第10話

文字数 3,956文字

 正直、ありえん展開だった…

 このアムンゼンのことで、悩んでいるにも、かかわらず、その当人から、その悩みを聞いてやろうと、言われるとは?

 まさに、お笑いだった…

 だから、私は、遠慮した…

 「…いや、こればかりは、どうにも、ならんさ…」

 と、言ってやった…

 「…いかに、オマエでも、どうにか、なる話じゃないさ…」

 私は、言った…

 が、

 これが、いかんかった…

 いかんかったのだ(涙)…

 この言葉が、アムンゼンのプライドを傷付けた…

 アラブの至宝のプライドの傷を付けた…

 「…ボクの力でも、どうにも、ならないこと?…」

 「…そうさ…」

 「…よろしい…ならば、余計に、矢田さんの悩みを聞きたくなりました…サウジの王族として…アラブの至宝として、その矢田さんの悩みを解決しましょう…」

 アムンゼンが、断言する…

 これが、いかんかった…

 まさに、藪蛇…

 まさに、藪を突いて、蛇を出した…

 そういうことだった…

 そういうことだったのだ(涙)…

 「…さあ、矢田さん、こちらへ…」

 アムンゼンが、私の手を取って、強引に、私をどこかへ、連れて行こうとした…

 「…なんだ? …アムンゼン…私をどこへ連れて行く気だ? …まさか、地獄じゃ、ないだろうな?…」

 私は、うっかり、本音を漏らした…

 つい、うっかりと、本音を漏らして、しまった…

 「…なにが、地獄ですか? 矢田さん…ホントに、今朝、なにか、悪いものを、食べたんじゃ、ないでしょうね?…」

 「…食べて、ないさ…」

 私は、繰り返した…

 「…だったら、前夜に食べたのかも、しれません…」

 アムンゼンが、真顔で、返した…

 私は、それを聞いて、ふと、いいことを、思いついた…

 このまま、腹が痛いとか、頭が痛いとか、言って、自宅に戻れば、いいと、思ったのだ…

 そうすれば、アムンゼンの自宅に行かなくてすむ…

 もし、行ってしまえば、余計に、アムンゼンと、仲良くなってしまう…

 これまで以上に、親しくなってしまう…

 だから、腹が痛いとか、頭が痛いとか、言って、このまま、自宅に戻れば、いい…

 そう、思ったのだ…

 だから、すぐに、それを実践することにした…

 私は、突然、その場にしゃがみ込んだ…

 「…腹が痛いさ…」

 と、言いながら、しゃがみ込んだ…

 「…どうしました? …矢田さん?…」

 「…腹痛さ…いきなり、きてな…」

 私は、言った…

 実に、痛そうな表情を作って、言った…

 我ながら、名演技だった…

 アカデミー賞並みの、名演技だった…

 「…これでは、とても、朝食は、食べれんさ…家に戻って、ベッドに寝ているさ…」

 私は、苦しそうな表情で、言ってやった…

 すると、だ…

 思いがけないことが、起こった…

 「…そうですか…それは、大変です…オスマン…」

 と、アムンゼンが、連れの長身で、イケメンの甥を呼んだ…

 「…ハイ…わかりました…」

 オスマンが、スマホを取り出し、急いで、どこかに、連絡した…

 アラビア語か、なにかで、連絡した…

 当然、私には、なにを、言っているか、わからない…

 が、

 電話をした直後、いきなり、目の前に、金色のロールスロイスが、現れた…

 私は、仰天した…

 文字通り、仰天した…

 「…なにか、あったときのために、近くに、潜ませているんです…」

 アムンゼンが、言う…

 「…オスマン一人では、ボクの身を守れるか、心配です…ですから、他のボディーガードを常に近くに、待機させているんです…」

 アムンゼンが、説明する…

 そして、説明が、終わるやいなや、金色のロールスロイスから、慌てて、降りてきた、屈強なボディーガード数人が、私を取り囲んだ…

 「…矢田さんが、急病だ…さあ、早く、自宅に運んでくれ…」

 「…わかりました…殿下…」

 屈強なボディーガードの一人が言う…

 きっと、この男が、ボディーガードのリーダーなのかも、しれんかった…

 これは、大事になった…

 まずい…

 さすがに、まずい展開だ…

 私は、焦った…

 猛烈に焦った…

 が、

 さすがに、急に治ったとは、言えん…

 口が裂けても、言えん…

 だから、

 「…いや、オマエの自宅より、救急車の方が…」

 と、言いかけた…

 とっさに、口にした…

 その方が、アムンゼンの自宅に、行くことが、ないからだ…

 すると、だ…

 これも、またアムンゼンのプライドをいたく傷付けたようだった…

 「…なにを言うんですか? 矢田さん…ボクの自宅には、医者が、常駐しています…」

 と、アムンゼンが、言った…

 「…なんだと? 医者が、常駐?…ウソだろ?…」

 「…ウソでは、ありません…」

 アムンゼンが、答える…

 私の脳裏に、たしか、以前、一度だけ、訪れたことのある、アムンゼンの豪邸が、浮かんだ…

 美術館や、博物館か、なにかを、改装した豪邸だった…

 たしかに、あれほどの豪邸なら、医者が、常駐していても、おかしくはない…

 なにしろ、このアムンゼンは、金持ちだ…

 サウジの王族だ…

 だから、もしかしたら、あの豪邸に、手術室もあるかも、しれん…

 なにか、あったときに、あの豪邸で、手術をするかも、しれん…

 「…さあ、早く矢田さんを…」

 アムンゼンが、言うやいなや、私は、大勢の屈強なボディーガードにカラダを持ち上げられ、荷物を扱うように、楽々と、金色のロールスロイスに運ばれた…

 嫌もなにも、なかった…

 あっと、いう間だった…

 私は、どうして、いいか、わからんかった…

 わからんかったのだ(涙)…

 まさか、いまさら、腹が痛いのは、ウソだったとは、言えん…

 口が裂けても、言えん…

 だから、なすがまま…

 私の顔は、あまりの事態に、蒼白となった…

 血の気が、引いて、白くなった…

 私と、いっしょに、金色のロールスロイスに乗り込んだ、アムンゼンが、私の顔色を見て、

 「…矢田さん…顔が、白いです…」

 と、告げた…

 「…そんなに、痛いんですか?…」

 と、アムンゼンが、心配そうに、声をかける…

 さすがに、この状態で、仮病とは、言えんかった…

 いかに、私が、図々しくても、言えんかった…

 が、

 さすがに、それを、肯定することも、言えんかった…

 「…その通りさ…」

 と、言えんかった…

 だが、ウソをつき続けているのは、さすがに、心苦しい…

 だから、

 「…大丈夫さ…たいしたことじゃないさ…」

 と、言った…

 アムンゼンをこれ以上、心配させないためだ…

 「…いつものことさ…」

 「…いつものこと? ひょっとして、矢田さんは、カラダに持病を抱えているんですか?…」

 アムンゼンが、真顔で、聞く…

 私は、

 「…違うさ…そうじゃないさ…」

 と、否定したかったが、言わんかった…

 これ以上、なにか、言うと、話が、ドンドンとんでもない方向に、走ってしまうような気がしたからだ…

 だから、なにも、言わんかった…

 言わんかったのだ…

 「…そうですか…だったら、余計に、急がなければ、なりません…オスマン…電話を…」

 「…ハイ…わかりました…」

 私は、それを、聞いて、不安になった…

 「…どこに電話をかけているんだ?…」

 「…首相官邸です…」

 「…しゅ、首相官邸?…」

 私の声が、ひっくり返った…

 「…オマエ…どうして、そんな場所に?…」

 「…直接官邸に電話をかけて、そこから、警察に連絡した方が、早いでしょ?…」

 「…なにが、早いんだ?…」

 「…パトカーですよ…パトカー…」

 「…なぜ、パトカーなんだ?…」

 「…いくら、この金色のロールスロイスでも、街中を、早く走ることは、できません…パトカーに先導してもらうのが、一番です…」

 アムンゼンが、説明する…

 「…だったら、なんで、官邸なんだ? 警察に電話するのが、普通だろ?…」

 「…いかに、ボクでも、日本の警察を動かすことは、できません…官邸に電話をかけて、首相から、警察に電話してもらうのが、一番…」

 「…なんだと? …首相から?…」

 「…別に、首相でなくても、首相補佐官でも、なんでも、いいんです…首相の名前で、警察に連絡すれば、一刻も早く、パトカーが、やって来るでしょう…」

 アムンゼンの言葉が、最後まで、言い終わらない間に、

 ウー

 ウー

 と、サイレンを鳴らしながら、パトカーが、数台、やって来た…

 そして、一台のパトカーから、制服を着た警官二人が、ただちに、やって来た…

 オスマンが、

 「…自宅まで、先導をお願いします…」

 と、言うと、制服を着た警官二人が、敬礼をした

 「…ハッ!…」

 と、言って、最敬礼をして、頷いた…

 私は、それを、見て、驚いた…

 「…どうしたんだ? 一体?…」

 「…きっと、首相官邸から、警視総監に、連絡がいったんだと、思います…」

 アムンゼンが、説明する…

 「…警視総監だと?…」

 「…どんな組織も、上と交渉するのが、一番です…下の方が、人間が、真面目で、融通が利かない人間が、多い…」

 「…そうなのか?…」

 「…そうです…」

 アムンゼンが、したり顔で、言う…

 そして、まもなく、パトカーのサイレンが、なり、赤橙が、光った…

 パトカーが数台、列をなして、走り出した…

 それから、私たち3人、アムンゼン、オスマン、そして、この矢田トモコを乗せた金色のロールスロイスも、走り出した…

 正直、わけのわからん展開だった(涙)…

 この矢田が、つい、仮病を使ったばかりに、まさか、こんなことが?…

 考えもしない展開になった…

 まさに、悪夢…

 悪夢にほかならなかった…

 これで、もし、仮病がバレたら、目も当てられない…

 そのことを、考えると、思わず、カラダが、震えてきた…

 この矢田トモコの身長159㎝のカラダが、震えてきたのだ…

 すでに、どうして、いいか、わからんかった…

 わからんかったのだ(涙)…

                
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