#6

文字数 1,272文字

 これらの経緯は一時話題になったが、今では関連記事もほとんど目にしない。毎日いろいろな事件が起こる。多少異常なところがある事件でも、犯人が捕まって自供もしていれば事実上解決しているのだから、新たに記事にするほどの情報もない。
「なんてことはありません。犯人はやはり死体を隠そうとしたんですよ。ただ埋めたり沈めたりじゃあなく、ヌシ様にきれいに食べてもらおうと考えただけで」
 ヌシは低い声で問うてくる。
「では女が死体を捨てる時にした呟きはどうなります?」
「谷尾葵の呟きは『こんな所に捨てたけれど誰かがうまく死体を見つけてくれれば』という意味ではありません。他でもないヌシ様が『うまく見つけてくれれば』という意味でされたんです。ヌシ様が見つけてくれれば、うまく食べて死体を消してくれるかもしれないんですから」
 これでヌシの証言とも辻褄が合う。岩永が知恵をしぼらずとも問題解決である。
 しかしヌシは厳しく言った。
「否。当方もその自供は新聞で目にしました。しかしそれでは筋が通りません。当方が見つけても死体を食べるとは限らないのです。女が期待するのは当方が食べ、処理してしまうこと。ならば女は死体を捨てる時、『うまく食べてくれればいいのだけれど』と呟くはず。見つけてもらうのを一番に願う呟きをもらすわけがありますまい」
 やはりヌシは納得してくれなかった。理屈に合わない大きさの、人語を操る不合理な蛇であるが、思考は論理的である。またその身に似合わずこまかいと言うか、神経質である。だから人間の女の何気ない呟きが引っ掛かって苛立つのだろう。
 大蛇はまたこまかく理屈を紡ぐ。
「このことでまた疑問が生じます。ではなぜ女は警察でそのような噓の自供をしたのか」
「死体を沼に捨てた本当の理由を隠すためでしょうね」
 その相槌にヌシは体の鱗をうごめかした。
「しかり。納得いく理由を説明願いたい」
 岩永に警察の捜査情報を直接知る伝手はない。以前、たまたま知り合いが捜査に関わっていて情報を得られたケースもあったが、いつもそう都合良くはいかない。街にいるあやかしや幽霊に情報を集めさせ、警察にもない事実を手にできた例もあるが、限界はある。彼女がこの事件について得られたのは、新聞やテレビ、雑誌で表に出たことくらいだ。
 その上で、ヌシが問題にしているのは犯人の心理的なことなのである。物的証拠を揃えた答えを出しづらいものだ。真実を明らかにするのは土台無理がある。とはいえヌシが納得する犯人の行動理由を示せねば、岩永は知恵の神とは名乗れない。
 さて夜は長くなりそうだ、と岩永はお椀を傾けて汁を飲んだ。九郎が夜食を持たせてくれたのは正解であったが、一緒に来てくれなかったのは不正解である。お椀を置き、駅にひとつだけあった自動販売機で買っておいたペットボトルのお茶をリュックから取り出し、ふたをひねった。
「ちょっと事件を整理しましょうか。ヌシ様はそれなりに知識がおありのようですが、齟齬があるといけませんので」
 事件の発端は、五年前にさかのぼる。
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登場人物紹介

岩永 琴子《いわながことこ》

西洋人形めいた美しい女性。だが、幼い顔立ちのため中学生くらいに見えることも。11歳のころに神隠しにあい、あやかし達に右眼と左足を奪われ一眼一足となることで、あやかし達の争いやもめ事の仲裁・解決、あらゆる相談を受ける『知恵の神』、人とあやかしの間をつなぐ巫女となった。15歳の時に九郎と出会い一目惚れし、強引に恋人関係となる。

桜川 九郎《さくらがわ くろう》

琴子同じ大学に通う大学院生。自らの命を懸けて未来を予言する「件《くだん》」と、食すと不死となる「人魚」の肉を、祖母によって食べさせられたため、未来をつかむ力と、死なない身体を持つ。あやかし達から見ると、九郎こそが怪異を超えた怪異であり恐れられている。恋人である琴子を冷たく扱っているように見えるが、彼なりに気遣っているのかもしれない。

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