第二話
文字数 8,568文字
待つこと暫し、ドアが開かれ店のベルが鳴る…
「こんばんわ、お待たせしてすみません。」
目の前に現れた人物を見て、あたしも兄もついでに凛さんも揃って固まっていた。あまりの衝撃に。茶色の髪に爽やか好青年風のイケメン顔は良い。むしろ大歓迎だ。問題はその人の恰好だ。
書生をイメージしたのか某名探偵のじっちゃんをイメージしたのか…とにかくそんなコスプレを思わせるような。若竹色の着物の下には詰襟シャツではなく黒いハイネックなんか着ている袴姿。首には小さな水色の勾玉と同サイズの小さなお札のようなものが取り付けられた首飾りなんかしている。
それらが妙に違和感なく似合っているのがまた怖い。とにかく現代の服装からかけ離れている服装。大正ロマンスタイルの彼から目が離せなかった。衝撃的すぎて。
「紫乃君、もう体調の方は大丈夫?」
「はい、すみません。俺ここ一週間くらい記憶が無くて…。到着するなり店先で倒れてしまって本当すみませんでした。」
固まる一同の中、ただ一人いつも通りのほほんとした笑顔を浮かべお出迎えするむめ乃さんに、その大正ロマンのお兄さんは申し訳なさそうに笑った。
あ…笑うとさらに爽やか!
ん?でもあたし…。何かこの光景見覚えがある様な気がするんだけど?なんだっけ?何か忘れているような??
この時代錯誤な怪しげな和装…えっと…えっと……
「紫乃君はね、こう見えてプロの祓い屋さんなのよ!しかも今大人気の作家先生でもあるのよ!!ね?」
「あはは、そんな大したことはありませんよ。俺の趣味みたいなものですから…」
祓い屋で作家?なんか益々胡散臭いな…お兄ちゃん殴りかかったりしないかな??
何か思い出そう頭を抱えつつ、隣に立つ兄の様子を伺うと…まだ固まっていた。
「作家さんなんですかぁ!?凄い!!名前は??」
兄と正反対に真っ先に食いついてきたのは凛さん。目をキラキラ輝かせその大正ロマンのお兄さんを見つめる。
さすが凛さん…うん、なんかさすがだ…
「作家名は
「え!?東雲青嵐ってあのぉ!?うっそ!マジで!?」
爽やかスマイルの如月さんを前に凛さんはさらに目を輝かせ、店の奥へと走って行ってしまった。
いや、気持ちは分かる…。東雲青嵐と言えばあたしでも知っている。こう見えて小説も読むのだ。本棚を占めるのはほぼ漫画だけど。
「…人気の作家先生がなんでまたこんなところに?」
ここでようやく正気を取り戻した兄が、鋭い視線を投げつけた。あの東雲先生に向かって。
お兄ちゃんもファンの癖に…著書全部持ってるくらい大好きなくせに冷静だなぁ。
「五年前までこの町にいたんです。ここは故郷みたいな場所ですからね。」
兄とは対照的にやはり爽やかすぎる笑顔を浮かべ対応する如月さん…その姿からはとても祓い屋なんて胡散臭い職業をやっているようには見えない。
「里帰りですか…それで祓い屋というのは?」
「本当ですよ。信じてくれる方は中々いませんけどね。あと、里帰りではなく今日からこの町に住むつもりで帰って来たんです。祖母の古書店を再開しようと思いまして。」
「は?古書店?」
「はい。商店街の中にあると思いますが…『
「…確かにそんな看板の店あった気が…。あの古臭い…ちょっとレトロな佇まいの店か?」
「ええ、古臭い佇まいのお店です。」
兄の鋭い目つきでの尋問にも臆することなく爽やかににこやかに答える如月さんはそういうと懐から名刺を取り出し兄に渡した。
「開店したら是非皆さんでいらしてください。」
「はぁ…」
「大丈夫ですよ!怪しいお店ではありませんから。ただの古本屋です。」
怪訝そうにその名刺と如月さんとを見比べていた兄を見て、如月さんは苦笑しながら頭を掻いた。
凄いなこの人…あの恐ろしい目つきのお兄ちゃんを前にして全く動じないなんて。
兄の横から名刺を覗き込むとそこには達筆な墨字で『青嵐堂古書店店長 如月紫乃』と書いてある。どうやら本当らしい。
「そうだ、忘れないうちに…珠惠ちゃんだっけ?君に憑いているものを祓っておこうね。
こういうの
は長く憑かれるほど厄介だから。」急に思い出したようにあたしに微笑み掛けると、如月さんはあたしの肩を軽く数回叩いた。まるで埃でも払うかのように…。
「…うん、これで大丈夫。どう?楽になったかな?」
あまりの単純作業にあっけにとられていたあたしを見て苦笑すると、如月さんは肩に手を乗せたまま顔を覗き込んできた。
恰好はともかくこの人はイケメンなのだ。それは真実であって、そんなお顔を間近で見たとなれば…如何せん耐性のないあたしに取っては心臓に悪い。
か、顔がなんか熱い…!心臓バクバクする!!
「…おい。もう済んだだろ?ならさっさと珠惠から離れろ。」
「ああ、すみません。」
「珠惠、お前も黙っていないで取れたら取れたってちゃんと報告しろ。浮かれるな。」
と、最後の一言はぼそっとあたしにだけ。
確かに…憑いていたものは綺麗に取れていた。体が軽いのが何よりもの証拠だ。
ということは…この人は本物の祓い屋さんなのか?人気の作家先生が祓い屋で本屋の店長ってこと全てが胡散臭いけど…
まさかこの人…のほほんとしたむめ乃さんを騙して大金奪おうとかそんなつもりなんじゃ…。人気作家の名を語って。ありえる!!だってどう見ても怪しいもん!!
イケメンであることに気を取られていたあたしはここで改めて如月さんに対して不信を抱いた。
カウンター席に座り(凛さんに無理矢理座らせられ)むめ乃さんと談笑している如月さんに再び目を向け観察してみる…
若い…よな?なんか落ち着いた雰囲気だけどお兄ちゃんやむめ乃さんと変わらない年齢のような…けど意外と年上だったりして。いや…でもむめ乃さんは『紫乃君』て呼んでたから年下?
ああ~!!なんか見た目からは判断しにくい!この恰好のせいもあるんだけど。
「…珠惠、あれは駄目だぞ…」
「はっ!?お、お兄ちゃんいきなり何言い出すの!?」
イケメン好きなあたしを知ってか…がっしり肩を掴み警告する兄に、あたしは椅子から転げ落ちそうになった。
何動揺してるんだあたしは…!?そりゃあイケメンさんだけど!!
「…そ、そりゃあ如月さんは爽やか好青年風のイケメンさんだけど…胡散臭過ぎるよ…」
兄の胸倉を引っ掴み、声を潜めそう言うと彼もまた同感だと言わんばかりに頷いた。深く深く。
「…わかれば良い。けど…取れたんだよな?」
「…うん。おかげで体が軽いよ。」
「じゃあ本物か…。まぁ、あいつの知り合いならその辺しっかりしているはずだしな。胡散臭い奴なのも納得がいくけど…」
「うん…だよね…作家さんみたいだし…」
「自称な…証拠は無い。」
「…けど嘘ならわざわざ著者名まで言うかな?しかも今人気の作家先生の名前まで出してさ。」
「東雲青嵐は顔も年齢経歴一切公開しない謎多き作家だぞ?その気になれば誰だって名乗ることが出来るだろ。それらしい恰好なんかしてなりきれば単純な奴ならすぐ信じるよ。」
「むめ乃さんもそれに引っかかったと?」
「…もしくは一緒になって何か企んでいるとか…?あいつなら考えそうなことだ。考えるだけで恐ろしいけどな…」
「…やめてよお兄ちゃん!あたしまで怖くなってきたよ!!」
「…悪い。」
兄の恐ろしい憶測に身震いし、再び如月さんへと目を向けると…
あ、目が合った…というよりこっちを見ていた?
にこりと爽やかスマイルを浮かべ、如月さんは暫く興味深そうにあたしをじっと見つめて来た。何も言わずに。
な、何??この状況は?
「…妹に何か?」
「ああ、すみませんつい…えっと…」
「皐月聡一郎です。ここの店長で珠惠の兄です。言っておくがこいつに何かしたら俺が…」
「あはは、そんなことしませんて。ただ…珠惠ちゃんは中々
厄介な体質
みたいですから、心配になっただけです。お兄さんにはそう言った気は感じられませんけど…」「は?気って…霊感のことか?あんたわかるのか?」
もはや敬語を使うことすら忘れ、兄はあたしを後ろに庇いながら眉を顰め首を傾げた。
如月さんは相変わらず笑顔だけど…
「ええ、一応プロですからね?あるかないかくらいはわかりますよ。大体ですが……」
「……」
「あ、信じてませんね?その顔。わかりやすいなぁ。」
「あんたが胡散臭過ぎるんだよ。その恰好からして怪しいだろ!!」
「え?あはは、やっぱり?まぁ、この恰好にはちょっとした理由がありまして…話します?」
「結構だ!」
「ああ、そうですか?珠惠ちゃんも気になってるみたいだけど…知りたい?」
「珠惠に近づくな!」
「話しかけただけですって。取って食ったりしませんよ別に…」
兄に遮られ、少し不満そうな声で(いや、呆れたような)そう言って肩をすくめると、如月さんは助けを求めるようにむめ乃さんへと目を向けた。
お兄ちゃん…本当過保護なんだから…恥ずかしい。
「仕方がないわよ、紫乃君。聡さんは珠ちゃん命だからねぇ。可愛くて仕方がないのよ。許してあげてね。うふふ。」
「ああ、なるほど…気持ちはわかります。」
「そうでしょう?珠ちゃん可愛いもの。」
むめ乃さんののほほんとした様子に和んだのか、兄はそれ以上は何も言わず厨房へと消えて行ってしまった。
そういや、もうすぐディナーの時間だ。準備してるのかな。
しかし…元刑事、キャリア組ではなかったにしろ一目置かれていた優秀な刑事だった兄が今は小さな喫茶店でコーヒー淹れて料理作っているなんて。世の中本当に何がどうなるかわからない。現役の時はろくに家にも帰らずだったくせに。料理上手でバリスタの資格まで持っているとは思いもしなかった。
「珠惠ちゃんは随分憑かれやすい体質みたいだけど…いつもはどうしているのかな?」
コーヒーに牛乳をたっぷり入れた甘いカフェオレを飲んでまったりすること暫し。如月さんに再び話しかけられ思わず吹き出しそうになった。
この人…いつの間に隣に!?
「…わ、わかるんですか?」
「うん。ああ、でも君のことはむめ乃さんからよく聞いていたから気になってはいたんだよ。」
「はぁ…ああっ!?じゃああたしが日々不良に絡まれストリートファイトしていることとかも!?」
「え?それは初耳だよ?」
「…はっ!?もしかして…最近編み出したハリセン除霊法の話とかも!?」
「ハリセンで除霊出来るの!?」
「え?はい…こうバシッと。知り合いに
「いや、そんな単純なものじゃないんだけどなぁ…ははは。」
「そうなんですか?だってさっきも簡単に…」
「色々段階踏んだ結果だよ…」
「そうなんですか?あ、こ、これ…そのあたしが作ったハリセンですけど……あげましょうか?」
「…頂きます。ありがとう。」
ついテンパって喋り過ぎた気がしなくもないけど…
そうなのだ。あたしは素人ながらノリでたまたま編み出した『ハリセン除霊法』が出来る。ただし!他人に憑いた霊のみ祓える。自分に憑いた霊はさっぱりだ。効果なしなのが悲しい。だから憑かれやすい体質のあたしにとってはあまり役に立たなかった。
でもそうか……除霊ってやっぱ難しいんだ。なんか一回成功して『なんだ結構いけんじゃん!』って軽い気持ちだったけど……ひょっとしてあたしそっちの才能あるのかな?
あたしに貰ったハリセンを興味深そうに観察し、考え込んでいる如月さんの様子を見ているとなんだか申し訳ない気持ちになった。
コーヒーを一口、あたしの話を聞いて呆れているのか驚いているのか…隣に座る如月さんの顔から完全に笑顔が消え、代わりに真面目な表情になっていた。
真面目な顔もまた雰囲気が違って……
「…如月さん。なんでそんな恰好してるんですか?勿体ないですよ?」
「俺、今から真面目な話しようとしてるんだけどなぁ…」
つい心の声が出でしまい、笑顔で諭された。
ああ、なんか笑顔が怖い…怒ってらっしゃる??
「す、すみませんでした…」
「うん、わかってくれたらいいんだ。」
「…そ、それで?真面目なお話とは?」
如月さんにつられ甘いカフェオレを一口…とりあえず頭を下げ謝罪すると、再び彼は真面目な表情に戻った。
「…まず始めに言っておきたいんだけど…」
「は、はい?」
「…その『如月さん』って呼び方やめようか?俺苗字で呼ばれるの好きじゃないんだ。」
「え?は、はい…」
「うん。じゃあ『紫乃さん』って言ってみようか?」
「ええっ!?い、いきなりですか!?嫌ですよ…恥ずかしい…」
「…わかった。なら俺も君のことを『珠ちゃん』って呼ぶから。」
「意味が分かりません紫乃さん。」
「うん、よしよし。珠ちゃんは素直な良い子みたいだね。」
「頭撫でないでください!!」
いきなり真面目な顔して呼び方についてとかって…な、何なの?本当にこの人は??あたしもつい名前で呼んじゃったけど。
満足そうに微笑み頭なんか撫でながら、紫乃さんはなぜか遠い目をしていた。
「そういえば紫乃君、妹さんいるのよね?確か珠ちゃんと同じくらいの子だったんじゃないかしら?」
そんな様子を楽しそうに微笑んでみていたむめ乃さんがいきなりそんなことを言い出したので、接客に勤しんでいた凛さんが目を輝かせ駆け寄ってきた。
本当凛さんは好奇心旺盛なんだから…
「紫乃ちゃん妹いるの?わぁ~!!珠ちゃんとどっちが可愛い?」
と、ここでまた答えにくい質問まで…。しかも『紫乃ちゃん』て。本当コミュ力高いなこの人。
「う~ん…難しいなぁ…珠ちゃんも妹も可愛いからなぁ…」
「そこは妹さんでいいのでは?」
「いやいや、選び難いよこれは…」
「紫乃さんの妹さんなら確実に可愛いじゃないですか!!あたしとは月と鼈の差ですって!!」
そうだ…こんなイケメンさんの妹さんなら凛さん並の美少女に違いない。いや、もしかしてかなり正反対というパターンも…それはなんか見たくないな。あたしも人のこと言えないけど。
「まぁ、見た目はね…中身に色々と問題があって…。難しい年頃だからねぇ。女の子は特に。」
「あたしも中身に問題ある子ですけど…」
「うん。そうみたいだね。」
ひ、否定しないだと!?
いや、仕方ないか…テンパっていたとはいえ話さなくてよいことまで暴露してしまったし。ストリートファイトのこととか。
「…珠ちゃんは倒れそうなお兄さんを放って走り去っちゃう冷たい子だしね?」
「は?あたしそんなこと…」
「数時間前…俺がふらふらになって休んでいたところに躓いて思いっきり逃げたよね?」
「え?数時間前…?躓いて…?」
笑顔の紫乃さんを前にあたしは首を傾げ考え込んだ。
数時間前…躓いて逃げたって…
あたしは今日の記憶を振り返ってみた。朝から病む終えない事情で遅刻し居眠りし放課後に担任から説教を受け帰宅して…悪態つきつつ家路について…
…………
…………
…………
「ああっ!?
あの
変な人!?」「ははは、酷いなぁ…変人扱い?」
思い出した!!そうだこの恰好!!間違いない!!
帰り道躓いた変な恰好の人!!なんで気づかなかったんだろう!?
ここであたしは冒頭の衝撃的な出会いをようやく思い出したのだ。
「…あ~!!変人には関わらないって決めていたのに!!」
「恰好で判断するのは良くないよ?」
「…しかも…やっぱり胡散臭い人だったし!!」
「いや、この恰好には訳が…って聞いてないなこの子。」
大失態…なんで忘れてたんだろう?覚えていたらすぐにでも逃げ出していたのに!!
頭を抱え机に突っ伏し後悔した。けどもう遅い…。気づいたときに関係は始まっているのだから。
「…はぁ、俺が驚かせちゃったのも悪かったけど…ここまで面と向かって『変人』って言われるとさすがに傷つくな…」
顔を上げると紫乃さんは本当に傷ついたような…悲しそうな笑みであたしを見ていた。
い、いや…やめて!!そんな顔してあたしを見ないで!!
「はぁ…むめ乃さんから色々話を聞いて力になれたら嬉しいなって…俺ちょっと楽しみにしてたんだよね。珠ちゃんと会うの…」
「え?あ、あの…」
「…嫌われちゃったかな…はは、仕方ないよね。確かに俺の職業は胡散臭いし…」
「あ、あの…」
こ、これはどうしたら…
お兄ちゃんは仕込みで厨房に籠っていないし!こんな時に頼りになる人が何故いない!?
むめ乃さんと凛さんのなんとも言えない表情を前にし、隣には落ち込む紫乃さんが…
あ~!!も~う!!
「…わ、悪かったですって!思ったより…まぁ、普通の人でしたし…」
ほんのちょっとだけど。イケメンだし。
「…本当に?」
「…胡散臭いのは変わりないけど…」
「…やっぱり…」
「わ、わぁ~!!だから!!そ、そう!霊!ちゃんとお祓いしてくれましたし!!それは感謝してるんですから!」
ああ、なんかこの人面倒臭い…胡散臭い上に面倒臭い!!
再びしゅんと落ち込みそうになる紫乃さんを見て、あたしは慌てて付け足した。
嘘は言ってない。霊が取れたことについては本当感謝しているのだ。おかげで体が軽いし。
「そっか!うん、珠ちゃんはやっぱり良い子だね。」
「はぁ…それはどうも…」
爽やか素敵スマイルを浮かべあたしの頭を撫でる紫乃さんを見ながら、もう何も言う気が起きなかった。
ああ、もういいや…好きにしてくれ…
「そうだわ、紫乃君。せっかく珠ちゃんと仲良くなれたことだし…珠ちゃんのボディーガードしてあげたらどうかしら?」
むめ乃さんがいきなりとんでもないことをのほほんと提案してきたので、あたしは今度こそ飲みかけたカフェオレを詰まらせ咳き込んだ。
こ、この人もたまに突拍子もないことを言ってくれる…
「俺、体力には自信ありませんけど…」
「うふふ、それは心配ないわ。珠ちゃん逞しいもの。私が言っているのは霊に対してってこと。紫乃君は優秀な祓い屋さんだし、珠ちゃんは自分で除霊は出来ないし…どうかしら?」
「ああ、なるほど。俺は構いませんよ?可愛い女の子が困っているならば。勿論珠ちゃんさえ良ければ…ね?」
「まぁ!じゃあ決まりね!!」
いやいや!!勝手に決められても!!
「嫌です!!」
「え?俺はいいと思うけどなぁ~…珠ちゃんいつも辛そうだし…それがなくなるんだよ?」
「うっ…ほ、放っておけば何とかなりますよ…」
凛さんまで…お兄ちゃん仕込みにいつまで時間かけているの!?助けてよ!!
「可愛い珠ちゃんには特別に無料で除霊してあげるって言ったらどうかな?」
「え?無料!?」
無料という言葉につい反応してしまうのが悲しい…
紫乃さんの笑顔の提案にあたしは心がグラグラ揺らぎそうになるのを必死で堪えた。
ま、負けるなあたし!!無料ほど怖いものはない!!
「珠ちゃん、君はずっとこのままで耐えられる?今は時間が経てば離れる霊しか寄ってこないかもしれないから珠ちゃんは何も対策せずに放っておいているわけだけど…いつか絶対人の心に付け入る霊が現れる…」
いつの間にか真面目な顔をした紫乃さんが、あたしを真っすぐ見つめていた。
そ、そんな顔したって嫌なものは…
「…それは離れずずっと憑き続けるかもしれない…君の気を吸収して死に至らしめるか…もしくは周りの人間を巻き込むか…」
「…そ、そんなこと…あるわけ…」
「俺は祓い屋だよ?君みたいな人間は今まで沢山見てきたから言えるんだよ。そういう事態に直面してきたから言える話だ。霊の種類は様々だからね?もし質の悪いものに憑かれたら支払う代償もそれなりに大きくなる……君はそれに耐えられるかい?」
「…それは…」
「…で、そんな人を救うのが俺の役目ってわけだ。わかるかな?」
「…はい。」
いや、ふわっとした感じだけど…
自分自身に起こる不運ならまだ良い。けど、周りの人間を巻き込むのはやっぱり…嫌だ。
「…仕方ないな…じゃあこうしよう!一週間、俺がお試しで君を霊から守る。それで役に立たなかったら必要以上に干渉はしない。それでどうかな?」
「はぁ!?」
そんな勝手な事……!!
でも……紫乃さんの言う事は確かに間違ってはいない様な気もしなくは……
目の前でにっこり。爽やか過ぎる素敵スマイルを浮かべあたしを見つめる紫乃さんはやっぱり胡散臭かった。けど、絶対に信用できない…とは言い難い。
「…あ。そう言ってる傍からまた……」
ポンッ……
紫乃さんは笑顔であたしの右肩を軽く叩いた。
ああ、そうだ……あたしは憑かれやすい体質。そしてそれを祓う事が出来ない哀れな子……。
方や目の前の方は……その手のプロだ。簡単に手で払い除けられるくらいの……
「……お、お願いします……」
「はい。よろしくお願いします。」
追い込まれたせいか、あたしは紫乃さんの手をしっかり握っていた。深々と頭まで下げて。
こうしてなんやかんや(?)でこの交渉は成立してしまったのだ。
人生何が起こるか分からない。ああ、確かにその通りだ。
この時ばかりはそう思わざる終えなかった。