二十

文字数 3,401文字


 家賃が三ケ月分、滞っていた。敷金と同等額ではあったが、大事を取って間もなく督促がくるだろう。
 わたしは、悶々とした日々を送っていた……。
「あなた。こんな本、もう読まないでしょ」
 妻が壁一面の書棚に顎をしゃくって言った。「持っていても意味がないわ。処分してしまったら……」
 そういう手もあったか――。その数、およそ数千冊はあったろう。
 わたしは、彼女のことばをヒントに書棚にあった豪華本や辞典の類いをバイクに積んで古本屋に持って行った。三日間ほど積んでは持っていくを繰り返すことで、五万円ほどになった。それでも三分二ほどは金にならず、廃品回収の日に捨てなければならなかった。
 その結果、壁にずらりと並んだいくつもの書棚はすべて空っぽになった。
 まるで、自分の心の中の空洞のようだった。
 中身のない、ただの容れ物……。
 それが天井まで届く高さから、恥ずかしそうに頭を垂れて佇んでいた。いや、自分はその容れ物ですらないかも知れない。立派な調度も家具もない部屋の、唯一の虚勢。その残骸がここにあった。
 わたしは思った。結局は自分も、この書棚の枠だけを堅持してきた、中身のない男に過ぎなかった。素養もないのに、見せかけだけで通してきた報いがいま、わたしを嘲笑っているのだと……。
 彼女の病状は、一進一退だった。
 すこぶる機嫌のいい日もあれば、極端に荒れる日もあった。
 酷いときには、わたしの頭髪を掴んで引きずり回し、眼鏡を取り去ってくしゃくしゃにした。返すその手で、思いっきり両頼を叩いた。口の中が切れ、血があふれ出した。
「誰があたしをこんな女にしたの。ね、誰なの。教えてよ」
 質問が矢継ぎ早に繰り出される度、その手の打擲が付随した。「知っているんでしょ。知ってて黙っているんでしょ。ねぇ、何とか言ってよ」
「やめてくれ。暴力を振るうのだけはやめてくれ」
 眼の周りの毛細血管や唇の中が切れ、あちこちに内出血ができた。薬局へ飛んで行き、眼帯やマスクを買ってこなければならなかった。
 ときには、包丁を持ち出すこともあった。突き出されるそれを避けようと、手に深い傷を負ったこともあった……。
 一定期間をおいて、溜まりに溜まった澱のようなものが一気に噴出した。表面は穏やかにしているように見えても、内心は夜叉のように憎しみを滾らせているのがわかった。そうして嵐が去ってみると、自分のしたことは一切、覚えていないのだった。
 記憶は、晴れやかな気分のときだけに限られていた……。
「出て行って。もう顔も見たくないから、出て行って――」
 修羅のような形相で、彼女が吐き捨てるように言った。「もうあなたなんか、どうなったっていい。生きようと死のうと、もう関係ないわ。これ以上、わたしに頼らないで頂戴。ひとりで生きていって。わたしは、あなたの姉や母親なんかではないのよ」
 狂っている――とはいえなかった。
 真顔だった。
 わたしは、そのことばを最後に、手持ち資金のすべてを眠っている彼女の枕許に置いて家を出た。手持ち資金のすべてといっても、掃除夫をしたお金と塾での給料分、それと支払おうとしていた金利くらいでしかなかった。
 それが彼女にしてやれる、わたしのすべてだった――。
 そのまま、そこにい続けることは、ただでさえ苛立つ彼女を無闇に怒らせるだけだ。早晩、決定的な修羅場が二人を襲うことは眼に見えている。それよりは、大事にならないうちに身を引いたほうがいい――と思った。
 掃除と塾のバイト先には、急に就職が決まったので、申し訳ないが辞めさせてほしいと電話で強引に頼んで辞めさせてもらった。
 持ち物は、ミニバイクとヘルメット。そして、いつも持ち歩いている鞄だけだった。その中には、打合せのときに使っていたA4判のコピー用紙が二百枚ほどと各種筆記用具、思い出の写真数枚と小銭の入った財布、通帳、印鑑など雑多なものが詰まっていた。
 こういう結果になったことを報告しようと、母親のいるアパートに電話した。何年ぶりか覚えていないほど久しぶりの電話だった。
 耳の遠い母親に代わって、妹が電話に出た。
 自殺をしようとして果たせなかったこと。妻に三行半を突きつけられ家を出てきたこと。借金が十年経っても返せないほどに残っていること、一~二日だけでも泊めてほしいことなどを話した……。
「前にも言うたけど、兄ちゃんには一遍も世話になってへん。いまお母ちゃんはデイケアに掛かってて、大変な時期なんや。おそらくそうは長うないと思う。家には絶対、きんといて。お母ちゃんがますますおかしうなる。死ぬんやったら、わたしらには絶対、迷惑掛からんような形で死んでや――」
 防衛本能豊かな吉田家のDNAが言わしめた結論であった。
 言わんとするところは、老親の面倒を看るべきは、長男たるわたしの仕事、いまごろ、そんなことを頼んでくるのは筋違いというにあった。葬式代は誰が出すの、せめて自分の分くらいは、自分で始末してねという意味であった……。
 あれだけやって死ねなかった以上、わたしは路上で生活する以外になかった。
 こんな状態で生きたくはないが、死ねもしない。そんな宙ぶらりんな気持ちのまま、わたしはミニバイクを駆って京都のあちこちを走り回った。
 北のほうは、ほとんど知っていた――。
 どの露地のどこから入れば、どの家にたどり着くかまでわかっていた。そして最終的にたどり着いたのが、京の南の外れである伏見であった。
 ここのほうが、少しは人目につくまいと思った……。
 伏見のあちこちを回り、新大手筋通の橋に着目した。橋の幅がほかのものより広いところから、雨露も防ぎやすいとみたのだった。わたしは、あちこちから、家の材料になりそうなものをバイクや徒歩で拾い集め、橋の下にねぐらを作った。
 朝、バイクを走らせていて、アルミ缶を集めているホームレスに出会い、空き缶を買ってくれるところを教えてもらった。コツを聞くと、自転車でないと、空き缶は集めにくいとのことであった。
 一週間ほど走り回ったところで、バイクはガス欠になった。
 しかし、セルフサービスのガソリンスタンドなら、百円でもガソリンが入れられるのを知ってから、一週間に一度は走ろうと思った。バイクは、放っておけば、バッテリーが上がって使い物にならなくなる。いざ遠出をするとなったときや、重い荷物を運ぶときに役立つのが、バイクという乗り物であった。
 普段の走りは、いかにも打ち捨てられた風の鍵のない自転車を公園で見つけ、それを足として使った……。
 彼女の許を去ってから、二週間ほどが過ぎた――。
 このころになると、どのスーパーの、どの場所に賞味期限切れの弁当やパンが捨てられているかも学習していた。
 わたしは、夜がくる度、川面に映る明るい月の姿を眺めながら、これまでのことを想った。妻のことが、しきりに想いだされた。
 どうしているかが気になった。
 すんでのところで、様子を見に行きそうになった。
 しかし、飛んで行ったところで、何がしてやれるというわけでもなかった。事実、何もしてやれないからこそ、こんなところにきてしまっているのだ。
 わたしはかぶりを振って、彼女のことは一切考えないように努めた。そして、せめて彼女には、わたしがどのように思っていたかだけでも知らせられたならと思い、回顧録風の小説を書き始めた。
 もしわたしが死んだら、その原稿が友人の土肥の許に届き、間接的に妻に届けられるようにと思って、原稿の表紙には彼の住所と電話番号を記しておいた。
 目標と日課ができた所為か、それからの毎日は充実していた。
 時間を気にせず、書き物に集中した。空き缶集めも時間帯に分けてルートを確立し、それなりに集まる形を整えた。
 なかには、バイクで集めているひともいた。空き缶取りは、時間との勝負だった。その点、バイクで回ると、量はあまり積めはしないものの、他のひとより早く現場に行きつくことができた。
 まさに早い者勝ちの世界であった。一気に何ヶ所も回ろうとすると、空き缶の量が嵩張って動きが取れなくなる。それなら、ひと足先に行って回収してから隠し場所に持ち帰り、また別方向に回収しに行くという方法を採るのが一番だった。
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