第10話 ドキュメンタリズムの課題

文字数 3,597文字

(経済がまわらない、改革が進まない原因には、ドキュメンタリズムがあります)

1)人文的文化とドキュメント

人文的文化は、問題を文章で扱います。

科学的文化では、文章、数字、数式、プログラム、数値データなど、問題を扱うツールは、対象に応じて最も効率のよいものが選択されます。画像と音楽は、デジタル化によって、数値データになっています。

科学的文化からみれは、文章は、不正確で、複雑な内容を扱えないので、非常に手狭に感じられます。

経験科学が、理論科学に置き換わった大きな理由の一つは、ビッグデータに代表されるようなデジタルデータの急速な拡充にあります。

人文的文化の文章は、モノを動かす力があるでしょうか。

ドローンの飛行は、プログラムが指示します。プログラムをゼロから作るのは手間なので、ユーザーは、空間座標の数字を入力し、飛行、着陸などの指示を書き込みます。

人文的文化では、東京在住のサラリーマンに、札幌まで、出張命令をだすことがあります。しかし、この命令は、ドローンに比べれば非常に曖昧です。

人文的文化は、文章をツールとして使いますが、その場合の文章の表現と文章が表わす内容の間には曖昧さが多くあります。

ドキュメンタリズムとは、文章の表現の内容の間の曖昧さを意図的に拡大させる手法を指します。

ドキュメンタリズムが進むと、文章だけが空回りして、内容が変化しなくなります。

なお、ドキュメンタリズムは、人文的文化で見られる現象です。科学的文化でドキュメンタリズムを行えば、それは、不誠実、あるいは、問題究明を阻害する行為であると判断されて、アカデミック社会から追放されます。

2)タイプ1のドキュメンタリズム

タイプ1のドキュメンタリズムは、国会答弁が典型です。

「善処します」

「有識者会議で検討します」

これらの言葉には、内容はありません。

言葉に内容の有無の判定は次の基準で行います。

発言を聞く前の情報量をP1とします。

発言を聞いた後の情報量をP2とします。

ΔP=P2ーP1

を求めます。ΔPがゼロか、極めて小さければ、それは、タイプ1のドキュメンタリズムです。

たとえば、問題があった時の「有識者会議で検討します」という答弁を考えます。

過去の事例では、複雑な問題の8、9割は、有識者会議にはかっています。

つまり、「有識者会議で検討します」という情報がなくても、有識者会議が開かれると予測できます。この場合、情報量の増加量はゼロです。

なので、「有識者会議で検討します」は、タイプ1のドキュメンタリズムになります。

答弁がドキュメンタリズムになると、実質的な検討が進まないので、問題解決が先に進まなくなります。

つまり、大きな弊害があります。

2023年2月10日のNewsweekで、西村カリン氏は、に 「衆議院の代表質問」について、次のように指摘しています。これは、ドキュメンタリズムの指摘だと考えます。(筆者の要約)

<==

1月25日から、衆議院の代表質問が始まった。完全に無駄な時間だと思った。

事前に政府に通告された質問に、官僚たちが回答を用意し、首相は回答を読み上げるだけだ。

項目ごとに、首相は「〇〇についてお尋ねがありました」という決まった表現で話し始め、同じような回答を読み上げた。

回答の内容は、既に発表されていもので、新しい情報はない。回答に追加質問や指摘はできず、議論にならない。

これでは、首相の代わりに文章を読み上げるロボットを使っても変わらない。お金の無駄だ。

深刻な問題にが山ほどあるときに、非効率的な政治作業は許されない。

フランスでは、閣僚が生放送の番組に出演して、記者や視聴者の質問に答えている。アドリブで答えられない政治家は閣僚になれない。

==>

3)タイプ2のドキュメンタリズム

タイプ2のドキュメンタリズムは、形式主義です。

文章の形式が整って入れば、内容は問わない方法です。

これは、科学的文化とは相容れません。

不正や、事故の問題があった場合、チェックシートを作る方法が典型です。

シートに正しく事実が記載される保証はありません。事実が記載されていない場合には、虚偽記載をした担当者に問題があるのであって、指導する上司や行政には責任がないというアリバイ作りになります。

おそらく、自動車製造で、排ガスのなどの不正が繰り返されているのは、タイプ2のドキュメンテーションにあると思われます。

三菱自動車のタイヤの落下事故の場合には、行政担当者には責任は行きませんが、事故が再発すれば、怪我をする人が発生します。

タイプ2のドキュメンテーションは、事故を防ぐよりも、責任回避に重点があるため、チェックリストは、冗長になり、その結果、誰も真面目にチェックできなくなります。

性犯罪を犯した犯人を有罪にして、刑務所に入ってもらうことがあります。

建前では、刑務所暮らしには、人格の更生効果があることになっています。

しかし、最近では、遺伝子解析が進んで、ある種の性犯罪者は、遺伝子が問題の原因であることがわかっています。つまり、「刑務所暮らしには、人格の更生効果がある」という仮説は支持されません。このため、国によっては、強制的に、ホルモン治療を行っている場合もあります。

こうした、対策の違いには、ドキュメンタリズムの有無が関係しています。

4)タイプ3のドキュメンタリズム

タイプ3のドキュメンタリズムは、言霊信仰です。

岸田首相は、就任早々、「新しい資本主義」を提示しました。

しかし、言葉が先にあるだけで、内容は未定でした。

次に、有識者会議を開いて内容を作りました。

官僚は、職務命令であれば、「新しい資本主義」は、重要で効果があると、忖度させられます。

しかし、日経トップリーダーのメルマガ読者である経営者・経営層を対象としたアンケートでは、岸田首相が掲げる「新しい資本主義」に対して約55%が「何を意味しているかよく分からない」と回答しています。

「新しい資本主義」は、人文的文化の言霊信仰です。

有識者会議のメンバーは、人文的文化の持ち主でしょう。

科学的文化であれば、「何を意味しているかよく分からない」と答えるはずです。

5)科学的文化のドキュメント

最後に、科学的文化が、ドキュメンタリズムにならない理由を説明します。

科学的文化は、オブジェクトとメソッドで記載されます。

これは、実験をする場合を考えれば明白です。

実験器具や材料を準備して、実験の操作をします。

より複雑な場合には、建築の設計図があります。これは、材料を加工して、組み立てる手順を記載しています。

科学ではありませんが、音楽でも、楽譜には、各楽器の演奏方法が書かれています。

STEAM教育が、効果がある理由は、科学を組み立てる手順と芸術を完成させる手順に共通性があるからです。

人文的文化では、メソッドの記載が不正確であるか、存在しません。

さらに、オブジェクトが、不明確な場合すらあります。

「新しい資本主義」では、オブジェクトも、メソッドも指定されていません。

科学実験であれば、学生に実験器具や材料を渡して、実験の手順書を配布します。

この2つがなければ、教官は、学生から、実験ができないというクレームを受けることになります。

それでも、実験を強要すれば、アカデミック・ハラスメントで訴えられます。

「新しい資本主義」には、オブジェクトも、メソッドも指定されていません。

科学的文化であれば、官僚は、「新しい資本主義」の施策の実施はできないとクレームをつける権利を有していることになります。

それでも、「新しい資本主義」を強要すれば、それは、パワハラになります。

オブジェクトとメソッドを指定すれば、実現可能な政策と実現不可能な政策が直ぐにわかります。

「新しい資本主義」は、言霊信仰になっているので、そのなかに、お互いに矛盾した政策が内包されています。

春闘の賃上げ、リスキリング、レイオフの禁止など、目玉となるキーワードには、両立しないものが多く含まれています。

フェイクが蔓延する人文的文化は、科学的に実現不可能な解決方法を無理に探索して、科学では解決できない問題を、人文科学で解決できると主張します。

しかし、科学を無視した政策は、永久に実現することはありません。

こうして、何も解決せずに、時間だけが過ぎて、日本は、開発途上国になりました。

引用文献

新たな日本社会を開拓する「新しい資本主義」2022/10/26 日経ビジネス
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00081/083100425/

国会で「議論」がない──アドリブで答弁できない政治家と批判しないマスコミの共犯関係 2023/02/10 Newsweek 西村カリン
https://www.newsweekjapan.jp/tokyoeye/2023/02/post-144.php
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