第6話

文字数 857文字

 塔の上の少年
 永見エルマ

「準備はできた?」
 少女がアトリエから大きな声で尋ねます。外はすっかり夕暮れ刻で、部屋は赤橙色に染まっています。少女は作業を終えたところでした。泣き終えた少年は、塔に唯一の手提げバッグに筆と彩具、それから何枚かの画用紙を入れると、それを肩にかけ、準備ができたことを伝えます。少年のあまりの軽装さに
「まあ、なんとかなるわよ」
 と少し呆れ声の少女。
 少女はリュックと背負うと、登りと同じようにロープを伝って降り始めました。窓から顔を出してその方法を観察していましたが、いざ自分で降りるとなると、やはり足がすくんでしまいます。少女に応援され、下を見ずになんとか十数メートル降りると、ようやく地面に到着しました。
「えらく時間がかかったわね。さあ、最後の一仕事よ」
 そう言うと、彼女はあらかじめ降ろしておいた鉢から植物を丁寧に掘り出し、塔のそばに埋めていきます。少年も少女に続き、穴を掘り始めます。
「案外良いところじゃない。日も当たるし、風も気持ちいいし」
 最後の一つを埋め終わると、少年は心の中で唱えます。
 今までありがとう。元気に育ってね。
 そう言うと、今度は立ち上がって、塔を見上げます。
 恐ろしく高いと思っていたけど、そうでも無いんだね。僕を守ってくれてありがとう。僕を支えてくれてありがとう
 少年の心にはもう一抹の迷いもないのでした。
「行ってきます」
 少年と少女は、塔を背に歩き始めました。少年の足はさくさくと大地を踏みしめていきます。塔の後ろからは夕日が覗いて、二人の背中を後押ししています。あたりには夕凪が訪れ、二人の足音だけが響いているのでした。旅立つ少年と少女を、塔はただ立ち尽くして静かに見守っているのでした。

 人里離れた森の奥深く、大きな湖のほとりには、心地の良い春風が吹いています。近くの山では野うさぎが追いかけっこをし、湖の魚たちは春を揺蕩いながら満喫しています。湖のそばにはただたくさんのお花が咲き乱れていて、そこには塔の影も形もなく、ただの平野が広がっているのでした。
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