僕たちは、何ともいえない気まずさを引きずりながら、見るも無残に引っ掻き回された教室を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

三坂朔(みさか さく)

 ヤル気なしの高校1年生。

 帰宅部だったのに、演劇部員の地区大会代役として舞台に引っ張り出されて、汗みどろのシゴキに耐える日々を送っている。

 サボリ癖が強い上にムッツリスケベといいところなしだが、苦境にある者を見ると、放ってはおけない。

 幼馴染への恋には最近気づいたが、間に合わなかった。

徳永舞歌(とくなが まいか)

 劇作に夢中の高1女子。 

 役者修行に加えて戯曲執筆もこなす、やる気満々の才女。

 そのせいで朔の気持ちには気付かず(というか、もともと眼中にない)、勉強に恋にと高校生活を満喫している。

 普段は無邪気な天然少女だが、稽古の間は悪鬼羅刹と化す。

 

 

風間涼美(かざま すずみ)

 才色兼備の高3女子。

 蠱惑的な肢体を持ちながら、部活でも学校でも目立たないのは、(文字通り)次元の違う世界で生きているからである。

 即興の4行詩を吟ずることで、人間の肉体を乗っ取ろうとする異界の魔物を祓うことができる。

 実はお茶目で、年下の男性をからかうのが大好きだったりする。

シャドウ

 文字通りの「影」だが、熱い心と深い洞察力を秘めている。

 ふだんは学生服を着て、風間涼美と行動を共にしている。

 異界の魔物と接触すると、涼美の詠唱する詩の持つパワーを実体化して闘う。

都筑幸威(つづき ゆきたけ)

頭良し、ルックスよし、人望アリの完璧高2男子。

演劇部でも役者として、大会上演作品の中心となっている。

現在、徳永舞歌との交際も順調。


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色